第十七話 追い求める者達
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話は、オルフェウスがエルフ族に連れ去られた後まで遡る。
オルフェウスと別れた後、ペルセウスはひとり獣人大陸へと戻ることを決めた。
騒ぎがある程度落ち着く頃には夜も深くなっていたが、シドラス王の計らいで大規模転移の魔道具は帝都の一角に設置、魔力を供給して起動が行われた。
そうして、魔道具の動作確認も兼ねられた転移は問題なく成功し、
「さて、どう話したものでしょう」
ペルセウスは月光に照らされた広大な花畑に再び降り立った。
つい数日前までは見るに堪えない荒れ果てた荒野だったそこは、気付けば元の⋯⋯いや、それ以上に豊かな土地へと変貌している。
ペルセウスも始めこれを目にした時は絶句を禁じ得なかったが、今の精神状態では寧ろ救いとも言えた。
これを成した者は不明⋯⋯と言うより、彼女の仕業だという推察は出来るが、誰も確認を取れるだけの度胸を持ち合わせていなかった。
花の香りが鼻腔を擽り、溜め息とともに胸の内に溜め込んでいた感情を吐き出す。
冷えた空気を体に取り込み、町へと足を向けようとした時。
「ペルセウス様」
不意に、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「⋯⋯おや、ドルクさん。遅くまでお疲れ様です」
暗闇から現れたドルクに微笑む。
彼の後ろでは幾つもの灯りが揺らいでおり、武装した獣人や騎士達が見張りを行っていた。
一応、戦争は終結したと言えるが、依然警戒は怠れない状況にある。
獣人大陸に於いてオルフェウスの身の回りの世話を行っていたドルクも、元は『隷属の首輪』の強制力によって立派な暗殺者として活動していた。
最高ランク冒険者であるペルセウスに接近を気取られなかったことからも、その腕は鈍っていないことが解る。
彼も貴重な戦力である以上、役割から解放された現在、休ませておく道理はなかった。
「魔道具で帰って来たということは、無事に帰還の目処がたったと言うことですね」
「⋯⋯ええ、まあ、本来の目的は恙無く」
僅かに空いた間と、言葉に裏があるような口振りに、ドルクは訝しげな表情をする。
そして、ペルセウスと共に帝国へ向かったにも拘わらず、この場に姿の見えない彼の存在とそれを結び付けてしまうのは当然のことだろう。
「オルフェウス様はどちらに?」
「ええと、何と説明するべきでしょうか⋯⋯」
予想していた問い掛けに、ペルセウスは視線を泳がせる。
ドルクとの関わりは浅いものの、それでも彼が〝彼〟に絶大な敬信の念を抱いていることはペルセウスも知っていた。
そんなドルクにありのまま伝えても良いものか、判断材料が足りなかった。
それでも、情報共有は必要だと判断を下し、顛末を整理する。
「まあ、帝都での事を簡単に言えば、半殺しにされた挙げ句封印され奴隷墜ちしたと言うか、突然現れた引き籠り種族に誘拐されたと言うか、帝都に勇者が居ると言うか」
「⋯⋯⋯⋯あの、複雑すぎませんか? 一体どんな経緯でそんなことに? と言うか最後のは関係あるのですか?」
巫山戯ている様子ではないと察したドルクが、一層強い視線を飛ばす。
ペルセウスも、自分の発言が微塵も簡単でないことは理解していた。
しかしこれ以上に情報を簡潔にすることは出来ないため、結果、すすーと視線を逸らすことにする。
「もう夜も遅いので詳しくは聞きませんが、これだけ。──それでどうして、貴方は帰って来たのですか」
放たれたのは、殺気。
ペルセウスの言葉が真実だった場合、いま目の前に居る事実こそがドルクにとって許容できない問題であった。
殺され掛けた。
封印された。
誘拐された。
そんな事は些細な出来事だった。勇者が現れたという情報など論外。
〝あの方〟の前ならば、どんな障害でさえも無意味に帰す。そんな絶大の信頼があるから。
如何なる事だろうと、ドルクの敬信が揺らぐことは絶対に無い。
けれど、それでも、たった一つだけ、赦せない異物が紛れていた。
気付けば、ドルクは言葉を詰まらせているペルセウスの胸ぐらを掴み上げていた。
「──奴隷、奴隷だと? 巫山戯るなよ、糞が。何故、貴様は止めなかった。何故、殺さなかった。その為の貴様だっただろうが。それでどうしてのこのこと帰って来れる?」
夜だから、というだけでなく極限まで開かれた瞳孔が、月光を取り込み鋭い光を放っていた。
彼が元奴隷で、彼を救ったのが〝彼〟でなければ、こうはならなかっただろう。
散々自らの身体で味わってきた地獄の記憶が、これまでに無い激怒へと変換され、彼の瞳を怒りの色で塗り潰す。
全身の毛が逆立ち、今にも暴発しそうな感情を歯を食い縛って堪えていた。
それでも、ペルセウスはふっと微笑んだ。
「私は責められてばかりですね。⋯⋯立場が逆なら、私もそう言っていたのでしょう。まあその場合は、貴方とはまた違った理由でになっていたでしょうが」
ペルセウスが以前まで抱いていたのは、あくまでも知的好奇心に因るものが大きい。
もし彼が同行者でなかったとしたら、それを聞いた時、読みたかった魔導書が燃やされた程度の悲しみしか覚えなかったことだろう。
そして、もし同行者がドルクであれば、きっと堪えられるものではなかった筈だ。
激情に駆られるが儘に暴れ狂う姿が容易に想像できた。
だからこそ、ペルセウスは思う。
──同行者が私で良かった、と。
「ドルクさんは⋯⋯いや、貴方達は、どうして彼を信じられるのですか?」
「我々を救って下さったからだ」
迷いない言葉に、ペルセウスは満足そうに頷く。
「ですよね。私もシドラス王から少し聞き及んでいます。表沙汰にはされなかったが、そういう事があったと。シドラス王もこれを知っていたから、オルフェウス殿を庇おうとしたのでしょう」
ペルセウスは獣人大陸に戻る前、シドラス王から聞かされていた。
リーアスト王国の王都で開催された建国祭、その水面下で何が起こっていたのかを。
獣人を忌み嫌う貴族を取り込み洗脳して手駒にし、獣人の違法奴隷と魔剣を与え、獣人による王族殺害が計画されていたこと。
そしてそれは、獣人を社会的に追い込み人権を剥奪する為の、果てには、獣人大陸に攻め込む為の大義名分を作る工作だったこと。
しかし計画は空中分解することなく、大義無き戦争という形となって表れた。
それすらも食い止めた彼を信じるのは、至って普通のことだ。
多くの者が知らないから、いや、そう誘導している者がいるから、英雄が英雄に成れないでいる。
「彼には何か目的があるように感じました。勝手な行動一つで、それを壊したくはないでしょう?」
「⋯⋯⋯⋯取り乱しました」
冷静さを取り戻したドルクはペルセウスを解放し、謝罪とともに頭を下げた。
「構いませんよ。しかし、どうしたものですかね⋯⋯。話を聞こうにも、三百年も姿を眩ませたエルフ族の居場所は不明。シドラス王も存じてないと仰っていましたし」
「では、私はどうすれば」
ペルセウスは、エルフ族が帝国内の何処かに拠点を構えていると踏んでいる。これはシドラス王も同意見だった。
しらみ潰しに探し回るのもいいが、徒労に終わる可能性もある。それに、シドラス王は帝国に現れた勇者を名乗る男の対応に駆られるため協力は仰げない。
だが、ペルセウスとて手ぶらで帰って来た訳ではない。
──その昔、吸血鬼の王アドラを捕らえる為に使われたとされるアーティファクトだ。最上位の封印魔道具──『アドラクロス』。
──覚悟があるのなら、獣人大陸へ戻り獣王を訪ねろ。
──この御方は獣王のアドラ様です。
「ですが安心してください。ちゃんと手掛かりは掴んでいますから」
──時間は流れ、太陽が高く昇ったリーアスト王国の王城にて。
王城の一室に、あの場に居合わせた者達は集まっていた。
理由はフィリアの首にかけられた蒼い宝石となったネックレス。昨日、前触れも無しに膨大な魔力を解き放ったそれは、今も尚、僅かに淡く光り輝いている。
紛れもなく何かの魔道具であることは疑いようもない。今回こうして集まったのは、それがどのような魔道具であるのかを調べるためだ。
本来ならば高レベルの鑑定スキル持ちに調べさせるところなのだが、あまり騒ぎを大きくしない為にも大掛かりな調査は出来ない。尤も、これ程までの魔道具を鑑定できる者が存在するとは思っていない。
故に、知っている者に聞けば良い。
そう判断して、ジェクト王はモナに説明を求めた。
そうして判ったことは、この魔道具がマジックバッグの上位互換、宝物庫であるということ。
簡易的な空間拡張、最も一般的な亜空間付与などとは比べ物にならないほどの魔道具だ。
これ迄の魔法技術では不可能なほど小型化されたものだということもあるが、内部の時間は完全に止まっているという事実に一同は驚いた。
アイテムボックスという非常に稀なスキルでしか再現不可能な芸当を、小さな宝石に組み込んでしまっているのだから。
他にも本来不可能な筈の従魔の主人の変更という馬鹿げた力も備わっているが、それもこれも、正直なところどうでも良い話だった。
モナが最後に話した内容こそ、彼等にとっては必要なものだったから。
「──記憶の保管、か。それは一体どうすれば見ることが出来るんだ?」
グラデュースが質問を飛ばす。
モナの説明によるとこの魔道具にはオルフェウスの記憶が僅かに写し取られているという。それはおそらく、彼に何かが起こる直前の記憶だろうとも言ったが、肝心な記憶の確認法がまだ説明されていなかった。
「簡単、魔力を込めればいい」
「⋯⋯魔力操作が出来ない奴が見る方法は」
「ない」
きっぱりと否を突きつけられグラデュースが項垂れる。
「では、取り敢えず見てみるとするか」
──此処にも、ペルセウス達に次いで動き出す者達がいた。
そしてそれは、まだ他にも。




