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第十六話 罪深き種族 ②

 聞こえてきたのは少女ではない別の声。


 反射的に声のした方へと視線を向けると、そこにはひとりの男が立っており、金髪に碧眼、そしてやはり尖った耳に視線が動く。

 少女もまた反射的に背後に振り向き、男の姿を捉えるや驚きの籠った声色でその名前を口にした。


「エイル様!」

「オルフェウス様が目覚めたら直ぐに報告と言った筈ですが、全くシルフィは」

「あ、す、すみません⋯⋯」


 シルフィと呼ばれた目の前の少女は、ハッと思い出したように頭を下げる。

 そして新たに現れた男の方はエイルというらしい。

 どうやら俺のことも、先程の疑問についても、この男の方が詳しく知っていそうだ。


「取り敢えずシルフィは里に戻っていなさい。後は私がやります」

「はい、わかりました」


 落とした薬草を慌てて拾い上げバッグに詰めるや否や、シルフィは小走りでこの場を離れていった。

 程なくして彼女の気配が途絶え、無事に結界の中に入ったことを確認してから、エイルという男がこちらに向き直る。


「改めまして、私はエルフ族の長を務めるエイルと申します。オルフェウス様が御目覚めにになられるのを御待ちしておりました」

「⋯⋯堅苦しい言葉は要らないよ、元の砕けた感じで良いから」


 そう言うと、エイルはとても驚いたように目を丸くした。

 しかし直ぐに元の表情に戻ると、こちらに一礼してくる。


「すみません、こっちが地ななので御容赦ください。それより、流石、と言わざるを得ませんね。まさか精霊魔法が見破られていたとは」


 精霊魔法。精霊を媒介として魔法を行使することで強力な魔法を操ることが出来る、エルフ族のお家芸とも呼べるもの。


「一般的に魔法使いが使っている杖、それを精霊に置き換えることによって魔法構築における時間を短縮、周囲の魔素をも使用する故により強力。欠点を挙げるとするなら、使用には精霊と契約を結ぶ必要があることくらい。それさえクリアしてしまえば非の打ち所のない極めて優秀な魔法。またの名を、万能魔法」


 静かに聞いていたエイルが、俺の説明に今度は感嘆の意を示す。

 精霊と契約を交わすには自分がどの系統の精霊と親和性が高いかにも左右されるが、実力次第ではあらゆる魔法を使いこなすことが出来るようになる。

 しかし、より上位の精霊であればあるほど契約は難しく、複数の精霊と契約する者は非常に稀だ。


「本当にお詳しい。今では精霊魔法を知る者さえ少ないので。昔はとても名の知れた魔法だったのですけどね」


 知っている。俺が精霊魔法を知っているのも、昔に聞いた話だったからだ。

 一般に知られている勇者の物語では、おそらく割愛されているのだろう。エルフ族が姿を消した世界では適正を持つ存在は稀少だから、次第に必要とされなくなってしまった、そんなところだろう。

 そして、おそらくエイルが契約しているのは、幻覚や精神干渉を得意とする闇の精霊。


「お誉めに預かり光栄だが、確信したのは、今のお前の反応を見たからだな」


 フレイド帝国の古代遺跡で会ったとき、そして獣人大陸で会ったとき。彼は、彼等は精霊魔法によって自らの姿を偽っていた。

 けれどその時点では見破ることは出来なかった。何らかの魔法を行使していることには気付いていたが、その本質までは辿り着けなかった。

 今回、彼の気配に既視感を覚えたのも偶々だし、自ら名乗り出なかった場合は分からなかったかもしれない。

 相当に高位な隠蔽を施していたのだろう。

 精霊の魔力で己の魔力を包み隠していたようだし、俺が封印されていなければ、魔法が解かれている今なら一目見ただけで違和感に気付けていた筈だ。


「もしかして、上位精霊と契約しているのか?」

「ええ、その通りです」


 エイルが肯定すると、目の前に光の球体が現れ、中から美しい羽を持った精霊が姿を見せる。


「凄いな。実体化できる精霊か」


 多くの精霊が聖剣エクスカリバーに力を与えた今、精霊の数は激減している筈。新たに精霊が生まれることもあるが、上位精霊となるだけの力を三百年で付けるのは極めて難しいだろう。

 となれば、聖剣にならなかった生き残り。そして、エルフ族というのならば、このエイルという男もまた──。


「それで、聖剣が免罪符とか何とか言ってたよな。それはどういう意味だ? 質問の答えになっていないが」

「⋯⋯申し訳ありません。まだお答えすることは出来ません」

「じゃあ、お前は、三百年前の魔王と勇者の戦いの真実を知っているか?」

「はい。全て知っています」


 ⋯⋯全て、か。

 はぐらかされると踏んでいたのでこうも清々しく言われると、面食らってしまう。


「じゃあ、教皇の持つ大聖典に書かれていることは真実か?」

「内容を知らないので判りません。ですがもしそうであれば、教皇は絶対にそれを遺さないでしょう」


 断言するエイルの目は、まるで親の仇でも見るかのように鋭い眼光を放っていた。

 彼の顔を見れば教皇との間に何かあることは聞くまでもない。だが、それを聞く気はないし、元より訊いても答えてくれないだろう。


「そっか」


 まだ現状がよく分からないけど、質問はこの辺りにしておこう。


「言うのが遅れたけど、助けてくれてありがとう。傷の手当てもしてくれたみたいだし」

「いえ、魔道具の所為で魔法で癒すことが難しく、我々は止血したに過ぎません」

「関係ない。助けようと行動してくれたことに、俺は感謝してるんだからな。それに、獣人大陸でも俺の生徒を守ろうとしてくれていただろ?」


 エルとの視覚共有でしっかり見ている。

 きっと彼等がいなければ、死んでいたかもしれない。

 短い間とはいえ俺が教鞭を振るった生徒達だ。他の戦死者を軽んじる訳ではないが、あいつらにはまだまだ生きてほしい。


「つまりこれで貸し借りはチャラってことで」

「⋯⋯それでは清算が合わない気がしますが」

「っ嘘嘘冗談! た、確かに俺は二度も助けられてるしなっ、俺に出来ることなら何でもするって」

「いえ寧ろ逆なのですが⋯⋯では、ひとつお願いをしても良いですか?」


 どうやら俺が何も言わなければこの話は終わりだったようだが、言ってしまったものは仕方ない。

 それに、俺に出来ることなら、と言ってあるのだし無理難題が飛び出してくることはないだろう。


「も、もちろん」

「──【魔王】って、カッコいいと思いませんか?」


 ん? なんだ、この流れ。


「⋯⋯⋯⋯いや、そんなに」

「思いませんか?」

「特に思わ」

「思いますよね?」


 ⋯⋯まさか肯定しないと話進まないのか?

 魔王って三百年前の戦いに出てくる、勇者に倒されたあの魔王のことだよな? そんなものをエイルはカッコいいと思っているのだろうか。

 不気味なまでに満面の笑みを浮かべる彼に嫌な予感を覚えつつも、渋々話を進めることにする。


「まあ、少しは」

「なりませんか?」

「⋯⋯⋯⋯ごめん、もう一回」

「魔王になりたいですよね?」


 誠に残念ながら、聞き間違いではなかったらしい。

 俺の耳が可笑しくなってしまったのだろうか。


「いや、そんなに」

「なっ、どうしてですか! 寝言ではあんなに魔王になりたいと言っていたのに!」

「言ってない! 絶対言ってないだろ!!」


 こいつ本当にどういうつもりだ!?

 さっきまで礼儀正しく凛とした態度だったのに、急に変なこと言い始めたぞ。


「オルフェウス様は冒険者から足を洗って安定収入にありつきたいと思わないんですか!? 世界を壊すだけの簡単なお仕事ですよ! 今なら三食昼寝付きです!!」

「そんな勧誘の仕方あるか普通!」

「エクスカリバーを叩き折って世界を震撼させましょうよ!」

「おい聖剣の守護者!」


 何がしたいんだこいつは⋯⋯!?

 頭が可笑しくなったのかと真剣に考え始めた所で、エイルの表情が戻っていることに気付く。

 不思議に思っていると、まるで先程までのやり取りが嘘だったかのように微笑みがら言った。


「少しは気が紛れましたか?」

「⋯⋯これだけ馬鹿みたいな話をされたら、嫌でもそうなるだろ。気迫がヤバすぎて本気で言ってるのかと思ったぞ」

「冗談半分に決まってるじゃないですか」


 シルフィと言いこいつと言い、今の俺はそんなに分かりやすく顔に出ているのか。

 気を遣わせてばかりで申し訳無い気持ちになる。

 それにしたって、自分達が三百年もの間守り続けてきた代物を、あろうことか嬉々として叩き折ろうと進言してくるとか、いくら俺の気を紛らわせる冗談にしても笑えないぞ⋯⋯。


「⋯⋯ちょっと待て、半分は本気なの?」

「リュオン⋯⋯ハイドルトに魔王認定されるよりは、自分からそう名乗るのも手だと思ったに過ぎませんよ」

「ハイドルト? ⋯⋯あぁ、教皇か。アイツには思いっきり喧嘩売ったからな。魔王でも何でも、それで俺だけを狙ってくれるのなら何でも良いか」


 そう言えばアドラにも魔王みたいだとか言われたな。

 俺の身勝手で世界の常識を覆そうとしているのだから、魔王と呼ばれることになっても仕方無いことだろう。だからと言って自分から名乗りはしないけど。

 今頃、アドラがニアにあること無いこと吹き込んでいないか心配────アドラ?

 確か俺が捕まってるこの魔道具の名前って『アドラクロス』だったよな。吸血鬼の王を処刑したことから名付けられた⋯⋯みたいなことを騎士が言ってた気がするけど、偶然か?

 吸血鬼って確か、獣人族に数えられて──。


「オルフェウス様、ハイドルトに喧嘩を売ったのですか⋯⋯?」

「ん、ああ、帝都に行く前に成り行きでな」

「我々の知らないところでそんなことが⋯⋯」


 だが、あそこで教皇と接触できたのは幸運だった。

 あれだけ釘を刺しておけばそうそう直ぐには手を出してこないだろう。

 その前に封印を解いて、奴隷から解放してもらえる策を考えなければならない。幸いシドラス王は敵ではないという話だし、上手く交渉すればどうにかなる筈だ。

 可能な限り破壊による解放は避けて、穏便に済む方向でいきたい。帝国秘蔵の魔道具で値段が付けられないほど高価だと言われたら、手元に何も持たない俺ではどうにもすることが出来ないからな。


 後はこの魔道具に『分解』される前に、フィリアに渡した魔道具に亜空間の中身が移されていれば、何も憂いは無い。

 本当ならフィリアの危険を逸早く知るためのものだったが、思わぬところで幸いしたと言うべきか。


「俺、出来るだけ早く動き始めたいんだけど、何とかならないか?」

「魔王城を建てるんですね、分かります」

「その話はもういいから!!」


 まだ続いてたのかよ。

 どれだけ俺を悪の象徴に祭り上げたいのやら。


「それなら丁度良いですね。オルフェウス様もお目覚めになられたことですし、三日後に来る使者にそのまま預けるとしましょう」


 ⋯⋯使者?

 シルフィも里に人が来ると言っていたけど、それだろうか。


「宜しく頼むよ」

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