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第十六話 罪深き種族 ①

「本当に大丈夫ですか⋯⋯?」

「ああ。それより此処が何処なのかとか、今の俺の状況とか教えてくれないか」


 尚も心配そうにする少女に問い掛けると、渋々といった様子で頷いた。


「此処はフレイド帝国の北方に位置する山岳地帯で、エルフの里の外です」


 検討はついていたが、やはりエルフ族だったか。それにしても。


「外?」

「その、いま貴方の囚われている魔道具は少なからず周囲の魔力にも影響を及ぼすようで⋯⋯。精霊の結界に万が一がないよう、仕方無く結界外に」


 確かに、結界は僅かな綻びが生じるだけでも命取りだ。その判断はきっと正しい。

 だからこんな大自然の中に放置されていた訳か。


「それで、今の貴方の置かれている状況なんですが」


 そこで少し躊躇うような素振りを見せるも、少女は続けた。


「⋯⋯端的に言って、命を狙われています」


 命を狙われている、か。取り繕うことなく随分と要約されている、それだけに分かり易い。

 かなり衝撃的な事実ではあるが、残念ながら、予想していた範疇ではある。というかそれ以外の可能性を考えられない。


「つまり、そこを君が助けてくれたってこと?」

「私がではありませんが、そういうことです」

「⋯⋯でも隷属の首輪があるし、向こうはいつでも俺を殺せるんだよな」


 どれだけ強力な縛りを課すものかは解らないが、王様の奴隷ともなればきっと相当キツい制約に違いない。

 にも拘わらずいま尚、俺を生かしている。何か目論みでもあるのだろうか。あるのだとしたらそれはつまり、利用価値があると思われている限りは少なくとも殺されることはないということ。


「安心してください。隷属の首輪と貴方を捕らえている魔道具はどちらも同じ封印魔道具です。より強い封印が優先されるので、今のそれは唯の首輪に過ぎませんよ」

「へえ⋯⋯、詳しいんだな君」

「一応、鑑定スキル持ちなので」


 またレアなものを持っている。

 しかし、そうか。つまり俺は皮肉にもこの魔道具のお陰で命が保証されているのか。


 ⋯⋯いや、待て? 俺が指に嵌めている指輪型の魔道具も封印魔道具だよな。

 それが優先されないと言うことは、この『アドラクロス』なるものがそれより強力な魔道具だということになる。

 俺の魔道具が、負けた⋯⋯だと⋯⋯!?

 一段落ついたら『コフィンリング』を更に魔改造しようと強く心に決めた。

 待てよ、『コフィンリング』が機能していないというのなら、本当に力業で『アドラクロス』を壊せるのでは⋯⋯? 勿論試す気はないが。


「まあそうじゃなくても、大丈夫だと思いますけどね」

「どういうことだ?」

「フレイド帝国の国王様は敵ではありませんから」


 あっけらかんと答える少女に、俺は絶句してしまう。

 シドラス王が、敵じゃない? それはいったい何の冗談だろうか。

 俺の記憶が正しければ、その人の部下に体を斬り刻まれた上に奴隷にされて、厄介な魔道具に囚われたんだが。


「すみません、詳しいことは私もよく聞かされてないので⋯⋯」


 俺の心情を察してか、少女は申し訳なさそうに言った。

 にわかには信じ難いが、敵対していないというのならそれに越したことはない。ペルセウスが無下に扱われないということなのだから。

 もしかしたら俺の覚悟と熱弁に心を打たれたのかもしれない。あの時の行動はかなり危険な賭けとも取れるからな。⋯⋯まあ、それは無いか。


「いや、十分だ。それで、この鳥は何かな」

「可愛いですよね」

「うん可愛いのは認めるけど」

「一番安全そうな場所に巣を作るのは当然だと思いますよ、この森って危険な魔物多いですし」


 この鳥も危険度で言えばかなり上位なんだけどね。

 というか俺の周りって安全地帯扱いされてるのか。


「休む間もなく魔素を生み出している怪しい人が居れば、警戒して近寄ってこないのは当然の選択ですよ」


 それを逆手にとったカラドリウスがここに巣を作ったと、つまりはそういう事らしい。

 言われてみれば確かにワイバーンも結局襲ってこなかったし、意外と効果はあるのかもしれない。

 加えて魔素を求めて精霊の溜まり場にもなっているとすれば、相乗的にその効果は更に跳ね上がることだろう。

 故に俺が魔物に襲われることもないということだ。本当に皮肉なことだな。


「⋯⋯あの、私からも質問して良いですか?」


 ふと、控えめに少女が訪ねてきた。


「俺に答えられることなら」

「三百年、極一部の人族とのみ交流をしていましたが、里に人を招いたのは初めてだと聞きました。貴方は私達にとって、どう恩人なのですか?」

「それは俺も気になっていた」

「えっ」


 素直に返すと、少女は口を開けたまま固まってしまう。

 意味が分からないといった様子だが、残念ながら俺も意味が分からない。

 何か恩を売るようなことをした覚えはないし、そもそもエルフ族との繋がりなんて無い。どういった経緯でエルフ族に匿われることになったのか皆目検討がつかない。


「その、一部の人族との交流ってのは、どういったものなんだ? 目的とか」

「えっと、フレイド帝国にある聖剣エクスカリバーと、聖霊王様の護衛ですね」

「⋯⋯⋯⋯あー」


 そういえば以前、聖剣エクスカリバーの回収を計画した冒険者の大規模遠征隊がシドラス王の元で編成されて、そこに俺も組み込まれていたっけ。結果的に、イレギュラーにイレギュラーが重なって結局依頼は失敗に終わったが。

 けれどエルフ族が聖剣エクスカリバーと聖霊王を守るためにいるとしたら、依頼の失敗は彼等にとって最高の結果ということになる。

 そしてラディスを追って遺跡の最深部に向かった俺は、確かにそれらを救ったと言えるかもしれない。


「どうしかしましたか?」

「いや、何でもない。つまり、エルフ族はフレイド帝国と繋がりがあるってことなのか?」

「国というより、王族の方々とですが」


 王族⋯⋯シドラス王とエルフ族の間に協力関係があるのか。

 当然レオも当てはまるのだろうが、流石に知っているとは思えない。成人はしているから、何かしらの情報を有していてもおかしくはないが、全てを知っているのは王様だけだろう。

 つまり、シドラス王は最初から聖剣エクスカリバーと聖霊王を知っていたことになる訳だが、そうなると矛盾が生じてしまう。

 ──あの時王様は「聖国から情報を提供された」と言っていた筈だ。

 聖国から要請を受けて、だから聖剣エクスカリバーの回収に尽力したと見受けられるが、それは〝守る〟という目的に反するのではないだろうか?


 いくら帝国が実力主義だからとは言え、冒険者を主軸に編成していたのも気掛かりだ。

 遺跡探索以外に主力を温存しておく、或いは他に危惧していたものがある──?


 もしかしたら、何かしらの理由で情報が聖国へと洩れて、そうせざるを得ない状況だった、とか。

 有り得ない話ではない。特に教皇は洗脳を十八番としている、その力を駆使すれば可能性は十分にある話だ。

 だとしたら騎士団は、聖国の介入を警戒しての予備戦力。


 そうして必要に迫られた帝国は、渋々遺跡の攻略を宣言した。

 しかし本音は遺跡を守りたい。故に依頼を達成させるつもりは元々無かった。


 よくよく考えてみればあの依頼、遺跡に突入してから依頼失敗と判断されるまでに数時間しか経っていない。あれだけの高ランク冒険者を集めて、何日も掛けて攻略していく計画だったにも拘わらず、突入開始から僅か数時間での撤退命令。

 死人が出たから、と言う理由であったが、明らかに異常だった。

 聖霊王が遺跡に棲む魔物を強化したのも、示し会わせての事だったのかもしれない。


 我ながら身勝手な解釈だが、そう考えれば、色々なことが腑に落ちた。


 そしてこの推測は正しいと根拠もなく確信してしまっている自分がいる。

 いや、そうであって欲しいと、シドラス王を信じた俺自身の為の願望。

 結局俺は、それを信じることしか出来ないから。


「だからシドラス王は敵じゃないと」


 だとすれば帝国が獣人大陸に騎士団を派遣しなかった理由もそこにあるのかもしれない。


「⋯⋯何ひとりで考え込んで、勝手に納得してるんですか」


 じとっとした視線を向けられてしまった。


「悪い。でも、どうしてエルフ族が聖霊王と聖剣を守るんだ?」

「エクスカリバーが精霊の魂を元に作られているからです」

「それだけならエルフの里であっても可能じゃないのか?」

「それは」


 少女は困った顔をする。

 エルフの手元に置いておくことが最も安全な手立てにも拘わらず、態々王族と協力して古代遺跡に隠す理由。

 必ず何かある筈だ。

 けれど目の前の少女は押し黙ったままで、答えるかどうか迷っているといった雰囲気でもない。

 本当に分からないらしい。


 何故、わからない?


 そう疑問に思うのは必然だった。

 三百年も前から守り続けてきたものを、どうして守ってきているのか分からないなんて、そんな事があっていいのか。

 それともこの子がまだ幼く、だから何も聞かされていないということなのか。

 静寂が場を包む中、その問い掛けに答えたのは少女ではなかった。



「──それは我々の大罪を禊ぐ免罪符とも呼べる代物だから、ですよ」

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