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第十五話 残された選択肢

タイトルに何の捻りも無かったので、物語に合うように変えてみました。

 心地好い微風に運ばれて聞こえてくる小鳥の囀りで、俺の意識は覚醒した。


 ゆっくりと目を開くと、そこは一面が青々とした木々に囲まれた豊かな自然が広がる場所で、暖かな陽の光が木漏れ日として降ってくる。

 軽く見渡せばリスなどの小動物がちらほらと見受けられ、周囲の足元には魔素を含んで淡く発光した植物が生い茂っている。

 魔界でも中々お目にかかれない極めて上質な薬草だ。一体どれだけの年月を掛けて魔素を蓄えたのだろうか、それとも、ドラゴンなどといった強力な魔物が放つ魔力に当てられて突然変異したのだろうか。

 どちらにせよ、これを元にポーションを調合すれば想像を絶する効能を秘めたものが作れるに違いない。


 そして周囲にはもうひとつ、見過ごすことの出来ないものがあった。


「⋯⋯⋯⋯精霊、か」


 淡く発光する薬草と違って、空中を浮遊する数々の魔力の塊が見られた。

 これだけ魔素の満ちた場所だ、精霊の一体や二体、魔素を求めてやって来ても可笑しくない。

 そうは言っても、これは流石に多過ぎやしないだろうか──と思えてしまうくらいには、俺の周りは幾百という精霊によって囲まれていた。

 とても神秘的な光景だった。

 しかし、声を出してしまったのがいけなかったのか。


『『『『『──────ッ!?』』』』』


 周囲にいた精霊達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。


「上位精霊もいたみたいだし、せめて此処が何処なのかくらいは訊きたかったんだが⋯⋯」


 話す機会を逃し、そしてもう少し見ていたかったという気持ちから溜め息を吐く。

 上位の精霊ともなれば意思の疎通など雑作もない。出来れば色々と情報を聞き出したかったが、まあ居なくなってしまったのなら仕方ない。

 それにしても、謁見の間に居た筈が目を覚ませば大自然の中とは⋯⋯。薄暗い牢獄とかを想像していたから、想像以上に解放感がありすぎて面食らってしまった。

 というか、本当にここ何処?


「帝国に捕らえられたんだよな? 何故に森⋯⋯」


 どうしてこんな大自然に置き去りにされているのだろう。

 全く雨風を凌げないし、何なら鳥の糞だって凌げない。

 たった今目の前に落ちてきたソレを見下ろして、それから頭上を見上げる。良く澄んだ青い空に大きなな鳥が⋯⋯いやワイバーンが旋回していた。

 ⋯⋯何か、餌でも近くにあるんですかね。


 そういえばしきりに鳥の囀りが聞こえてくるなとは思っていたけど、よくよく考えてみれば多少どころかかなり煩すぎた。

 恐る恐る鳴き声のする方へと視線を向けると──。


 そこには鳥の巣があった。

 それは腕の上にあった。勿論俺の。

 巣の中では三羽の白い雛鳥が何かを訴えるようにしきりに鳴いている。きっと親鳥の帰りを待っているのだろう。


「⋯⋯⋯⋯本当にどういうこと」


 俺の腕に鳥が巣作りしてしまうくらいには、長い時間が経っているらしい。

 これは⋯⋯まじで捨てられたのだろうか、心配になってきた。

 いやでも首にはちゃんと隷属の首輪がつけられたままだし、何か目的があってこういうことをしているのかもしれない。⋯⋯辺りに人の気配なんて全くしないが。


 それにしてもこの鳥、中々に綺麗な見た目をしている。

 ⋯⋯いや、鳥というか、これ。


「まさか、カラドリウス?」


 こっちも魔物だった。

 まさかこんな所に──そもそも此処が何処なのかも判らないが──神鳥と呼ばれる魔物がいるなんて。それもよりにもよって俺の腕に巣を作ってしまうなんて⋯⋯。

 成体になれば更に美しい鳥へと育つカラドリウスは最近⋯⋯なのかも判らないが、久し振りに食す機会があったが、それはもう美味しいと評判だったもののひとつである。

 モナの化け物染みた嗅覚に肖り俺も食べたが、絶品だった。


「ピッ! ピピピピピッ!」


 俺の邪念を察知したのか、カラドリウスの雛は一層甲高く鳴いた。

 魔界では手を出さなければ危険はない魔物であったが、この世界のカラドリウスはどうなのだろう。


 確か、カラドリウスはとても知性が高く、優れた光属性魔法を扱う魔物だ。危害を加えなければ襲われることはないし、何なら気紛れで魔法で病を癒すこともあるとか無いとか。

 強さは魔界でもそれなりに高い位置付けにされていたが、この世界ではどうだっただろう。

 少なくともワイバーンよりも格上なので、襲われることはない⋯⋯と思いたい。


「まじで元気だなお前ら⋯⋯」


 これだけ近くで鳴かれて今まで起きなかったと思うと、我ながら熟睡しすぎではと笑ってしまう。

 俺なんて回復した端から魔力が分解されていってしまっているので、魔力欠乏による倦怠感が一向に無くならない。


 ⋯⋯ってか、ここら一帯に満ちてる魔素って、間違いなく俺の魔力が分解されたものだよね。

 つまり足元に生い茂る薬草もそれで育ったということか。何というか、感慨深いな。


「やっぱ魔法は使えないか⋯⋯」


 念のため試みるも、魔法が発動することはなかった。

 せめて一度でも魔法が使えればこの状況を打破することが出来るのだが、どうやら俺ひとりではどうにもならないらしい。

 いや、身体能力にものを言わせれば物理的に破壊できるか?


 ⋯⋯出来るかもしれないが、止めておこう。

 本当に捨てられたのならばいいが、そうでなかったら問題だ。自分から進んで捕らえられたのだから、無理やり拘束を解けば今度こそどうなるか分からない。

 まだ生かされているだけ有り難いと思うことにしよう。

 でももし、捨てられたのだとしたら──?


 俺にそこまでの価値がなかったということ。つまりは、それほど悪魔を危険視していないことになる。

 そうであれば願ってもないことだが、世の中そう上手くは出来ていない。


 嗚呼、本当に、情報が足りない。


 近くに精霊の魔力の反応は幾つもあるし、呼んだら来てくれないものか。

 俺から分解された魔素を目当てに来ていたのだろうし、食べた分少しは恩返ししてくれても良いのでは?

 そんな事を考えるが、あれだけ警戒されては難しいだろう。

 ──その時だった、視界の先の茂みが動いたのは。


「おお⋯⋯!?」


 思わず声を上げてしまうほど、今、求めていた存在が目の前に姿を現した。

 現れたのは金髪を腰辺りまで伸ばした耳の尖った少女。

 こんな人気のない森に来ているのだ。間違いなく俺のことを知っている人に違いない!

 俺が期待に胸膨らませていると、少女は鼻歌を鳴らしながら軽い足取りで此方に近づいて来た。


「みんな、今日も元気だね~」


 そう言って微笑む少女は三羽のカラドリウスの雛の頭を順番に撫でていく。

 今日も、と言うことは、頻繁に此処に訪れているということだろう。

 そうして雛鳥から手を離した後、俺には目も暮れずにその場にしゃがみこむ。


 無言で見守る中、少女は俺を中心として茂る薬草を採取し始めた。鼻歌混じりで。

 随分と薬草採集が慣れているようで、手際よく薬草を摘み取ると流れるように肩に提げた大きめのバッグへと入れていく。


「そういえば今日は精霊が全然居ないけど、みんな何処行っちゃったんだろう?」


 なんて呟きも聞こえてくる。

 この子も精霊が見えるだけの魔力感知が出来るのか、少し驚きだ。

 というか、うん、薄々勘づいてたんだけど。


 ⋯⋯⋯⋯俺が起きてること、気付いてない?


 わりとガッツリ視線送ってるんだけど、全く気付いてくれる様子がない。

 何というか、ひとりの時間を楽しんでいるように思われる。いや、俺が長いこと眠り続けていたからなのかもしれないけれどさ。

 流石にそろそろ声を掛けた方が良いのかな?


「いい天気だね」

「うん、そうだね!」


 ⋯⋯え?

 普通に返事が返ってきて、思考がフリーズしてしまった。

 もしかして、俺が起きてることに気が付いていたのか? でもだとしてらどうして無視なんかしたのだろう。


「⋯⋯機嫌良さそうだね、何か良いことでもあったの?」

「うん。実は近々、里に人が来るんだって! 里に外の人を呼ぶなんて今までなかったから、どんな人達なんだろうって、今から楽しみなんだ~」


 こいつめっちゃ喋るぞ!?

 あれだろうか、自分からは話さないけど、相手から話し掛けられたら話すタイプの子なのだろうか。

 まあ、それなら色々と訊けるし良いんだけどさ。


「えっと、此処って何処なのかな」

「あははっ。変なの。森のことは精霊さんの方が私よりよく知ってるでしょ」


 ⋯⋯精霊さん?

 あれ、この子もしかして、俺のこと精霊と勘違いしてるのか⋯⋯?


「⋯⋯俺、精霊じゃないよ」

「あ、またその人でいたずらしようとしてるな~? その人は大切な恩人だから、いたずらは────」


 薬草採集の手を止め、振り返った少女と初めて目が合う。

 くりっとした碧眼が見開かれ、持っていた薬草が地面に落ちる音がした。


 ⋯⋯と言うかこの子の尖った耳って、確かエルフの種族的な特徴だった気が。

 人族と別の大陸に住んでいるという話だったが⋯⋯いや、三百年前の魔王の出現で大陸を追われたのだったか。

 俺が読んだ物語では、人族、ドワーフ族、獣人族の三種族と共に魔王軍に立ち向かい、そのひとりは【聖人】と呼ばれ魔王を討ち取った勇者パーティーの一員だったという説もあったな。


 長命で精霊魔法に長けた種族──エルフ族。


 数多の精霊の魂を取り込み収束させることで、精霊の力を宿したかの伝説の聖剣──エクスカリバーを生み出したとされる種族。

 魔王の襲来を他種族に伝え、対抗しうる武器を生み出した。まさに勇者に次いで称賛されるべき種族。

 けれど戦争が終わると忽然と姿を消したとされていた。

 以来三百年、エルフを見た者はいないとまでされているが──。


「「⋯⋯⋯⋯」」


 固まったまま無言で見詰め合う。

 そして漸く少女は我に返ると。


「⋯⋯お目覚めになられていたんですね」


 畏まった口調でそう言った。


「うん」

「起きているのなら、起きていると言ってください! は、恥ずかしいじゃないですか!」


 先程までの自分の行動を顧みてか、かぁ~~っと顔を赤面させた少女は飛び退きながら震えた声で叫んだ。


「声を掛けるタイミングが無くてな。わざとじゃないんだ、許してくれ」

「⋯⋯まあ、私が気付かなかったのが悪いので、それはいいです」


 良かった、話せば分かる人のようだ。

 一安心していると、冷静を取り戻した少女がずいと顔を寄せてきた。

 今度はこっちが驚いて距離を取ろうとするが、十字架に捕まっている所為で鎖がじゃらじゃらと音を鳴らすだけ。せめて顔だけでも離そうと試みるもすぐに後頭部に十字架が当たってしまう。


「えっと、どうしたのかな⋯⋯?」


 やはり許すと言ったのは嘘で、まだ怒っているのだろうか。

 じっと観察するように顔を覗いてくる少女に苦笑いを浮かべいると、漸く満足したのか少女は俺から顔を離した。

 そして、気のせいかもしれないですが、と前置きをつけてから言った。



「泣いていたんですか?」



 その言葉に、はっと息を飲んだ。

 彼女の何気無い一言が、何かに深く突き刺さった気がした。

 目覚めてから今まで考えないようにしていたそれを抉り出されたような感覚に、俺の顔はきっと酷い有り様になっているに違いない。


「ご、ごめんなさい! 頬に涙の痕があったので⋯⋯っ」


 申し訳なさそうにおどおどすしながら謝罪する少女。

 この子は純粋な善意で心配してくれている。だからこの子が謝る必要なんて無いのだ。

 それを伝えたいが、口が上手く動かない。思考が端から真っ白に塗り潰されていって、いつまで経っても纏まらない。


 泣いていた────確かにそうかもしれない。

 いや、そうに違いなかった。そうでなくてはならない。


「ごめん、気にしないでくれ」

「悪い夢でも見たんですか⋯⋯?」


 嗚呼、そうだったらどれほど良かっただろう。

 俺が見たのは⋯⋯思い出したのは、十二年前のある出来事。

 ひとりの悪魔が死んだという報せを聞いたあの日の出来事。


 確かに昔の俺では耐えられなかった。

 だからこそ、今まで全てを忘れて生きていた。

 それが彼女の──彼女等の優しさで、どうしようもないほど残酷な行い。


「もう大丈夫だ。心配させて悪いな」


 精一杯の笑顔とともに嘘をついた。己すらも傷付ける鋭利な嘘。

 けれどそれは真実でもあった。真実にしなければならなかった。

 大丈夫でなければならない。そうでなければ、今までの彼女等の行動全てが無駄だったと、何ら価値の無い行いだったと証明してしまうことになるから。



 だから俺は、大丈夫なんだ。そうなる未来しか残されていなくて、俺もまたそうであれと望んでいるから。

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