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第十二話 小さな証明

 誰もが予想外の出来事にその足を止め、反射的に瞳を閉じて、僅かに遅れて持ち上げられた手で光を遮るように顔を覆う。

 一瞬、通路に設置されている照明の魔道具が点いたのかと思ったアランとグラデュースだったが、直ぐにそうではないと判断する。

 少しずつ慣れてきた目を開き辺りを見渡せば、まだ照明が点けられていないことは容易に確認することが出来る。加えて、いくら何でも眩しすぎた。


 そして、それを光と判断してしまった時点で何もかも誤っていた。


 何故なら通路を支配する青みがかった光は、唯の副産物でしかないから。

 魔眼を有するモナは始めから気付いており、僅かに遅れてアランもそれに至る。そしてグラデュースもまた、不慣れながらも光の正体を見破る。


「これは、魔力か⋯⋯っ?」

「人智を越えた魔力の奔流⋯⋯一体、城で何が起こったと言うのじゃ!?」


 光だと錯覚したそれは、魔力。

 それも、普段であれば人の眼では捉えられない筈が、あまりの収束により可視化してしまう程の途轍もない高密度の魔力の奔流。

 一般人ならばあまりの魔力に錯乱や魔力酔いを起こしてしまい兼ねない。実際、城に仕えている使用人達の中にはそうなっている者も少なくはなかった。

 幸いなことにこの魔力は王城の一画を覆っているだけであり、城下までは届いていないらしく、現時点で民に被害は出ていない。

 この予期せぬ事態で逸早く状況を理解したのは、モナだった。


「モ、モナ殿!?」


 グラデュースの呼び掛けも空しく、駆け出したモナは止まることなく通路を駆け抜けて行く。

 その足取りに一切の迷いはなかった。

 故に、彼女は何かこの事態について知っているのかもしれない、そう判断したアランがモナに追随する。


「儂等も行くぞ!」

「はあ!?」


 アランの行動にグラデュースが驚きの声を上げた。

 状況を把握できていない以上、勝手な行動をするのは悪手。とはいえ、いつもならばグラデュースが先陣を切っていた所だろう。

 しかし、今回はイレギュラーが過ぎた。

 此処は王都の中心。我先にと突っ込んで行くグラデュースでさえ、今回ばかりはその足を止めるほどの事態。

 だが時既に遅し。ひとりその場に取り残されたグラデュースは、悪態を吐きながらもアランの後を追った。


 誰に導かれるもなく、次々と通路を曲がり魔力の発生源──謁見の間へと辿り着いたモナは、強い魔力に当てられて気絶している騎士達に目もくれずにその扉を開け放った。

 障害物の無くなった魔力が溢れ出すように扉の先から押し寄せて、一層強く辺りを照らす。

 謁見の間には蒼い魔力の光が渦巻いており、その様子は幻想的なまでに美しかった。


 そこに居たのは玉座に座る国王ジェクトと王妃のアリティア、そして、王女のフィリアの三人。

 幸いなことに三人とも意識を保っているようだったが、それでも状況を掴めないのは同じらしく、目を大きく開いたまま固まっている。

 けれど事態の発生源は判っているようで、モナに遅れて謁見の間に入ったアランとグラデュースも直ぐにそれに気が付いた。

 五人の視線の先には───フィリアがいる。

 もっと言えば、彼女の首に下げられたネックレスに、一同の視線が集まっていた。


「フィリア様、それは⋯⋯っ?」

「その、オルフェウスから貰ったものなんですが、私にも、よく分からなくて⋯⋯」


 オルフェウスからの贈り物。

 それだけで唯の装飾品でないことが窺えるが、それはいま直接眼にしているためもう知っている。

 肝心なのは、どうして今なのか。そして、これがもたらす危険性。


「フラグメント」


 誰もが困惑する中、吹き荒れる魔力の嵐に乗せられてその言葉が耳に届く。


「貴女が話に聞くモナ殿だな。それで、この魔道具について知っているのか⋯⋯?」

「オルフェウスの自信作。昔、自慢してきたから知ってる」


 国王の問い掛けに、モナが肯定する。


「その魔道具の発動条件はふたつ。一つは魔道具の所持者に何か危険が及んだ場合に、オルフェウスへと伝わるもの。もう一つは────オルフェウスに、何かあった時」

「「「「「っ!?」」」」」


 反射的にフィリアへと視線が向かうが、見たところ問題は見られない。

 それはつまり、今、この瞬間に、オルフェウスが何らかの理由で危機に瀕していることを意味する。


「オルフェウスが!? 彼は今、何処に居るのですか!!」

「オルフェウス殿は現在、ペルセウス殿と帝都に赴かれている筈ですが⋯⋯」


 やはり、このタイミングで彼を他の国に向かわせるのは間違っていたかもしれない──と、アランは己の考えの甘さに後悔する。


「そもそも、あいつが危険な状況なんてあるのか⋯⋯?」

「ない」

「えっ?」


 まさかここで否定する者がいるとは思っていなかったグラデュースが、モナの言葉に目を丸くした。

 他の者も例外ではないが、彼女は気にすることなく続ける。


「オルフェウスの身に危険が及ぶとすれば、それはオルフェウスが自ら望んでいること」

「一体、何のために、彼は────」


 その先は続かなかった。

 気付けば、いつの間にか目の前まで来ていたモナに抱き寄せられていて。


「貴女がフィリアなんだね。会いたかった。会って、それで、お礼を言いたかった。オルフェウスと仲良くしてくれて、ありがとう」

「⋯⋯っ」


 不測の事態に動転していたフィリアの思考が一度リセットされて、そこで漸く、彼女をしっかりと捉えた。

 視線だけを動かしてその整った横顔を覗けば、美しい青い髪に宝石を思わせる碧眼、そして、小さな、けれど決定的に人とは違うそれを持った少女がいる。


「それと、ごめん」

「どうして、謝るんですか⋯⋯?」

「きっとこれから、たくさん迷惑かけると思うから」


 今、そしてこれから、彼がやろうとしていることは、きっと少なくない衝撃を与える。

 他の誰でもない、モナや他の悪魔達のために行われる、何もかもを根底から覆すであろう大事。彼に深く関わっていればいる程、不幸を見るかもしれない。


 けれどあの日、あの夜、それを願ってしまった。三百年前の出来事も関係無しに、もう一度オルフェウスとともに居れる場所が欲しいと。

 故に、彼女の存在は、この世界にとって計り知れない罪で満ちている。安寧を崩すかもしれないからこそ、存在するだけで世界の敵なのだ。

 だけど、そうではないと、彼は証明しようとしてくれている。だからこそ自分も何か役に立ちたい、助けになりたい。その想いで彼女は行動している。


 その中にひとつだけ間違いを挙げるとするならば、人はそんなに弱くはない、ということくらいだろう。


「迷惑、ですか。私は、オルフェウスのことを一度も迷惑だと思ったことはありません。それはこれからも同じです」


 これから何が起こったとしても──そう告げるフィリアの瞳に、偽りなど無かった。


「彼は救国の英雄殿だからのぅ。我儘で、世話が焼けるくらいが丁度良いってものじゃ」

「今更だな」


 アランとグラデュースが笑う。

 その言葉の裏には、オルフェウスとの関係を絶つつもりがないという意思が潜んでいる。

 国王と王妃も同意するかのように笑みを溢して。


「あわよくば、今までの借りが返せれば良いな」

「ふふ、そうですね」


 そこには、迷惑とは無縁の感情しかなかった。

 その光景はモナの予想とは程遠く、けれど、理想に限りなく近い。

 自分の存在が認められている。これから起こりうるかもしれない絶大な不利益を考えることもなく、いや、それら全てを承知した上で彼等は────。


「あり⋯⋯がとう⋯⋯」


 きっとこれはオルフェウスが手にした掛け替えのない居場所だ。その輪の中に今、自分も居る。

 そう思ったモナは、またひとつ勘違いをしていた。

 この世界に来てからずっと、彼女はその輪の中に居たのだから。



 そんな小さな証明に、彼女は喜びを隠しきれなかった。



 いつしか周囲に吹き荒れていた魔力も収束していき、フィリアの首に掛けられた宝石へと取り込まれていった。

 そして美しい蒼い宝石になると緩やかに光が弱まって、新たなひとつの魔道具となる。

 ──フラグメント。

 オルフェウスの所有する全てが籠められた、小さな断片の集合体。

 彼と従魔の契約が解除され、新たな主との再契約を結ぶ魔道具。彼の持つ亜空間内の全ての物の譲渡と、それを管理する宝物庫としての魔道具。

 そして、彼の思いと記憶の欠片を写し取った魔道具だ。

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