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第十一話 落陽

「部屋を貸してくれてありがとう」


 王城の来客用の客室を最後に出たモナが、アラン達に頭を下げた。

 人に取り憑かされていた悪魔達は無事に解放できたが、無理やり力を引き出されていた為に、見た目以上に消耗しきっていた。

 故にアランは、その者達をベッドの上で休ませてやることを提案し、モナはその申し出を受けた。


「なに、礼には及ばん。⋯⋯それより、あの者達を魔界に送り帰すことは出来るのか?」


 少し声量を下げて、アランがモナに問い掛けた。

 現状、聖国が悪魔召喚を成功させている事実から、その逆も可能なのではないかと考えられるが、無差別に召喚していることから召喚魔法も万能ではないことが推論できる。

 どちらにせよ、教皇の類稀なる魔道具作製技術によるところが大きいだろう。残念ながら、リーアスト王国で教皇ハイドルトに匹敵しうるような魔道具技師は存在しない。

 可能性として、ゲートを開ける存在としてこの世界に記述が残されている悪魔なら、モナであれば可能なのではないかという問いに対し、モナは暗い顔で俯くことで返した。

 その様子から、少なくとも現状では難しいのだろうと、アランはすぐに理解した。


「ゲートは開けるけど、私じゃ世界を繋げるだけで、場所までは指定できない。魔界は危険地帯が多い。ゲートで魔力を消耗した上で、もし過酷な環境に当たってしまえば、⋯⋯守りきれる保証はない」

「オルフェウス殿なら出来るんじゃないか? 彼も相当魔道具に詳しいのだろう」


 話を聞いていたグラデュースがそう提案したが、モナは静かに首を横に振った。


「流石に無理。少なくとも完成に半年は掛かる」


((半年で出来るのか))


 無理とは言いつつも、不可能ではないらしい。

 自分一人を魔界に飛ばすことならばオルフェウスにも可能だ。実際にそうして魔界から自力で還って来たのだし、次に勝手に力を使ったら魔界に送り返すとモナに釘を刺していることからもそれは窺える。

 しかしモナと同様、場所までは指定できない。加えて複数人を魔界へとなると、必要とされる魔力だって相当なものになるのは明白。

 それらを解決するのに最も有効な手段と言えば彼の持つ魔道具への知識だ。聖国の教皇は何とか魔界から悪魔を喚ぶことに成功しているようだが、彼ならば更に高度な物を作れても可笑しくない。

 結局、モナの見立てでは半年で出来てしまうらしい。

 その程度なら──とふたりは思わず考えてしまう。

 だが、そこで思い止まる。召喚されている悪魔は無差別、その中には先程目にした通り子どもも含まれていて、今回保護した者達で全員とはとても思えない。

 きっと彼等にとって、この世界の住人というのは恐怖の対象となっていることだろう。例えその大半が善良なのだとしても、見たものだけが世界の全てと、全体視してしまうのは必然だ。


「⋯⋯私がもっと魔眼を扱えていれば」

「魔眼が関係しているのか?」

「場所を指定するなら、直接目で視るのが早いから」


 モナの言葉に、ふたりはピンとこないという顔をする。

 そもそも魔眼はこの世界に於いて非常に珍しい物なので、精々が魔力を視ることの出来る眼程度の知識しかふたりは持ち合わせていない。

 そんなふたりに、モナは分かり易い例え話がないものかと思考を巡らせる。そして。


「転移は転移先を感覚的に捉える必要がある。例えば、ここから別の町には誰だって転移できるけど」

「「いや、出来ないから」」

「⋯⋯けど、その町の特定の家に転移するのは難しい。そこまで転移誤差を無くすにはかなりの修練が必要。だけど、それだけだと転移先に障害物があれば転移事故になり兼ねない。だから直接自分の眼で視るのが手っ取り早い」


 場所を捉えることが出来ても、そこが以前と同じ環境とは限らない。転移先に建物が建てられているかもしれないし、人が通行しているかも判らない。

 故に魔眼で詳細な情報を得た方が確実だ──と、モナはそう言いたいのだ。


「分かったような、さっぱりのような⋯⋯」


 依然として頭を捻っている騎士もいれば、どこか納得したように頷く魔法師もいる。


「得手不得手があるのは当然じゃろう。悪魔でも、ゲートの開く場所まで指定できる者は少ないのか?」

「全体で言えば、百人くらい。私の知り合いでなら三人」


 その返答にアランもグラデュースも複雑そうな表情をする。

 全体の割合で言えば百という数値は極少数であるだろう。だが、それでも世界を自由に行き来できる存在が百人もいると考えれば途轍もない事だ。

 加えて、ゲートを開くだけならば更に大勢の悪魔が出来ると言う。その中のたった一人でもこの世界に害をもたらそうとする者がいれば──そう考えると、ふたりは冷や汗が止まらなかった。


 だからこそ疑問が芽生えてしまう。


「昔、ゲートが開くのは珍しいことではあったが、聞かない話ではなかったという」


 でなければ、この世界にゲートの存在が伝えられている筈がない。

 それが観測されなくなったのは、もう三百年も前の話だ。

 三百年前。その時代、この世界で何が起こっていたか。最早幼い子どもでも知っている英雄譚と関係性を求めてしまうのは、仕方の無いことだろう。


「それが何故、三百年もの間ゲートが開かれていないんじゃ?」


 核心に迫ろうと、アランが一歩踏み出した。

 竜王バハムートと彼女が話していた時からずっと、確信めいたものを感じていた。

 勘の鈍いグラデュースでも、ここまで話が揃えば気付かざるを得ない。

 だが、この推測が正しかったとしても、伝えられた歴史に更に狂いがあるということが判るだけで、全容を知るまでには至らない。だからこそ、もっと知りたいと、ふたりは彼女の言葉を静かに待った。

 けれど。


「「⋯⋯⋯⋯!」」


 俯いた彼女の頬に伝った雫に、ふたりは虚を突かれたように狼狽えることとなった。


「い、言いたくなければ良いんじゃ! 済まんかった!」

「王が、そう決めたから」


 慌てて謝罪したアランに、モナは静かに答えた。

 まさか言葉が返ってくるとは思いもしていなかったふたりはハッと息を飲み、返答の内容に眉を潜めた。

 王。

 つまり、彼女たち悪魔の統率者であり、魔界で最も権力を持つ者ということ。

 文明が築かれていれば大衆を纏め上げる存在は必ず存在するのは必定だ。故に悪魔にもその様な者が存在するとは予想はしていた。実際、悪魔に序列が存在していることはモナの口から直接聞いている。

 が、まさか、この話で出てくるとは⋯⋯とアランは内心、これ以上踏み込んでよいものかと頭を悩ませる。


「⋯⋯国王様も退屈している頃じゃろう。向かうとしよう」


 結局、アランは話を打ち切ることに決めた。

 身を翻し彼女に背を向け、謁見の間へと足先を向ける。

 返事は返ってこなかったが、アランの背後からはしっかりと小さな足音が着いてきていて、それに安堵を覚えながらも、気不味さが拭えなかった。


(おそらく彼女には、儂の考えなどお見通しじゃろう。承知の上で、彼女は答えた。きっと、訊けば全てを答えるつもりだったのかもしれない)


 しかし、例えそのつもりであったとしても、そこにはモナが、涙を流すだけの理由がある。

 出逢ってまだ数日、己に踏み込む資格など到底なかった。少し考えれば分かることだ。それを好奇に溺れて怠り、冷静さを欠いたアランの失態。

 今はただ、これからの事に重きを置く必要がある。過去の出来事を追うのは今でなくとも可能なことだ。

 そう割り切って、アランは踏み出す足に力を込める。


 王都に転移してから現在に至るまで。時間にして一時間程度といったところだろう。

 美しい夕空をいっぱいに広げていた王都の空も、いつの間にか静かに忍び寄ってきた宵闇が覆うようになり、窓から差し込む傾ききった赤い陽光もみるみる弱々しくなっていく。

 ふと窓から城下を見下ろせば、点々と夜の町を照らす街灯の明かりが点き始めており。


「日没か」


 町を囲む壁の向こうへと沈んでゆく夕陽が残した最後の残映を見届けたグラデュースが、ぽつりと呟いた。




 ──そんな時だった。




 西日が射さなくなり薄暗くなった通路が、突如として溢れんばかりの光に包まれた。

《備考》

 オルフェウスが元の世界に戻って来た時、『一章 第九話 王都道中②』でフィリアが王都へ急ぐ理由をグランが学院に通うため、と話しています。つまり、その時期が三月あたりだと推測できます。気付いた人はいましたでしょうか。

 そして現在、『六章 第四話 今日も晴天』にて、半年以上は経過していることをオルフェウスはモナに話しています。よって今は十一月あたりだということが解ります。五章の後半から様々な伏線が意味を持ってきたり、新たな謎も出てきて、そして、一連を通して〝変わる〟ということを軸にしてきました。

 秋と言えば、景色ががらりと変わる季節ですね。青々とした葉が紅葉し、やがて地面に落ちる──落葉する。この話のタイトルである【落陽】は、そういった変化を意識して⋯⋯?



 因みに、建国祭あたりで八月始め。花火が出てきたのでなんとなく分かっていたのではないでしょうか。それからセトの故郷に少し、帝国に行ったりで二ヶ月、竜王が来て聖国との戦争が始まるまでが二週間と少しと、そんな感じで進んでいます。


 建国祭の騒動直後である『四章 第一話』にて、教皇と話していたのがラディスであることも察しがついていると思います。そこで出てきた〝もう一つの計画〟というのが、今回の獣人大陸での一件です。

 この準備に二、三ヶ月を有するとラディスが発言しているため、そこからも大まかな月日を割り当てられるようになっています。

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