第十二話 新たな出会い
王都に着いた次の日、俺はふかふかのベッドで目覚め、美味しい朝食を食べてから王都の冒険者ギルドへと向かった。
ネルバで泊まっていた宿屋では一階の食堂で食事をとっていたものだが、流石はお高い宿というだけあって食事は部屋に持ってきてくれる。
王都の町並みは中々良い景色で、簡単に言い表すとすればネルバの町の建物を更に大きくしたような建物が綺麗に建ち並んでいる。
他にも高い建物が所々に見られ、それぞれの建物の技術の高さが見てとれた。
正直にいって、予想以上だった。
全部が全部、俺の予想を軽々と越えていく数々に圧倒されてしまった。
まだ朧気に覚えている俺がいた国の王都と照らし合わせると、今、目の前に広がっている光景を目にすると天地ほどの差がある。
これ程のものが本当に20年の内に興ったなんて最初は信じもしなかったが⋯⋯これを見せられては、信じる他無いじゃないか。
そんな町並みを眺めながら冒険者ギルドに到着すると、そこは多くの冒険者達で埋め尽くされていた。
やはり王都であってもこれは変わらないらしい。
この大勢の冒険者達の目的は依頼の受注。これだけ聞けばそれほど大したこと無いように聞こえるが、それは大間違いだ。依頼は依頼ボードに毎日新しい依頼が貼り出される。
つまり、その新しい依頼で割の良いものは早い者勝ちなのだ。此所に集まっている冒険者は、そんなおいしい依頼を獲得するために早くからギルドに出向いている。
「⋯⋯はぁ」
俺も文字が読めればなあ。
ネルバにどんな依頼があったのかは知らないが、王都ともなればそれよりも更に依頼の種類も増えるだろう。
もし受けなくてもその依頼の数々を眺めているだけでも楽しそうなのに⋯⋯。本当にこれのせいでいろいろと残念な思いをしまくりだ。
そろそろ何とかしないととは思っているのだが、如何せん良いアイデアが浮かばない。
「あの、ちょっと良いですか」
依頼ボードの様子を遠くから見ながら、しょうがない、今日も薬草採集でもするか──と考えていたところで、後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこには薄紫の髪をした少女と茶髪の少女が立っており、どちらも手には魔法杖を持っている。
「あー、俺?」
周囲をキョロキョロと見回して他の人に声を掛けたのではないことを確認してから、それでも一応確認をとる。
俺の言葉に仲良く揃って首を縦に振る少女を見て、漸く自分に声を掛けてきたのだと確信する。
「何かな?」
「私達、今からウルフを狩りに行こうと考えているんですけど、一緒に行きませんか」
薄い紫色の髪の少女がそう言った。
どうやら一緒に依頼を受けてくれる人を探していて、丁度ここに暇そうな奴を見つけたから、こうして声を掛けてきたということらしい。
ウルフを狩りに、ということは常駐依頼だし、この子達はまだ駆け出しの新人冒険者なのだろう。
「すみません、お一人でしたので。もしかして既にパーティーを組んでいたりしますか⋯⋯?」
「いや、そんな事はない」
不安そうに訊いてくるその子に否定で返す。
見たところ二人は魔法使い。駆け出しともなればそうぽんぽんと魔法は使えないだろう。それを分かっているからこそ、前衛を求めてるといったところか。
折角声を掛けられたのだし、断る理由もない。
「いいよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
という事でこの二人とウルフ狩りをすることになった。
ギルドから出て、王都の近くにある森へと向かう道中で軽い自己紹介を済ませる。
彼女達の名前はイリアとシエラというらしい。薄紫の髪の子がシエラで、茶髪の子がイリアだ。
そしてイリアが水魔法を使えて、シエラが風魔法を使えるようだが、やはりまだ上手く使いこなせていないらしい。
そんな風に会話をしながら歩いている内に王都の門を潜り抜けて、俺の視界に辺り一帯に広がる草原を映し出した。
その草原の先に見える森林が俺達が目指している場所だ。
一時間くらい歩いただろうか、漸く俺達は目指していた森林に到着することが出来た。
王都の周辺にある森林は此所一つしかない。ちょっと遠くに行けば何個かあるそうだが、日帰りで行き来できるのはこの森林のみだ。
なので毎日かなりの数の冒険者が此処へ来ては魔物を狩ったり薬草を採集したりしていることだろう。
此処は何処かの辺境ではなく、一国の経済が最も集中している王都だ。冒険者の数も計り知れないこの場所に森林が一つしかないとなれば、この森林の資源がとり尽くされてしまうかもしれないと考えるのが普通だろう。
まあ、これが普通の森林だったならばの話なのだが。
「やっと着きました」
「疲れたー」
「なら、ちょっと休憩してから行くことにするか」
俺がそう提案すると、彼女達はありがとうございますと言いながら地面に座り込む。
魔法使いにとってこの距離を休憩なして歩き通すのはさすがに骨が折れるだろう。それが成り立ての新人ならば尚更だ。
俺にもこんな時代があったなと昔の思い出に浸りながら、目の前の森林に目をやる。
一見、とても静かで穏やかな森林のように感じられるが、軽く気配を探るだけでもかなりの魔物がいることが分かる。
数万⋯⋯いや、少なくとも十万はいるだろう。
しかも森林のど真ん中に、ひときわ大きい反応がある。それもかなり力の持った魔物が。
⋯⋯これ、スタンピードしないだろうな?
──セディル大森林
これがこの森林に付けられた名前だ。大森林と名の付けられる通り、この森林はめちゃくちゃ広い。
王都までこの森を迂回しながら進んでいたので、それは十分理解している。
これ程までに膨大な広さを誇るこの森林で、たかだか冒険者の何百人が毎日やってこようと資源が尽きることなど無に等しいだろう。
「さて、そろそろ行けるか?」
「はい、大丈夫です」
「うん」
休憩が終わり、俺達は遂にセディル大森林へと足を踏み入れた。
──程無くして、お目当ての獲物が姿を現した
「いました⋯⋯」
「どうする?」
茂みに身を潜めながらそう聞いてくる少女達。
それに対してなるべく良い対処法をとウルフ達の様子を窺い、作戦を練っていく。
あの程度の最下級の魔物なら俺がやればあっという間に片付いてしまうのだが、そんな事をすれば彼女達の経験にならない。
それにレベルもまだ低いだろうし、なるべく彼女達に多くの経験値をやってレベル上げをさせてあげたい。その為にはどうしたら良いだろうか。
あ、良いこと思い付いた。
「ひとつ作戦を思い付いた。攻撃魔法を直ぐに撃てるようにしておいてくれ」
「わ、わかりました」
「それでどうするの」
「いいから、早く準備」
イリアの質問には答えず魔法の準備を催促する俺に、少し不安そうな表情をしながらも、二人は杖に魔力を込め出す。
まあ、作戦を伝えずに偉そうに指示を出したんだからそれも仕方無い。
彼女達が杖に魔力を込めている間、俺はウルフ達の動向を観察する。
数は4体、今は何処にも移動する気配はなく、その場で草を食ったり地面を引っ掻いたりと暇を持て余しているような感じだ。
これなら魔法が完成する前に逃げられるなんて心配は必要なさそうだ。
「出来ました」
「いつでもいける」
程無くして魔法が完成した彼女達が俺にそう声を掛けてきた。
それを聞いて俺は一つ頷き、再びウルフの群れに視線を移してタイミングを見計らう。
これを逃してしまえば彼女達では仕留めきれないだろうし、ここは慎重にいかなければならない。
「⋯⋯撃て!」
「『ウォーターカッター』!」
「『ウィンドカッター』!」
「──『エンチャント』」
俺の指示と共に二人が魔法名を言いながら魔法を発動させる。
それは水と風でつくられた対象を切り裂く魔法の刃で、寸分狂わずウルフ達の胴体へと飛んでいった。
しかしそれは、普通の魔法とはひと味もふた味も違う。
「「⋯⋯えっ」」
自分達で撃った魔法にも拘わらず、思わず間抜けな声を上げてしまうほどには──。
彼女達が放った魔法は初級魔法と呼ばれている魔法であり、成り立ての魔法使いが好んで使うお手頃な攻撃魔法の一つだ。
それは本来、魔力の乏しい駆け出しの者達でも使えるくらいに魔力の消費が少なく、それでいて魔力制御が簡単な魔法。
つまり少ない魔力で発動させられる魔法なので、本来は殺傷能力にはあまり期待できない代物なのである。
といっても、ウルフなどの最下級の魔物が相手ならば、それでも少なからず攻撃は通るのだが。
そんな初級魔法が今、何メートルにも及ぶ巨大な魔法の刃となってウルフの群れへと突き進んでいるのだ。
結果は言うまでもなく完全勝利だった。
二人が放った魔法はウルフの群れを一瞬で壊滅させるという、普通ならば有り得ないことをやってのけた。
切り裂かれた地面も、その威力の凄まじさを物語っている。
魔法を放った当の本人はそれを見て開いた口が塞がらないといった様子だが⋯⋯。
「な、何ですか今の⋯⋯」
「あなたがやったの?」
「まあ。付与魔法でお前達の魔法の威力を上げたんだ」
そう、俺がこいつらの魔法にちょっとばかし細工を仕込んでおいたのだ。
──付与魔法。
俺の持っているスキルであり、今までなんの出番も無く会話にすら出てくることのなかったスキルの一つ。
このスキルは簡単に説明すると、ありとあらゆるものに対して特定の効果を付け足す事の出来る魔法だ。
対象によって付与できる強さは大きく変動するが、それでもかなり便利なスキルなのは間違いない。
まだ何の力も無かった昔の頃はてとも重宝していたのだが、【魔界】に渡ってからは殆ど使わなくなってしまっていた。
どっかのバカがそんな小細工など使わずに戦え、なんて無茶苦茶言ってきたせいで本当に毎日が命懸けだった⋯⋯。
といっても今では良い思い出だし、結局なんだかんだなんとか生きてるんだから昔の事なんて何でも良いんだけどさ。
「え、付与魔法ってそんなに凄かったんですか!?」
「そんなの、聞いたこと無いけど⋯⋯」
「スキルレベルが高ければこのくらい出来る」
どうやら付与魔法は知っているらしいがどんなものかはよく分かっていないようだ。
ま、学校なんかに通っている人達でもなければ自分のスキル以外を詳しく知ろうとなんて考えないだろうしな。
「さて、これで4体が終わったが」
「あと1体探さないといけませんね」
「早く探しに行こう」
さっさと次のウルフを探しに奥へと歩き出したシエラとイリアにそのまま俺も行こうとした時、大事なことを思い出した。
「待て待て、証明部位をとらないと」
そう、証明部位だ。
これが無いとたとえ討伐依頼の達成条件をクリアしたとしても、それを証明するものがないと報酬を受けとることが出来ない。
「? 何ですかそれ」
「⋯⋯?」
「え、魔物の体の一部を持って帰らないと報酬って貰えないだろ」
まさか知らなかったのか?
例え新人と言えど、魔物の討伐証明部位の事くらいはさすがに常識の範囲内だろうに。
「魔物を討伐したかどうかなんてギルドカードに記録されるじゃないですか」
⋯⋯⋯⋯っは?
ギルドカードに、記録?
「⋯⋯その話詳しく」
──数分後。
「な、成る程。つまり証明部位は必要ないんだな⋯⋯」
ぐう、まさか俺の方が常識を知っていなかったなんて⋯⋯っ。
いやでも、ガキの頃俺が冒険者を始めた時にはそういう決まりがあったんですよ。
まあ確かに、確かに俺は【魔界】から帰ってきてから薬草採集ばっかりで、討伐依頼なんて全然というか全くやってこなかったけどさ?
まさか昔と違ってそんな事になってたなんて知る訳無いじゃないか!
「このくらい常識ですよ。今までどうやって冒険者やってたんですか」
「世間知らずだね」
「うぐ」
⋯⋯う、うるさいな、し、しょうがないだろ?
一度俺もウルフの討伐に行こうとしたんだけどさ、その時に受付嬢が「あなたの様な新人が、ソロでそんな事をしちゃダメですよ」って言ってきたんだよ。
だからしょうがなく、しょうがなくだな⋯⋯⋯⋯友達がいないなんて事じゃないからな!?
と、取り敢えず、ちゃんと20年前にはそういうのがあったんだよ!
「そ、そんな事より、早く行こうぜ」
「あ、逃げた」
「逃げてない」
それから暫く、俺はその事をネタに散々おちょくられる羽目になったとさ。
──それから数時間。
俺達は王都の大通りを三人で歩いていた。
「オルフェウス君、今日はありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ誘ってくれてありがとな。勉強になったよ」
いや、本当に。
お陰でもし討伐依頼を受ける時にギルドで大恥をかく事が無くなったぜ。
「それで、良ければなんだけど、また明日もどうかな?」
「ん、そっちが良いなら俺も良いぞ。よろしく頼む」
今度はイリアが俺にそう聞いてきたので、どうせ暇なんだしと了承する。
するとイリアは満足そうに口元を緩ませながら、俺から視線を外した。
何でもない話をしながら歩いていき、程無くしてギルドに到着する。そして受付に向かうと一人の受付嬢が此方に気付いて声を掛けてきた。
「あ、シエラちゃんとイリアちゃん。依頼の報告かな?」
「そうです。今日はこっちのオルフェウスさんと一緒にウルフ討伐をしてきたんです」
「そうなの。初めまして、かな?」
「はい。先日王都に来たばかりなので」
「そうなんだ」
受付嬢はふーんと言いながら俺の事を上から下まで舐めるように見て、小さな声で素材は悪くないねなどと呟いている。
何の話かは分からないが、おそらく誉められているのだろう。
「私はリーシャ。よろしくね。じゃ、三人ともギルドカード出してくれる?」
受付嬢改めリーシャさんがそう言ってきたので、俺達はそれぞれ自分のギルドカードを取り出して渡す。
俺が【魔界】に行っていた間に新しくギルドカードに備わった超絶便利機能を使って、ちゃんとウルフを討伐しているかを確認するのだろう。
「うん、依頼達成⋯⋯ええっ!?」
「どうしたんですか」
突然大きな声を上げた受付嬢。
シエラが何があったのかを問うも、全く反応すること無く彼女の視線は何故か俺の方を向けられて、目を見開いて少しだけ肩がプルプルと震えている。
えっなに、なんすかその目は、俺なんかやった?
⋯⋯ま、まさか、ギルドカードの構造を知りたくて、分解を試みたのがバレたのか!?
いやでも、時間的に解析は出来なくて、ちゃんと元通りに戻しておいたんだが⋯⋯。
「オルフェウス君、Cランク冒険者だったんだね」
「「「⋯⋯えっ」」」
三人の声が見事にハモった。
「って、何でオルフェウス君も驚いているんですか」
「いやいやいや、そりゃあ驚くでしょ!」
「意味分かんない」
いや、これは自分でも吃驚するよ。
だってCランクだよCランク。俺昨日までFランクだったんですが、何故にEランクもDランクもすっ飛ばしてCランクになってんですか。
意味が分かんないのはこっちの台詞なんですけど⋯⋯。
しかし、ギルドカードを弄ったことではなくて良かった。
それはまたの機会にとっておこう。
「まあでも、Cランク冒険者が一緒だったんなら、依頼もあっという間だっただろうね」
「それはもう凄かったんですよ!」
「うん、Cランクなら頷ける」
ねえ、ちょっと待ってよ。
俺が何でCランクになっているのかっていう話がまだ終わってないんですけど、何で勝手に話を進めちゃってるんですか。
いやまあ俺の事を持ち上げてくれるのは別に悪い気はしないんですけど、俺だけ置いてきぼりにしないでくれませんか?
「それに明日も一緒に行くって約束したんですよ!」
「そうなの! それなら明日も安心だね!」
「それ私が約束したっ」
えっ、えっ、本当に待ってよ。真面目に俺だけ置いてきぼりになんてしないでくれよ!
「じゃあこれが報酬の銀貨5枚だよ。オルフェウス君、明日もこの子達のことよろしくね!」
「あ、ああ、はい」
⋯⋯もう、どうでもいいや。
その後、ギルドを出た俺は二人に案内されてある酒場へとやって来ていた。
「へえ~、オルフェウス君は昨日王都に来たんだね」
「ああ、そのせいで全然土地勘無くってさ」
「なら今度王都を案内してあげようか?」
「え、良いのか?」
「私も案内してあげる」
「イリアもありがとな」
空いていたテーブルに座り、食事が来るまでの間ちょっとした俺の世間話に花を咲かせていた所だ。
何故ここに居るのかというと、ギルドを出てからシエラとイリアに早めの夕食に行かないかと誘われ、やって来たのがこの酒場という訳だ。
彼女達の話によると此所の料理は安いくせに美味しいと巷では結構評判の良い酒場らしい。
そんな話をしていると漸く注文した料理が届けられ、テーブルの上にずらりと並べられた。
「おお、美味そうだな」
「美味そうじゃなくて、美味いから」
俺の言葉にイリアが突っ込みを入れてくる。
「ははは、悪い悪い。じゃ、いただきます!」
「「いただきます」」
ご飯を食べるときのお約束の台詞を言って、料理を食べ始める。
運ばれてきた料理はどれもこれもがとても美味しく甲乙つけがたいものばかりだった。
現在の時刻は昼と夕方のちょうど境くらいの時間帯で、客足はまだ少なく空席が多くある。といってもこれからどんどんと夕食を食べに来る人達が増えて、最終的にはかなりの賑わいとなるんだそうだ。
「明日はいつから行くんだ?」
「んー、今日と同じくらいでどうですか」
「ギルド前に集合」
「分かった。それにしても、王都のからあげは旨いな」
たわいの無い話をしながら、俺は再び料理を口に運んだ。




