第八話 帝都
そろそろ皆様もこの物語に指向性を見出だしてきたのではないでしょうか。
「久し振りだな此処も。それにしても帝都の外に転移してくれって、どうしてなんだ? 城の位置は把握しているのに」
帝都の目と鼻の先にある草原に転移した俺は、共に来たペルセウスに問い掛ける。
「王国が貴方をどの様に扱っているかは分かりませんが、本来町の中への転移は結界で防がれているため出来ないのですよ。時空魔法を使える者は稀少ですのであまり知られていませんが」
そう言えば、町にはそういう仕組みもあるんだったか。
でも俺なら問題なく転移できてしまうが⋯⋯。
「まあ貴方ほどの実力なら簡単に転移できてしまうのでしょうが、そうすると魔法師団に感知されます。大規模転移の魔道具のように基本的に月に一度、定刻通りに行われているものならいざ知らず、わざわざ結界で防がれているのに強引に転移してきたとなれば、何か裏があると考えるのが普通でしょう。すぐに捜索隊が派遣されます」
「⋯⋯成る程」
時空魔法の使い手は貴重、転移の魔道具も然り。そして結界内に干渉できる程の実力者や魔道具となれば更に輪をかけて貴重。
堂々と入口から入れば問題ない筈なのに、侵入を悟られてまで転移という方法を取るからにはそれなりの理由がある筈⋯⋯つまりはそういう事か。
「確かに買い物のためだけに転移する奴は少ないよな」
「⋯⋯⋯⋯そんな贅沢な使い方が出きるのは貴方だけですよ」
ペルセウスが呆れたような顔をこちらに向ける。
しかし結界内での転移であれば、結界に引っ掛かることは無いのだから問題はないのではなかろうか。
⋯⋯いや、それでもダメな場所があったか。
「それに王城のある区画ともなれば多重に結界が張られています。もしそこまで転移しようものなら、常駐している騎士団が総動員されます」
そう。王城だけでなく貴族街などが含まれる場所では、王都全体を覆う結界とはまた別に結界が施されているのだ。
これらは外部からの干渉だけでなく、結界内の魔力の動きを探るためにも使われているため、そこでの転移は余程上手く魔力を制御しなければ感知されてしまう。
当然、そんな面倒なことを俺がしている筈もなく⋯⋯。
「なのに転移した理由が〝その方が楽だから〟と言われたら、貴方だったらどう思います?」
どうって⋯⋯そりゃあ、ふざけているとしか。
そんな事で町中を走り回されたとあれば、俺なら間違いなく激怒する⋯⋯こと⋯⋯だろう。
「それをまさか買い物に行くだけでも使っているとは、王国もなかなか苦労されているのですね」
「⋯⋯反省してるから、もうこの話止めにしない?」
自分で始めたものだが、心が痛い。
王様がどれだけ苦労しているか、他にも多くの人々に多大な迷惑を掛けていたことを痛感した。
感知に引っ掛かっているのは殆ど俺だろうが、それでも万が一があってはならない。きっといつもいつも調査を行っていたのだろう。本当に申し訳無いことをしていた。
今度からは転移の使用は出来るだけ控えて、使うときも結界に感知されないよう細心の注意を払おう。
その気持ちが伝わったのか、ペルセウスはひとつ頷く。
「そうですね。もうそろそろ門に着きますし、オルフェウス殿は心の準備をされておいた方が宜しいでしょう」
「え?」
心の準備? いや、帝都も二度目だし、流石に子どものようにはしゃぐなんてみっともないことはしないが⋯⋯。
「タラスクの氷漬け、あれは素晴らしかったですね。貴方の名が広まるのにそう時間は掛かりませんでしたよ」
「いや、何の話をしてるんだ?」
首を傾げていると、ペルセウスが何やら懐かしい話を持ち出してきた。
ペルセウスは帝国の冒険者だから、その一件を知っているのは不思議ではないが、それはいま関係あるのだろうか?
「それにもう『蒼炎の剣士』の噂は帝国の隅々に行き渡っていることでしょう。帝都で『氷魔のオルフェウス』と呼ばれた冒険者が『蒼炎の剣士』と同一人物と知られていてもおかしくは──」
瞬間、俺は漸く理解した。
それと同時に体が素早く反応し、ペルセウスに肉薄した俺は彼の肩に手を置いて、叫んだ。
「────『転移』ッ!」
そうして、帝都の入口を直前にして俺は帝都へと侵入した。
もう結界が何だと言っている余裕はない。感知されて迷惑を掛けるくらいならそもそも最初から見付かっていればいい話だ。
「っな!? 何だ貴様等、一体何処からっ!?」
狙い通り王城の正面に転移することに成功し、警備を行っていた騎士に直ぐ様見付かる。
突如として現れた俺達に騎士達素早く行動を示し、あっという間に取り囲まれてしまった。
「⋯⋯まさか、反省していると口にしたそばからこれですか」
反省の意味知ってますか──そう聞いてくるペルセウスからすっと目を逸らす。
どちらを取っても目立つと言うのであれば、当然誰しもがより楽で、より短時間で済む方を選ぶだろう。故に俺は悪くない。
「け、賢者様!?」
「何故帝都に、まだ獣人大陸に居られる筈では⋯⋯!」
「ええい、剣を収めよ!」
流石は世界に二人しかいないSSランク冒険者。知名度は十分のようだ。
「驚かせてしまって申し訳無ありません。急ぎ報告しなければならないことあり、この者の時空魔法で帰還したのです。突然の参上、重ねて御詫び申し上げます。シドラス王に御目通り叶えば幸いです」
礼儀正しく一礼したペルセウスは経緯を噛み砕いて説明すると、懐からギルドカードを取り出した。
状況を察した俺も直ぐ様ギルドカードを取り出して──。
「こういう時こそグラデュース殿から預かった徽章の出番ですよ」
とペルセウスから助言され、慌ててギルドカードをしまい、悟られないよう亜空間から徽章を取り出した。
──それから暫く経ち。
「確認が取れましたので、どうぞ御入り下さい」
俺達は無事に王城に入ることが許された。
騒ぎが大きくならなかったのは他ならぬペルセウスの機転のお陰だ、感謝しなくてはなるまい。
「助かったよペルセウス」
「これくらい大したことではありませんよ。しかしオルフェウス殿はもう少し、注目を浴びることに慣れた方が宜しいかもしれませんね。今や貴方は生ける伝説なのですから」
「はは、大袈裟だな」
軽く受け流しつつ、立派な応接室に案内してくれたメイドが淹れてくれた紅茶を啜り、ほっと息を吐く。
やはり城で出される紅茶は美味いものだ。
しかし気付けば、ペルセウスが真面目な面持ちで俺を見ていて。
「オルフェウス殿、これは忠告です。貴方はもう一つ、モナ殿──つまりは悪魔の保護者としても知られているでしょう。不審を抱く者も少なくない、敵は教皇だけとは限りません」
そう念を押してきた。そしてそれは、俺が否定できるような内容ではない。
確かに、そうだ。
ペルセウスはいつも視野を広く持ち、的確に物事を判断して予測される可能性を指してくれる。
「いつだって貴方を庇ってくれる味方が傍にいられる訳ではない。貴方が一人のとき、モナ殿が一人のとき何が起きるか。貴方に味方する者達が害される可能性だってあります。オルフェウス殿は大きすぎる爆弾を抱えているのです、文字通り【魔王】にもなれる爆弾を。それがもし何かの拍子に弾けたら」
その先は、聞くまでもなかった。
確かにこの世界で悪魔という存在が持つ印象はとても悪い。三百年前からゲートは開かれておらず、とっくに人々の記憶から忘れ去られていてもおかしくない筈なのに。
それだけ強く悪魔が悪だと伝えられてきたのだろう。悪魔をよく知っている俺からすれば、そんな感情を抱く気が知れない。
そもそも、悪魔が何をしたというのか。
勇者の話なら兎も角、悪魔のことについてはある程度調べていた。
王様の許可を得て、王城の図書室、書庫、果てには閲覧が制限されている禁書庫にも手を伸ばしたが、どの書物にも悪魔は悪しき存在としか記されておらず、その経緯を知ることは出来なかった。
まるで印象操作をされているかのようにも思えるが、それもはっきりとした根拠はない。
全てが霧の中。けれど、分かっていることもある。
些細な衝突であっても悪だと決め付けられる環境が整っていて、そうさせるだけの注目を持っているということ。
でも。
「いいや、違うよ」
ペルセウスは間違っていない。絶対的に正しい。
だけどそれは数多ある可能性の一つに過ぎなくて、物事は表裏一体、裏を返せばそれは──。
「俺が持っているのは、希望だ」
悪だと思い込んでいた存在が本当は良い奴だったなら。
それを証明する機会を与えられた──いや、俺がこの手で勝ち取ったのだ。
これは俺が、この世界に戻って来てからずっと望んでいた状況。
俺自身がある程度の権力を持っていることが大前提で、尚且つ、証明にはどの国の下にいてもいけない。俺が、友のために、何より俺自身のために証明するには、俺だけで行う必要がある。
僅かな遺恨も残してはならない以上、後ろ楯などもっての他。
リーアスト王国とは少し関わりすぎてしまったが、それでも、力を借りるという選択肢はない。
「⋯⋯申し訳ありません、失言でした」
「そんな事はない、寧ろ忠告には感謝してる。いろいろ考えさせられたよ。⋯⋯それにしても、何か外が騒がしいな」
話を変えようと、窓の外に視線をやる。
騒がしい、というのはこの城の外のことだ。
この部屋は結界が張られていて音は室外と遮断されているみたいなので、室内そのものはいたって静かだ。
しかし外では多くの騎士達の気配が忙しなく動き回っている。
「確かにそうですね。今考えると、私達が転移した時は、まるで騎士団が待ち伏せしていたように大勢いました。もしかしたら帝都に厄介な犯罪者でも現れたのかもしれませんね」
「もう日も暮れ始めたのに物騒だな⋯⋯お、グリフォン飛んでる」
椅子から立ち上がり、部屋に設けられた窓から外の様子を窺うと、帝都の空をグリフォンに乗った騎士が駆け回っていた。
王国はドラゴン、聖国はユニコーン、帝国はグリフォン。三大国の象徴。三百年前に勇者に力を貸した高い知性を持つ魔物。
最近では王国でも竜王が訪れているからか野生のドラゴンがよく見られているが、やはりこうして見ると凄いものだ。
是非とも一度その背に乗ってみたい。
「相手がかなり厄介ということですかね。まあここに居れば安全でしょう」
「いや住民が危ないだろ、早く捕まるといいな」
これもやはり冒険者の大半が獣人大陸に行ってしまった隙を突いたものなのだろうか。
だとするとバハムートが守りを名乗り出たとは言え、王国軍が不在の王都も心配だな⋯⋯む。
「⋯⋯そう言えば、モナに竜王の名前なんて教えてたっけ」
「どうしましたか?」
「ああいや、何でもない」
「そうですか。⋯⋯と、来たようですね」
ペルセウスもなかなかに気配察知が上手い⋯⋯ではなく、彼の場合は魔力感知だろうか。
確か賢者はアランより魔法スキルも持っているという話だし、はたしてステータスのスキル欄はどうなっているのだろうか。
最近は俺も確認していないし、落ち着いたら久し振りに見てみるか。
等と考えていると、部屋の前で気配は止まり、間髪入れずに扉が開かれた。
「はっはっはっはー! 来てやったぞ!」
来たのはメイドではなく、元気一杯の少年だった。
というか聞き覚えのある声──。
「──何だ、レオか」
「どうしてそう残念そうなのだ!?」
「そんな事ありませんよ、お久し振りです、会えて嬉しいです」
まさかこんな所で会うとは思わなかった。帝都の王城なのだからレオがいるのは不自然ではないのだが。
けれど一人で居るのは何故だろうか。こう見えてレオは第一王子、つまりは未来の国王候補だ。城の中とはいえ一人で行動できるような身分とは思えない。
「うむ、俺もまた会えて嬉しいぞ! ペルセウスもな!」
「恐縮です。ところで、側付きの者はどうされたのですか?」
「もちろん置いてきた! 王族しか知らない隠し通路を駆使すれば簡単なことだぞ!」
⋯⋯うん、性格からしてそんなことだとは思っていたよ。それに万が一の時の隠し通路を何てことに使っているんだ⋯⋯。
こんな自由すぎる子どもの側付きともなると、きっと苦労が絶えないだろう。
「そうですか。ではここにはどのような用で来られたのですか?」
ペルセウスがそう訊ねると、レオはどういう訳か俺に視線を向けてきた。
「お前、『氷魔のオルフェウス』なんだろう、俺も城を抜け出して見に行ったがあれはスゴかった! 是非またやって見せてくれよ! な、良いだろう?」
「⋯⋯⋯⋯な、何です、その変な呼び名は」
ペルセウスも言っていたが、何故そんな呼び名が。
「む? 町ではそう呼ばれていると聞いたのだが、違ったか?」
「⋯⋯ハハハ、残念ながらそれは俺ではないですね。ただ名前が同じだけの別人でしょう」
「なんと、そうだったのかっ。誤解してしまい済まなかったな!」
「いえいえ」
ふう、ニアと同じで人の話を何でも信じてしまう人で良かった。
⋯⋯ペルセウス、そんな目で俺を見ないでくれ。見逃してくれ、お願いだから。
「では道化が探しているオルフェウスと言うのも別人なのかもしれないな。でも『蒼炎の剣士』ではあるのだろう?」
「ハハハ、オルフェウスなんて名前は珍しくありませんからね。まあでも、『蒼炎の剣士』と呼ばれていた頃はありましたね」
何!? 道化って何!?
お、落ち着け。別にピエロに知り合いなんていないし、そっちは本当に人違いの筈⋯⋯!
「あの、レオバルド様。道化というのは?」
⋯⋯折角触れないようにしていたのに、どうして空気が読めないんだペルセウス。
「うむ、近頃城下で噂になっている奴でな? それがもう面白いの何ので、俺はそいつのことを道化と呼ぶことにしたんだ」
「もしかして、騎士団がやけに物々しいのはそれが理由ですか?」
「流石はペルセウスだな、その通りだ。聞いて驚け、巷を騒がす道化はあろうことか、自分のことを勇──」
「──失礼します。謁見の準備が整いましたので、御呼びに参りました」
話の途中、部屋に一人のメイドが入ってきた。
俺達を呼びに来たということは、残念ながらレオの側付きではないらしい。
しかし、活発な王子がひとりで行動していて黙っている者などいる筈もない。
「レオバルド様。また御一人で行動されているのですか? 国王様に叱られますよ」
「やるべきことをしっかりやっているのだから良いではないか!」
「アナスタシア様に愛想を尽かされても知りませんよ」
「ぬぅ、それは困る⋯⋯」
誰だろうか。と思っていると空気を察したペルセウスが耳打ちしてくれた。
「レオバルド様の婚約者ですよ」
成る程、レオはああ見えても王族だもんな、婚約者の一人や二人普通にいるよな⋯⋯。
政略結婚なども珍しくないと聞くが、どうやらレオの様子だとそのアナスタシアという人に好意を抱いているらしい。
フィリアには婚約者はいないという話だが、あれだけ可愛いのだから、そういった話は幾つもあるのかな⋯⋯?
「⋯⋯し、仕方ないから今日は戻る。二人ともまた今度な」
しゅんとしたレオがとぼとぼと部屋を出ていく。
好きな相手に嫌われたくないのは当然のこと。このメイドはレオの扱いには慣れているのだろう。
「それでは、参りましょう」
そうして俺達は謁見の間へと案内された。
誰しもが理由もなく謙遜し、権力を求めないなんてことはないと思うんです。この物語の主人公の行動の裏にも、そのような側面もあった、という訳です。尤も、それを周りが放置するかは別の話ですが。
次回にするつもりでしたが、個人的にあの後に残したくないので、お先に失礼します。
≪伏線整理≫
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これまで周囲のことなどお構いなしに自由すぎる東奔西走を繰り返してきたオルフェウス。しかしそれら一つ一つがパズルのピースであり、組み合わさって盤上が生み出される。これまでが、ここまでこそが物語を完結へと導く前準備────【プロローグ】
長い長いプロローグが幕を閉じ、今、ここから物語は紡がれる───────
────⋯⋯⋯⋯みたいな感じでいくと良いなぁ⋯⋯なんて⋯⋯(汗)




