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第七話 悪魔よりも残酷になれる

「か、完成だ⋯⋯!」


 陽が傾き始めた頃、俺は遂に魔道具を完成させた。

 結局、以前使われていた柱状の魔道具を改良したような結果になった。


「ほう、なかなか良いデザインではないか」

「だろう?」


 隣で魔道具を見上げるアランに得意気に胸を張る。


「じゃが強度は大丈夫なんじゃろうな?」

「安心しろ。これはオリハルコンをメインとして作られた魔道具だ。俺の付与魔法で魔法にも物理にも対応出来るようにしてあるから、大抵のことでは傷一つも付かない」


 そもそも魔道具に強度を求めること事態が可笑しい話なんだけどね。と内心で思いながらも俺はアランに向けて親指を立てた。


「⋯⋯何て贅沢な。これだけあれば超一級の武器がどれだけ作れることか」

「そもそも国家事業レベルのことを慈善事業感覚で一人で行えてしまう時点で頭可笑しいんですよ」

「ドルク、それ誉めてるの?」


 勿論ですよ。と笑顔で返されたが、どうにも感情が籠っていなかったように思えてならない。

 確かに魔道具作りを嗜む者として満足のいく作品が出来たことには変わりないが。


「それで、どういった物なんじゃ?」

「今までのものとそう使い方は変わらないぞ。⋯⋯そうだな、獣人には魔法の適正を持つ人が少ないって話だったから、魔力操作が出来ない人でも魔力を注げるよう吸魔石を使ってる。あと、吸魔石を三つ取り付けたことで転移の規模を三段階に調整できるようになったくらいだな」


 そう、普段は魔法使いが己の魔力を込めるか、魔石から魔力を取り出してそれを込めるか、はたまた魔石は取り換え可能にするかなど様々な方法があるが、今回はそれらの方法とは違う。

 獣人が扱うのなら魔力操作の技術が必要とされる方法は好ましくないし、かといって魔石を交換可能にすると効率良く二、三個の魔石で賄える程の強力な魔石を安定的に供給できないと、魔道具のサイズが大きくなってしまう。

 よって今回は第四の選択肢を選んだ訳だ。

 因みに、転移の規模を調節できるようにしたのはついでに過ぎない。


「確か、アンデッドから稀に取れる稀少な魔石じゃったな。それもこんな大きなもの初めて見たぞ、一体どんなアンデッドから?」

「世の中には、知らない方が幸せなこともあるんだよ、おじいちゃん」

「誰がおじいちゃんじゃ!」


 あの夜から、ついついアランに対して老人扱いをしてしまう。

 見た目の割には随分と元気な老人だったのであまり意識してこなかったが、いざ年齢を明かされるとどうにも調子が狂ってしまうのだ。


「因みにじゃがこれ、いくらで売るつもりか聞いても良いか」

「売る?」

「それはそうじゃろう。大規模転移の魔道具を破壊されたのは儂等の失態じゃ、オルフェウス殿には何の関係もない。正当な値段で買い取るつもりじゃ、勿論国王様にも同意を得ておる」


 ⋯⋯言われてみれば、俺が魔道具を直すと勝手に言い出したものの、それが修理不可能だったから新たに魔道具を作ったのだった。

 つまり現状、この魔道具は俺の所有物となるということ。

 破壊された魔道具よりも優れたものを作り出そうと対抗心を燃やし勢いで作ってしまったが、これ、国王様が要らないと言ったらどうするつもりだったのだろう。


「まあでも、魔石以外は現地調達な訳だし」

「原産は【魔界】ですけどね」


 間違えのないよう、ドルクがそう釘を刺してくる。

 その視線の先には【魔界】のダンジョンだったものが今は綺麗に両断されて鎮座しており、その断面からはオリハルコン鉱が顔を覗かせている。

 アダマンタイトはいわば外敵から身を守る為の鎧にしか過ぎず、ダンジョンの核を覆っているのは魔力電導率の良いオリハルコンで形成されていることが多い。

 【魔界】のダンジョンでは魔物から魔石以外ドロップしない。その代わりに攻略報酬が破格なのだ。


「じゃあ、貸し一つということで。⋯⋯って、そう言えば帝国にはまだ情報行ってないんだよな」

「そうじゃな。まあ、帝国も新しい魔道具の設置には賛成するじゃろうが」

「なら国王様に連絡して、帝国にも話を通してもらってくれ。返事が来たら──」

「何を言っておる。今から行くに決まっておるじゃろう」

「は?」


 アランが可笑しなことを言い出した。

 今から? それは流石に迷惑じゃないだろうか。


「いや、もう日が傾き始めているし、明日からでも」


 そこまで急ぐ必要はないのでは、とそんな気持ちでアランに言うと、呆れたような溜め息を吐かれてしまった。


「お主は今、王国と帝国がどの様な状態か理解しておるか?」

「? いや。何か不味いことでもあるのか?」

「現在帝国の腕利き冒険者達はこの大陸にいる。つまりは冒険者ギルドの機能が致命的に損なわれているのじゃ。そして王国の主戦力も此処にある。つまり今、王都はもぬけの殻と言っても過言ではない。竜王があの場に残っていなかったら今頃どうなっていたことか」


 ⋯⋯成る程、そういう事か。

 つまり戦力が獣人大陸に留まっている状況こそが問題という訳だ。戦争をしていたのだからその分だけ国の守りが手薄になるのは当然のこと。

 実際に王国は主戦力の不在を突かれそうになった所をバハムートが阻止してくれたのだ。もし竜王がタイミングよく王国に滞在していなければ、成る程確かに、今頃どうなっていたか考えるだけでも恐ろしい。


「そういう事なら分かった。ならアランはグラデュースと王国に行ってくれ。俺はペルセウスを連れて帝国に行く」

「別に儂が帝国に行っても良いのじゃぞ? お主が帝国に行っても何も出来まい、適材適所、大人しくお主は王国に行けば良かろう」

「いやいや、一応レオとは知り合いだし、制作者がいる方が良いだろ。万事俺に任せておけ」


 そう、建国祭で第一王子のレオバルドとは面識がある。それに向こうは認知していないだろうが、古代遺跡の件で帝国の王様にも会ったことがあるのだ。

 俺とてそう何度も王族に失礼な態度は取らない。人は成長の速い生き物なのだから。

 それに【賢者】ペルセウスも連れて行くのだから何も問題はないだろう。


「⋯⋯ま、そんなに国王様に会いたくないと言うのなら仕方無いのぅ」

「べ、別にそんなんじゃないし」

「何の話?」


 ふと、会話に割って入る者が現れた。

 あの時真っ先に退室させたモナだ。


「いや、大したことはじゃない。それよりお前は何処に行っていたんだ?」

「別に。ちょっと人心掌握を」

「⋯⋯お前が言うと冗談に聞こえないからそういうのマジでやめてくれ」


 モナにとって他人の記憶を書き換えることなど朝飯前のことだ。

 その力を利用してあの場に居合わせた数万という人々の認識を改編し、こうして何食わぬ顔をして溶け込んでいるのだから。


「心外、私はそんなことはしない。⋯⋯滅多に」

「今度勝手に力を使ったら魔界に送り返してやるからな」

「善処する」


 いや、そこは善処ではなく確約してほしいのだが。

 とは言え見た目が子どもでも俺より遥かに年上だし、分別は弁えているはず。普通にアランよりも──。


「今失礼なこと」

「──考えてません」

「そうじゃ、モナ殿を王国に連れて行きたいのじゃが良いかの?」


 思い出した様にアランが言った。


「どういう事だ?」

「竜王の話じゃと聖国から送られてきた襲撃者に、⋯⋯その、悪魔が取り込まされているらしく──」


 言葉は先には続かなかった。


 その場の空気が一人の少女の怒りに支配されたから。

 俺でも見たことがないほど怒りの感情を爆発させた彼女が、そこに居た。

 周囲に居合わせた者達も遅れて異変を察知する。


「魂の融合はされてない?」

「っ、⋯⋯お、おそらくは」

「行く」


 雰囲気が激変したモナに気圧されたアランに短く答えた。

 彼女が激怒するのも無理はない、同胞を道具として扱われたと知らされたのだから。それは奴隷として扱われるよりも遥かに残酷なこと。

 俺とてその気持ちは同じだ。俺の大切な人達の同胞を召喚するだけに留まらず、そこまで残酷に扱うなんて赦していい筈がない。


 やはり教皇が更正するなんて希望は早々に棄てるべきだった。

 あの時──セトの故郷で悪魔を召喚する魔方陣を見付けた時から、どんな手を使ってでも教皇を断罪し、全てを壊すべきだった。

 王様に全ての対処を任せきりにして自分は何もしてこなかった。そのつけがこれか。


「アラン、やっぱり俺が王国に行く」

「オルフェウスは来なくていい」

「は? お前、ふざけてんのか。悪魔は俺にとっても──」

「バハムートも居るんでしょ、なら私一人で十分だよ。オルフェウスが来ても何の役にも立たないから」

「それでもッ!!」


 役に立たないとしても、俺がその場に居ないという状況はいけないと思った。

 この世界で、この世界の民によって【魔界】の民が害されたのだ。

 それにこれは俺が自分から何もしなかったことが招いた結果とも言える。とてもじゃないが無関係とは思えない、知った上で何もしないのは絶対に間違っている。

 けれど、きっとモナの方が苦しい筈だ、悲しい筈なんだ。そんな彼女が俺に来るなと言っている。


「お願い。オルフェウスには私の取り乱した姿はあまり見せたくない」


 いつもマイペースで自由奔放な彼女が、これまで見たことがないほど感情を露にしている。


 いや、前にも一度あった。

 彼女は、彼女達は以前にも一度だけ、今と同じような雰囲気をしていた時があった。


 毎日欠かさず行っていた修行をあろう事か一月も休みにして、家に引きこもって殆ど顔を見せてくれない時期が。

 結局誰も理由を教えてくれなかったが、今のモナにはその時と似た印象を受けて。


「⋯⋯わかったよ。()()()()()()()()


 そう答える他なかった。


「三人を王城の前に転移させる、それでいいな?」

「ああ。頼む」

「じゃあ魔道具ごと転移させるから、近くに立ってくれ」


 アランとモナが三つある魔道具の一つに近寄る。

 どういう訳かグラデュースだけが俺の元までやって来る。


「どうした?」

「これを持っていけ」


 グラデュースから渡されたのは、碧色をした綺麗な宝石が埋め込まれた徽章だった。


「リーアスト王国の外交官であると証明する徽章だ。賢者殿がいるとは言え、持っていた方が何かと便利だろう」

「分かった、ありがとう」


 短いやり取りが終わり、グラデュースは俺の元から離れていく。

 無くさないよう徽章を亜空間へ仕舞った後で、俺は三人と魔道具を転移させた。




「では私達も行きましょうか」


 三人が王国へ転移したのを確認して、ペルセウスが俺に声を掛けてきた。

 先程の話は聞いていた筈だ。けれど彼は何も聞こうとはしない。それは彼なりの配慮で、優しさなのだろう。


「ああ。だがその前に」


 俺はその場から一人、転移した。

 建物の影から終始こちらの様子を窺っていた人物の元へ。


「なっ、貴さ──がッ!?」


 首を掴み、相手の言葉も聞かずにそのまま建物の壁にめり込ませた。

 建物の破壊などお構い無しに、死なない程度に容赦なく。

 こんな怒りに満ちた俺の姿はモナには見せられない。


「ま、スパイの二人や三人いるよなァ?」


 意識を刈り取った男を壁から引き抜いて投げ棄て、そいつの手から落ちた魔道具を徐に拾い上げる。

 男が持っていたのは通信の魔道具。此方の状況を外部に報告していたのだろう。一体誰の差し金かなど考えるまでもない。


「がっは!?」

「ぐあっ!?」


 別の場所からも声が上がる。

 危険を察知した他のスパイの動きに反応した誰かが捕らえたのだろう。

 けれど今はそんな事どうでもいい。




「────なァ、おい、聞こえてるよな、()()()()?」




 自分でも驚くほど冷たい声で、語り掛けた。

 しかし魔道具は静かなまま反応はなかった。


「無言、か。つれないな」


 魔道具は確かに機能している、故に声が届いてないという事は有り得ない。

 非常に不愉快だ。

 今にも魔道具を握り潰してしまいそうになるのを必死に堪えながら、俺は再び語り掛ける。


「モナはお前の盗み聞きに目を瞑ったが、誰もがそう優しいと思うなよ? 少なくとも俺は優しくない。証明してやろうか、────人が悪魔よりも残酷になれるってことを」


 モナは優しい。

 あいつの事だ、悪魔である自分がこの世界で勝手な行動を取れば俺の立場が危うくなるとでも考えたのだろう。

 だからこの事に気付いていながらも見て見ぬ振りをした。


 でもそれは、モナが悲しんでいい理由にはならない。


「覚えとけ。獣人も、聖騎士も、悪魔も、全部、一人としてテメェがどうこうしていいモンじゃねえ。誰一人としてテメェの下らねえ遊びで命を散らしていい奴なんて存在しねえんだよ。次獣人を殺してみろ、モナを悲しませてみろ、俺は絶対にテメェを赦さない」


 獣人を奴隷として扱い、あまつさえ国を滅ぼそうとして、その為に聖騎士を皆殺しにする。悪魔を召喚して力付くで従わせ、人間に取り付かせて使い潰しにする。

 そんな糞みたいな世界をコイツが望んでいると言うのなら。




 ────そんな世界、要らない。




「例えそれで世界を敵に回すことになったとしても、俺は腐ったテメェの世界をぶっ壊しに行く」


 ファフニールが目指したように、俺は俺の望む世界を──居場所を手に入れる。

 世界を壊し【魔王】と呼ばれることになったとしても、俺は俺が正しいと思ったことを貫き通す。


「忘れるなよ」


 そう釘を指して俺は魔道具を握り潰した。

 これは俺の夢を実現させるための誓いだ。


「⋯⋯オル、フェウス」


 気付けばニアが心配そうに此方を見ていた。

 いつからそこに居たのか、感情的になっていた所為か気付けなかった。


「ごめん、心配させたか」

「う、ううん。違う、違うの。ただ」

「ただ?」

「オルフェウスが悪者にされても、私はずっと味方だよ」

「っ」


 その言葉が、凍えきった俺の心を少しだけ溶かしてくれたような気がした。

 どうしてこうも俺の周りには優しい奴が多いのだろうか、泣きたくなるので止めてほしい。


「ニアは優しいな」


 そう言って、優しく頭を撫でてやる。

 こんな優しい子が幸せな人生を歩めないのは間違っている。何の罪も無しに殺すなど、どうかしている。

 世界を救った勇者様がこんな未来を望んでいたとは思えない。


「世界を敵に回す、か。まさに【魔王】だ」

「き、気構えの問題だよ、何も自分からなろうって訳じゃない。ってかお前も聞いてたのか、アドラ」


 白い兎の耳を持った獣人の王アドラが、ほっほっほと笑いながら自分の立派な耳を動かしている。


「儂くらいになれば、この場にいる者達の息遣いを聞くだけで誰がスパイかも分かるのよ」

「他の二人をやってくれたのはお前だったのか。その大きな耳は飾りじゃなかったか」

「オルフェウス、魔王になるの?」

「え? いや、だからなニア、別に俺はそんなつもりない⋯⋯」

「なら私、魔族になる! そしてオルフェウスの力になる!」


 お、おう⋯⋯。どうしてくれるんだアドラ、素直で純真無垢なニアがお前の悪ふざけを真に受けてしまったじゃないか。

 自ら魔王の手先に立候補してしまうとは。大人にからかわれて間違った知識でも植え付けられているのではないかと本気で心配になる。

 こういう子は何でも信じてしまうのだから、大人がしっかり教育してやらないと駄目だろう。


「これも運命なのかのぅ⋯⋯」

「何もう決まったことみたいに言ってんの!?」

「そうですよニア。老い先短い老人の戯れ言に耳を貸しては──ぐふっ!?」


 見兼ねたドルクが真面目な話をしようとした矢先、腹にアドラの強烈な一撃を見舞われた。

 ドルクよ、年齢の話を持ち込むのは危ういぞ。あと見た目とかも。俺も最近身に染みた。


「──分かるよ、口で言えばいいのに理不尽だよな。その気持ち、分かるよ」


 俺はドルクの肩に手を置いた。

 似た境遇を体感した者として彼には共感が湧いた。


「オルフェウス様、あの時ざまあ見ろとか思って済みませんでした⋯⋯っ!」

「⋯⋯君、そんな事思ってたの」


 兎にも角にも、俺は理解者を得た。

後々々々に出てきますが、獣王の名前は代々アドラと受け継がれています。

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