第六話 大罪人
「と、言う訳で、『どんな魔道具作ろう会議』を始めたいと思います。お集まり頂いたのは獣人からドルクとニアとよく分からないおじいちゃん、帝国から冒険者数名と賢者様、王国からグラデュースとアランと愉快な仲間達。皆さん奮ってご参加くださり誠に有難う御座います。誰も召集した覚えないけど」
「オルフェウス様、この御方は獣王のアドラ様です」
「よろしく」
「誰が愉快な仲間達よ!」
「ミロ、少し落ち着いて⋯⋯」
「オルフェウス、私が紹介されていない。最初からやり直しを要求する」
「何かタイミング悪い時に来ちまったみたいで悪い」
広い会議室の壇上に立つ俺が咳払いをすることで一同を静かにさせる。
そう、この者達はどういう了見かは分からないがいつの間にか勝手に集まっていたのである。
「えー重ねて説明しますが、これは破壊された魔道具の修理が不可能なため、新たな魔道具を作り出そうという考えの下、開いた覚えはありませんが行われています。真剣に話し合うつもりのない人はこの時点で退室をお願いします」
しーーーーーーん。
まあ、なんてやる気に満ちた人達だこと。⋯⋯何故誰も退室しない。
いや冒険者さん方、別件で来たみたいなこと言ってたよね? グラデュースなんか魔道具に関して一切の知識持ち合わせていないよね?
愉快な仲間達は昨日もずっと近くをうろうろしていたけど、目が合うとすぐに何処かへ行ってしまっていたから言葉を交わすのは久し振りだな。モナはそもそも無関係だろ。
「⋯⋯で、では先ず、破壊された魔道具ですが、これは柱状の設置型魔道具で、柱に刻印された術式に魔力を込めることで柱を中心として魔方陣が展開され、それに触れた物質を転移させると言うものです。この魔道具のメリットとしては、触れていれば物質が転移事故を起こすことなく移動させられることです。逆にデメリットとしては、魔力のパスを繋ぐために転移先の魔道具にも同時に魔力を注いでいなくてはならないと言うことです。そして誤って三つ同時に発動させてしまえばどちらに転移するか解らないことですね」
黒板に画伯な絵を描きながら説明していると、早くもグラデュースが立ち上がってそそくさと退室していくのが視界の端に見えた。
この程度で根を上げるとは。まあ、魔道具を魔道具と認識できない脳筋の彼なら仕方無いことだろう。
「それでは今のを踏まえて、これから新たな魔道具を製作するにあたっての改善点を話し合っていきましょう。何か意見や質問のある方はいますか?」
室内をぐるりと見渡す。すると三人が挙手していた。
挙手をしたのは賢者様とニア、そしてモナだ。
「はい、モナさん」
「簡単なこと。全員時空魔法を習得すればいい話」
「成る程、尖った意見ですね」
モナには退室してもらった。
頬を膨らませとても不服そうに去っていったが、獣人は総じて魔法が苦手だ。その案を通すには些か無理があるだろう。それに『転移』を習得するまでにどれ程の月日を要するか。
という訳で次の方。実は一番期待を寄せている人。
「ええと、賢者様」
「ペルセウスで結構ですよ。単刀直入にお聞きします、貴方は【魔界】からの生還者ですか? いえ悪魔の知人がいるのですから生還者ですよね!? 三百年前からゲートは観測されていないと聞きますが、やはり何処かでゲートは開いていたのですか? 是非、是非【魔界】についてのお話を伺いたく──」
この人はもうそこまで推測を巡らせているのか⋯⋯、流石は賢者と呼ばれるだけはある。けど本会議に関係のない話はお断りです。
哀愁を漂わせて退室していくペルセウスを見送り、再び会議を再開する。
「ニアさん」
「転移事故ってなに」
⋯⋯お? 完成品は縦陣も当事者になるから、一応聞いておこうと思っていた程度だったが、なかなか着眼点が良い。
「良い質問ですね。転移事故というのは、領域指定型の転移を行う際に見られる事故です。指定された領域内に存在するものを空間ごと丸々転移させるため、物資を移動させるのには適していますが、もし指定領域から僅かでも外れていた場合、その部分はおさらばします」
つまり腕を領域の外に出していれば、その部分だけ転移されず、その場に留まる。それによって転移後に腕が無くなっているという恐ろしい現象が発生してしまう訳だ。
一歩間違えれば即死の可能性もあるため細心の注意が必要とされる転移方法である。
まあ、物資の移動に特化しているとは言え、一度に万単位の人を転移させるとなると、無駄が多すぎるからこの方法を使うことはないが。
「なるほど、理解した」
⋯⋯ニアは静かに部屋を出ていった。
なかなか良い質問をする、と思ったが理解できてないじゃん。
なにさっきのキメ顔、どこから出てきたの。いや自分が関われるような話ではない事を理解した、という意味なのだろうか。
「俺達も失礼する、あんま役に立てるとは思えねえし。ただ一つだけ、いつか必ず恩は返す」
と言い残して冒険者達も続けて帰っていった。
恩、というのは帝国の古代移籍での一件のことだろうか。暴走状態の魔物から助けたことをまだ覚えていたとは。いや、だからこそ冒険者というべきか。
あの時も同じようなことを言われた気がする。律儀な人達なんだな。
「それじゃあ残ったのは⋯⋯」
ドルク、獣王様らしい兎の耳を生やした老人、アラン、そして愉快な仲間達。
有意義な話し合いが出来そうなのはアランだけだな⋯⋯。やはり世界で二人しかいないSSランク冒険者である【賢者】を追い出したのは間違いだったかもしれない。
曲がりなりにも賢者と呼ばれているならそれだけ色々なことを知っているという訳だし。けどあの人が近くにいると何か探りを入れてこられそうだし、仕方ないか。
「他に質疑は無いようですので、俺の考えを聞いてもらおうかと思います──」
そうして、随分と人口密度が減った会議室で俺は話を再開した。
◆◆◆
「にしてもまさかあんな子どもが⋯⋯、今でも信じられないな」
「本当にね。でも彼の実力は本物だよ、今回の一件が無かったとしても、疑う余地はどこにもない」
「ま、古代遺跡で命を救われた時から強いことは分かっていたけどさ、あの噂に名高い『蒼炎の剣士』だったなんて。本当に実在していたとは」
獣人の町を出て一面の花畑の上を歩く、会議室から退室した四人の冒険者。
帝国の古代遺跡でオルフェウスに助けられた者達。
「あいつが納品したっつう氷漬けのタラスク。あれも半月溶けなかったしな」
「ああ、あれ。砕こうとした奴等もいたらしいけど悉く失敗したっていう」
「魔法使いが魔法で火だるまにしても無理だったって聞いたな。あまりにも固いわ溶けないわで、終いには賭け事まで行われてたって話だし」
「そういや、うちのパーティーにも無謀な挑戦をした奴がいたな」
「うるせえ」
オルフェウス達が帝国で受けた依頼によって納品されたタラスクは、帝都ではちょっとした観光名所として暫く冒険者ギルド前の広場で見世物とされた。
と言うのも、高密度の魔力が込められていた所為で強固なものとなった氷塊は、魔法使いや冒険者達がどんな手を使っても破壊することが出来なかったのだ。
結局打つ手なし、お手上げとなったギルドは氷塊の強制破壊を早々に断念し、時が込められた魔力を霧散してくれるのを待ち、自然に氷が溶けるのを待つという選択をとった。
「一振りで数万の魔物を殺ったと聞いたときはどんな化け物かよと思ったが、噂は本当だった。いや、それ以上だ」
「俺達が必要になる機会ってあるのかね⋯⋯」
「伝説の勇者様の再来とか言う奴もいるくらいだからな。しかも今回の一件でまた借りが増えてしまった、我々の力不足で」
「だとしても、いつか必ず」
その言葉に三人は頷く。
恩は返す、それはこの者達にとっては確定事項。オルフェウスが自分達の力など必要としないほど常識を逸脱した強さを持っているとしても、それだけは揺るがない。
一度決めたことは是が非でも貫き通す強い意志。
ふと四人が立ち止まる。
そこは先日の戦いで命を落としていった者達が安置されている墓所。ミスリルで作られた石碑には分かる限りの戦死者の名前が刻まれており、墓の前には無造作に突き立てられた一振りの長剣。
獣人大陸を救った『蒼炎の剣士』が使用したアダマンタイトの剣。最も新しい英雄の遺物だ。
誰がやったのかその柄には綺麗な花飾りが掛けられている。
その前で、彼等は静かに手を合わせた。
「取り敢えず聖霊王様に報告か」
「ああ。今は御一人で居られる。早く戻らなければ」
「──律儀だね」
不意に、彼等に声を掛ける者が現れる。
振り向くと深い青の美しい髪を靡かせる一人の悪魔がいて。
「⋯⋯モナ様」
男が絞り出したその声は今にも消え入りそうだった。
彼等は気まずそうに俯いて、彼女から顔を隠す。
「どうして下を向くの? 君達は何も悪いことはしていない」
「⋯⋯いえ、我々は罪深き種族です。今もこうして姿を偽り、罪を重ねている大罪人です。貴女が死ねと言うのであればこの命、喜んで捧げましょう。しかし出来るのならどうか、もう少しだけ我々に時間を」
彼等はその場に跪き、深く頭を下げた。
モナは暫く彼等を見下ろしたまま立ち尽くす。
命令されれば喜んで死ぬ。突然そう言われたのだから無理もないだろう。しかしそれとは違った思いで彼女は震えた唇から息を吸った。
「⋯⋯そんな昔の話をしに来た訳じゃない」
「ですがこれも運命でしょう」
運命。喜ぶことも悲しむことも出来ない再会を、果たして運命と呼んでもいいものだろうか。
けれどその言葉はモナの心に突き刺さった。運命だと思いたくない一方で、確かにそうだと肯定している自分がいて。
「違う、何もかも違う。君達は悪くない、正しいことをした。友が死に逝く様を見て見ぬ振りをした私達と違って、これまで逃げ続けてきた私達と違って。だから悪いのは私達、大罪を背負うのも」
「それは違います!」
その先は言わせないとばかりに、男が叫んだ。
その声は苦しそうで、けれどはっきりと響いた。
「何故、何故なのですか⋯⋯っ。どうして大罪悪魔等と名乗っておられるのですか。全部、悪いのは私達だと言うのに! 世界樹の封印を解きヨルムンガンドを復活させなければ、貴女は、貴女達は!」
今にも泣き出してしまいそうな声。
「だと言うのに何故、我々の大罪まで背負おうとされるのですか⋯⋯っ」
溢れた雫が頬を伝って、花が優しくそれを受け止める。
他の者達もそうだ。抑えきれなくなった感情が、涙を通して内から溢れ出る。
お互いがお互いのことを理解しているからこその衝突。
「それは君達も同じでしょ。それと、お墓の前で泣くものじゃない」
「⋯⋯済み、ません、ですが」
「君達は三百年、ずっと罪を償い続けてきた。もう良いよ、もう十分だよ。私達だって、聖霊王だって君達を恨んでいない、君達は間違ってない」
「そんな筈は──っ」
──ない。そう答えようとした男の頭に、温もりを内包した小さな何かが置かれた。
それがモナの手だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
反発し合っていた感情も物理的な距離によって何もかも壊されていくような、そんな気がした。
優しく撫でられ、やがてふっとその手が離れる。重たい頭を持ち上げるとすぐ目の前には微笑みを向けるモナがいて。
「君達も見たでしょ、もう新しい時代は動き始めているんだよ。確かに君達と出逢ったのも運命かもしれない。でも、いつまでも現実から目を逸らして逃げ続けているだけじゃ駄目なの。君達も、私達も」
「変われ⋯⋯と、貴女は仰られるのですか」
「そう。少なくとも私は変わったよ」
何て無茶な。彼等はそう思った。
彼等は世界の真実を知る者として、時代が過ぎても不変であろうと決めた。
語られもせず、形にも残らず、大聖典にも記されなかった真誠を知る者として、それが唯一彼等に出来る罪滅ぼしとして三百年という年月を生きてきた。
だからこそ、今更変われるとは思えなかった、変わらせてはいけないと思った。
「世界で最も罪深き種族が、赦されていい筈がありません」
だから、拒絶した。
赦されざる罪を犯した種族としてそれが正しい判断だと、自らにも言い聞かせるように。
だが彼女は首を振った。
「じゃあ君達は、私が力を貸してって言ったらどうするの?」
「勿論、全霊を以てしてお力添え致します。罪を背負い畢生を生きていくと心に決めた者として」
一生を懸けて償い続けると決めたその日から、一度たりとも忘れたことのない誓い。
しかしモナは不満そうな顔をしている。
「ですが、変わることは出来ません。我々は永きに渡って世界を欺き続けてきた大罪人です」
「⋯⋯だからオルフェウスのことも騙し続けるの? 彼はまだ、メフィストが生きていると思っているのに」
「────っ!?」
メフィスト。それはオルフェウスとも親しい間柄だった悪魔の一人。誰よりも気が回って優しくて、人の気持ちを理解するのが上手くて、行動力に長けていた悪魔。
けれど彼等にとっては全く別の感情を抱いている存在。
「どうして人間である彼が、⋯⋯いや、まさか」
「そう、オルフェウスは【魔界】で暮らしていたの。この世界で言うと五百年前くらいかな。メフィストとも仲が良かった」
彼には恩を感じていた。
ファフニールの暴走を静め、聖剣を教皇の刺客から守り、獣人すらをも救った。本来ならばそれら全て自分達の手でやらなければならないことだった。
全てが三百年前から始まった。たった一つの罪により生み出されたもの。
必ず恩に報いる、そう誓った筈なのに。
──世界を壊し世界を救った【魔王】の友に、あろうことか自分達の罪を拭わせていたなんて。
自分達がどれだけ残酷なことを彼にさせていたのか、考えるだけでも罪悪感に押し潰されそうな思いだった。
それはまごうことなき──大罪。
「⋯⋯やはり我々は、どうしようもない大罪人です」
「でもね、オルフェウスはやろうとしているの。メフィストと同じ事を、夢を」
「────っ!」
それは彼等にとって絶望にも、希望にもなり得た。
あの日の過ちを顧みれば希望だなんて烏滸がましいにも程がある。それでも彼等は三百年前から閉ざされていた未来に、もがき続けた暗闇の中に光を見てしまった。
「──ねえ、もしまた【魔王】が現れたら、君達はどうするの?」
もしも再びこの世界に彼の意志を受け継ぐ存在が現れたなら。
そんなこと、三百年という時間があったにも拘わらず一度たりとも考えたことがなかった可能性。
全てが終わってしまってから真実を知ったあの日。自分達が大罪人であると知ったあの日から、一度も想像もしなかった未来。いつまでも変わり続けないと、その足を止め過去の過ちしか見てこなかった人生。
──しかし気付けば嘲笑うかのように時代は流れていて。
涙を流して、彼等は笑った。
「例え世界を敵に回したとしても、もう間違えません。罪深きエルフとして、今度こそは」
────世界を在るべき姿へ。




