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第二話 世の中そう上手くはいかない

 鬼ごっこは丸一日行われ、遂に日没となった。

 そして現在、町の広間にて。


「そ、そんな⋯⋯」

「⋯⋯嘘」


 地に崩れ落ちる二人の少女と、それを見下ろして高笑いをあげる俺。


 そう、勝負は俺の勝ちだった。途中かなり冷や冷やさせられた場面もあったが、それでも俺は捕まることなく逃げ切った。

 此方は二対一という不利な状況な上に万全な状態とは程遠い体調ながらも勝利したのだ、これで言い訳など出る筈もない。


「昨日もっと殴っておけば良かった」

「はいそこ、物騒なこと言わない」

「夕御飯に毒盛ってやる」

「⋯⋯絶対やるなよ?」


 負けた悔しさに二人とも心の声がダダ漏れである。

 もう少し抑えてほしい気持ちもあるが、裏で何と思われているか心配するよりはましだ。


「オルフェウス様、随分無茶をされていたようですが、大丈夫ですか?」

「ああ、この程度何てことないさ」

「「⋯⋯っ」」


 爽やかに笑ってドルクが差し出してきたタオルを有り難く頂く。


「それにしても、見物客が多かったな」

「それは、昨日の戦いから誰一人として帰国されていませんからね」

「え?」


 その言葉を聞いて少し驚いた。

 だが直ぐに理解する。


「⋯⋯いやそうか、大規模転移の魔道具が破壊されたんだっけか」

「ええ」


 道理で。確かに万単位の人間が此処から帝国なり王国なりに帰るには転移の魔道具を使うしかないだろう。

 そのつもりでこの大陸に来たのなら、破壊された場合の対策など考えている筈もない。何とか自力で帰るにしてもかなりの長旅になることは目に見えており、それまでの物資を賄えるとも思えない。


「食料は足りているのか?」

「普段ならば問題ありませんが、流石にこれ程の数の食料を賄うとすると、交易は完全に途絶えてしまいましたので、おそらく一週間程度かと」


 実のところ相当厳しいらしい。

 獣人達だけならば兎も角、此処にはそれを上回る数の人々が取り残されている状況だ。町の収容可能な人数を遥かに超えて町の外にまで仮住住宅を建てているのだから。

 交易すら魔道具を軸に行っていたなら仕方の無いことなのかもしれないが。

 だがまあ、それだけあれば十分だろう。


「明日その魔道具とやらを直せるか試してみることにするよ」

「そんな事が出来るのですか!?」

「まあ、得意分野だ」

「あ、有難うございますオルフェウス様!」


 魔道具作りを嗜む者として、全力で取り組むと誓おう。

 そう心の中で鼻を鳴らしつつ、俺は亜空間からあるものを取り出す。それは町の広間を埋め尽くさん勢いの肉、肉、肉。つまりは今夜の晩御飯だ。

 突然現れたそれに見物客も含め誰もが口を開けたまま放心する。


「それと、肉で良いなら提供するぞ。もう溜め込みすぎてどれが何の肉か忘れたが⋯⋯、まあ、取ってあると言うことは食えるだろ、多分」


 ────ぉぉぉおおおああああおおおおおおおっっ!!


 周囲の者達から歓声が上がる。何か偉くなった気分に、俺は益々胸を張る。


「い、今のはアイテムボックスですかっ!? それにこんなに⋯⋯宜しいのですか?」

「うむ、肥やしにするには勿体無いからな。まだまだあるから心行くまで食べるといい。今夜は宴だ!」


 その一言で更に歓声が大きいものとなる。とても気分がいい。

 何となく思っていたのだが、今日の俺は一味違う。どう言い表すべきか⋯⋯そう、キテるのだ、調子がこれまでにないくらい絶好調なのだ。それに反して肉体はボロボロだが。


「酒だ! 酒を持ってこい!」

「樽で持ってこぉーい!」

「まさか獣人大陸で肉が食えるなんて⋯⋯っ」

「英雄様万歳!」


 驚くほど迅速に夕食──宴の準備が進められていく。

 中心となって動いているのは女性陣と冒険者達。女性陣は勿論だが、野営の経験が豊富な冒険者達には目を見張るものがある。何せ騎士達を顎で使っているのだ、こんな光景は世界広しと言えどそうお目に掛かれるものではないだろう。


「このクリスタルドラゴンの肉は誰にも渡さない⋯⋯。私は確信した、オルフェウスの作るドラゴンステーキを食べるために私は異世界召喚に巻き込まれたのだと⋯⋯!」


 既に大きな肉塊をまるで我が子のように抱き抱えたモナが、しゃーと猫のように周囲を威嚇してバサバサと翼を広げている。

 さっきから肉の山を掻き分けて何をしているのかと思えば、クリスタルドラゴンの肉を探していたのか。

 流石はモナ。最上級の肉を見抜くとはやるではないか⋯⋯。そしてモナ、君が持ってるそれがそうなのだな? 完成したら是非一口分けてもらわなければ。


 それとモナよ、巻き込まれたのか。確かに【ゲート】が開いた様子はなかったが⋯⋯、そう言う大事な情報はもっと早く知りたかったぞ。


「⋯⋯何か今、SSSランクの幻竜の名前が出てきたような気が」

「ふっ、貴様等脆弱な人間はカラドリウスやフェニックスの肉でも食らっているがいい。下等な人間共にはそれがお似合いだ」

「神鳥や不死鳥が底辺扱いされていた気がぁっ!?」

「安心しろ、底辺は多分タラスクだから」

「それでもAランクの魔物ですけどね!?」


 何を言うか、調理次第ではどんな肉でも美味しくなるのだ。つまりは料理人の腕次第。

 だが、モナの所望するステーキ等は肉によって大きく味が変わる。ただ焼くだけならば確かにいい肉を使うべきではあるが。


「モナ、お前は絶対料理するなよ、ダークマターしか生まれない」

「分かっている、貴重な肉を無駄にするつもりはない。全てオルフェウス(シェフ)に任せる」

「宜しい。そう言えばニアは何処行った?」

「とっくに肉を持って何処かへ消えた。流石は獣人、鼻で私と同じ肉を選んでいた」

「⋯⋯そう」


 いや、モナも似たようなものだろ、魔眼苦手なんだから。とは言わない。

 それにしても先程から運ばれてくる酒の量が途轍もない。どれだけ蓄えていると言うのだろうか。


「凄い酒樽の数だな」

「それはそうでしょう。獣人大陸は果樹栽培が盛んです。それから作られる様々な果実酒はそれはもう有名ですよ。それに果樹栽培のために魔物や動物は狩り尽くされるので、この大陸では動物肉ではなく魚介がメインです。主食もパンや麺ではなく米です」


 成る程、成る程、原産地だから酒がどんどん運び込まれてくると。

 それにしても獣人なのに魚介なのか⋯⋯。肉に対する反応が頗る良かったのはそれが原因か。


「居たんですか、イルネスさん」

「ええ、ええ、居ましたよ。貴方がアイテムボックスを使っている所もバッチリと」

「⋯⋯あ」


 そう言えば、イルネスさんには亜空間の事を話していなかったような⋯⋯。商人にバレるのは何というか、危険だと思ったから。


「酷いですねえ、そんな素晴らしいスキルを私に隠しているなんて。残念です、これでも私はオルフェウス殿に信頼されるよう頑張ってきたのですが。今回の件だって私が案内役にならなければどうなっていたことか⋯⋯」


 これ見よがしに悲しむイルネス。

 確かに彼がいなければ獣人大陸への到着も大幅に遅れていたことだろう。目まぐるしく状況が移り行くのが戦場だ。到着が遅れていれば今頃どうなっていたことか。


「何か特別報酬が欲しいと」

「先程のドルク殿との話を聞かせてもらいましたが、オルフェウス殿は魔道具を直すことが出来るとか。ならば作ることも可能なのではないですか? 推察なのですが、私を介してオークションに出品されていた品々、オルフェウス殿自らお作りになられたものでは?」


 ⋯⋯何て鋭い。流石は大商人と呼ばれているだけはある。

 今日は何か調子が良かったので油断が過ぎたのかもしれない。あっという間に俺の秘密を暴かれてしまうとは。


「⋯⋯何が望みですか」

「単刀直入にお聞きします。マジックバッグの作製は可能ですか?」


 マジックバッグ。要するにアイテムボックスや亜空間と似た効果を有する魔道具が欲しいと。

 何て高くついたものだろうか。商人とは本当に恐ろしい。


「⋯⋯はぁ。特別ですよ、他言厳禁ですからね」

「勿論です。あの有名な『蒼炎の剣士』との繋がりはどんな人脈、商品、金よりも魅力的ですので。マジックバッグも言い値で買い取らせて頂きます」


 そう言い残してイルネスさんは人混みの中へと消えていった。

 今日は⋯⋯というか昨日から色々と俺の隠していた事が明るみになってしまった。帰ったら王様に謝らなくてはなるまい。


「⋯⋯⋯⋯いや待てよ。誰一人この大陸から出ていないのだとしたら、俺に関する記憶をモナに頼んで改竄してもらえば或いは⋯⋯!」


 こっれっだっ! 一筋の光明がはっきりと見えた。

 素晴らしい考えじゃないか。やはり今日の俺は何か違う、冴えに冴え渡っている!


「──お主、トンでもないことを考えるのぅ」


 再び、背後から声を掛けられた。

 小さな悲鳴を上げながら振り向くと、そこには魔法師団団長のアランがジト目を向けていた。

 と言うかイルネスさんといいアランといい、どうして俺の背後に!? もう他には居ないよな!? 大丈夫だよな!?


「⋯⋯や、やあアラン、居たの」

「うむ。先程の案じゃが、やらない方が良いじゃろうな」

「え、何で!?」

「移動手段が無くなったとはいえ、連絡手段はあるということじゃ。既に大まかな状況は国王様に報告済みじゃ」

「いつの間に⋯⋯」

「お主が寝ている間にちょちょっと。おそらくもう帝国にも伝わっている頃じゃろうな」


 何ということを⋯⋯、唯一の可能性がっ。


「ああそれと、国王様から伝言を頼まれておったな」

「⋯⋯お、王様は何て?」


 恐る恐る問い掛けると、アランは懐から一枚の紙切れを取り出した。

 それを受け取り内容を確認すると。


 『あられもない姿で帰還した君の従魔は預かった。妙なことは考えず大人しく城に来い』


 とても簡潔に、そう書かれていた。


「まんま脅迫文なんですが!?」

「まあ、国王様の苦労が全て水の泡になったのじゃからな。説教も甘んじて受けよと言うことじゃ。そうでなくともお主は色々とやらかしているからのぅ」


 ⋯⋯何だろうか。今日一日の幸運が綺麗に相殺された気分なんですが。いや寧ろ釣り合いが取れていないんですが、心も体も文字通りズタボロなんですが。

 だがしかし、悔しいことに正論なのだ。ど正論すぎるから何も言い返せない。

 ならば此方も誠意を見せなければなるまい。


「⋯⋯菓子折りは何が良いと思う、おじいちゃん」

「誰がおじいちゃんじゃっ! 儂はまだ百二十才じゃ、そのくらい自分で考えい」


 そう一括して、アランもまた人混みの中へと消えていった。

 確かに誠意を見せる為には自分で悩まないといけない、それを人に頼っては誠意でも何でもなくなってしまう。それに、安直に人に頼っては自らの経験にはならない。世の中そう上手くはないのだから、学べる時に学んでおくべきだ。

 でも、これだけは言わせてほしい。


「⋯⋯⋯⋯おじいちゃん、めっちゃ長生きじゃん」


 あの様子ではまだまだ先は長そうだ。

 どうかこれからも元気に過ごしておくれ。脂っこいものは控えて、お酒もたくさん飲んではいけないよ。


 その後、早く肉を焼けとモナに散々怒られた。

次回はとても大事なお話になります。この物語の終着点とも言えるオルフェウスの〝夢〟の話です。

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