第十一話 心に秘める想い ②
オルフェウスさんが私の護衛依頼を受けてくれるとの報告をグレイルから受け、嬉しさと少しの緊張が入り交じった状態で迎えた出発日。
これで旅の間にいろいろと彼と話をすることが出来る、この気持ちが本物なのかどうかを見極める事が出来ると、そう期待に胸を膨らませている私。
集合時刻の30分前にギルドの前に到着して、出迎えてくれたネルバのギルドマスターと受付嬢に軽く挨拶をします。
その後で受付嬢が礼儀正しく頭を下げて、社交辞令として私の着ている服や白い肌を誉めてくるのを聞きながら、あの人の到着を待っていました。
⋯⋯ん? さっきからギルドマスターが何も喋らないと思えば、立ちながら居眠りをしています。
それを器用だなあと思っていると──。
「お待たせしました、初めまして王女様、僕は『希望の種子』のリーダーをしている、アストです」
先に『希望の種子』のパーティーが到着したようです。
私はそれを笑顔で迎えて、アストさんのパーティーメンバーの自己紹介を入れながら短い話をします。それが終わると再びあの人がやって来るのを静かに待ちます。
しかし、集合時間になっても彼は此所に来ませんでした。
どうしたのでしょうか? 依頼は受けてくれたので来る筈なのですが、時間が経ってもあの人の姿が見えません。もしかして、体調でも崩してしまったのでしょうか?
そんな事を考えていると、大通りの奥から、凄い勢いで此方に走ってくる人影が見えました。それを見て私の心が少しぽかぽかと温かくなったのが自分でも分かります。
当然、絶対に来てくれると信じていましたけど。
「すみません、遅れました!!」
彼が私の目の前で止まって、頭を下げながら遅刻したことを謝ってきます。
それを見てちょっとだけ可愛いと思ってしまったのは私だけの秘密です。
「待ってましたよ、オルフェウスさん。今日から護衛、よろしくお願いしますね?」
「あ、はい!」
私は一歩だけ前に出て今もなお頭を下げている彼に、ちょっとだけ上目遣いでそう言ってみます。
恥ずかしかったですが、それに緊張しながらも元気よく返事をしてくれた彼に自然と口元が緩んでしまいます。
私との挨拶が終わると冒険者同士の自己紹介を始める彼。
それにグラン、という冒険者が馬鹿にしたように彼に食って掛かります。それを聞いて少しむっとなりましたが、直ぐにリーダーのアストさんが割って入りグランさんを剣の鞘で叩きました。
オルフェウスさんを馬鹿にしたのですから、当然の報いですね。
それを無視して自己紹介をするパーティーメンバーを見て、彼等の間ではこれが普通なんだと思いながら、グレイルに連れられて馬車の中へと入ります。
馬車の中に入った後、その窓から外の様子を窺うと、今度は見送りに来ていた冒険者と話をしていました。
何を話しているかは分かりませんが、笑顔で会話をしているところを見ると、それなりに仲の良い人達なのでしょう。
それを眺めていると、執事が彼に何かを耳打ちしました。他の冒険者と騎士達は既に馬に乗っているのを見ると、もう出発するようです。
それに返事をした彼は、最後に少女二人に魔法杖を渡してから馬にまたがりました。
──プレゼント!
私はそう直感しました。それを受け取った少女達が嬉しそうに杖を握りしめているので間違いありません!
つまりあの魔法杖は、暫く会うことが出来ない彼女達に向けてのプレゼント⋯⋯、ちょっとだけロマンチックですね。
⋯⋯っいやいや、そんな事無い⋯⋯筈! これは⋯⋯そうっ、あれに決まってます! あれとは⋯⋯とは⋯⋯。⋯⋯あれとは何でしょうか、やっぱりプレゼントなのでしょうか。
別に、羨ましくなんて無いんだからっ!
たかがプレゼントの一つや二つで私が嫉妬するわけがありません。~~~っ! ほ、本当に羨ましくなんて無いんですからっ!
って、私は一体誰にいっているのでしょうか。一旦落ち着くために深呼吸をしましょう。すーっはあーっ。
⋯⋯ふう、少しだけ落ち着くことが出来ました。もう馬車も出発するので変なことは考えないようにしましょう。
私は今、馬車に揺られながら王都へと向けて移動中です。
といっても、先程ネルバを発ったばかりなので時間にして数時間くらいしか経ってはいませんが。
それでも何もやることが無いのでとっても退屈だったのですが、丁度この暇な時間を楽しく過ごせる方法を思い付きました。
それは──。
じぃ~~⋯⋯。
あの人を馬車の中からこっそりと覗き見することです。
これが意外にも楽しくて、もう私の視線はさっきからあの人に釘付けです。
でも、まだこの感情が本物かどうかの判別はついていません。ですのでこれは仕方の無いことなのです、少しでも彼の事を観察して、ちゃんと見極めないといけないのですっ!
彼は何歳なのでしょうか。外見だけを見れば私よりも年上そうですが、それでも殆ど変わらない年のようにも見えます。でも彼からは何処か大人びた感じがします。
とても不思議な人です。そんな彼の珍しい黒髪と黒目を眺めていると、何かが吸い込まれそうになってしまいます。
「──っっ!?」
刹那、私は自分でも信じられない速度で窓に付いているカーテンを勢いよく閉めました。
「姫様、どうかしましたか?」
「今、窓に大きい虫がぶつかったのっ、それでびっくりして⋯⋯」
「成る程、そうでしたか」
あ、危ない所でした。咄嗟に出た言い訳がグレイルに通用して本当に良かったです。口調が少しおかしくなっていましたが、まあそれも仕方の無い事でしょう。
私が突然カーテンを閉めた理由、それは彼──オルフェウスさんと目が合ってしまったからです。
何故私が彼の事をこっそり見ていたのがバレてしまったのでしょう。
やはりワイバーンを倒せる力を兼ね備えているだけあって、気配を感じ取るのもまた得意なのでしょうか。意外と手強いですね⋯⋯。
それでも私は諦めません。閉め切ったカーテンをほんの少しだけめくり、再び彼の観察を続行します。少し伸びすぎている髪が風によってなびいている彼の顔をじぃーっと覗いていると──。
──チラッ。
──サッ!
ま、また気付かれてしまいました⋯⋯。
そんな風に私と彼の静かな攻防戦は続いていき、最後には彼は此方を振り向かないようになりました。
それによって私は心置き無く彼の事を観察することが出来るようになりました。だけど、彼が振り向いてくれなくなってしまったのは少しだけ悲しいです⋯⋯。
──次の日。
今日も良い天気で、清々しい朝を迎えることが出来ました。
昨日早めに眠りについたこともあって陽が登ると同時に目覚めることができ、朝食を手短に済ませて私達は王都へ向けて出発しました。
そして昨日同様、私が馬車の中で暇な時間を彼を観察するために使っていると、旅で最初の魔物の遭遇に遭ってしまいました。
それは本来、こんな平和な草原に出没するような事など有り得ない脅威であり、単体ですらかなりの力を持つ魔物──ストームウルフ。
しかしこの魔物の厄介なところは別にあります。それが群で行動するということ。個ですらCランクに指定されるストームウルフは、群で行動することによってその危険度は跳ね上がります。
そんな危険な魔物が目の前にまで迫ってきているのにも拘わらず、私はとても落ち着いていたした。それは何故か、決まっています。
何故なら──この上無く頼もしい私の護衛がいるのですから。
戦闘が終わり、私達は再び王都へ向けて移動していました。
戦闘はというとそれはもう完勝でした。『希望の種子』の人達は既に実力だけならAランクと言われているだけあり、とても戦い慣れているようでした。
そして彼も、素晴らしい剣捌きでストームウルフを一刀のもとに斬り伏せてみせました。彼の活躍が少なかったので少し残念でしたが、それは仕方無いでしょう。
あれから今日で二週間、無事予定通りに王都に到着することが出来ました。
しかし私は機嫌が悪いです。二週間の間、私は彼ととても近い距離で過ごしてきましたが、一度も言葉を交わすことすら出来なかったのです!
というか、旅の間私は馬車から降りることすら執事のグレイルに禁止されていました。万が一何かあってもいけないと考えての事だとは分かっているのですが、それでも少しくらい良いじゃないですか!
グレイルは何時も変なところで気難しいので、彼が駄目といったら私が頼んでもなかなかそれを曲げてはくれないのです。
そして遂に、彼の声すら聞くこともなく王城へと着いてしまいました。
うぅ、少しで良いから彼と話してみたかったです⋯⋯。




