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第二十四話 蒼炎の剣士 ②

「『転移』」


 時空魔法で氷塊の外へと転移する。


「──『ディメンションスラッシュ』」


 バロールの背後に転移した俺は、空間そのものを斬り裂く時空魔法で残りの三体を纏めて両断した。

 残存魔力を考えて使用は控えていたが、こうなってしまってはやむを得ない。


「直したばかりだってのに、こんなに穴開けやがって⋯⋯」


 流石に体に幾つもの風穴を開けて戦う訳にもいかないので再び『リペア』で見た目だけ元通りに直しておく。

 その隙にリビングゴーストが逸早く反応して、黒く鋭い影を伸ばして俺を貫こうとする。

 しかし、先程と違って動きを封じられていないためそれらを躱すことは造作もない。


 リビングゴーストの攻撃は貫通力は非常に高いが、全てが直線的な攻撃。寧ろ他の魔物と比べて回避は容易だ。

 そして物理攻撃は勿論、魔法すら効果の薄いリビングゴーストだが──攻撃する瞬間だけは必ず実体化する。その瞬間こそがリビングゴーストの弱点となる。


「消し、飛べッ!」


 そのタイミングを逃さず、剣の極大付与を解除し分離させた蒼い炎を凪ぎ払う様に飛ばす。

 アダマンタイトから切り離されたことで本来の威力へと戻った蒼炎は、全てのリビングゴーストを呑み込む程の大爆発を引き起こした。実体化した体は焼き尽くされて崩壊していく。


 折角の極大付与だったが、このダンジョンから生まれる魔物にはあまり有効な付与ではない。

 炎が有効なケルベロスやグラトニースライム、リビングゴーストを一掃出来たのだから充分だろう。


「はああああッッ!!」


 連携を取られる前に先手を打ち、接近していたヴリトラの胴を両断する。

 断末魔を聞きながら、次々と襲い掛かってくるヴリトラの群れ──その先頭にいたヴリトラの頭を踏み台にして、空へと跳んだ。


《ピュォォォォォォォォオオオ!!》


 フェニックスが炎を吐く。常人なら接触する以前に体が蒸発してしまう程の熱を帯びた、マグマを思わせる様な炎。

 だが、俺は避けない。


「──ッらぁ!」


 灼熱の炎を断ち切って、そのままフェニックスの懐まで到達する。

 アダマンタイトは魔力の通りが致命的に悪い。だが、逆を返せば魔法の影響を受けにくいという事。

 つまり魔力で強化された炎を一切受け付けること無く、魔法によって全身を炎に変質させているフェニックスにさえ、その刃は届く。


《──ァァァァァァアアアアア!?》


 アダマンタイトが魔力を断ち切って、フェニックスの魔法が剣の触れた部分だけ解除される。

 そうしてフェニックスに届いた刃は、バターの様にその体を斬り裂いて息の根を止める。


「『フリージングエンチャント』」


 長剣──ではなく、もう片方の手に創造した短剣に付与魔法を施し、それを振るって氷結の衝撃波を飛ばす。

 周囲にいたフェニックスの体が一時的に氷塊の中に囚われる。


「喰らえ」


 その隙に『武器創造』で無数の短剣を空中に創り出し、間髪入れずに打ち出して氷塊を貫きフェニックスの体に突き刺さる。


 ──カッ!


 間髪入れずに短剣に付与していた効果が発動し、大規模な爆発が巻き起こった。

 氷塊が砕けて蒸発すると同時にフェニックスも絶命して消滅すると、その頃には俺の体は自由落下に移っていた。


《──ピュォォォォォォォオオオッッッ!》


 不意に、爆炎の中から一体のフェニックスが飛び出した。


「ちっ」


 どうやらあの攻撃を耐え切ったらしい。

 ──とその時、視界が禍々しい霧で支配された。

 おそらくヴリトラの毒霧だろう。呼吸を止めても、皮膚が毒に蝕まれていくのが分かる。

 それでもファフニールの毒と比べればこの程度どうということはない。しかし、生き残ったフェニックスが何もしない筈もなく。


《────ォォォッッッ!!》


 上空から叩き落とすように炎の波が押し寄せてきた。

 それは毒霧すら焼き払い、俺を呑み込んで大きな柱となる。


「『テンペストエンチャント』ッ!」


 武器に風の付与を施して、それを振るうことで大きな竜巻を起こす。

 それは毒霧や炎を束ねるように収束させて、中心に台風の目にも似た空間を生み出した。


「毒を以て毒を制すって、知ってるか?」


 何とか攻撃を切り抜けた時、大きく開かれたヴリトラの口が目の前にあった。

 今までならば毒に対抗できる手段は限られていて、直ぐに対処したとしても麻痺程度は受けていただろう。しかし。


「──力を借りるぞ、ファフニール」


 俺の手に握られているのは長剣──ではなく、俺が持つには少々大きすぎるサイズの大鎌。

 ファフニールの素材を用いて『武器創造』のスキルで生み出した大鎌──【邪竜神鎌(イビルリーパー)


 周囲の魔素のみならず毒素までもを取り込むことで力を増す【神鎌】。

 スキルで創れる武器の中でも間違いなく最高峰の逸品と言っても過言ではない、文字通りのとっておき。

 曲がりなりにも『蒼炎の剣士』等と呼ばれているので本来は使用するつもりは無かったが、そうも言ってはいられない。


「はぁッ!」


 ──斬。

 大振りの一撃。大口を開けて待ち構えていたヴリトラはいとも容易く糧に一閃され、断末魔すら上げる暇すら与えず消滅する。

 切れ味はアダマンタイトの剣までとはいかずとも、武器としての汎用性で言えばこの大鎌に分があるだろう。それは単に付与魔法を存分に使えるから、というだけではない。


「治ったか」


  ──この大鎌は毒を喰らう。

 ヴリトラの毒霧のみならず俺の体内に残ったグラトニースライムの毒すらも、この大鎌は自らの力に変えてしまったのだ。

 聖属性付与を行ったとしても、これ程の速度で癒すことは出来ないだろう。癒すと喰らうのでは全くの別物なのだから。

 それが【邪竜神鎌】の力⋯⋯というよりも、かつて災厄を引き起こしたファフニールの奥底に眠る本質、といった方が正しいのかもしれない。


 そうしている間にも大地を砕きヴリトラが迫る。

 だが、その牙が俺に届くことはない。


《《《シャアアアアアアアアアアア────ガッ!?》》》


 黒い障壁が周囲に展開され、ヴリトラの攻撃を防ぐ。

 ファフニールが得意とした暗黒魔法『ダークネスシールド』。

 この神鎌は素材となったファフニールの特性、能力を強く受けている。故にファフニールが使っていた暗黒魔法すら神鎌の力を借りて扱う事が出来るのだ。

 とはいえ、他の暗黒魔法も同様に使えるのかと言えば、そう都合の良いものではないのだが。



「これで────」


 終わり。

 神鎌の力で俺に触れることすら叶わないヴリトラと生き残りのフェニックスを片付けて、ダンジョンの核を破壊すれば全てが解決する。



 その筈だった。背後で障壁が破壊される音を聞くまでは。



「何!?」


 ヴリトラの力ではこの障壁を破壊することは絶対に出来ない。そう思っていたからこその油断、その油断から生じた致命的な──隙。

 慌てて振り向くと、小さな穴ではあったものの確かに障壁が破壊されていて、俺の懐には拳を握った誰かが居た。



「──────えっ?」



 気付けば体は宙にあって、途轍もない速度で風を切って飛んでいた。


 正しく言えば、何者かに殴り飛ばされたといった方が適切だろうか。

 兎に角、何重にも防御系の付与魔法を施したオリハルコン製の仮面に罅を入れる程の威力で殴られた俺は、絶賛超速度の空の旅を──。


「ガハッ!」


 ──空の旅は一秒もあったかどうかといった所で唐突に終わりを告げた。

 王国と帝国の連合軍すら突き抜けて、遥か後方にある獣人の町、それを取り囲む頑丈な防壁に受け止められたのだ。


「ぅぐっ⋯⋯」


 とても痛い、久しく味わっていない強烈な痛みに身体中が悲鳴を上げている。それでも仮面のお陰で顔は無傷だった。

 ⋯⋯色々付与魔法で防御力高めておいて本当に良かった。まさか本当に役に立つ日が来るとはこれを作った時には思ってもみなかったけど。

 だが、今はそんな事どうだっていい。


「⋯⋯⋯⋯ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」


 体の震えが止まらない。

 痛みに悲鳴を上げていた俺の体は、今や痛みなど忘れ別のものに悲鳴を上げている。

 鼓動が速まり、息も荒くなって。


「あ、あの、大丈夫、ですか⋯⋯?」

「ヤバ──ッ!」


 そこで漸く、周囲に人が居ることに気が付いた。

 顔を上げると目の前には一人の女性が此方を見下ろしていて、その後ろには数十人といった者達が様子を窺っている姿があった。


「っあ、ああ」


 この人達は見たところ武装しておらず、魔法使いとも思えない。おそらくは戦闘支援を目的とした部隊といった所だろうか。

 防壁に埋まった体を強引に動かして起き上がり、エルに念話を試みる。


『エル、聞こえるか』

『──っ! は、はい、主』

『? どうした、何かあったのか』

『い、いえ、獣人の娘に追われていて⋯⋯。聞くところによると主の知人らしく、流石に獣人の鼻を欺くことは⋯⋯』


 俺の知り合いの獣人?

 もしかして、建国祭で知り合った人達だろうか。獣人大陸へ帰るための資金も俺が用意して送り出したから、この場に居ることは何ら不思議なことではない。

 だが、そうか。無事にこの地に帰ってこれていたんだな。


『このままでは、私が主に擬態したことが見破られてしまいます』

『それはもう諦めるしかないか⋯⋯。エル、近くにアランはいるか? グラデュースでもいい』

『一応、二人ともいますが、宜しいので「捕まえたー!」──うぐっ!?』


 どうやら捕まってしまったらしい。まあ、獣人の高い身体能力を相手に今までよく逃げれいられたものだろう。

 それよりも今の声⋯⋯まさか、ニアが来ているのか?


「──あの、剣士様、どうされましたか」

「え、ああいや、何でもない」

「剣士様、我々はどうなってしまうのでしょうか」

「⋯⋯っ」


 行く末を心配している、当然だろう。この世界には本来存在しない筈のモノが【魔界】から召喚されたのだから、心配も恐怖も混乱も絶望も、当然の感情だ。


「心配は要らない。すぐ終わる」

「え──」


 それだけ言い残してその場から転移する。

 そう、直ぐに終わる。もうこれでもかというほど呆気なく、迅速に事態を収拾する。


「アラン! あいつに攻撃するのは止めて──」


 転移した先、アランとグラデュースが居るとのことだったので座標に指定したのは従魔のエル。

 視界が一瞬で切り替わり最初に目に飛び込んできたのは、幼い少女に衣服を剥ぎ取られあられもない姿一歩手前の、俺に擬態した我が従魔の悲惨な姿。


「──くれない⋯⋯か」


 一体、戦場の最前線で何をしているのだろう。


「脱げ、身ぐるみ全部、早く」

「お、落ち着け。わた、俺は正真正銘オルフェウスだ! 信じてくれ!」

「この程度の偽装では獣人の鼻は騙されない。お前はオルフェウスじゃない。でもこの服はオルフェウスのもの、だから早く脱げ、私に寄越せ」


 ⋯⋯何て酷い現場だろうか。

 そしてやはり犯人はニアだった。元々スライムであるエルでは獣人のニアの力には届く筈もなく、力負けして押し倒されたエルの上に馬乗りになったニアが血眼になって俺が貸し与えた衣服を引っ張っている。

 だが、エルに気を取られているお陰で此方には気付いていない様子。非常に心苦しいがエルにはそのまま犠牲⋯⋯注意を引き付けていてもらおう。


「あいつが誰か聞いてもいいか」

「転移させられた時は驚いたぞ。お主と瓜二つの者が目の前にいたのじゃからのう」

「俺の従魔だ。スライムの」


 そそくさと寄って来たグラデュースとアランにそう告げる。


「助けないでいいのか?」

「⋯⋯⋯⋯」

「従魔を裏切るのか」

「⋯⋯それより」


 声を発したのと爆発音がしたのはほぼ同時だった。

 見れば、俺を殴り飛ばした奴が生き残りのフェニックスとヴリトラを一掃した所だった。


「人が折角気持ち良く昼寝していたと言うのに、どかどかどかどかと家の外で騒音なんか出して、近所迷惑。殺されたいの?」


 禍々しいオーラを放ちながら、威嚇するように背中に大きな黒い翼を広げた少女が苦情を飛ばす。

 きっと相当に怒っているのだろう。⋯⋯アイマスクで目元は覆われているが。おそらく、いや間違いなく寝起きだろう。


「何か返事をしたらどう、此処は私の縄張り。まさか私が序列第6位の大罪悪魔だと知らない筈もあるまい。下等な悪魔共が束になったところで私には敵わぬとその身に──んぅ?」


 漸くアイマスクを外した少女の動きが止まる。

 まだ眠たげな少女の視線はその一点に注がれており、目を擦り何度も確認を繰り返している。


「お、おい、あいつ今、悪魔って!」

「煩い静かに」


 そうグラデュースを制止させた所で軍全体を沈めることは出来ないのだが。

 とは言え誰も先走った行動を起こしていないのだからよしとしよう。寝起きの彼女を刺激するのは大変危険だ、下手をすればダンジョンよりも脅威な存在と成り得る。


「アラン、後は頼むぞ」

「⋯⋯お主、何をする気じゃ? いくらお主とてあれを一人で相手にするのは⋯⋯っ!」


 アランの言葉を最後まで聞くことなく、俺は足を踏み出し、同時にエルへと念話を試みる。


『エル、頃合いを見て転移の魔道具で王城に戻っていてくれ。俺も後から──』

「ああーー!!」


 話半分で突然念話が切れたと思ったら、ニアが大声を上げたのが聞こえてきた。

 何という行動の早さ。余程大変な思いをしたのだろう。俺の代わりになってくれたのだから帰ったらしっかりとお礼をしなくてはなるまい。


「さて、感動の()()⋯⋯と言える状況ではないけれど」


 壊れ掛けた仮面を外して投げ棄て、神鎌も亜空間に仕舞う。

 この角度からならば誰も俺の顔を確認することは出来ないだろう。出来るのは俺の目の前にいる一人の小さな少女だけ。


「──っ!」


 少女が、取り払われた仮面の下を見て眠そうだった瞳を大きく開く。

 広げた翼も途端に小さくなって、撒き散らしていた禍々しいオーラもそれを皮切りに消え失せる。


()()()()だな、モナ。まさかこっちで会えるとは思ってもみなかったぞ」

「オル、フェウス⋯⋯?」


 そう声を掛けてやれば、子どもの様に無邪気な笑顔をつくって此方に駆け寄ってくる。

 そんな【魔界】で知り合った友人の悪魔であるモナを受け止めようと両手を広げてやると──。


「────この、嘘つきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

「ぐはぁっ!!?!?」


 無防備になった腹部に容赦を知らない渾身の一撃が見舞われて、再び獣人の町の防壁まで弾丸の様に殴り飛ばされた。


「っ! この匂いはッ!」


 途中、何処かの獣人少女の声が聞こえた様な気がしたが、そんな事を気にしている余裕は残念ながら持ち合わせていなかった。

 二度の激突で防壁は遂に崩壊し崩れた瓦礫が俺に降り注ぐ中、俺の意識はゆっくりと遠退いていって。


「だ、大丈夫ですか⋯⋯?」


 先程よりも離れた位置で、控えめに訊ねてくる女性の声。

 焦点が定まらず音の聞こえも良くない。全身が激痛に悶えているところに追い打ちとばかりに瓦礫が俺の頭を強打した。


「な、ぜ⋯⋯、こんな、はずでは────」




 やがて俺は、完全に意識を手放した。

中途半端ではありますが、これにて5章は完結です。ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。評価などしてくだされば幸いです。

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