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第二十四話 蒼炎の剣士 ①

 従魔との感覚共有を遮断し、魔法を発動させた。



「『クロノス・エイジ』」



 時空魔法の中でも、最上位に位置する魔法。


 空間と時間を膨大な魔力によって完全に支配することにより、空間内に存在する己以外の一切の時間を支配下に置くことの出来る、俺のとっておきとも言える魔法。

 しかし、その範囲が広いほど魔力の消費は比例的に増大していくため、連発も長時間の維持も遠慮したい代物だ。


「さて」


 亜空間から一振りの長剣と魔法杖を取り出す。

 刀は俺に擬態したエルに貸してしまったので、【魔界】で暮らしていた頃に創った物を使う他ない。

 それに、以前も剣を使っていたのだから、刀を使うというのはあまり好ましくは無いだろう。


「久し振りに持ったけど、やっぱアダマンタイトは重い」


 アダマンタイト。この世で最も魔力電導率が悪く、最も硬く重い漆黒の金属。

 しかし、加工すれば魔力で強化せずともこの世で最も鋭利な武器と化し、聖剣や魔剣などの特殊な武器を除けば、扱うことさえ出来れば剣士にとってこれ以上の武器は存在しない。


「【魔界】で暮らしていた頃でもこれを振る機会は殆ど無かったけど⋯⋯、流石にアレはこの剣じゃないと駄目だよな」


 魔物を斬るだけなら、別にアダマンタイト製の武器を使わなくとも問題はない。

 しかしアダマンタイトを斬るには、同じアダマンタイトでなければ難しい。

 魔力が通りにくい故に魔法も、魔法による強化も効果は薄く、アダマンタイトに次ぐ硬さを持つオリハルコンでもない限り、一度打ち合わせただけでも簡単に砕け散ってしまう。


 アダマンタイトの剣を腰に差し、空いた手で亜空間から今度はいつぞやの仮面を取り出す。


「これも、また使うことになるとは」


 二度と使う機会など訪れず、亜空間の肥やしになると思っていたのだが。

 もっといいデザインにすれば良かったと思いつつ、顔を隠し、森林の端からケルベロスの群れの上空に転移する。


「それじゃあ始めるか。──『リリース』」


 杖と呼ぶには極端に短い長さである魔法杖──正確には使い捨ての魔道具なのだが──を翳し、魔法を発動させた。

 魔法杖の先端で強い光を放つ魔石から、その内に封じ込められた魔法が解き放たれる。

 この魔道具に込められていた魔法は、最上級の氷魔法──『ニブルヘイム』。


 本来なら超広範囲を敵味方関係なく纏めて凍てつかせてしまうため、使いどころが極端に限定される魔法だが、魔道具にすることで制御性を格段に向上させ、発動者の意思に反して人を巻き込むことはない。

 ⋯⋯とはいえ、流石に魔物の群れのど真ん中に陣取っているアランとグラデュースは例外に当たるため、結界を張って氷付けを阻止する。


「『マキシマム・フレイムエンチャント』」


 鞘から剣を抜き放つと同時に付与魔法を施す。

 これで、準備は終いだ。

 流石にアダマンタイトなだけあって、普段より付与の効果がかなり減衰しているが、見かけ上は殆ど変化は見られない。


「残りの魔力を考えるとかなりギリギリかな」


 魔道具から唯のガラクタと化したそれを亜空間に仕舞い、時空魔法を解除する。

 そして、その場の時が再び刻まれ始め────。



「な、なんだ、あれはーーーーっ!!」



 遥か後方から、自分に良く似た声が聞こえてくる。

 ⋯⋯そんな事をしてくれと頼んだ覚えはないが、注目が集まるのならば好都合だ。

 聖国との戦いで疲弊している筈、死者だって少なくないだろう。


「ここは【魔界】じゃない」


 そう、自分に言い聞かせる。

 命を懸けた戦闘が日常茶飯事──なんて事は、この世界ではあり得ないことであり、降り注ぐ脅威を自力でを退けられるほど、人は強くない。

 この世界の常識と【魔界】の常識を混同させるな、誰もが常識外れな強さを有する悪魔達と同一に考えるな。


 ──あの時の過ちを繰り返すな。


 死に、殺すことに慣れ過ぎてしまった俺だからこそ、それが痛くて重くて呆気ないことを知っている俺だからこそ、守るものを見誤ってはならない。


 自分が全てを救える完璧な存在だとは思わない、自分は何ら変わらない唯の人間だ。

 最強が欲しいとも思わない。けれど、自分の手が届く所にある大切は、全身全霊で守りたい。

 そう心に決め、俺はアランとグラデュースに合流する。


「オ、オルフェウス──」

「安心しろ、王都は大丈夫だ。頼もしい人⋯⋯いや、竜が何とかしてくれるそうだから。きっと上手くやってくれる」

「⋯⋯そうか。それは、良かった」


 地面に着地すると、図ったかのようにケルベロスの氷像が粉々に砕け散っていく。

 どうやら氷の中に封じられたケルベロスが死に、身体を構成していた魔力が魔素へと戻ったのだろう。


 だが本来、自然で生まれた魔物は魔素からであろうと親から産み落とされようと、死んだ後に魔素に戻ることはない。

 これが、俺の推測を確実なものへと昇華させる。


「今からお前達を転移させる。巻き込まれないようあの人達の指揮を執ってくれ。それと、出来れば森にいる獣人達にも。時間が無いんだ」

「⋯⋯あー、ったく、不本意だが仕方ねぇ。何も聞かずに従ってやる。どうせ国王様も根負けしたんだろう? なら俺等がとやかく言う資格はねぇ」

「ま、そうじゃのう、⋯⋯一番危険な局面を君の様な若者に任せてしまうのは、年長者として心が痛い所じゃが」


 若者、ね。

 最近ではもう馴れてきてしまったことではあるが、そろそろ俺も酒を飲みたい。今度知人と出会す心配のない酒場を見付けて──ではなく。


「ところで、オルフェウス殿はあれが何か知っているのか?」


 邪念を祓おうと頭を振っていると、グラデュースがそんな事を訊いてきた。

 そう言えば、あれはこの世界のモノでは無かった。

 俺の様に何も考えずに【魔界】に繋がるゲートを潜って、そして生還してきた者ならいざ知らず、そうでない彼等が知っている筈もないか。


「あれはダンジョンだ」

「「⋯⋯は?」」

「だから、ダンジョン」


 二度そう伝えたが、まるで理解できていないといった様子だ。

 あまり説明している余裕も無いのだが⋯⋯。


「周りを見てみろ」


 指示に従い二人は荒野を見渡す。

 何かが変わっている、という訳でもない。


 ただ、先程とは違って、荒野に無数の魔石が転がっているだけだ。

 それは当然な結果だ。しかしそれこそが証明となる。


「死んだ後、体が消滅するのはダンジョンの魔物である証拠だ。見ての通り魔石だってドロップしてる」

「言われてみれば⋯⋯確かに」

「しかしあの魔物達は、何もない所から生まれたぞ? ダンジョンの魔物は、ダンジョンの中でしか発生しないものじゃろう?」

「その説明はまたの機会な」


 全滅させたケルベロスやバロールの数は計り知れない。

 しかし、既に新たなそれが生み出され始めている。

 短期決戦が目的であるため、足止めを食らうのはなるべく避けなければならない。


「それじゃあ、よろしく頼むよ」


 最後にそう言って、俺は二人に手を翳す。


「そりゃあ、こっちのセリフだ。⋯⋯お前にはいつもいつも、情けない所を見られちまうな」

「無理だけはしないようにの。君に何かあれば悲しむ者達がいることを忘れぬように」


 二人が言い終わると同時に転移先の座標の選択が完了し、その場から消えた。

 これで気兼ねなく戦闘に集中できる。

 この戦いに参加しているという生徒達の安否はまだ判らないが、分かり次第エルから念話が入るだろう。


「⋯⋯フェニックスまで出てきたか。今の付与と相性最悪だな」


 どうやらこのダンジョンではフェニックスすら通常モンスターらしい。

 いや、【魔界】のダンジョンはこの世界のものと違って非常に狡猾だ。もしかしたら低級な魔物を量産したところで殺せないと判断したのかもしれない。


「一人でダンジョン狩りをするのは初めてだが、まあ、この程度なら何とかなるか」


 一先ず、横凪ぎに飛刃を飛ばして一つ目魔眼巨人と三つ首狼共を全滅させる。

 だがやはり、アダマンタイトなだけあって魔力の通りが悪すぎる。


「全く、こんなことしてタダで済むと思ってるのかねぇ⋯⋯?」


 天使が生きる【天界】がどんなところかは知らないが、【魔界】のことはこの世界の誰よりも知っているつもりだ。


 その知識と経験から言わせてみれば、【魔界】に強制的に干渉したことはもう多くの悪魔達に勘付かれているだろう。

 このダンジョンを何処の縄張りから持ってきたものか、それは召喚した者すら把握出来ないだろう。

 故に俺がそれを知る由もない。


「介入してこなければ良し、そうでなければ──」


 襲ってきたフェニックスを次々と両断していく。

 が、不死鳥と呼ばれるだけあって瞬時に再生してしまう。


「──俺は関係ない、うん」


 跳躍し、今度はしっかり核を捉えてフェニックスの体を両断する。

 続けて一体、もう一体と転移を繰り返していく。


 と、その時、突然地面から飛び出してきた何かが俺を襲った。


「ヴリトラまで⋯⋯」


 巨大な青黒い蛇が、大きく口を開けていた。

 それも一体や二体の話ではなく二十体近くのヴリトラが同時に地面から飛び出した。


 恐らく地面に潜んでいた為、ニブルヘイムが届かなかったのだろう。

 そうでなくとも、ヴリトラは氷魔法を使う魔物で、一般的な生息地は極寒の雪山。

 普段は雪の中に潜んで獲物が来るのを待つような魔物だ。

 ──そして。


「ちっ!」


 蛇と言うからには毒牙があって、加えて猛毒の霧を吐き出す。

 どちらも転移で逃れることは出来たが、中々どうして厄介なことか。


《──止マレ》


「ッ!?」


 転移した直後、俺の体が石の様に動かなくなる。


「⋯⋯魔眼の支配か」


 魔眼による支配。本当に厄介な能力だ。

 とは言えバロール程度の支配では、俺の動きを完全に抑えることは出来ない。

 だがその一瞬の硬直が、戦闘では命取りとなる。


「ぐはっ!」


 ヴリトラの尻尾で凪ぎ払われ、肺に溜まっていた空気が押し出される。

 そうして吹き飛ばされた先。


 禍々しい色をした巨大なスライムが。


「おいおいマジかよ⋯⋯!」


 大きく口を開いて待ち構えていたそれに丸呑みされてしまった。

 なんて連携の取れた戦術。真菅に【魔界】の魔物、知能が高い。


(くそ)


 グラトニースライム。

 全てを喰らう暴食の化身。

 身体がじわじわと毒に蝕まれていき、消化液で溶かはれていく。


(──燃やし尽くせ)


 剣に付与した蒼い炎が爆発的に増大し、巨大なグラトニースライムの体を全て包み込む螺旋の炎の柱を体現させる。

 それは文字通り全てを燃やし尽くして、魔素となり消滅した後に残ったグラトニースライムの魔石すらも消滅させた。


 衣服には耐毒の付与を施していたので何とかなったが、体の方は思った以上に毒を貰っており、あちこちが溶かされている。

 流石に溶かされた体では戦えない。


「『リペア』」


 時空魔法で体の状態を過去のものへと巻き戻す。

 とはいえ、これは回復魔法ではないため状態を元に戻すだけ。消耗も毒も癒せていない見掛けだけの繕いだ。

 そのカバーは付与魔法で補うしかない。


「『マキシマム・ライトニングエンチャント』」


 雷を体に纏うことで身体能力を飛躍的に向上させる付与魔法。

 これを使うと感覚神経が麻痺してしまうのだが、今の状況では逆に好都合だ。


「ん?」


 ふと気付くと、足元に魔方陣が広がっていた。

 魔法が発動して一帯の地形を変化させる。平地だった場所が、今では剣山の様に岩が飛び出している。


 だが、遅い。

 魔法が発動する頃には、俺はそれを発動させたバロールの目の前まで移動していた。


「先ずはお前から」


 最も警戒すべき魔眼。その片方である右眼を剣で貫いた。

 蒼い炎がバロールに燃え移り、体を灰に変える。

 バロールは残り三体。再び出現する様子はない。

 ──だが。


《《《──止マレ》》》


 再び、俺の体が硬直する。

 しかも今回は三重の支配。抵抗できるとはいえ、容易に逃れることは叶わない。


 その隙に周囲に氷の粒が漂い始め、徐々に肥大化して巨大な氷塊と化し、それらが融合することで完全に俺を氷の中へと閉じ込めた。

 剣に付与した炎ですら簡単に溶かせない、高密度の魔力で展開されたヴリトラの氷魔法。


 そして、俺を捕らえた氷塊に針の様に細い漆黒の何かが何十と突き刺さる。

 気付けば、氷塊を囲むようにして蠢く黒い影が存在していた。


(リビングゴースト⋯⋯!)


 やや人の形をした漆黒の影、実体を持たないアンデッド。

 体を様々な形に変容させて攻撃してくる厄介な魔物だ。


「ったく、本当に──」




 ──出し惜しみは出来ないらしい。

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