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第十八話 魔法陣

 反撃が始まり、早くも四時間が過ぎようとしていた。

 指揮官を失った聖騎士の侵攻は根底から崩れ、その純白の鎧を赤く染めた。


 彼等の足となっていたユニコーンは縛っていた鎖が無くなったかの様に飛び去り、森林へ逃げた者達も獣人の戦士の奇襲によって既に壊滅している。


「流石はたった二人しか存在しない最高ランク、SSランク冒険者なだけあるな、【賢者】ペルセウス殿は」

「こんな老いぼれでも役に立てて良かったですよ」


 笑ってそう返すペルセウスだが、彼は既に五十余りの聖騎士を倒しており、周囲には様々な魔法により息絶えた聖騎士の死体が転がっている。

 まさかSSランクの冒険者が味方として戦ってくれるとは思ってもみなかったグラデュースとしては、アランを除いてこれほど心強い存在はいない。


「……どうされたしたか?」

「いや、……弱い、と思ってな」


 片端から聖騎士を幾十人を斬り倒していたグラデュースが、手に持った剣を見下ろしながらそんな事を言った。


「確かに。噂に聞いていた聖騎士とは随分と印象が違う様ですね」


 傍でグラデュースを支援していたペルセウスも同意見のようだ。


「確か聖騎士は、ユニコーンの回復魔法があるから魔法部隊は無いんだったな。聖騎士に撤退の二文字が無いというのは、鎧に隷属の魔法が付与されてる所為だろうが……」


 回復手段が無いにしても、弱すぎた。

 隷属効果で自由が制限させていたとしても、彼等が身に付けている装備は教皇自らがあらゆる付与を施した一級品に他ならない。

 最も優れた付与魔法使いとして知られる教皇の付与魔法を受けているにも拘わらず、彼等はあまりにも弱すぎたのだ。


「そうですね。この鎧には少し興味があったのですが」


 そう言ってペルセウスは、今しがた氷槍によって貫いた聖騎士に近付く。

 個人的にどのような付与が施されているのか気になっていた彼は、その鎧を間近で観察することによって、ある事に気付いた。


「これは……」


(強化系の付与が殆ど行われていないだと……? それにこの付与は……認識阻害……?)


 普通、冒険者が魔物から存在を隠したり、隠密での行動を要する諜報部隊、他には暗殺者などの装備に使われることの多い付与。

 周囲から認識されにくくなることから、御忍びで貴族が町中を視察する際にも用いられるものであるが、とは言え、まさか騎士の鎧にされていると思う者など誰もいないだろう。


(一体、何を隠そうとして────!?)


 不意に、既に死に絶えている筈の聖騎士の身体が一度、大きく脈動した。


「まさか、生きているのか……? いや、確かに死んでいる筈……」


 暫くして、ペルセウスは漸く答えに辿り着いた。

 この聖騎士は腹部を氷槍によって貫かれ、流れ出た血の量からして確かに死んでいる、それは間違いない。


 ただ、その身体を蝕びながら力を増幅させていく魔法陣が付与されていたというだけ。

 聖騎士に付与された魔法陣は、静かにその身体から浮かび上がると、その場で停止した。


「なん……だ、これは……っ?」


 それは、あらゆる知識を有することから賢者とまで呼ばれるペルセウスですら、即座に読み解くことが出来ないほど緻密なものであった。


「魔法陣か」

「その様です。しかし、何の魔法陣かは私にも解りません。一つ解る事は、騎士の生命力を奪っていたという事でしょうか」

「ペルセウス殿でも、か」


 そう言って、グラデュースは魔法陣へ向けておもむろに剣を振り下ろした。

 しかしその剣は魔法陣を透過するに終わる。


「どうやら、破壊は出来ないようですね、魔法でも無理そうだ。物理的に刻まれた魔法陣ならば別でしたが。後は……あの〝眼〟を持って生まれた少年ならばもしかしたかもしれませんが、……あの一件でかなり消耗したと聞きましたからね」

「らしいな」


 兎に角、今この場にどうにかする手立ては無いということ。

 そしてもう一つ、大きすぎる問題があった。


「──まあ、対処できたとしても、あの数では無理というものだが、な」


 どうやら、身体に魔法陣が隠されていた聖騎士はこの一人だけではなかったらしく、気付くと戦場のあちこちで魔法陣の光を窺うことが出来た。

 正鵠が何か大きな事を企んでいるのは明白だろう、しかし。


「あれは、対処の仕様がありませんね……」


 分かっていても、手を出せない歯痒さ。

 それほど相手の準備が完璧だったということだ。


「さて、どうしますかな、グラデュース騎士団長殿?」


 落ち着いた様子でグラデュースに歩み寄り指揮官の指示を仰ぐ。

 やはり数多の死線を潜り抜けてきた冒険者として戦場慣れしているからだろうか、そこら辺の者達とは違い、未知への恐怖や混乱が行動に見られない。

 この様な立ち振舞いも流石はSSランクといったところか──そんな事を頭の片隅で思いつつ、グラデュースは周囲を見渡す。


「……一度、下がるべきだろう。向こうもかなりの痛手を負っている筈だ、隷属によって戦いを強要されているとはいえ、暫く時間は稼げるだろう」

「では、その様に伝えてきましょう」


 そう言うと、ペルセウスは風魔法『フライ』によって飛び去っていった。


「さて、俺も下がるとするか」

「団長! 一騎、此方に接近しています!」

「……なに?」


 騎士の視線の先を見ると確かに一騎、ユニコーンによって此方に接近していた。

 しかし、騎乗している者は聖騎士とは違い純白の鎧を身に付けておらず、どちらかというと冒険者の様に見えた。


「聖騎士ではない様ですが、味方でしょうか」

「……いや、違うな」


(冷たい殺気、これまで何十人と殺してきた奴の雰囲気だ)


 人を殺すのに何の感情も厭うこともない、そんな印象をグラデュースは受けた。

 だからこそこの場の誰もりも真っ先に本能が反応した。──危険だ、と。


「我々で対処しましょうか?」

「いや、奴の相手は俺一人でする。お前達は素早く後退して守備を固めろ。それと、騎竜で獣人族へも警戒するよう伝えてこい! あの魔法陣が発動する前に、早くッ!」

「りょ、了解しました!」


 背後で騎士達が引いていくのを感じながら、グラデュースは今一度ユニコーンの背に乗る男を観察する。


 魔力関知が不得手であるグラデュースでも十分に分かるほどの魔力量。そして、並の魔法使いよりも魔力があるにも拘わらず、腰には剣をさしている。

 魔法剣士か、それとも別の職業か。……違う、そんなものではない。


(あれは魔剣か? という事は……)


「魔剣使いか。それも、後から変質したタイプか」


 ステータスに記されている職業はあくまで適正。人生を歩んでいくことでそれが変化する者は稀に存在する。

 しかしそれとは別に、特殊な何かを手にする事によって強制的に変質させられる場合もある。

 例えば、使用に何かしらの代償が必要となる呪われた武器などは特に。


「っな!?」


 その時、突然、ユニコーンの首が刎ねた。

 背に乗っていた男の魔剣によって。


「──お出迎えがたったの一人とは、悲しいねぇ」


 力無く地に落下するユニコーンの背から飛び降りた男が、辺りを見渡しながら言った。

 背後に落ちたユニコーンなど見向きもしない様に、グラデュースの予感は現実となる。


「一応確認するが、貴様は俺の敵か?」


 剣の切っ先を向けながら問い掛ける。


「今更わかりきったこと訊かないでくれよ」


 魔剣を鞘に収め、手をひらひらとさせながらそう言うと、男はゆっくりグラデュースの方へと歩み寄っていく。

 男の理解の及ばない行動にグラデュースは一層警戒を強めるが、反対に男は全く警戒していない様に見える。

 普通、この状況で魔剣を鞘に戻すなど有り得ない。


「それと、俺はラディスだ。リーアスト王国騎士団長、グラデュース様?」

「……ラディス、何処かで聞いたことある名だな、魔剣使いの冒険者だったか。確か『拒絶者』と呼ばれている」


 帝国で行われた大規模遠征──古代遺跡の調査。

 直接関わってはいないものの、グラデュースも少しは耳にしていた。


「そこまで知っているとは光栄なこった。ってことは俺の力も予習済みか、面倒だなぁ」


 攻撃する素振りは見せていないが、しかし、尚も凍えた殺気は放たれ続けている。


「まあお前等に対処なんざ到底不可能だろうが、念のため、時間稼ぎに来てやったんだよ。あれは少し時間が掛かるらしいからな」

「あの魔法陣は何だ」


 その質問にラディスは無言で返す。

 どうやら話す気はないらしいが、少なくとも何かを知っていることは確かな様だ。


「そんじゃあ、とっとと始めようか」


 魔剣を鞘から抜き放つと、地を蹴りグラデュースに斬り掛かった。

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