第十話 王都オルスト
あれからというもの、代わり映えしない森林と草原との境を馬で駆け抜けてきたが、それも漸く終盤へと差し掛かってきた。
──つまり、念願の王都を視界に捉えることが出来るほど目的地に近付いてきているのだ!
王都までの道中、何度か魔物に襲われることがあったものの、大した事はなく当初の予定通り2週間で到着出来たようだ。
しかしそれでも快適な旅だったとは言えない。
ネルバから出発して数日の間はシチューなどといった町に居た頃と同じような食事をとることが出来た。だが日が経っていくにつれ保存の効く食べ物しか食べることが出来なくなっていき、大事にとっておいたからあげを皆で食べることでなんとか我慢してきたのだ。
しかも昨日遂にそれも底をついてしまったので、今日中に王都に着けるのは本当に嬉しい。
これだけ聞けば無事に旅を終えられると思ってしまうが、俺には一つだけ気になることがある。
それは──王女様の視線だ。
あれから二週間、俺はすっと彼女の視線を感じていた。
初めは振り向いたりもしたのだが、そうすると直ぐに馬車に付いているカーテンを閉めたり、顔を引っ込めたりするのだ。
一体なぜ俺を毎度毎度覗き見していているのか検討もつかない。しかも彼女は旅の間一度たりとも馬車から降りることがなかったので理由を聞くことも出来なかった。
分からないものは仕方無い、それなら他の事を考えることにしよう。
「王都、か」
王都に着いたら、何をしようかな。
そんな事をぼんやりと考えながら馬を走らせていると、あっという間に王都をぐるりと囲んでいる防壁の前まで来てしまった。
その間周囲への警戒が疎かになってしまっていだが、既に王都周辺ということもあって何も問題が起こる事はなかった。
俺達は大きな門を潜り抜け、遂に王都に到着した。
「おお⋯⋯っ!」
門を潜った先はとても広い広場になっており、そこはネルバ以上に人が入り乱れてかなりの賑わいを見せていた。
両端に構えている屋台もかなりの数があり、どれも繁盛しているようで対応に大変そうにしながらも楽しそうに接待している。
その先にある大通りも人が溢れ返っていて、それを眺めながら先頭を走る騎士達に着いていく。
依頼された内容は王都に着くまでの護衛とあったのでもう終了しているのだが、おそらく王城までは俺達も同行しないといけないのだろう。
早く王城に着かないかなと、そんな事を考えながら大通りの奥に聳え立つ立派な城を見上げる。
「此処までの護衛、本当にありがとうございました。これをどうぞ」
王城へと到着した俺達は城門の前で一列に整列していた。
目の前に立っている執事のお礼を無言で聞きながら、アストさんが代表して執事が取り出した丸めてある紙を受け取ってそれを開いて確認する。
依頼完了を証明する書面だろう。
それにざっと目を通したアストさんが一つ頷き再び紙を巻いて口を開く。
「では、私達はこれで失礼します」
執事に一礼し、きびすを返して歩きだした。
その後直ぐに俺達も執事に頭を下げてアストさんに続くようにして城門に背を向けて歩きだす。
堅苦しい空気をやっと抜け出せ、安心と共に溜め息を一つ吐く。これで最後に冒険者ギルドで依頼の達成報告を終えたら晴れて自由の身だ。
冒険者ギルドに到着した俺達は早速受付へと足を運び、王女様の護衛依頼の達成に関する報告を行っていた。
「──依頼の達成を確認しました。報酬をお持ちしますので少々お待ち下さい。後、オルフェウスさんはギルドカードをお借りしても宜しいでしょうか?」
「あ、はい」
無事に報告を済ませて後は報酬を貰うだけということろで、何故か俺だけギルドカードの提出を求められ、疑問に思いながらも言われた通りにギルドカードを渡す。
それを受け取り奥へと消えていった受付嬢を眺めていると。
「ランクアップおめでとう」
アストさんから声を掛けられた。
⋯⋯って、ランクアップ? もしかして今回の護衛依頼の達成で俺の冒険者ランクは上がるのか?
でも俺、最近ランクアップしたばかりなんだけど、また更にランクが上がるのか⋯⋯。
「オルフェウス君は本来、護衛依頼を受けられるランクではないからね。そのくらいの措置は取られるだろう」
成る程。確かにEランクに上がってもおかしくはないか。
ランクが上がるのは素直に喜ぶべきなのだろうが、こんなにあっさり上がってしまって良いのだろうかと心配になってしまう。
「あ、ありがとうございます」
取り敢えず返事をしておいた。
「お待たせしました。報酬と、ギルドカードです。」
「「ありがとうございます」」
俺とアストさんが同時に口を開いてそう言いながら報酬が入った皮袋を受け取り、俺はギルドカードも一緒に受け取る。
そして後ろが詰まっているので直ぐにその場から離れる。
王都のギルドもネルバよりも建物自体が大きく、依頼ボードに貼り出されている依頼の量も尋常ではない数がある。
それにまだ昼だというのにギルドが兼営している酒場も結構の人数が訪れていて、楽しそうに酒を飲み交わしている。
流石は王都というだけあって強そうな人もたくさんいるな。
「僕達はこれからお昼を食べに行こうと考えてるんだけど、君もどうだい」
「えっ、良いんですか?」
「勿論」
有り難いお誘いを頂いたので、アストさん達と一緒に昼食を食べることとなった。
なんとアストさん達はもともと王都で活動しているらしい。
なので食事が美味しいお店を知っているそうなので、そこで昼食をとるということになった。
そこは〝めん〟という名前のものを使った〝らーめん〟なるものが食べられるお店で、中でも〝とんこつらーめん〟というものがアストさんのおすすめなのだそうだ。
どれもこれも聞いたことの無い名前ばかりでどんな料理なのかも全く想像もつかない。
「此処だよ」
着いた場所は大通りのとある店の前で、中からとても良い匂いが漂ってきている。
なんと言い表せばいいか分からない不思議な匂いだ。看板らしいものには何かが書かれているのだが、俺には何が書いてあるのかさっぱりだった。
アストさん達の後についてお店の中へと入っていくと、外で感じていた匂いが一気に押し寄せてきた。
踏み入れた店の中には客は居らず、一人の店員が暇そうにテーブルに突っ伏しているだけだった。
「⋯⋯んぅ? あ、いらっしゃいませ!」
その少女は遅れて俺達に気付き、ガタッと椅子から慌てて立ち上がり何事もなかったようにそう言ってきた。
こいつ、さっきまでちょっと寝てたよな?
「5名様ですね、こちらにどうぞ!」
カウンターに案内されおもむろに腰を下ろすと、横から手が伸びてきて目の前に水を入れたコップを置いてくれた。
「ご注文はどうしますか?」
良い笑顔でそう聞いてくる少女に、まだメニューも見ていないんですけど、と突っ込みそうになるのをぐっと堪える。
俺以外は此所に来たことがあるので直ぐに注文を出すのだが、初めて此所に来た俺にとってはそんな事は出来ない。
それでも待っているので直ぐに注文をしようと思ったのだが⋯⋯。
そういえば俺、文字読めなかった。
え、ど、どうしよう⋯⋯!? カウンターに置いてあるメニューを手に取ったのはいいが、これからどうすれば良いか分からないんですけど!?
結局、この店までやって来る道中でアストさんから聞いた〝とんこつらーめん〟というものを注文して何とかやり過ごす事が出来た。
ま、まあ、何を選んでもらーめんはらーめんなんだし、それにアストさんのおすすめなんだから大丈夫だろう。
「あ待たせしました!」
暫く待つと奥から声が聞こえそちらに目をやると、お盆にらーめんを乗せながら歩いてくる少女がいた。
一回に持ってこられるのは二人分が限界のようで何回か行ったり来たりして漸く全員分のらーめんが届いた。
大きい逆三角形の形をした入れ物の中に入っている汁によってめんが見え隠れしており、浮かんだ油がきめ細かく浮かんでいる。
脇にはちょっとした野菜とスライスされた肉がきれいに盛り付けられている。
極め付きはこの匂い、とても美味しそうだ。
「じゃあ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
手を合わせてもう聞き慣れた言葉を声を揃えて復唱する。しかしここまでは良かったものの──。
「これで、食うのか⋯⋯?」
「あ、箸を知らないの?」
「はい」
物珍しそうに聞いてきた少女にそう答える。
〝はし〟って何だよと思いながら横を見ると、4人がそれを器用に持って細長いめんを摘まんでいるではないか。
えっ、これって皆使えるの⋯⋯使えないの俺だけ?
何か無性に負けた気分になったので見よう見まねで左手ではしを持って、それを何とか動かしてみる。
「ああっ」
俺の努力は呆気なく崩れ落ち、はしをカウンターの上に落としてしまった。
しかしというか、やはりというか⋯⋯。まあ失敗するのは薄々分かってはいたんだけどさっ、でもやっぱり俺も皆と同じようにはしを使って食べてみたいじゃん!
「はいこれ」
すると少女が俺のためにフォークを持ってきてくれたので、それに口ごもりながらも礼を言ってそれを受け取る。
ええ? はしはどうしたって? 人間、時には諦めも大切なんだぜ。
そんなこんなではしからフォークに切り換えて食べ始める。フォークで絡めとっためんがキラキラと光っているのを見ながら、勢いよくそれを口へと運ぶ。
──美味いっ!
めんにしっかりとスープが絡んだまま口の中へと入っていき、こしのある食感が何とも言えない美味しさだ。
こんなものが出回っていたとは⋯⋯、後でめっちゃ金とか請求されたりとかしないよな?
金銭的な不安に襲われながらもアストさんの真似をしてめんをすすりながら口へと運んでいく。
すると先程とは比べ物にならないほど口いっぱいにめんが運ばれて、少し噛みづらかったが一生懸命顎を動かす。
その後も無言でとんこつらーめんを頬張り、幸せなひとときを過ごした。
「ふう」
「どう、美味しかったでしょ?」
「はい、とっても。また来たくなりました」
食べ終えた俺達は少しその場で軽い談笑をしてから、大銅貨二枚という驚きの値段を払いその店をあとにした。
だけど一つだけ、たった一つだけ気掛かりの事があるとすれば、やはりはしの事だろう。
何時もはナイフやフォーク、スプーンを使って食事をとっていたので何とも思わなかったが、俺以外が全員はしを使って食べているのを見ると、俺だけガキのような感じになって後味が悪かった。
これははしの使い方を早急にマスターしなければならないな⋯⋯!
「じゃあ、僕達はここで。また会えると良いね」
「そうですね。ではまた」
アストさん達と別れて一人大通りをぶらぶらと彷徨く。
屋台には美味しそうな食べ物がたくさん見られるが、生憎さっきらーめんを食べたばかりなので食欲はない。
ならば冒険者ギルドで依頼でも受けるか? という考えが浮上してくるが丁度護衛依頼を終わらせたばかりんだから当分はいいかな、という気持ちの方が勝ってしまう。
せっかく王都まで来たというのに、何もやりたいことがない⋯⋯。
えっ、まじで? 何か無いのか、何かこう⋯⋯こう⋯⋯。あああっ、何もないいいっ!
「暇だ⋯⋯」
アストさんに色々と聞いておけば良かったな。
いや、別れたばかりだし、今ならまだ間に合うか?
⋯⋯うん、まあ、取り敢えず泊まる宿でも探してみるか。
金も結構な数ある筈だしちょっと高くて良い宿でもとって今日はゆっくりしよう。




