第十五話 その後
敵の存在も忘れ、草原から一瞬で更地と化したそこを振り向き、唯その場に呆然と立ち尽くす。
──酷く静かだった。
まるで理解できない──否、したくないとばかりに頭が真っ白に染まると、仲間が死んだことすらも忘れ、あらゆる思考が停止する。
声も出ず、身体も動かない、呼吸さえも忘れ、まるで何かに囚われているかのような感覚。
その牢獄から最も早く抜け出したはグラデュースだった。
「くそッ!」
敵前で堂々と撤退を始めた聖騎士を追おうと、相棒の騎竜カムイに跨がる。
そして直ぐ飛び立とうとした所で、横から止めに入る者がいた。
「待てグラデュース! 何処へ行こうと言うんじゃ!?」
「アラン! 決まっている、奴等を殺す!」
「たった一人で何が出来ると言うんじゃ!? 今のを見て、相手の異常さを理解しておらぬお主でもないじゃろう! お主が行っても勝ち目は低い!」
「っ!」
アランにはっきりと勝てない言われ、グラデュースは思わず息を詰まらせる。
そして、アランの言葉を否定できなかった自分もまた、それを認めてしまっている事に、グラデュースは情けなく感じて俯く。
「騎士達をあまり不安にさせるような行動は控えるんじゃ」
「……ああ、そうだな、すまん」
騎竜から降りると、グラデュースは数人の騎士を連れて状況確認に向かっていった。
「騎士団はそのまま警戒体制、回復魔法を使える魔法使いは直ちに負傷者の手当てに掛かれ!」
「「「「「はっ」」」」」
グラデュースの代わりに騎士団と魔法師団に指示を飛ばすと、アランは先程の一件での被害を確認しに向かった。
──結論から言うと、被害は想像以上に絶大だった。
あの一撃の直撃を受けた者は骨すら残らず塵となり、何とか直撃を免れた者もその身に少なくない傷を負うこととなった。
死者は千を超え、負傷者を合わせるとその数は三千にも及び、中には既に戦意喪失する者も。
一先ず負傷者は町の教会へ運んではいるが、それでも二千もの負傷者を収容できる程の大きさではない、すぐに許容数に達するだろう。
今は、収まりきらない負傷者を収容する為の仮設施設を建てている最中だ。
(問題は山積み、どうしたものか……)
「此処は任せるぞ」
「はっ」
だいぶ落ち着きを取り戻した騎士、魔法師達にその場を任せると、アランは槍の回収と調査に出向いたグラデュースと合流した。
「どうじゃグラデュース、何か分かったかの?」
「ああ、それなりにな」
そう言って、グラデュースは手に持った槍を見せながら、槍について分かった事を話した。
「まず見て分かる通り、この槍は全てがミスリルで作られている」
「アダマンタイト、オルハルコンに次ぐ鉱石か。こんなものがまだあるとしたら、厄介どころの話ではないのう。……しかも、これ程の武器を使い捨てにしてくるとは」
アランの言葉にグラデュースは頷く。
「まだ持ってると考えた方がいいな」
「この槍の性能だけで武器としてはとんでもない代物……じゃが、それだけであの爆発が起こるとは考えにくい。有り得るとすれば──付与魔法」
「だろうな。魔力伝導率の高いミスリルなら、かなり高位な付与を行える筈だ」
付与魔法は対象の素材、品質、魔力伝導率などによって付与可能なレベルが異なってくる。
全てがミスリル製の槍ならば、かなりの付与が可能となる。
「どうやら付与の効果は一回ポッキリらしいが、これ程の付与魔法の使い手となれば俺ですら知っている」
「教皇──ハイドルトじゃろうな」
付与魔法のスキルはとても稀少で、スキル持ちでもまともに使える者は極少数だ。
その限られた使い手ともなれば自然と顔が知られてくるというもので、それが一国の頂点に立つ者ならば尚の事。
聖国の教皇ハイドルトは国の王としての顔と共に、高名な魔法使いとしての顔もあるのだ。
「あのクソジジイ……」
「奇襲で戦意を喪失させようって魂胆じゃろう。そして奴の思惑通り、此方の士気が見て分かる程に下がっておる」
特に、転移してきたばかりという状況もあって帝国軍の士気は地に落ちている。
あれだけの惨劇を目にしては、後ろ向きな感情を抱くのは仕方のない事ではあるが、戦争においてそれは非常に重大な問題だ。
このような状況でもしもう一度奇襲でも仕掛けられようものなら、想定できる被害は何倍にも跳ね上がる。
「万全な状態の結界でも、耐えられるのは一度限りじゃろう」
「これがあと一本だけなら何とかなるってことか」
「だが、アイツがそんな生温いことすると思うか?」
グラデュースは言葉には出さず、聞くまでもないといった顔だ。
「俺はこれが届く敵を斬ることしか出来ない。届けば俺がどうにでもする。──だから、頼むぞ」
「……全く、無茶な要望じゃのう。馬鹿げた攻撃を防ぎ、尚且つ奴等の鉄壁の守りも破らねばならぬとなると──少し、骨が折れそうじゃのう」
アランはそう言って、ニヤリと笑った。
どんな時でもこうして幾度の死線を潜り抜けてきた二人だからこそ、何者にも劣らぬ信頼関係がそこにはあった。
その証拠に、彼等の瞳には一切の恐怖といった感情は存在していない。
グラデュースは己の剣が届けばどうにでも出来ると豪語し、その手助けをアランに頼んだ。
傍から聞けば無理難題を押し付けているように聞こえるだろうが、どんな状況であっても肩を並べて戦ってきた仲間であり、グラデュースを幾度となく救ってきた彼ならばあらゆる不可能を可能にする。
彼ならば絶望的な状況でも何とかしてくれると確信じて疑わないからこその要望だ。
アランもまた、二つの問題さえどうにかしてしまえば後はグラデュースが応えてくれると、そう確信しているからこそ、その要望を聞き入れた。
そして無茶な要望、骨が折れそうと後ろ向きな発言で悪態を吐いていたが、それでも、決して無理や出来ないとは一言も口にはしなかった。
つまり、無茶で骨が折れそうな要望であっても、彼には不可能ではないのだ。
「──その話、私にも聞かせてもらって宜しいですか?」
そして此処にもう一人、絶望に抗う者が現れた。
◆◆◆
同刻、別の場所では大量の回復ポーションを手にシグルス達が負傷者の手当てを行っていた。
「大丈夫ですか!」
倒れた冒険者に駆け寄ると上体を起こしてやり、ポーションを手渡す。
受け取った男はゆっくりとその中身を飲み干すと、途端にポーションの効果が現れ、たちどころに開いた傷口が塞いでいった。
流れてしまった血はどうしようもないが、これである程度の傷を治すことが出来る。
「あ……ああ、すまない、助かった。……装備はダメになってしまったが」
男の言う通り身に付けていた装備は無惨に壊れてしまっている。
しかし、それが身代わりになったからこそ救われた命だ。
「立てそうですか? 町の教会に案内します」
「──その必要はねえよ」
ふとシグルスの背後から声がしたかと思うと、慣れた手付きで男の肩を担ぐ者がいた。
見ると、彼は負傷した男と同じ帝国から送られてきた冒険者だった。
槍の攻撃から上手く逃れることが出来たのか、その冒険者にも、周辺で同じように負傷者を担ぐ者達にも目立った外傷は見られない。
「俺等に怪我人を手当てする力はねえが、それでも怪我人を運んでやることくらいはできる。町の教会でいいんだろ?」
「あ……っと、はい、そうです」
呆気に取られながらもシグルスは頷く。
「冒険者って、こんな奴等だっけ」
「い、意外、だよね……」
どうやらシグルスだけでなく、ラジムとグオルツも想定外の出来事に面食らっているようだ。
「いや、これが本来の冒険者なんだろう」
「本来の?」
「まっ、考えてみればオルフェウス先生も冒険者だからな」
「そうだったね」
そんな話をしていると、ふと冒険者達の動きが止まった。
とは言え大半の冒険者には変化はなく、ある一部の冒険者だけがその言葉に反応した。
そして、負傷者を担ぎ教会に連れていくと言った者達もその足を止め、シグルス達に振り向いた。
「──おいお前等」
「な、何ですか……?」
まさか声を掛けられるとは思ってもみなかった三人は、冒険者特有の何とも言い表せない圧力に少し狼狽える。
思わず後退りした三人に申し訳なさそうに頭を掻きながら、少し間を開けた後で男は口を開いた。
「その、オルフェウスってのはよ、ちょうどお前等くらいの年の、黒髪で、魔法剣士のガキだったりするか?」
「はい、そうですけど……もしかして、オルフェウス先生と知り合いなんですか?」
「知り合い、か」
オルフェウスとの関係を問われ、僅かに悩んだ後。
「……さあ、どうだろうな。俺等が一方的にアイツの事を知ってるってだけで、アイツが俺等を覚えているかどうか」
「はあ、そうなんですか」
要領を得ない曖昧な言葉に、シグルスは更にオルフェウスと彼等の関係に興味を抱く中、ラジムとグオルツは周囲の視線に居心地が悪そうにしていた。
直視されている訳ではないが、それでも見られていることは気配で分かるのだ。
オルフェウスの授業で行われた魔力操作を身に付けるにあたり、己の魔力だけでなく隠蔽された他者の魔力も感知可能になった彼等にとって、気配のみを探るのは無意識に出来るようになっていた。
だがそれでも、オルフェウスの気配や魔力を感知するには至らなかったのだが。
「じゃあもう行くわ。顔の知った奴に死なれると寝覚めが悪ィから、お前等は死ぬなよ」
そう言い残すと、彼等は今度こそ教会へと向かっていった。
「……心配、されたね」
「騎士や魔法師は冒険者と仲が悪いって話をよく聞くが、そうじゃない奴もいるんだな」
──いや、そもそも、そう思っているのは自分達だけだったのかもしれない。
三人がそんな事を思えてしまうほど、鋭い瞳の中には優しさが内包されていた。
「冒険者は血気盛んな奴が多い、……けど、常に己の命を張って魔物と戦っている奴等だからこそ、仲間同士の絆が計り知れないんだろうな」
小さくなりつつある彼等の背中を眺めながら、ラジムは少なくない憧れの念を抱き呟いた。
隣の二人が大きな声を上げて反応したのは言うまでもない。
彼の性格からして普段ではまず考えられない言葉だった為、シグルスとグオルツは驚きを隠せなかったのだ。
そして、その驚きは笑みへと変わる。
「な、何だよ」
「冒険者っていいなって思ったでしょ? ラジム今そういう顔してる」
「なっ!? お、思ってねえし!?」
シグルスにズバリ言い当てられ、焦ったように否定する。
しかし何を思ったのか、赤面し動揺していたのが嘘のように静かになると。
「…………まあ、俺は、それに負けないくらい立派な騎士になりたい」
いつになく真面目な様子で言った。
たった一度、冒険者と言葉を交わしただけに過ぎない、しかしその一度がラジムの意志の強さは大きく変化したらしい。
「へええ~? やっぱりいいなって思ってたんじゃないか」
「ち、ちげーしっ! そんなんじゃねーから!」
普段見れないラジムの一面に、からかうように本当か、としつこく訊くシグルスから逃げるように、顔を逸らしながらぶっきらぼうに言い放つ。
「えと……ぼ、僕はすっごくいいと思うよ……?」
「うるせえ! 全然よくなんかねえから!」
「ご、ごめん……」
横で一連のやり取りを見ていたグオルツがラジムに助け船を出したつもりが、逆効果に終わる。
「まったく、あんた達は何処でも騒がしいわね」
「そのお陰で早く見付けることができました」
──不意にそんな声が聞こえた。
振り向いて見ると、そこにはミロとシルク、ユリアがいた。
「ミロ、それに二人も、どうしたんだいこんな所で」
「どうしたも何も、学長……アラン魔法師団長に言われてあんた達を呼びに来たのよ」
教会へ支援に向かっていた彼女等が此処に来たのはそういう理由らしい。
「はあ? 呼びに来た? こんな時に、学長が俺達に何の用なんだ」
「此処では団長って呼ばないと、ラジム。私たちもよく聞かされてはいないんだけどね、とにかく今すぐ来てほしいんだって」
ユリアの言う通り、彼女達にも詳しい話を聞かされていない。
しかし、このような状況で前線ではない者達が団長に呼ばれたとなれば、ある程度の推測は立てられるというものだ。
「なら、早く団長の所へ行こう」




