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第十四話 聖騎士来襲

 此処は獣人大陸に存在する唯一の国家──獣人国家バルジーク。

 その中でもこの地域は海に面した港町で、人族の大陸と向かい合っている事もありバルジークと人族との繋がりも強く、首都に匹敵するだけの経済力と人口を誇った大都市だ。

 そんな港町の目と鼻の先にある広大な草原は現在、リーアスト王国から派遣された総勢一万の騎士団、魔法師団の駐屯地として使われている。

 数日後には、聖国の聖騎士団を迎え撃つ最前線の戦場になる地だ。


「……それにしても、まさか俺達まで派遣されるとはな」


 草原に設置されたテント、その天井を眺めながらラジムが呟く。

 その呟きに隣に寝ていたシグルスが反応する。


「学院の生徒である前に、俺たちは騎士団見習いだからね。それに、貴族の血統は生まれながらに魔力も才能も高い。並の兵士を転移させて魔力を無駄遣いするより、代わりに俺たちを送った方が戦力になるのは事実だからね」

「戦争、ねえ……」


 未だに実感が湧いてこないラジムが、遠くを眺めながら。


「だったら、あの橋を落としちまえばいいじゃねえか。そうすればユニコーンに乗った聖騎士以外は攻めてこられなくなるのに」


 視線の先に見える巨大な石造りの橋を眺め言った。

 それは横幅だけでも百メートルはありそうな超大規模な造りをしていて、水平線に真っ直ぐ伸びたそれは終わりが見えないほどだ。


「出来る訳ないだろう、あれは三百年前に勇者様が残した遺産の一つ、獣人大陸と人族の大陸を繋ぐ大事な架け橋なんだから」


 シグルスの言う通り、大陸と大陸を繋いだ十数キロにも伸びたこの石橋は、獣人族と人族の歴史そのものと言っても過言ではない。

 かつて魔王を討ち倒した勇者が、全ての種族が魔王討伐を目指し結束した証として残した大切な遺産だ。

 それを破壊するという事は、再び種族の壁を生み出してしまう事に他ならない。


「分かってるって、言ってみただけだ。それにあんなモン壊してたらそれこそ間に合わねえしな」

「ラジムの冗談は冗談に聞こえないんだから、他の人には言わないでくれよ。特に獣人族の人達には」

「分かってるって。って、おい、どうしたグオルツ?」


 そこでラジムは漸く、先程からグオルツだけ一言も喋っていない事に気付く。

 臆病で口数が少ないのはいつもと変わらないが、今日はそれ以上に不安そうな顔をしていた。


「…………僕たち、実戦経験なんて無いし──同じ人間を、殺せるのかな」

「「……っ」」


 グオルツの言葉に、二人は思わず息を潜めた。

 今まで敢えて考えないようにしていた事柄だった為、二人は咄嗟に返すことが出来なかった。


 それも当然。騎士見習いとして剣の腕を日々磨いているとはいえ、彼等はまだ学院の生徒に変わりない。

 魔物の討伐なら兎も角、人と人との戦いの経験などある筈もないのだ。

 突然、戦争に送られた彼等にとってはその覚悟さえもまだ無いだろう。


「まあ、俺たちは前線で戦うって訳じゃないし、聖国の聖騎士が到着する前にリーアスト王国からも、フレイド帝国からも援軍が来るんだ」

「……そう、だね」

「それに、獣人族の協力もあるんだ。何も心配することなんてないさ」

「……うん」


 グオルツを元気付けようとするシグルスだが、それでも不安が消えるような事はない。

 そんな二人の様子を見て、ラジムが話題を逸らす。


「ったく、こんな事になってなければ、今頃ロンフートの宿で寛いでたってのに」

「ははは、そうだね。先生にも悪いことをしちゃったね」

「今頃先生はどうしているんだろう……?」


 きっと心配している。そう思っても、自分達にはどうすることも出来ない。

 そんなもどかしい気持ちを心の隅に追いやるように、ラジムはぶっきらぼうに言い放つ。


「さーな。でもまあ、がっかりしてるんじゃねーの?」

「どちらかというと、それはラジムの方じゃないかな」

「ああ!? がっかりなんかしてる訳ねーだろうが!」

「そう? 俺にはそうとしか見えなかったけどね」

「何だと!」


 その後も、ラジムとシグルスの何でもない言い合いは延々と続いた。

 そんな二人を傍らで眺めているグオルツはついついその様子に笑ってしまう。

 そしてこう思った。


 こうして笑える日々も、今日で最後なのかな? ──と。


 これから先に何が待ち受けているのか、それを自分達は乗り越える事が出来るのか。

 答えはすぐ先に待っているが、その答えを今知ることは叶わない。

 未知というものはどんなものでも不安なものだ。

 それでも今だけは笑っていようと、そう心に決めて、グオルツは彼等の話しに耳を傾けた。




「……あいつらはバカでいいわね」


 隣のテントから聞こえてくるラジム達の騒ぎ声に、ミロが溜め息混じりに言った。

 此処は数日後には戦場となるというのに、全く呑気な奴等──と思いつつも、それでもミロは彼等の騒ぎを諌めようとはしなかった。

 そんな彼女の心情を悟ってか、ユリアは笑って返す。


「あはは。まあ、変に緊張するよりはいいんじゃないかな。そっちの方がいつもみたいで、こっちも落ち着くしね」

「うん、そうだね。そっちの方が私もちょっと安心するかな」


 彼等がいつものようにしているからこそ、自分達だけが不安がっていることが馬鹿らしく思えてくる。

 彼等にそのつもりは無いのだろうが、不安を一時でも紛らわせてくれる賑やかな声に、彼女達は確かに救われていた。


◆◆◆


「住民の避難と周辺の警戒は獣人族が、空の警戒は竜騎士団、結界魔法の準備は魔法師団、残りは万が一に備えて待機。そして、俺たち見習いの仕事は食事の準備と物資の運搬……か」

「まあ、そんなものだよ。聖国が攻めてくるのは早くても二日後って話だし、それまでに準備を万端にしておかないと」


 武器が入っている木箱の片方を持ちながら、シグルスはその反対を支えているラジムへ言った。

 女は食事の準備を、男は物資の運搬というように訓練兵は自分達の仕事を担い、その他の者も戦争の準備に忙しなく辺りを走り回っている。


「ってかグオルツお前、一人だけ楽してんじゃねえよ」


 ラジムの不満そうな視線の先、そこには土で作られた一体のゴーレムがいた。

 それを土魔法によって作り出した張本人であるグオルツは、ゴーレムの影に隠れる。


「ぼ、僕、そんなに力ないから……」

「魔法使いなんだから、魔力で身体強化すればいい話だろ」

「まあまあ、俺たちよりたくさん運んでくれてるんだからいいじゃないか」


 そんな話をしていると、少し離れた場所で光が迸った。

 その光は草原に建てられた柱のような魔道具と、それを中心に展開された巨大な魔方陣より発せられたもの。

 眩い光が最大限にまで強まると、その場に万を超える武装した者達が現れた。


「あれは……フレイド帝国の騎士団か。無事に転移は成功したみたいだね」


 シグルスの言う通り大規模転移の魔道具により転移してきたのはフレイド帝国の精鋭達だ。


「騎士だけじゃなくて、冒険者もいるんだね」

「ま、実力至上主義の国だからな。身分とか関係なく強い奴を送ってきたんだろ」

「古代遺跡を調査した時にリーアスト王国には借りがあるらしくて、シドラス王の計らいで予定より早く送ってくれたって話だよ」

「へえ、そうなんだ」


 古代遺跡という言葉にグオルツが興味深そうに反応した。

 気が弱く控えめな性格のグオルツでも、古代遺跡など未知なものにはやはり興味があるのだろう。

 とそこで、グオルツはあることに気付く。


「でも遺跡調査って、リーアスト王国は資金援助だけじゃなかった?」

「正確には、リーアスト王国から来た冒険者ってシルクが言ってたよ。多分、ネオル侯爵から聞いた話だと思う」

「あの情報網は大商人のイルネスにも劣らないって話だしな」


 ラジムが言う通り、ネオル侯爵は国の行事や政策などに最も関わっており、国王との繋がりも強い。

 とある冒険者の前ではその顔を見せないものの、実は敵に回すととても厄介な相手だったりする。

 そして、ネオル侯爵がとある冒険者をかなり気に入っているという事と、王城へ顔パスで出入りできる冒険者が同一人物であることも相まって、知らないうちに貴族の中ではその冒険者がかなり有名人になっていた。

 その噂がシドラス王の耳にも入り、あの冒険者を派遣したのが王国ではないかと考えたシドラス王が王国に恩を感じて迅速に対応した──というのは、また別の話だ。


「一介の冒険者に助けられただけでここまでしてくれるなんて、帝国の王様は優しい人なんだね」

「とにかく、俺たちは俺たちの仕事をこなそう」


 そう言って三人が止めていた足を動かそうとしか時、この場にいた誰もが想像していなかった事態が起こった。



「──総員、戦闘体勢!」



 騎士団長グラデュースの声が鋭く響く。

 一瞬で空気が張り詰め、グラデュース団長の視線の先を見る。

 凄まじい速度で飛来してくるそれが、次第にはっきりとした輪郭となっていく。


「な、何だ!?」

「敵襲! 敵襲だ!」

「あれは、聖騎士だと!?」

「馬鹿な……早すぎるぞ……っ」


 有り得ない、誰もがそう思った。

 しかし、接近してくる者達は確かに聖騎士の純白の鎧を身に付けており、そして聖国な象徴である翼を持つ一角の魔物──ユニコーンに跨がっている。

 見間違いなどではなく、確かに聖国の騎士だった。


「う、嘘……」

「どうして此処に聖騎士が……! 早くても二日後じゃなかったのかよ!?」


 グオルツとラジムもあまりにも突然な事にその場に立ち尽くしてしまう。

 特に、反射的にあるスキルを発動させたシグルスは十人いる聖騎士の一人が手に持った槍を目にした途端、かつてない恐怖を感じた。

 いや、シグルスのみならず、魔力感知が可能な者なら誰しもが同じ感情を抱いたことだろう。


「距離を詰められる前に魔法で迎撃するのだ! あの蟻を使わせるな! 奴等の狙いは大規模転移の魔道具だ、何としても死守せよッ!」


 魔方陣団長であるアランの声に我に返った者達は、それぞれが対応に動き出す。

 帝国から転移してきたばかりの者達も落ち着きを取り戻し散開する。


「『ウィンドランス』」

「『ファイアーストーム』」

「『サンダーランス』」

「『アクアブレイド』」

「『アースバレット』」


 魔法使い達は各々が使える最も強力な魔法を放つ。

 流石はこの場にいる魔法使い。誰もが中級魔法を即座に発動させ、寸分の狂いなく接近してくる聖騎士に飛んでいく。

 あっという間に空は様々な属性の魔法に埋め尽くされた。


「……すげえ」

「これが、魔法師団の力なのか」

「こ、これなら……!」


 あまりにも壮大な光景に三人は目を奪われる。

 それと同時に、そこまで辿り着く道のりを果てしなさを痛感していた。──あまりにも高レベル過ぎて。

 まるで鮮やかな流星のように飛んでいった幾千もの魔法が聖騎士に届き、様々な魔法が誘発しあって大規模な爆発となり、空にもう一つの太陽を生み出した。


「十騎相手にこりゃあオーバーキルってもんだな」

「転移したてで焦ったが……」

「流石はリーアスト王国の魔法師団だ」

「あの分じゃ追撃は必要なさそうだ」

「俺達の出番はなかったな」


 勝利を確信した者達は口々にそう言い、構えていた剣を鞘に収める。

 既に第二射を用意していた魔法師団も魔法杖を下ろす。

 この瞬間、誰もが冷静さを欠落させてしまっていた。

 魔法師団の魔法によりなす術なく聖騎士は全員死んだ。あれほどの大爆発の中で生きていられるなど不可能だと、信じて疑わなかった。

 だからこそ気付かなかった、疑問に思わなかった。


 ──何故、ユニコーンと聖騎士の死体が落ちてこないのか、という事に。


 そして、既に手遅れだった。

 大爆発が起こって未だ晴れない煙の中に強い光が見えたかと思うと、一帯の爆煙を吹き飛ばし黄金に輝く何かが飛び出した。

 その衝撃により一気に視界の晴れた上空には、先程の大爆発が嘘だったかのように、目立った外傷の見られないユニコーンに跨がる聖騎士が現れた。


「なっ!?」

「あれを避けた、のか……? 一体どうやって……」

「有り得ない、あれだけの攻撃で無傷だと!?」


 あれだけ広範囲の魔法攻撃を避けるなど到底不可能。しかしそれなら、どうやって聖騎士は無傷であれを耐えたのか?

 そんな疑問が渦巻く中、最も優先すべき差し迫った問題があった。


「結界を展開するのだ! 槍の攻撃を阻止せよッ!」


 再度アランが叫ぶ。


「し、しかしまだ完全な状態ではなく、強度もあまり……」

「構わん! さっさと使うのだ!」

「は、はっ!」


 異を唱えた魔法師を黙らせ、アランが今此処で魔法を使用するよう命令する。

 慌てて返事をした魔法師はアランの命令に従い、先程まで魔法師団総出で魔力を込めていた魔法杖を手に取ると、飛来する槍に向けて高々と翳した。


「──『プロテクション』ッ!」


 瞬間、上空に光の障壁が現れた。

 それは魔法を発動させた魔法師を中心にドーム状に広がっていき、やがて辺り一帯を覆う巨大な守護結界となった。

 一瞬遅れて、黄金の魔力を纏った槍が結界に届き凄まじい火花と衝撃音が駆け抜ける。

 攻撃と防御が均衡しているようだったが、それも僅かな間だけだった。


「──なっ!?」


 結界が砕け散り、再び槍が直進を始める。

 完璧な結界ではなかったものの、それでも魔法師団が総出で魔力を込めていた奥の手とも呼べる防御魔法──の筈だった。

 しかし聖騎士の投擲してきた異様な槍の前には、たった数秒という刹那の時間を稼ぐ程度にしかならなかった。


「くっ、止まれ!」


 一人の魔法使いが魔力障壁を作り出し槍を防ごうとした。

 だがたった一人の魔力障壁では紙切れ同然、どうこう出来る筈もない。


 ささやかな抵抗も虚しく障壁は破壊され、槍はその勢いのまま大規模転移の魔道具を貫き、途轍もない爆発が逃げ遅れた帝国の援軍を一瞬で呑み込んだ。

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