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第十三話 対話

「やはり、来てしまったか……」

「昨日振りだな」


 突如として目の前に現れた俺に対して驚くことなく、落ち着いた様子で王様が口を開いた。

 口振りからするに、俺が来ることを当然の事のように予測して待っていたようだ。


「城を護っていた騎士達はどうしたのだ?」

「安心しろ。一人も殺したりしてないし、被害はなるべく抑えたつもりだ」

「何なら、このまま帰ってもらっても良いのだぞ?」

「俺がそんな聞き分けの良い奴じゃないって知ってるだろう? さあ、話してもらうぞ、王様」


 暫く無言で俺を見ていた王様が、観念したように話し始めた。


 その話を簡単に要約すると──戦争だ。

 つい昨日、どうやら聖国の聖騎士団が獣人の住む大陸へと侵攻を開始したとの報告があった。

 リーアスト王国は初代国王の時代から獣人の国と交流があり、友好的な関係を今まで築いてきたらしい。

 そんな古くからの同盟国である獣人国家が他国から侵略されたとなれば、それを撃退すべく、リーアスト王国は直ちに加勢しなくてはならない。

 既に、昨日中に総勢一万の騎士団と魔法師団を大規模転移の魔道具によって獣人の大陸へと向かわせたとのことだ。

 そして明日、魔道具の発動に必要な魔力を確保でき次第、再び一万の兵と物質を獣人の大陸へ送るそうだ。


 ──そして。


「学院に通う生徒とはいえ、彼等は騎士団、魔法師団の訓練兵という扱いになっている。それに多くが貴族家の出、戦争となれば真っ先に向かわなくてはならない身なのだ」


 これが現実というものだと、聞きながら痛感した。

 しかし納得も出来なかった。

 彼等には人の上に立つ者の務めとして、それらを護る使命がある。つまり、戦場へ立たなくてはならない義務があることは理解できた。

 だが、それでも彼等はまだ子供だ。本物に比べれば実力も足りない。そして──。


「あいつらに人を殺す覚悟が、それを為すだけの力があると、王様は思っているのか?」

「…………」


 答えられないだろう、当然だ。

 ある日突然、実戦経験のまるでない者に武器を握らせ、それで敵を殺してこい──なんて言ったとしても、混乱するだけだろう。

 そしてそんな状況で戦場に立っても、無駄に命を散らすだけだ。

 敵は己の命を懸けて一人でも多く殺そうと、道連れにしようと襲ってくる。

 そんな敵を前にして行動を起こせるのは、余程勇敢な者か、狂った心の持ち主のどちらかだ。


「……俺は反対だ。中途半端な力を持った奴がいたもころで、焼け石に水をかけるようなものだ。しかも人を殺したこともない奴なら尚更だ。まだ、戦争は始まってないんだろう? だったら今からでも、あいつ等をこっちに戻したほうがいい」


 そうするべきだということは、王様も分かっている筈だ。

 しかし、そう出来ないのも事実。

 獣人国に援軍として送ったにも拘わらず、その兵を戻すというのは体裁が悪い。友好的な関係にに罅が入るかもしれないから。


 そしてもし国に帰還させるとしても、今準備している獣人大陸へ兵を転移させる魔力が無駄に終わる。

 ……いや、獣人大陸から此方に転移するならば、向こうで転移に必要な膨大な魔力を何とかしなくてはならない事になる。

 だとすれば、連絡を取る手段があったとしても国に帰還させるのは難しい。


 王様が首を縦に振らないのもそれが原因かもしれない。

 ならば、他の方法でどうにかすればいい。


「──なら、俺を獣人大陸へ連れていってくれ」

「っな!?」

「俺が獣人大陸へ行けば、あいつ等をこっちに転移させられる。だから、明日の大規模転移に俺を加えてくれないか」


 自ら獣人大陸へ行ってしまえば、後はどうにでもなる。

 一度で万の兵を転移できるくらいだ、俺一人増えたところで何の問題もないだろう。


「ならん!」


 しかし王様は、またしても首を縦に振らず、強く反対の意を示した。


「国王として、これ以上君の力を借りることは出来ない。それにこれは、リーアスト王国と獣人国家バルジークとの問題だ! 君の言っている事が正しいのは分かっている。だが、それでも国と国との戦争に、無関係な者を巻き込む訳にはいかない!」

「──っ」


 王様がこれほど感情的になる所を初めて見た。

 いつもは寛容な王様がこうも取り乱すほど、追い詰められている証拠だ。

 軽々しく口にした〝戦争〟という言葉の重みが、その時漸く理解できたような気がした。

 戦争というのは殺し合い、奪い合いに他ならない。それに無関係な者を巻き込むというのは、確かに可笑しな話だ。

 王様の言葉は理にかなっている。


 ──だがそれでも、王様が切羽詰まっているのは変わらない。


 困っている人がいたら助ける、そんな格好の良いことをいつでも出来るとは思えない。

 どんなに力があろうと、一人で出来ることは限られているのだから。

 だがそれでも──あの、スタンピードの時のように、しっかり向き合っていれば護れたものを護れないというのは、絶対に嫌だ。


「勝てるのか」

「数は此方の方が上だろう。しかし、聖騎士が二万も相手となると、正直分からない。それに、奥の手を隠しているかもしれない」

「そうか。それは、早急に戦力の増強を図らないといけないな」

「は? 何を言って──」

「俺は」


 王様の言葉を遮って、一歩踏み出す。


「俺は、俺の知っている奴が死ぬかもしれないと分かっていて何もしてやれないのは嫌だ。手が届くのなら守りたい。──なあ、王様」

「……何だ」


 王様は正しい。しかし、俺はそれ以上に欲張りだ。


「報酬次第でどんな仕事でも請け負う冒険者を一人、雇う気はないか?」


 微笑みながら、問い掛けた。

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