第十二話 侵入
「…………は?」
いつものように学院に行くと、そこはまるでもぬけの殻ようになっていた。
普段、この時間帯は登校する生徒達で校門前は賑やかになっている筈。
しかし今日はどうしたことか。
学院の校門には誰一人として生徒の姿は見当たらず──。
「……いない」
俺の担当する生徒達の教室へ向かっても、それは変わらなかった。
そこまで向かう経路にも人の姿は無かった。
今日は休みではない筈、だというのに、生徒の姿も教師の姿も何処にも見られない。
──おかしい。
そう感じた俺は直ぐに学長室へ向かうことにした。
学長であるアランに話を聞けば、この異常な状況の理由が何か分かるかもしれないと思ったからだ。
だが、そこにアランは居なかった。
「……何が起こってるんだ」
生徒が集団でサボり? しかしそれでは、教師までいない事の理由になら無い。
はっきりいって意味不明だ。
取り敢えず、教務室にも行ってみよう──そう思い廊下を歩いていると、丁度、教務室の扉が内側から開かれた。
「ヒューズ先生!」
教務室から出てきた人は、俺が此処に来てから何かとお世話になっているヒューズ先生だった。
ヒューズ先生も此方に気付いたようで、そして困ったように苦笑いを浮かべた。
「……オルフェウス先生」
「一体どうしたんですか、生徒の姿がどこにも──」
「申し訳ありませんが」
駆け寄った俺の言葉を遮って、ヒューズ先生が口を開いた。
いつもの、穏やかで優しい先輩教師とは全く違った雰囲気を纏うヒューズ先生に気圧され、思わず押し黙ってしまう。
「とある事情で、暫くの間この学院は閉鎖することになりました。なので、オルフェウス先生への依頼も、これを以て完了となるそうです。短い期間ではありましたが、二週間、お疲れ様でした」
「……はぁ……?」
まるで赤の他人に接するかのように畏まって頭を下げてくるヒューズ先生に、理解が追い付かず間抜けな声を上げてしまった。
しかし、直ぐに我に帰って。
「どうして、急にそんな事を。俺はあいつ等に、ダンジョンに行かせてやるって、約束したばっかりなのに……! それに事情って何ですか、一体、何があったって言うんですか! 説明してくださいヒューズ先生!」
「秘匿事項ですので、申し訳ありませんが、オルフェウスさんにお教えすることは出来ません」
全く相手にしようとせず、ヒューズ先生は冷たく言い放った。
──何があった、俺の知らない所で何が起こっている。どうして、こんな事になった?
「秘匿……? 秘匿って、どうしてですか! 俺だって少しの間だけど、此処の教師だったのに!」
「教師かどうかは関係ありません。オルフェウスさんが何を言おうと、情報の公開は出来ません」
「なっ……!?」
あいつ等と明日、ダンジョンに行くっていう約束が、無かったことになるっていうのか。
今日からラジムに【武器創造】のスキルの使い方を教えるっていうのも。
ミロとシエルに、魔法杖をプレゼントするっていあ約束も。
全部、訳の分からない理不尽な最後の所為で無かったことに──。
「報酬は既にギルドに振り込まれているそうなので、あなたが此処にいる理由はもうありません。どうかお引き取り下さい」
殆ど強制的に、俺は学院を追い出されてしまった。
それから暫く間、校舎を眺めながら校門の前に立ち尽くした。立ち尽くすしかなかった。
結果として何一つ教えてもらうことができなかった。
「……だが」
分かったこともあるにはある。
ヒューズ先生は俺に、教師であることは関係無いと言った。
という事はつまり、事態はこの学院だけに留まらないか、若しくは、そもそも学院そのものは無関係で、外部からの何かしらの影響で閉鎖するに至った。
考えられるのはこの二つのどちらかだろう。
もし後者ならば、俺が想像している以上に大きなものが関係しているということになる。
(さて、俺はどうするべきか)
そこまで辿り着いて、俺は俺の言葉に違和感を覚えた。
──どうするべきか、だって?
何故、もう無関係である俺が行動を起こそうとしてる。
俺が何かをする必要なんて何処にも無いだろう。例え答えが前者であっても後者であっても、それが変わることはない。
俺は臨時の教師から解放されて、唯の、何処にでもいる冒険者に戻ったんだ。
もし俺の生徒だった奴等に何かあったとしても、無関係である俺が知るところではない。
その権利を俺は、無くしたのだから。
「…………っ」
だというのに、気付いた頃には、俺は王城へと足を向けてしまっていた。
しかし不思議とその歩みを止めようとは思わなかった。
結局俺は、こんな結末に全く納得できていなかったという訳だ。
「──さて」
王城にはどうやって入るべきか。
と言うのも、王城の護衛がいつになく厳重な気がするのだ。……いや、間違い無くそうだ。
普段は兵士がやっているような仕事も、今日に限っては騎士団が行っている。
俺は王様から王城の出入りを許されている為、普段なら別に気にすることもない事なのだが、今回はそう簡単にはいかせてくれないようだ。
騎士連中が此方の存在に気付くと同時に、彼等の気配が張りつめたものに変わったのだ。
明らかに、俺に対して警戒している様子。
どうやら俺を通す気は無いらしい。
しかし裏を返してしまえば、俺が此処に来るだろうと予測できていたという訳であって、それはつまり、俺の知りたい情報を手にしているという事になる。
ならば、何としても王様に会って聞き出さねばならない。
「おい、そこの冒険者──なっ!?」
此方に駆け寄ってきた騎士連中の話など構うことなく、地面を蹴ってその頭上を越えていく。
しかし流石は王国騎士団、ただで通すまいと騎士の一人が懐に隠していた短剣を投擲してきた。
「捕らえろ!」
空中で身を捩って着地した俺を、直ぐ様拘束しようと迫ってくる。
しかも既に抜剣状態。本当に通す気はないようだ。
だが、そうかといって此方も大人しく引き下がる訳にはいかない。
「俺の邪魔をするな」
「「「ぐぁっ!?」」」
迫り来る剣尖を全て躱し、あっという間に三人の騎士を無力化する。
無駄な被害を出さない為にも腰にさした刀を使うのは控え、純粋な体術によって対抗する。
気絶し地に倒れた騎士達に背を向けて城門を目指す。
「一瞬で三人の騎士が……!?」
「怯むな! 相手は一人、数は圧倒的に此方の方が上だ!」
「と、止めろ!」
「城に入れるな!」
行く手を阻むように次々と新たな騎士が現れ、剣を構えて斬り掛かってくる。
いくら騎士団の数が多いといっても。俺には関係無い。圧倒的な力で捩じ伏せるのみだ。
──だが、王様は何のつもりで、騎士を差し向けているのだろう。
俺がこの程度の妨害では止められないことくらい分かっている筈なのに、どうしてこんな無駄な抵抗をする?
無意味だと分かっていても……いや、分かっているからこそ、行動によって関わってほしくないと伝えているのかもしれない。
……そうだとしたら、俺はこれ以上先に踏み込んでしまって、はたして良いものなのだろうか。
そんな邪念を振り払って、顔を上げる。
「だとしても、俺は知りたい」
その為に此処に来たのだから、知るまでは帰るに帰れない。
「【武器創造】」
翳した左手に灰色の光が宿り、その光が収束して一つの武器を形作っていく。
そうして出来た〝木剣〟を構えて、俺は自ら騎士達へと駆けた。
──それから数分。
「随分と事を大きくしてしまったな……」
忙しなく城内を駆け回る騎士達を眼下に捉えながら、どうしたものかと溜め息を吐く。
あの後、城門の警護をしていた騎士を最小限の被害に抑えつつ無力化し、無事に王城へと侵入を果たした俺は、騎士達から身を隠しながら城内を移動していた。
目指すは王様のいる部屋だ。
「いたぞ!」
「捕まえろ!」
「やべ」
廊下に飛び降り、逃亡を開始する。
王城はよく来ているので逃げるに困らないが、それでも知らない場所も多くある。行き止まりに迷い込まないよう注意しなければ。
(それにしても、魔法師団はどこだ?)
周囲の魔力を探ることによって大抵の者の位置とその実力を把握することが出来るのだが、どうしてか、魔法師団のような魔力の高い者が驚くほど少ないように感じる。
アランも此処に居ないようだし、何処に行ったのだろうか。
それに、城の警備が厳重だと思っていたが、それにしては騎士団の数もやけに少ない。
まあ、王様に訊けば分かることだ。
「王様は……上か」
どうやら、もういくらか上の階層に王様はいるらしい。
気配察知によって王様の正確な位置を把握した俺は、追い掛けてくる騎士達を振り切り、階段を駆け上がっていく。
おそらく、王様は玉座の間だろう。
──それから暫くして、俺は漸く目的の場所へ辿り着いた。
玉座の間の前には予想通り、何十人という騎士が待ち構えていた。
そして王様のいる部屋自体にも結界が張られていて、普通ならば騎士を全て倒したとしても中に入ることは出来ないようになっているようだ。
「これより先に奴を通すな! 騎士団の意地を見せてやれ!」
「「「「「おおおッ!」」」」」
他の騎士達より一際若い青年の言葉に他の騎士達が呼応し、一斉に此方へ駆け出した。
どうやら、あの青年が騎士達を束ねているらしい。
グラデュースではない事にも疑問が残るが──。
「この数を一人で相手にするのは流石に時間が掛かりそうだ。だから少し、卑怯な手を使わせてもらうとするか──『転移』」
時空魔法を使い、俺は迫り来る騎士達の前から姿を消した。
そして視界が切り替わった頃には、俺は玉座の間の中にいて、たった一人、玉座に座っている王様と目が合った。




