第十話 補習
短めです。
その日の放課後、俺は再び第三競技場にいた。
この場には俺とミロとユリアしかおらず、他の者達は既に下校しているか、どこかの研究部で活動している頃だろう。
俺も本来ならば宿に戻ってだらだらとしている頃なのだが。
「よし、じゃあやるか」
帰りたいという邪念を振り払うように、俺は元気な声で二人にそう言った。
そんな俺よりも元気いっぱいなユリアが、いつものように挙手をする。
「先生!」
「何だ?」
「納得がいきません、なんで私たちだけ補習なんですか! 理由を教えて下さい!」
「そうよ! 私が補習なんて何かの間違いよ!」
……まあ、そうなるよな。
今回、放課後にこの二人を呼んだのは他でもない、補習を受けさせる為だ。
とはいえ、ユリアとミロが別段他の者達よりも魔力操作が劣っているという訳ではない。本人もそれは分かっているだろう。
だからこそ自分達だけが補習になったことに納得がいかない、至って当然の事だ。
まずはその理由を説明したい所……だが、やはり、俺の口から全てを話してしまうのは二人の為にならない。
(……さて、どう説明するか)
「まあ、何だ、二人には早く魔力操作を身に付けてもらいたくてな」
「どうして私とミロだけなんですか? 何で、私たちに早く上達してもらいたいんですか?」
「それは追々、自分達で知ってもらいたいと言うか、人の力を借りるのは良くないって言うか……」
上手い言葉が見付からず、視線を逸らしてはぐらかす。
しかしこれでは余計に怪しまれてしまう。これ以上の詮索は勘弁してもらいたいので、早く補習を始めてしまおう。
「兎に角! 二人は魔力操作をもっと練習すること! 出来るようになったら、俺がとびきりの魔法杖をプレゼントしてやる」
「「はいっ、分かりました!」」
……子供はチョロくて助かるなー。
そんな事を思いつつ、俺は競技場を観戦席からこっそり此方を覗き見ている者に視線を送る。
目が合うと直ぐ壁に隠れてしまったが、あの金髪を見間違える筈がない。
「よっ、ラジム」
「!?」
時空魔法で影から覗いていたラジムの背後に転移して声を掛けると、ラジムは突如現れた俺に驚愕しつつも、騎士という職業による高い身体能力によって二歩、三歩と飛び退いた。
その手には短剣が握られていたが、それは【武器創造】によって創られた物だったようで、制御が乱れた途端に魔力となって消えてしまった。
その事にラジムは少し悲しそうな表情を浮かべた。
「こんな所で隠れてスキルの練習とは関心だな。だが、魔力だけで構築するなら、集中を途切れさせたら駄目だぞ。ラジム、お前って意外と影で努力する奴だったんだな」
咄嗟に、そんな言葉しか出てこなかった。
先程といい今といい、俺にはコミュニケーション能力が皆無らしい。
ラジムが持っていた短剣と消耗している魔力を見れば、どれだけ努力していたのか分かりきっているというのに、相応しい言葉が見付からない。
「……ラジム?」
彼は視線を逸らしたまま、此方を向こうとしない。
しかし、ラジムは話してくれた。
大きな声を上げれば、俺が消えたことに驚いているユリアとミロにも存在を気付かれてしまうと思ったのか、やや小さな声で。
「……どれだけ練習しても、上手くいかないんだ。先生も【武器創造】が使えるって聞いたから、先生の魔力操作を見ていれば、何か参考になるかもって思って……だけど、やっぱり俺には向いてないみたいだ」
……ああ、それで、授業でずっと俺を見ていたのか。
気にしてはいなかったが、これで納得がいった。
一度は使えないと捨てたスキルを自分なりに使えるようにしようと、色々と努力していたんだ。
そう想うと、昔の俺を見ているようでつい笑ってしまった。
「スキルとして現れているんだから、才能がないなんて事は有り得ないし、さっきの短剣、なかなか良かったと想うぞ」
「っ」
そう、悪くはなかった。丁寧に魔力を込められていたし、あれなら武器の性能も決して悪くなかった筈だ。
ラジムの性格からしてもっと雑な魔力操作を想像していたので、見た時は少し驚いてしまった、
それに、俺は最初、ゴブリンやオークが使っているような粗悪な棍棒を創るのすら儘ならなかったから、それと比べれば天と地ほどの差があるだろう。
「あのっ、先生!」
ラジムが、先程とは違った感情を瞳に宿しながら言った。
「何だ?」
「俺に、スキルの使い方を教えて下さい」
「最初からそう言えっつの」
俺は笑いながらラジムの額を小突いた。
「教えてやるよ、俺はお前の先生だからな」
「……非常勤のくせに」
「いやそれ関係なくね!? 先生なのは間違いないだろ!」
格好良く決めたつもりが、とても失礼な切り返しをされてしまった。
確かに俺は非常勤ではあるが、そうではなく、先生への敬いというものが足りないように感じるのは気の所為だろうか。
「あー! 先生、そこで何してるんですかー?」
「げっ」
大きな声を出してしまった事が原因で、ユリアとミロに見付かってしまった。
ラジムの立っている場所は丁度向こうから壁により見えなくなっているので、見付かったのは俺だけだ。
「放課後に私たちを呼び出しておいて自分はサボろうなんて、いい度胸ね?」
「いやっ、これはサボりとかではなくてだな……ってか、先生に向かってその口の聞き方は何だ!?」
ラジムだけでなく、どうやらミロにも嘗められているらしい。
これは早々に俺の立場を改善させなくては──そう強く思いつつ、俺はラジムへと振り返る。
「明日の朝に此処に来い、スキルのこと色々と教えてやるから。じゃあなっ!」
早口で捲し立て、俺はユリアとミロの元へと戻った。




