第九話 派手なこと
「なんだ、あいつ等」
今日もいつも通りフィリア達に魔力操作の練習をさせていると、十数人の生徒が観戦席から此方を見下ろしていた。
王立学園の制服を身に付けているので、この学園の生徒なのは間違いないが、どうしてこんな所にいるのだろう。
しかも今は授業中だ。生徒が自由に行動できる時間ではないと思うのだが……。
「あれば上級生の人たちですよ。私たちのクラスの授業を見に来たのでしょう」
「見に来た? なんで?」
シルクにそう聞き返す。
「大抵の理由は優秀な生徒を自分たちの部活に勧誘することですが、今回は多分、先生ですよ」
「俺?」
此処に来た理由で、どうして俺になるのだろうか。
「リーアスト王国最高の魔法使いである、アラン学院長自らの推薦ですからね。一体どんな人物なのか、気になるのも当然です」
「あー……」
(そういえば、そういう設定で先生になったんだったな)
学院と全く繋がりのない一介の冒険者の俺がある日突然先生になるというのは不自然だから、アランの知り合いの凄腕冒険者という設定で、この学院に来たのだ。
リーアスト王国魔法師団の団長と一介の冒険者が知り合いというのも不自然な話ではあるが、そこら辺は上手くやったのだろう。
「せっかく見学者がいるんなら、もっと派手なことやった方がいいのかな」
「これ地味だもんねー」
「地味って言うな」
ユリアから飛んできた突っ込みに反応しつつ、何か良い案はないかと思案する。
流石にこいつ等が魔石に魔力を吸われて呻いている絵面なんて誰も求めてないだろう。
とは言っても、なかなか良い考えは浮かば──。
「ん? どうした、エル」
ふと、ローブの中からちょこんと顔──なのか分からないが──を覗かせたエルダースライムが、身体を触手のように伸ばして俺の頬を叩いてきた。
因みに、エルダースライムだからエルと名付けた。
そんなエルが、何やら俺にジェスチャーで訴え掛けてくる。
「ふむふむ……」
エルは見た目こそスライムだが、何十年と長い年月を生きて進化を重ねた上位個体のため、こう見えてかなり知能が高い。
従魔として主従関係を結ばれているからある程度の意思疏通は可能なのだが、それ以上にエルは俺の意思を読み取り、そして周囲の状況の判断も良くできる。
だからこそ、俺が困っている内容も理解していて、それを解決する手立てを伝えようとしているのだが……。
「ごめん、全然分からん」
無理だった。
簡単な意思疏通は出来ても、やはり複雑なものは厳しかったようだ。
職業が魔法剣士ではなくテイマーならまだ変わったかもしれないが、俺にそんな器用な芸当は不可能らしい。
と言っても、エルが人の姿に擬態したら、もしかしたら会話できるんじゃないかと思っていたりするのだが。
「せ、先生……それ、なんですか……?」
ふと、シルクがエルを指差しながら訊いてきた。
他の者達もエルへと視線を向け、物珍しそうに眺めている。
……そういえば、こいつ等にはエルの事は紹介していなかったか。
まあ、エルはいつも伸縮自在な身体で俺のローブの中に隠れているから、魔力感知の甘い者ならまず気が付かないだろう。
まだ若いからそれでいいが、ミロとユリアには早く上達してもらいたいものだな。
でなければ、可哀想で仕方がない。
「俺の従魔だ」
「スライムが……ですか?」
やはり皆、唯のスライムとしか見えていないか。
「ああ、スライムが、だ」
そんな、生徒達にとっては普通のスライムでしかないエルが、俺の肩から飛び降りてシルクの元へと寄っていき、触手を伸ばしてあるものを指した。
「えっと、魔石が欲しいんですか……?」
エルの行動に疑問符を浮かべながらも、シルクは手に持っていた魔石をその触手の上に乗せた。
そして魔石を体内に取り込むと、魔力を吸収しようとする魔石に抵抗することなく、寧ろエルの方から魔力を流し込んでいくではないか。
「た、食べちゃった……」
「大丈夫なのか、そのスライム……」
シルク達は勿論のこと、上から見物している上級生達もまた、突然のスライムの出現とその行動に釘付けになり、心配する声も聞こえてくる。
しかしそんな声も、暫くすれば聞こえなくなる。
「なんつー魔力込めてんだ……」
「あれ、本当にスライムなのか……!?」
「あり得ねぇ、俺より魔力が多い……だと……!」
魔力を強引に吸い取る魔石はその性質上、普通の魔石よりも遥かに魔力の許容量が多い。
魔力を吸い取る魔石から、強引に魔力を取り出すだけの魔力操作技術があれば、マナポーションより遥かに魔力回復の効果が見込めるほどに。
こいつ等の魔力量では許容量に到底及ばないものの、エルにとっては朝飯前と言うものだ。
「……ん?」
周囲の驚きの声に、その主人である俺は少し得意気になっていると、エルが身体から何なら筒状に伸びた触手を出した。
そして、既に飽和状態の魔力を内包した魔石は凄まじい光を放っており、それが、エルの体内をゆっくりと移動して、筒の根元まで動いていくではないか。
あれだけ魔力が込められていれば、何かの弾みでうっかり砕けでもしたら、きっと大爆発を起こすだろうなあ。
(………………おい、待て待てまさかっ!?)
俺は筒状に伸びた触手の先を見て、とてつもなく、嫌な予感がした。
そこには、魔法の射撃練習の為に設置されている標的があって──。
「ちょ!? 待てエルっ、良い子だから早まるんじゃない!!」
俺の必死の制止も虚しく、眩い光を放つ魔石は、勢いよくエルの体内から吐き出された。
魔石は美しい光の軌跡を残しながら、見事、標的のど真ん中を射貫いて、容赦なくその先の壁へと衝突した。
──ドオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ。
魔石は呆気なく砕け散り、内包していた魔力が一気に放出され、凶悪な破壊兵器へと変貌した。
爆発の威力は凄まじく、何重にも『硬化』や『物理耐性』、『魔法耐性』の付与魔法を掛けられた競技場の壁ですら、いとも簡単に破壊され、大きな風穴を開けた。
「「「「「……………………」」」」」
これには一同、絶句だった。
ある者達は突然の事態に何が起こったのか理解できず、またある者達は自分が今までどれほど危険なモノを使っていたのかと恐怖し、そしてある者はアランに怒られると頭を抱える。
加えて、壁の向こう──第二競技場で授業をしていたクラスもまた、突然の出来事に理解が追い付いていなかなかった。
彼等が一番の不幸者達で、意味不明だったであろう。
あれだけの爆発だったにも拘わらず怪我人が一人も出なかった事だけが、せめてもの救いか。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい──」
やばい、本当に不味い状況だ。
負傷者が出なかったのは不幸中の幸いだが、壁をぶち抜いてしまったのは非常に不味い。
これ、絶対俺が怒られるやつだよな、俺悪くないのに!
「……いや、待てよ」
そうだ。終わり良ければ全て良し、って言うじゃないか。
ならば崩壊した壁を元に戻してしまえば、被害を被った人もいないし、事故はそもそも無かったことになるじゃないか!
……よし、それでいこう。
「あははー、お邪魔しましたー。『リペア』」
崩壊した壁の近くまで転移した俺は、唖然としている壁の向こうのクラスに愛想良く笑顔を振り撒くと、時空魔法によって壁を元の状態に戻した。
加えて、掛けられていた付与魔法を更に強力なものに変えておく。
これでまた何かやらかしても大丈夫だろう。
いや、俺が悪い訳じゃないんだけどね!
「お前この野郎何してくれてんだ俺が怒られるんだからなお前じゃなく主人である俺が怒られるんだぞ分かったか分かったらもうこんなことすんなよな!」
拳でぐりぐりしながら説教し、あからさまにしょんぼりとするエルから視線を逸らす。
「さあ、授業を再開しようか!」
「「「「「いやいやいやいやいや!」」」」」
その後、俺は理不尽にもアランの説教を食らうことになった。




