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第八話 魔力操作訓練

「……よし、全員揃ったな」


 次の日、先日と同じように第三競技場に集まった七人の生徒を見渡す。

 昨日の事で少し心配だったのだが、いつも通り──といってもまだ二日目なのだが──集まってくれたことに内心とてもほっとしながら、俺は懐からあるものを取り出した。


「今日はこれを使おうと思う」

「それは……魔石、ですか?」


 恐る恐る訊いてくるグオルツの言葉にそうだと言って頷く。


「と言っても、ただの魔石じゃないぞ? アンデッド系統の魔物から稀に取れる、触れた者の魔力を強引に吸い取る特殊な魔石だ」


 アンデッドの魔物から取れたとあって、闇属性の禍々しい魔石だ。

 【魔界】にいた頃は死んだ魔物がそこら中でアンデッド化して犇めいていたから、その当時手に入れた魔石が沢山ある。


「そ、そんな高価で稀少なものどうしたんですか……?」

「先生ーはそれ持ってて平気なのー?」


 まあ、当然の疑問だな。


「魔力操作がそれなりに上達すれば、そうそう魔力を吸われることはない。どうやって手に入れたかは内緒だ」

「じゃあ、今日はその魔石を使って魔力操作の練習ですか?」


 残念そうにするユリアの隣で、シグルスが訊いてくる。


「その通りだ。魔力操作が上達すれば無駄な魔力浪費も少なくなるし、今よりも魔法の精度と威力を上げることが出来る」


 そんな、魅力的な言葉に誰もが歓声を上げる。

 魔法の威力に関してはレベルを上げる事が最も効率的ではあるが、魔物を倒すにはある程度の実力が伴っていなければ危険だからな。

 全員が魔石に魔力を吸い取られなくなったら、アランにダンジョンへ行ってもいいか訊いてみるつもりでいる。


「よし、やってみろ」


 そう言って、俺は持っていた魔石をあまり話を聞いていない様子だったミロに放った。


「え、何これ!?」


 案の定、話を聞いてなかったらしい。

 しかし、戸惑うミロから魔石は容赦なく魔力を吸い取り始める。

 するとミロの魔石を持つ手から魔力が光の粒子のように現れて、溶けるようにして魔石に吸収されていく。

 その様はなかなかどうして幻想的な光景だった。

 残念ながら、当の本人にそんな事を気にしていられる余裕は無さそうだが。


「ほら、ちゃんと自分の魔力を制御しないと」

「そ、そんなこと言ったって……! 魔力がどんどん吸われて……、コントロールが利かない……っ!」


 顔をしかめながらミロが苦しそうに喚く。

 最初はそんなものだろう。激戦の末に倒した魔物の魔石を回収したら、うっかり魔力を全部吸われて死に掛けた──なんて、無様な状況ではないのだから。

 あの時は本当に危なかったな、ギルゼルドに大笑いされた記憶がある。


「やばいと思ったら投げ捨てるんだぞー?」


 念のため声を描けておく。

 という訳で次は──。


「なに笑ってるんだ? お前らもさっさとやれ」

「「「「「「わっ!?」」」」」」


 ミロの悶える姿を見て笑っていたユリア達にも魔石を放ってやる。

 魔力を吸われるという事に慣れていないからこそ、全員面白い反応をしてくれた。

 そうして、俺は暫くその様子を見て楽しむことにした。


 ──それから十分後。


 目の前では、七人の生徒が息を切らしながら地面にへばっていた。

 勿論、全員揃って魔力切れだ。


「…………お前ら、魔力操作下手すぎ」


 ついつい思ったことがそのまま口をついて出てしまう。


「いやっ……これは……むり……」

「魔力操作って……こんなに、難しかったっけ……?」

「今なら分かる。あれを普通に持っていた先生が異常だったんだ……」


 おいこらユリア、先生に向かって失礼な事を言うんじゃない、言うなら褒め言葉にしろよな。

 そんな事を思いつつ、溜め息をついてしまった。


「これが出来るようになったらダンジョンに行くつもりだったんだが……、当分は無理──」

「「「「「ダンジョン!?」」」」」


 無理そうだな──そう言い終わる前に、全員が声を揃えながら一斉に此方を向いた。


「え、何お前ら、どしたの?」


 どういう訳か、全員の目がキラキラ……というよりギラギラしているんだが。


「これ出来るようになったら、ダンジョンに行かせてくれるんですか!」

「本当に!? 先生本当に!?」

『僕たちダンジョン行けるの!?』


 先程までの疲れた様子が嘘だったかのようにずいと詰め寄ってくる生徒達から逃れようと、俺は数歩後退する。

 いや、素直に怖いんだが。


「あ、ああ。アラン……学長からは好きにやっていいって言われてるし、許可は出ると思うが……」


 その言葉を聞くと、生徒達がパアッと笑顔になる。


「え、まさかお前ら、ダンジョンに行きたいのか? 貴族なのに?」

「何よ、貴族だとダンジョンに行っちゃダメな訳?」

「あっいえ、滅相もございません」


 ミロに鋭い眼光を向けられた。歴戦の戦士顔負けの迫力だ。


「ここにいるのは、フィリアを除いて魔法師団志望か騎士団志望だからねー」

「そうなのか?」

「うん、だからみんなレベルをたくさんあげたいんだよ~」


 ユリアが俺に助け船を出してくれた。

 ……なるほど、将来が魔法師団や騎士団なら、ダンジョンに行きたいと考えるのは当然か。

 手っ取り早く実戦が積んでレベルを上げるには最適だからな。


「それで、どうなんですか!」


 いつもは気弱なグオルツが、強気にそう訊いてくる。

 他の生徒も固唾を飲んで俺の返答をじっと待っていて、その様子が少し可笑しくて、ついつい笑ってしまった。


 例え貴族の子息や子女とは言っても、長男以外はいずれ自立しなければならない。中には貴族の仕事を手伝う者もいるだろうが、多くの者はそうならない。

 恵まれた血筋からもたらされた才能を生かし、魔法師団や騎士団に入団する者が殆どらしい。


 しかし、過保護に育てられた故に平民と同じ立場になることを嫌う者は多く、加えて、少なくない危険の伴う職は自分に相応しくないと不平を言ったり、早々に退団して親のスネを噛る者もいるそうだ。

 にも拘わらず、目の前の貴族達はなんと向上心のあることか。


「ああ、全員が出来るようになったら、な」

「「「「「おおーっ!!」」」」」


 まるで幼い子どものように、瞳をキラキラさせながら見詰めてくる生徒達に、いったい俺はどのように映っているのだろうか──そんな事を思うと、またしても口許が緩んでしまう。


「よーし、頑張るぞー!」


 おおー! とユリアに続いて他の者も拳を掲げ、放り投げた魔石を拾おうと──。


「おいっ、ちょっ、待て!」


 そう声に出した時には遅かった。


 目の前には、僅かに残された魔力さえもを完全に魔石に吸い尽くされて気を失った、七人の生徒が倒れていた。


 ……まったく、学習しない奴等だな。

 魔力欠乏は慣れない者にとっては命にも関わるという事を、学院で学ばなかった訳ではないだろうに。

 これほど間抜けな奴等をはたしてダンジョンに連れて行って良いものだろうか──。


 幸せそうに気絶しているそれらを見下ろしながら、既に約束をしてしまった自分に失笑しつつ、拭いきれない不安を胸に抱いた。

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