第七話 最初の授業 ③
既に剣を手にして準備を済ませていたラジムが、ゆっくり俺の前へと進んでくる。
「グオルツ、悪いが倉庫から木剣を持ってきてくれないか?」
「わっ、分かりました!」
グオルツが倉庫へ走っていくのを見送っていると、ラジムが声を掛けてきた。
「木剣で、真剣と打ち合うつもりなのか」
「何だ不満か? それなら俺も真剣で相手をするが」
「…………いや、いい」
「そうか」
ラジムの職業はこのクラスで唯一、魔法使いではなく騎士。
単純な身体能力だけであれば一番高いのは誰か、言うまでもない。だが、ラジムの戦闘スキルは剣術だけではなく、他にもある。
「何度も言うが、遠慮は要らないからな。自分の持てる力を使って全力で来い」
「…………」
俺の言葉に反応することなく、ラジムは無言で剣を抜き静かに構える。
遅れて、俺もグオルツから受け取った木剣を正面に構える。
(動かない……か)
どちらも構え合って数秒が経ったが、ラジムは警戒して打ち込んで来る様子がない。此方の出方を注意深く窺うように、瞬きすらしない。
警戒しているのだ。武器の差で圧倒的に自分が有利にいると分かっていても、ラジムは俺を油断ならない相手と判断したという事だ。
なら、望み通り此方から仕掛けることにしよう。
「──よっ」
あまりにも気の抜けた掛け声であったものの、それに似合わずたった一歩で距離が無くなる。
そのまま木剣を振り下ろすと、突如として目の前に現れた俺と目が合ったラジムは驚きのあまりハッと息を呑み──。
「──ッ!」
咄嗟に木剣を剣で受け止めた。
反応速度がとても良い。職業が騎士なのも影響しているだろうが、それを必要としない程の戦闘センスを持っている。
さて、こいつは今の段階でどこまでついて来れるのか、少し試してみようか。
「くっ……!」
横凪ぎ、振り上げ、フェイントからの突きなど、様々な角度から剣戟を振るい続ける。
その度にガァン! という衝突音が周囲に響き、空気がピリピリと震える。
今のところ、休む暇なく繰り出す剣戟をラジムは何とか捌ききっているが、余裕は全く無さそうだ。
「剣術のスキルレベルは〝7〟ってところか」
「はああッ! ──!?」
漸く初めての反撃を仕掛けてきたラジムの剣戟をあっさり躱して、すれ違いざまに足を払ってバランスを崩させる。
転倒はしなかったものの、ラジムは体勢を立て直す為に俺から一旦距離を置く。
「息が上がってるな、もう限界なのか?」
「……くそっ、そんな訳ないだろ!」
今度はラジムから仕掛けてきた。
だが、対人戦にあまり慣れていない所為か、それとも冷静さを欠いている所為か、動きが単調すぎて話にならない。
せめてこの木剣くらいは簡単にへし折ってほしかったのだが、剣術だけならそれすら無理らしい。
しかしここで、やっとラジムが本気になった。
「『ライトニング』ッ!!」
瞬間、ラジムの身体からは迸る雷が発生する。
おそらくこれは、身体に電気を纏わせる事によって身体能力を格段に向上させる強化魔法だろう。
ヒューズ先生から資料を受け取った時は、騎士なのに魔法スキル持ちなんて珍しい──等と思っていたが、なるほど、剣術と雷魔法の組み合わせはかなり相性が良いらしい。
あとは、跳ね上がった身体能力を上手く使いこなす技術をラジムが持ち合わせているかどうか。
「疾ッ!」
──速い。
離れた場所で見学している魔法職の生徒達の眼では、到底捉えきれないだろう。
まるでラジムが俺の目の前まで転移したように感じる筈だ。
それだけ、ラジムは速かった。速さだけなら並のAランク冒険者すら凌駕する。
「──だが、やはり単調すぎる」
「なっ!?」
この速度ならついて来れないとでも思っていたのか、ラジムは折角の強みを自ら殺してしまう。
たった一合、俺に剣を受け止められた程度で動きを止めてしまったラジムの剣を宙に弾き飛ばし、首元に木剣を添えてやる。
「勝負あったな」
この中でいえば、間違いなくこいつが一番強かった。
雷魔法と剣術の組み合わせもまだまだ強くすることが出来るし、伸び代も申し分無い。
「…………どうやって」
「ん?」
「最後の、ただの木剣で受け止めきれるとは思えない。どうやったんだ」
……ああ。
確かに、唯の木剣であの剣戟は受け止めるにはあまりにも役不足だ。そのままいけば、木剣が真っ二つに折れていたに違いない。
にも拘わらず、木剣は折れていない。それが不思議で仕方無いのだろう。
「そんな事か。簡単だ、木剣に魔力を纏わせただけだ」
そう言って、もう一度木剣に魔力を纏わせてやる。
すると程無くして木剣が淡く光を放ち始めた。
今回は分かり易いように木剣の内部ではなく表面に魔力を集めたので、とても幻想的になっているな。
「魔力伝導率の低い木剣に、魔力を纏わせた……!?」
「魔力操作が上達すれば誰でも出来る技術だ。これが出来れば、手元にまともな武器がなくても適当なモノで代用できるようになる」
それこそ、そこら辺に落ちている小枝でもな──と付け加えておく。
戦闘が始まった時、いつでも万全な状態で戦えるとは限らない。連戦で武器が使い物にならなくなってしまっているかもしれないし、戦闘の途中でダメになる可能性だってある。
「冒険者ならこのくらい出来ないと生きていけないぞ。まあ、お前は冒険者にならないかもしれないが」
それに──と、更に続ける。
「お前にはもう一つのスキルもあるだろう。それがあればまだ戦えるはずだが、どうしてそれをしなかったんだ?」
訊いたとき、ラジムは何の事だというようにキョトンとした。
「……ああ、【武器創造】のことか。あんな使えないスキルが、役に立つ訳ないだろ」
「使えないだと……?」
────何を言っているんだ、ラジムは。
役に立たないスキルなんて存在する筈がない。
どんなスキルであろうと、スキルとして覚えたそれが本人の役に立たないなんて事がある筈がない。
先天的でも後天的でも、スキルとして自分のものにしたからには、それは一種の才能だ。
それが、使えないだと? 役に立たないだと?
確かにスキルには戦闘向きなものとそうでないものとある。……が、ラジムのスキルは間違いなく前者に当てはまる。
戦闘では、自分の持ちうる全てを使って勝利を渇望する。
だからこそ使える手数は多い方が良いし、例えそれがどれだけ卑怯な手であっても、勝った瞬間全てが正当化される。
使わなくとも勝てるならそれで良い。
だが、万に一つでも勝てない相手を前に、微塵も足掻こうとしない弱者が、はたしてそれ以上強くなれるか、高みに手を伸ばせるだろうか。
「……それじゃあお前は、武器創造が使えないスキルだと言うんだな?」
久し振りに、感情に任せて威圧を放ってしまった。
しかしここは引けない、認められない。
そうしてしまえば、俺が、今まで積み重ねてきた二十年間を、強くなろうと死に物狂いで足掻き続けた俺自身を、自ら否定してしまう事になるから。
こんな、世界の過酷さの欠片も知らないガキに、俺の全てを否定されて黙っていられる道理はない。
もし俺に【武器創造】が無ければ、今の今までしぶとく生き残っていないから。
「──ガキが、知った風な口を利くな」
木剣を投げ捨てると一緒にそう吐き捨てると、俺は競技場から出た。
後ろから何人かの生徒から呼び止めようとする声が聞こえてきたが、立ち止まることなく、歩く速度を少し早めた。
追い掛けてくる者はいなかった。
まあ、そうだろう。理由は知らなくとも、放った威圧で俺が怒っている事は伝わっていた。
何も知らない奴にみっともなく八つ当たりをするなんて、本当に──。
「馬鹿だな、俺は」




