第九話 王都道中 ②
夕方、この日は出発初日とあって早めに野宿の準備を始める事になった。
王女様の馬車に積ませてもらった野宿に必要な道具を手分けして降ろし、男性陣でテントの設営を行った。
その後その場に残って王女様の護衛をする者と夕食の準備をする者、森林に行って焚き火に使う木の枝を拾い集めてくる者の3つに役割を分担して、それぞれが作業に取り掛かった⋯⋯のだが。
「あーあ、めんどくせえ」
「仕方無いですよ、さっさと集めて戻りましょう」
「わぁーってるよ」
俺に与えられた分担は焚き火に使用する木の枝を拾い集めてくる事だ。
勿論俺1人ではなく、もう1人を含めた2人で森林にやって来ており、そのもう1人というのが最初俺をFランクと見下してきたグランさんだった。
始めこの2人で行ってこいと言われた時はかなり気まずい状況で、どうなることやらと思っていたのだが⋯⋯。
「全然拾って無いじゃないですか」
「ったく⋯⋯」
俺がそう指摘すると面倒臭そうに赤色の髪をガシガシと掻きながらも落ちている枝を一本一本拾い集め始める。
意外にもグランさんは口は悪いけど話しやすかったので安心した。
グランさんを見ると何だか子供みたいで少し笑ってしまいそうになるが、そんな事を思っているとバレたら何をされるか分からないので、気持ちを切り替え俺も足元に落ちている木の枝を拾う。
危険だからあまり深くまで行くなと言われているので、俺達は森に入って直ぐの場所で枝を拾い集めている。
「それにしても、王族の護衛ならもう少し野営も楽なものだと思ってました。それに、護衛は騎士団だけでするものだと」
「その騎士が負傷したからだろうが。冒険者雇ってまで王都への出発を急いだのは、王立学院に通うためだろ」
「学院?」
「いいから手を動かせ」
今度は俺が注意されてしまった。少し気になったが、渋々作業を再開する。
少し時間が掛かってしまったが漸く両腕で抱え込むくらいの枝を拾い集めることが出来たので、それを持って他の皆の所へと戻る。
「すみません、遅くなりました」
軽く謝った後で森林から拾ってきた枝を地面におろし、何本かの形の良い枝を選んできれいにそれを並べる。うん、我ながら上出来だ。
そこにニグルさんに火属性魔法で火をつけてもらい、やっと野宿の準備が全て整った。
そこから夕食を準備してくれていたアストさんとアーラルさんが焚き火の火を使ってシチューを作り、夕食の準備も滞りなく完了した。
王女様と執事の人を除く全員が焚き火を囲むようにして座り、アーラルさんが一人一人のシチューをよそってパンと一緒に皆に配っていく。
王女様の分は執事が取りに来てくれた。
「じゃあ、いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
「いた、だきます⋯⋯?」
全員に夕食を配り終えてから不意に皆に聞こえるような声でアストさんが口にした言葉を、復唱するようにして俺以外の全員が口を揃えて言った。
そしてそれを言い終わると一斉に食事を取り始める。唯一、まだ食事を始めていない俺は、唯それを茫然と眺める。
聞き慣れない言葉を耳にして頭の上に疑問符を浮かべる俺に、隣に腰を下ろしていたニグルさんが声を掛けてきた。
「オルフェウス君は〝いただきます〟を知らないのかい?」
「えっと、はい」
「ふむ、ならば私が教えてあげよう。いただきますとは、300年程前に異世界から召喚された勇者様が使っていた言葉なんだよ」
「へ、へえー⋯⋯?」
ゆ、勇者様⋯⋯? 誰だよ、そいつ。
いただきますと同じく再び聞き覚えの無い単語が飛び出してきて、更に頭が混乱し何が何だかよく分からなくなる。
しかもそれ以外にも何個か引っ掛かる箇所があるし、全く話の内容が理解できなかった。
ニグルさんの口ぶりから察するに、結構皆知っていて当然のもののように受けとることが出来るが、それ以外はさっぱりだ。
ちらっとニグルさんを横目で見ると、それ以上話すつもりはないのか黙々と夕食を食べている。
「⋯⋯」
ニグルさんの言ったことを整理してみるか。
先ずは、いただきます。どうやら食事を始める時に使う言葉のようで結構有名らしいが、ネルバに滞在している間にそんな言葉をを使っている奴など見たことがない。
まあそれは仕方無いのかもしれないが⋯⋯。毎回食事は一人で取っていたし、人と食事を取ったのはダンジョンに行った時にセト達と食べたぐらいだ。
もしかしたら、酒場では使わないのかもしれない。
一緒に食べた時にそんな事を言っていた記憶がないのだが、あいつらはいただきますの事を知っていたのだろうか。
次に300年程前という言葉だ。
そんな昔からあるものだったら【魔界】に行く前にも住んでいた村で聞いたことがあってもおかしくはないと思うが、そんな言葉をを使っていた記憶はない。
というか、なんで300年前からこんなものが現在まで続いているのかも不思議だ。それだけ〝勇者様〟の存在が、影響力が大きかったということだろうか。
しかし、異世界から召喚された勇者様とは一体?
これが一番理解できないもので、勿論聞いたことなど無い。
何故異世界から人⋯⋯かどうかも分からないが、召喚したのだろうか。
異世界から命ある者を召喚する事が出来る魔法は知っているが、その召喚した勇者様はそもそも、何のためにこの世界に召喚されたのだろう?
召喚は喚ぶものによって掛かる時間も成功率も変わってくるかなり難しい部類の魔法でもあるので、使える者は限られてくる。
そうまでして勇者様を召喚した理由、そして勇者様とは何者なのだろうか──。
「ごちそうさまでした」
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
「ご、ごちそうさまでした」
食事が終わった時にも〝ごちそうさま〟という言葉を言ってから夕食が終了する。
この言葉も異世界から召喚された勇者様が使っていた言葉らしい。
夕食の後、今日の見張りの順番を決めた。見張りには騎士達も参加してくれるらしく、二人一組のペアに別れて見張りを行うことになった。
一組一組が見張りをするのは時間にして大体二、三時間なので寝る時間が多いのは素直に嬉しい。
──翌日の朝。
日の出と共に最後の見張りを担当していた騎士に起こされて起きた俺達は朝食も早々に王都へ向けて馬を走らせた。
天気は今日も晴れており、目立った問題も起こらずに順調な走り出しだ。
この国、リーアスト王国の第一王女であるフィリア様を、王都まで護衛するのが依頼の内容だが、王都までは何事もなくいけば二週間で到着出来る予定となっている。
俺が【魔界】に行ってからの20年で大陸一の大国にまで登り詰めたという驚異の国──その王都がどんな所なのか、今から楽しみで仕方がない。
「──前方に魔物を発見!」
そんな事を考えていると、騎士の一人が上げた声に既に察知していた俺以外の冒険者達に緊張が走る。
直ぐに御者が馬車を止め、俺達も馬から降りて何時でも戦えるよう身構えた。
「あれは⋯⋯ストームウルフ!?」
「何でこんなところに⋯⋯」
アストさんが発した言葉に動揺する『希望の種子』のメンバー。
口振りから察するに、この辺りにストームウルフがいるのは普通ではないのだろう。
ストームウルフは体長3メートルにも及ぶ大きな狼の魔物で、その多くは何体かの群れで行動している事が多い。
現在俺達の前にいるストームウルフも8体の群れで行動しており、当然ながら既に此方に気付き警戒している。
「セディル大森林で何かあったのか⋯⋯?」
「判らないが、今は戦いに集中しよう。僕とグランで攻撃を仕掛けます。騎士の人達は王女座を、他は支援を頼みます」
「「了解」」
パーティーリーダーの指示にアーラルさんとニグルさんが同時に返事をし、騎士達もそれに応えるように剣を抜き放って構える。
「行くよグラン」
「ああ」
何時もはだるそうな表情をしているグランさんだが、今はとてもそうは見えない。
かなりの集中状態に入ったようで、目線を真っ直ぐにストームウルフへと向けている。
二人は同時に走り出しストームウルフの群れへと立ち向かっていき、ニグルさんとアーラルさんが杖に魔力を込め始める。
⋯⋯思ったのだが、俺は何をしたら良いのだろう?
一応俺の役割は支援だが、生憎なことに俺は支援系の魔法を使えるスキルは持ち合わせていない。
まあ、スキルなど無くとも大抵の魔法は使えるが、適性がないため時間が掛かってしまい、必要な瞬間に魔法が使えない可能性がある。
⋯⋯と、取り敢えず剣でも抜いて構えておこう。
「はあああっ!」
「ふッ!」
流石はBランク冒険者といったところか、ストームウルフに対して怯むことなく立ち向かっていき、確実に急所を狙って攻撃している。
それに一人で数体を纏めて相手取っているのにも拘わらず一体一体の攻撃を小さな動きで見事に交わしている。
⋯⋯まあ、グランさんの場合は飛び込んできたストームウルフは格好の餌食のようで、狼の顔面を思いっきりぶん殴っている。
しかしそれでも全てを相手には出来る筈もなく、3体のストームウルフが二人から距離を取り、そのまま此方に駆けてきた。
「──『フレアボム』」
あっという間に距離を詰めてきた狼だったが、それも道半ばでニグルさんの放った爆発系の火属性魔法によって阻止される。
それによって2体のストームウルフが魔法に直撃し吹き飛ばされるが、何とか直撃を避けることに成功した1体が、再び此方に駆け出してきた。
「オルフェウス君、いけるか?」
「任せてください」
簡単な魔法ならばともかく、強力な魔法は魔力を込めるのに時間が掛かってしまうので連発が出来ない。
俺の良いとこ無しで終わろうとしていた所に転がり込んできた見せ場、これを逃す手はない⋯⋯!
自然体のまま軽く走り出し、俺と狼との距離がゼロになる瞬間、下ろしていた左腕に力を込め、手首を捻って狼に向かって剣を斜めから振り上げた。
狼の首がいとも呆気なく宙を舞い、絶命した。
「ふう」
剣に付いたストームウルフの血を払い鞘に戻す。
やはり俺の予想通り、この剣は結構な業物だ。狼の首を刎ねた時あまり骨を断つ感覚がしなかった。
これなら当分は剣を買い換える必要は無さそうだ。
「らあああッ!」
グランさんが丁度最後の1体を討伐し、無事に全てのストームウルフの討伐が終了した。
「一撃とは恐れ入ったな」
「剣が上等なものなんですよ」
ニグルさんが俺の隣に立ってそう言ってきたので、剣のお陰だと言っておく。
剣術のスキルのお陰でもあるが、剣が良いものというのは間違ってないので、別に嘘を付いたことにはならないだろう。
冒険者は己の手の内をあまり喋らない方が良いって言うし。
「そっちに3体行ったけど大丈夫⋯⋯って、何これ!? オルフェウス君がやったの?」
「まあ、はい」
「へぇ~! 王族に指名されたって聞いてるからどれだけ強いのかと思えば、こんなに強かったなんてね。意外とランクもあてにならないね~」
此方に駆け寄ってきたアストさんが俺が倒したストームウルフを見て驚くが、直ぐに笑顔に戻って俺を誉め称えてくる。
一段落ついた所でアストさんがストームウルフを解体し、肉と毛皮だけを取って他はニグルさんが焼き払ってくれた。
あっという間に討伐したストームウルフだが、あれはアストさん達が強いだけで、あれでもCランクに位置する魔物だ。
なのでストームウルフの肉や毛皮は結構高値で売れるらしい。
そのから少し進んだ所で昼食を取ることにした。
献立は野菜スープにパン、それに先程討伐したストームウルフの焼き肉だ。肉も高く売れると説明したが、肉はあまり日持ちしないので美味しく頂くことにしたのだ。
そして再び、俺達は馬にまたがって王都へと走り出した。




