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第七話 最初の授業 ②

「……じゃあ、一先ず、皆の名前を確認したい」


 生徒達が集まった後で、俺は一人一人の名前を呼んだ。

 その中にはあまり、良い返事をしてくれない者も若干いたものの、一応全員の顔と名前を把握することができた。


「えっと、次は皆の実力を知りたいと思う。これから一人ずつ俺と模擬戦してもらうから、やりたい人から挙手で」

「その前に先生、一つ質問いいですか!」


 元気よく声を上げたのはユリアだ。


「先生の職業は魔法剣士なんですか?」

「そうだ、魔法も剣も得意だけど、どちらかと言えば剣の方が得意かな。……それで、誰から模擬戦をする?」


 ……おかしいな、誰も手を挙げようとしない。

 そのまま暫く待ってみるも、一向に行動を起こそうとする者は現れなかった。

 あまり積極性のない生徒達が集まっているのか、それとも他に理由があるのかは知らないが、このままでは埒があかない。

 そう判断し、強行手段に出ることにした。


「よし、じゃあこうしよう! 魔法使いは一発ずつ、最大威力の魔法を俺に撃ち込んでくれ! 先ずはグオルツからだ!」

「ええっ!? 僕ですか!?」

「そうだ」


 この中で一番押しに弱そうな生徒を選択し、俺は有無を言わさずグオルツを連れて競技場の中央へと移動した、


「さあ撃ってこい!」

「むむ、無理です! 先生に魔法を放つなんて……僕には出来ません!」


 な、なんて良い生徒なんだ…………じゃなくて!


「俺は大丈夫だから、気にせず全力で魔法を使うんだ!」

「ほ、本当に良いんですか……?」

「ああ、思いっきりこい!」


 そして漸くグオルツが魔法を使う気になった。

 魔法杖に魔力を込め始め、次第に魔力が形を成していく。


(魔力操作が遅いな。……だが、とても丁寧だ)


 ヒューズ先生から貰った資料によると、彼の持つスキルは土魔法と結界魔法。

 結界魔法は防御特化の魔法なので、おそらく土魔法を使ってくるだろう。

 スキルレベルがどれ程なのかは分からないが、収束していく魔力の密度を考えるとかなり高い。それに加えて……。


「……へえ」


 目の前には、視界を覆い尽くす程の土の槍が生成されていて、どれもかなりの密度で土が凝縮されている。

 間違いなく二百は下らないだろう。魔力操作が丁寧だからこそ可能な所業だ。


「避けないと、危ないですからね……『アースランス』!」


 瞬間、土の槍が一斉に降り注いだ。


(……成る程、な)


 刻一刻と迫る魔法を眺めながら、俺は漸く理解した。

 生徒達がどうしてこれほど俺の授業に積極的ではないのか、その謎がたった今解けた。

 始めは初日だからとばかり思っていたが、──違う、そんなものではなかった。答えはもっと簡単だったんだ。


「職業が魔法剣士だからって、嘗めてもらっちゃ困るんだよな」



 ──刹那、爆発にも似た何かが起こった。



 それは、魔力をそのまま放出するという、唯それだけの行動で起こされた。

 正確には、槍の一つ一つに向けて圧縮させた魔力を的確に衝突させ、衝突の瞬間に発生した衝撃波が土の槍を粉々に破壊したことにより生み出された砂塵。


「…………えっ?」


 あっという間に自分の魔法が打ち砕かれた事実に、グオルツら間抜けな声を出す。

 離れた場所で見ていた生徒達に至っては、驚きのあまり言葉を失っている。


 そして、敢えて一つだけ残した『アースランス』を易々と片手で受け止めながら。


「本気で、って言ったよな? 手加減しろと言った覚えはないぞ」


 そう冷たく良い放った。

 平民だから見下されるかもしれないとは思っていたが、まさかAランス冒険者が相手で手を抜かれるとは思ってもみなかった。

 しかし、これでよく分かっただろう。


「一気にあれだけの数の魔法を発動、制御できるのは凄いことだ」

「えっ、あ、ありがとう……ございます……」

「だから、今度は本気でやるんだぞ」


 ペコペコと頭を下げながら戻っていくグオルツを見送り、次の生徒を指名する。


「次はシルクとミロだ」

「「……あっ、はい!」」


 面倒なので、二人纏めて魔法を見ることにした。


「さっきも言ったが、全力で良いからな」

「分かりました」

「どうなったも知らないからね……!」


 二人が膨大な魔力を使用して魔法を発動させる。

 シルクは風魔法、ミロは火魔法だ。


「『ウィンドストーム』──ッ!!」

「『ファイアーストーム』──ッ!!」


 今回はちゃんと本気で魔法を使ったようだ。

 俺を容易く呑み込んでしまいそうな風の竜巻と炎の竜巻が、聳え立つように天井まで伸びている。

 これだけでも十分以上の威力があるだろう。しかし、これで終わりではなかった。


「いくよシルク!」

「はい! 分かりました!」


 そう言って、シルクとミロは互いの魔法杖を交差させた。

 その動きに従うように風と炎の竜巻が接近していき──やがて、一つとなった。


「魔法の合成か」


 一人で二つの魔法を発動させ、合成するのはそれほど難しいものではない。

 しかし、他人が発動させた魔法と合成するというのはかなりのリスクがある。

 成功すれば絶大な力になるが、失敗すれば互いの魔法が相殺し合い消滅してしまう。更に、不安定になった制御によって形を保てなくなった魔法が爆発したりする可能性もある。

 だからこそ、息の合った、信頼関係の築かれた者達でなければ困難を極める。


「流石……だが、まだまだ未熟だ」


 俺は手に持っていた、グオルツが生成した土の槍を無造作に振った。


 ──斬。


 一振り、たったそれだけで『飛刃』を付与した槍の斬撃が、突風と熱気を放つ竜巻を呆気なく切り裂いた。

 許容以上の付与を行った所為で槍は崩れて唯の土に戻ってしまったが、魔法を打ち消す事は出来たようだ。


「なっ……!?」

「……うそ……」


 核を破壊された魔法が形を崩していくのを二人は呆然と見詰める。

 これまで、圧倒的な力量差を見せ付けられた経験が無いのだろう。


「次! シグルスとユリア……そして、フィリ──ぁ……っ?」


 突如、身体に凄まじい重圧が掛かり、よろめく。


「『グラビティー』」


 声のした方へ視線を辿らせると、そこには魔法杖を構えたシグルスの姿があった。

 確か、彼の持つスキルは──重力魔法、だったか。

 凄まじい威力だ。時間が経つ毎にどんどん重圧が増していき、足元に地割れが走って音を立てて凹んでいく。


「すみません、先生。正攻法では歯が立たないと思ったので」


 そう微笑んでくるシグルスの隣では既に、ユリアとフィリアが魔力を終息し始めていた。


「『ライトプリズン』」


 フィリアが光魔法を発動すると、俺の周囲に球体状の光の障壁が発生し、あっという間に閉じ込められてしまう。

 そして最後に、ユリアが魔法を発動させた。


「どう? これなら逃げられないでしょー?」

「……確かに、普通は無理だな」


 障壁の内部の気温が一気に低下し、内部のあらゆる場所から生き物のように氷の蔓が伸びてきて、高密度の魔力を込められた氷に手足を拘束される。

 此方の不意を突くという作戦は見事なものだ。

 逃げ場の封じられた障壁内では、抵抗することなど普通は出来る筈もないからな。


 ──やがて、光の障壁内が完全に氷に埋め尽くされた。


「ちょっと卑怯なやり方ではあったけど、俺たちの作戦勝ちだね」

「そ、そうだね」


 どこかそわそわしながら、作り笑いを浮かべてフィリアが頷く。


「でも先生大丈夫かな? あれだと息できないよね……」


 ポツリと発したユリアの言葉に、フィリアとシグルスも喜びを忘れる。

 このままでは窒息してしまう──そう思った三人は、早く魔法を解除してあげようとして、あることに気付いた。


 ──氷の中に、誰もいないという事に。


「……えっ?」

「先生が……いない?」


 安堵したように胸を撫で下ろすフィリアとは違い、シグルスとユリアは戸惑いの声を漏らす。

 絶対に回避できないと信じて疑わなかった二人にとって、その事実は受け入れ難いものたった。


「即時に作戦を立てたのは見事だが、俺がどんなスキルを持っているのか知らない状況で油断するのは良くないな」


 時空魔法によって三人の背後に転移した俺は、警戒心が薄れて気配に気付いていない様子の三人に声を掛ける。

 すると三人の肩がビクッと跳ねて、パッと此方に振り向く。


「もし俺が敵だったら間違いなく死んでるからな。森やダンジョンの中だったらその油断が命取りになる、覚えておけ」

「「「は、はいっ!」」」


 おそらく、まだそういった危険地帯に足を踏み入れた経験が無いのだろう。あったとしても、危険度D以上のの魔物が出現しない、危険の少ない地帯くらいだろうか。

 そこら辺は経験を積んでいくしかないから、許可を貰えたらダンジョンに連れていくというのも良いかもしれない。


「先生、ちなみにさっきの……結界内から外に出られたのは、もしかして空間魔法ですか?」

「惜しいな、俺が使ったのは時空魔法だ」

「時空魔法!?」


 シグルスが目を見開きながら、驚きの声を漏らす。


「……そうか、転移で結界の外に出たんですね」

「ああ。今度は、魔力阻害」


 よし、これで残るはあと一人だ。


「最後、ラジム」

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