第七話 最初の授業 ①
「えっと……、オルフェウスです。皆さんの実技の指導を担当します、これからよろしく」
少しぎこちない挨拶になってしまったが、俺としてはよくやった方だろう。
生徒七人の視線が集まる。
「……!」
見る前から気付いてはいたが、直接目にした後ではとてもよく分かる。
このクラスの生徒達は、誰もが相当な才能を持っている。しかもその中でも二人、まだ自覚はしていないようだが、面白いものを持っているな。
……それにしても、一年生だとは聞いていたが、まさかフィリアがこのクラスの生徒だったとは。
向こうもまさか新しい先生に俺が来るとは思ってもみなかっただろう。
「オルフェウス先生は皆と同年代ですが、歴としたAランク冒険者です。きっと、学ぶことも多いでしょう」
ヒューズ先生の言葉に、生徒達がざわめく。
まあ、この見た目だからな……、他の冒険者と比べると違和感を持ってしまうのも無理はない。
「先生には一応、このクラスの副担任として就いてもらうことになります。では、これで朝礼は終わります。午前の授業は早速実技なので、遅れないよう第三競技場に集まってくださいね」
これからすぐに俺の授業が始まるらしい。
「では、案内しますので、先生は私に着いてきてください」
起立、礼──という挨拶を終えると、ヒューズ先生が言った。
分かりました、そう答えヒューズ先生の後を着いていく。
「これからすぐオルフェウス先生の授業になりますが、彼らは基本自主的に行動するので、あまり心配することは無いですよ」
「そうなんですか?」
「はい。彼らのスキルは珍しいものが多いので、我々では教えることが出来ない、と言うのが正しいですが」
そう言って、ヒューズ先生は苦笑する。
つまりあの生徒達は今まで、誰かから指導を受けたことが殆ど無いということなのか?
にも拘わらず自力であそこまで実力を付けているというのは感心する他無い。だからこそ、指導者がいないのは勿体ない。
「こちらです」
先導したいたヒューズ先生が、横幅の広い階段を降りていく。
思わず立ち止まってしまった。
「……地下にあるんですか」
此処は一階で、土地に傾斜があるわけではない。
つまり競技場はこの学院の地下に設けられているということになる。
「はい。第一競技場以外の三つは、この地下にあるんですよ。冒険者ギルドにもありますよね」
「そう言えばそうですね」
確かに、冒険者ギルドにも同じような施設が造られている。
冒険者同士の模擬戦や、昇格試験の会場にも使われているけど、俺は殆ど使ってこなかったので忘れていた。
「おお……」
階段を降りきり競技場を目にすると、思わずそんな声が出てしまった。
「施設全体に『硬化』以外にも『物理耐性』と『魔法耐性』が付与されているのか……」
施設自体が丈夫な鉱石などを使って頑丈な造りにしているが、それに加えて付与魔法で更に耐久性が底上げされている。
特に『物理耐性』と『魔法耐性』は扱いが難しく、数少ない付与魔法使いの中でも使い手がとても少ないので、少し驚いてしまった。
ふと気付くと、ヒューズ先生もまた、驚いたように此方を見ていた。
「たった一目見ただけでそこまで分かるのですか……。学長がオルフェウス先生をこのクラスの指導者に選んだのも分かる気がします」
「そ、そうですか……?」
別に隠蔽されている訳でもないから、魔法が掛けられている事くらいなら誰でも分かりそうなものだけど。
「あの中に入っている備品は自由に使ってもらって構いません」
倉庫を指しながらヒューズ先生が、それと──と言って何枚かの紙を手渡してきた。
「簡単にではありますが、生徒たちの職業やスキルの情報です」
「何から何まですみません」
「いえいえ、もし何かあれば、私を呼んでくださいね。教務室にいるので」
「分かりました、ありがとうございます」
ヒューズ先生が競技場を出ていき、生徒達が来るまで一人になる。
今の内にヒューズ先生から貰った資料に目を通しておくか。
せめて名前だけでも覚えておかなくては生徒達に失礼だからな。
「えーっと……フィリア……はいいとして、ラジム=ジンクロッサ、グオルツ=ノグラス、シグルス=クローディア、ミロ=スカーレット、ユリア=ヴェール=ティファエル、シルク=リーブルグ=イレイタル……んん!?」
リーブルグ=イレイタルってまさか、ネオルさんの娘!?
しかも、ユリアって生徒も姓を二つ持っているという事は、侯爵家の令嬢が二人もいるという事か……!?
他の生徒も貴族なのは間違いないし、唯の平民が指導者になって良く思わない者もいるのではないだろうか……。
そんな事を考えていると。
「あ、オルフェウス先生だー」
振り向くと、そこには栗色の髪とそれと同じ色の瞳をした少女が立っていた。
「えっと君は……」
「ユリア、ユリア=ヴェール=ティファエルだよ! よろしくね、先生!」
「君がユリアか。ああ、これからよろしく」
……良かった、この生徒とは上手くやっていけそうな気がするぞ。
「ふむふむ」
「な、何だ? そんなじろじろ見て」
「先生ってあんまり強そうに見えないね」
「しょ、正直な奴だな……」
こいつちょっと失礼だぞ!
ローブも刀もかなり良いものを使っている筈だけど、やはり使用者が俺では似合っていないという事か……。
「先生って冒険者なんだよね?」
「まあ、そうだが」
「これまでどんな依頼を受けてきたの? パーティーは組んでいるの? 今までで一番強かった魔物は? 先生のレベルはいくつなの?」
「ちょっと待て! そんな一気に答えられないし、他人のレベルは聞いちゃダメだろ!」
詰め寄ってきたユリアから距離を取りながら言う。
こんな調子で質問攻めされたら、余計な事まで口走ってしまいそうだ。
等と思っていると。
「……っと、皆来たな」
階段を降りてくる六人の生徒の姿が見えた。
「いないと思ったら、先に行ってたんだね」
「みんな遅いよ~」
「ユリアが張り切りすぎなだけだ。どうせ自主練なんだから、急ぐ必要はないだろ」
「先に行くなら、言ってくれれば良かったのに」
俺一人だけ蚊帳の外で、生徒達は賑やかに会話をしているが、その中の一人だけ、会話に混ざることなく俺をじっと見ている者がいる。
フィリアだ。
彼女の碧い瞳は怒っているような、不満そうな、しかしどこか、嬉しそうにも思える。
俺がこの場にいることなど色々と説明してほしいのだろう。
だけど取り敢えず、今は仕事を優先しなくては。
「あー……と、取り敢えず集まってくれないか」
俺は、盛り上がっている生徒達に向かって頭を掻きながらそう言った。




