第四話 商業ギルド
俺は今、商業ギルドの応接室にいる。
あの男は商人としての仕事があるらしく、少し待っててほしいと言って俺を置いて何処かへ行ってしまった。
「どうぞ」
「あ、どうも」
目の前に紅茶が差し出され、反射的に感謝の言葉を口にする。
「良かったらこちらも」
「ありがとうございます」
紅茶とついでに差し出されたタルトにもお礼を言いつつ、ティーカップを自らの口へと運ぶ。
「……美味しい。こんな良い紅茶を貰ってしまって良かったんですか?」
この紅茶、かなり美味しい。
王城で飲んだものと比べれば多少は劣ってしまうかもしれないが、それでもかなり高価な茶葉を使っているのが分かる。
どう考えても俺のような者に出すものではない。
「あのイルネス様のお客様ですから」
イルネスというのは、おそらくあの男の名前だろう。
「有名な人なんですか?」
「それはもう。あの方はこの国有数の大商人様なんですよ」
「え!?」
(あの人、そんなに有名な人だったのか!?)
この国有数の大商人? そんな人がどうして俺なんかに声を掛けたのだろうか。
何だか怖くなって、紅茶を飲むのも引けてしまう。
「そ、そうだったんですかー……」
「はい、我がギルドも贔屓にしてもらっています」
とそんな時、応接室のドアノブががちゃりと回される音がしたかと思うと、そこからあの男──イルネスが姿を現した。
「すまない、待たせてしまって」
「いえいえっ」
「では私は失礼させて頂きます」
入れ替わりに、紅茶とタルトを持ってきてくれた使用人が一礼して退室していく。
「ではまず、私の自己紹介をさせてもらいましょう。私は商人のイルネスと言います。色々な物を取り扱っていますが主に魔道具や装飾品を扱っています」
だからこの人は会った時に魔道具や宝石類の話を持ち出したのだろう。
「あ、俺はオルフェウスです」
「ではオルフェウス殿」
「殿?」
俺が〝殿〟と呼ばれることに違和感を感じて首を傾げると、イルネスはすまないといって謝罪してきた。
「職業柄、癖になってしまっていてね。気を損なわせてしまったのなら申し訳無い」
「ああいえ、大丈夫です」
職業柄とはいえ、俺なんかにも〝殿〟を付けるんだな……。
それだけ商人として暮らしている証なのだろうけど、やはりそう畏まった呼び方をされるのは慣れないものだな。
どこぞの騎士団長や魔法師団長にもそう呼ばれてはいるが、また別の人が相手になると感覚も変わってくるらしい。
「では、簡単にこのギルドのことを説明しましょう」
そうして、イルネスは俺に商業ギルドに関する色々な情報を教えてくれた。
例えば物の売買。
商業ギルドは商人と商人の仲介や情報の提供、職人の紹介等の他に、物品の買い取りやその販売もしているそうだ。
その取引は商業に疎い冒険者からの武器や防具、魔道具や宝石類が多いらしく、だからイルネスも俺のことを勘違いしたらしい。
他には冒険者ギルドとの連携で、上手く物流の操作などもしているらしい。
もし冒険者ギルドで魔物の素材や鉱石などを仕入れた場合は、それを商業ギルドを介すことなく鍛冶師やその他の職人に売ったりするらしい。
またその逆も然りで、そうすることによって無駄な浪費を削減し、より安価な取引をすることによって経済の成長を図っているのだとか。
それと、現在いる冒険者の情報を商業ギルドへ提供することで、指名依頼や護衛依頼を発注、受注しやすくしているらしい。
その中に一つ、気になる情報があった。
「オークション?」
「はい、闘技場は知っているでしょう?」
「まあそのくらいは」
「オークションはその地下で定期的に行われているのです」
行ったことある所だけど、地下にそんな所があったなんて知らなかった。
「出品される物によっては貴族も出入りする場所です。興味があるなら今度行ってみることをお勧めします」
オークション、か……ちょっと興味あるな。
一体どんなものが出品されているのだろうか。
イルネスの話を聞いた所、入場に制限とかはないらしいから、都合が合った時にでも覗きに行ってみるのも悪くないな。
「とまあ、こんな所ですね。それで話は変わりますが、私に何か売るつもりはありませんか? 帝国の古代遺跡を探索し、つい先日王都に戻ってきた、Aランク冒険者のオルフェウス殿?」
「っ!?」
……な、なんだコイツ……、どうして俺のこと知ってんだ……?
「どうして知っているんだ、という顔をしていますね。その答えは簡単です、商人の情報網を嘗めてもらっては困りますな」
思考も読まれてる、だと……!?
「顔に出ていますから。商売では相手との化かし合いです、君も今後商人と話す時は気を付けた方が良いと忠告しておきましょう」
「は、はあ、どうも」
なに、商人ってこんな人ばっかなの……? 話しているだけでも背筋が冷えるな……。
冒険者ギルドと商業ギルドで情報のやり取りをしているからって、この人、俺のこと詳しすぎではないだろうか。
俺、王都に戻ってきたのは日が沈んでからだぞ……。それなのにもう知っているとか、他にも情報が握られていそうで不安になってくる。
「それで、どうです? 何か売るつもりは? 冒険で手に入れた貴重なモノは当然持ってるでしょう、見せてくれるだけでも構いません」
グイグイと身を乗り出して聞いてくるイルネス。
その迫力に思わず身を引いてしまい、しかしすぐにイスの背もたれに阻まれる。
「きゅ、急にそんな事言われても……、それに、今は見ての通り何も持ってないですし……」
咄嗟に嘘をついた。
俺の持ち物は全て亜空間に仕舞っているので、この商人が求めているようなモノも少なからず入っていることだろう。
亜空間の存在を知っている人間はこの国にはほんの一握りしかいない。そいつらがそう簡単にばらす奴だとは考えられない。
……まあ、帝国では派手に見られてしまってはいるが、まだ情報は届いてない筈。
つまり、流石の情報網とは言えど、亜空間の存在を知っていることは無い筈だ。
「……確かに、そうですね。なら今度持ってきて私に見せてはもらえないでしょうか。そうですね、明日はどうですか?」
「ゆ、夕方で良ければ……」
「なら明日の夕方、場所は此処でいいでしょう」
勢いに流されてしまった……。
明日までに何か適応な魔道具やアイテムを漁っておかないとな。
魔道具に関しては俺の趣味の範囲だから、ド三流の頃に作ったモノがまだ残っている筈だ。
まあ、この世界のモノで作られたモノは殆どないかもしれないが。
「では、今日はこれで失礼させてもらいます。とても有意義な時間でした」
そう言ってイルネスは足早に部屋を出ていってしまった。
やはり商人だから忙しいのか。
取り敢えず明日の夕方、また此処へ来なくてはならない用事が出来てしまった。
「はあ……」
商業ギルドの建物を出ると、自然に溜め息が出る。
色々と教えてくれたから悪い人ではないんだろうけど、商人だったなぁ……とつくづく思ってしまう。
今日はもう宿に帰って亜空間の中でも整理しているか。──そう、思った時だった。
「見つけたーーっ!!」
そんな声がしたかと思うのと同時に、後ろから誰かに抱き付かれた。




