第三話 商人
「勝手に決めてしまって悪い。何でも一つ言うこと聞くから許してくれ」
バハムートとアハトが謁見の間から出ていって後で、俺は王様に謝罪した。
「私としては竜と友好的な関係がこれからも保たれるだけでも満足だ」
「なら良かった。……けど大丈夫なのか? あいつ等が問題とか起こしたらどうするんだ?」
「その心配は要らないだろう。少なくとも私達より数百年は長く生きているのだからな、大きな問題は起こさないだろう」
なら良いけど。
心の中でそう呟いて、今しがた二人が出ていった扉に視線を向ける。そこには当然誰の姿もなく、僅かに生まれた不安が行き場を無くす。
というか、今更ながらあの二人がよくあんな条件を飲んだものだと思ってしまう。
「まあ、何かあったら君に頼むことにするさ。彼等を止められる者なんて君ぐらいなものだからね」
「ああ、そこら辺の責任は取るつもりだ。何かあったら呼んでくれ」
恐らく呼ばれなくても気付くんじゃないかとは思うが、一応そう言っておく。
さっきから何か起きることを想定して話をしてるけど、何も起こらないのが一番良いんだけどな。
「その時は頼りにしている。……所でオルフェウス君、先程君は〝何でも一つ言うことを聞く〟と言っていたが、それは本当か?」
「ん? ああ、そうだけど、もう使うのか?」
相当急ぎの用事でもあるのだろうか。
つい〝何でも〟と口走ってしまったけど、この王様に限って無茶な事を言うとは考えられないから、きっと大丈夫だろう。
「君は王立学院を知ってるかな?」
「まあ、名前くらいなら」
確か、成人を迎えた十五歳の若者達が三年間通って様々な知識と技術を学ぶ学校。
といっても、王立学院の生徒は殆ど貴族の子息や子女という話らしいが。
「実は最近教員の数が足りなくてな、以前から人材を探していたのだが……」
「見付からないと?」
俺が訊くと、王様は首を縦に振った。
つまり、俺に王立学院の教師になってほしいということだろう。
流石にずっととまでは言わないだろうが、教師が見付かるまでは続けてくれとか言ってきそうだ。
しかし、俺が先生? ……いやいやどう考えても無理としか思えない。そもそも俺は教えるのがそれほど得意という訳じゃないし、多少読み書きができる程度でこの世界の歴史も殆ど知らない。
「……悪いが、俺に教師が務まるとは思えないんだが」
「何でも一つ言うことを聞くのではなかったのか?」
「うぐっ……それは、言ったが……」
くっ、何で俺は軽はずみにそんなこと言ってしまったんだ……!
「ああ、誤解のないように言うが、君に頼みたいのは実技の方だ」
「え、実技?」
実技というのは、早い話が対人戦ということか?
「そうだ。国を滅ぼしかねない竜をたった一人で倒してしまうような常識外れな君なら、生徒達もさぞ学ぶことが多いだろう」
実技、実技か。それなら何とかなるかもしれない。
けどもし王様の頼みを引き受ける場合、その相手はまず間違いなくこの国の王公貴族の子息や子女になる。万が一にでも怪我なんてさせてしまった時には、何をされるか分かったものじゃない。
もしその時が来ようものなら、…………その時は王様に泣き付くしかないな。
「正直、俺には荷が重いと思うけど……分かった、引き受ける」
「おお! 本当か!」
「ああ、けどあんま期待はしないでくれ、本当に戦闘以外では役立てないと思うし」
「構わない、ありがとう、本当に助かる」
自信は無いが、ご期待に添えるように頑張ってみるとしよう。
「所で、それはいつから何だ?」
「出来るのであれば、明日からお願いしたい」
「分かった、明日から行くことにする」
「学院の教職員には私から話を通しておこう。では明日から頼むぞ先生?」
「からかうなよ」
そうして俺は王城を後にした。
転移を使ってすぐさま宿に戻って、マトモな服装に着替えて、再び賑やかな町へと繰り出す。
(……さて、これからどうしようか)
部屋に籠ってるのもつまらないから外に出てきたは良いものの、特にこれといってやることもないし、そうかといって冒険者ギルドで依頼を受けるのもなあ。
長旅が終わった後なので暫くはダラダラしていたい気分だ。
そんな事を考えつつ、人通りの多い大通りを宛もなくぶらぶらと物色しながら進んでいく。
「……ん? 此処は」
ふと気付くと、とても立派な建物の前に来ていて、思わず足を止めてしまう。
本当に立派な建物だ。他の建物の倍近くは大きい。大きな扉の上にでかでかと書かれている文字に自然と視線が引かれていき、無意識に声に出してしまう。
「商業ギルド……」
名前からして、冒険者ギルドと似たようなものだろうか。
それなりに人の出入りもあるようで、その人達は揃って身なりの良い衣服を身に付けている。
やはり、行商人専用のギルドなのだろう。俺には到底縁のない所だ。
「──そこで何をしているのですか?」
「えっ!?」
突然背後から声を掛けられて振り向くと、そこには群青色の髪をした男が立っていた。
身なりも良く、すぐに商人だと分かった。
「いや、ただ立派な建物だなーって……」
「それはそうでしょう、此処はリーアスト王国の商業ギルド本部。立派な造りをしているのは当然のことです」
「はあ、そうなんですか」
そういえば、王都の冒険者ギルドもこの国の本部だったっけ。
まあ、考えてみれば当然のことなのだろうが。
「君は商人登録に来たのですか?」
「いえっ、俺は見ての通り冒険者です」
「冒険者だからといって、商人登録してはいけないという決まりはありませんよ。ふむ……では、冒険で得た戦利品を売りに来たのですか?」
「あの、本当に見てただけで」
慌てつつもそう伝えると、何故か残念そうにそうかと口にする男。
「ダンジョンで手に入れた魔道具や宝石類でも売りに来たのかと思いましたが、そうではないのですね」
口振りから察するに、登録をしていなくても物を売ることは出来るらしい。
しかしここで疑問が生まれる。
「そういうのって、冒険者ギルドでも買取りしてますよね?」
冒険者ギルドでも魔物の素材から宝石類、魔道具までも適正な価格で幅広く買い取ってくれている。
それなのに冒険者がわざわざ商業ギルドまで足を運んで戦利品を売りに来るなんてことがあるのだろうか。
「此処で話すのもなんですし、後は中で茶を飲みながら話して差し上げましょうか?」
ニヤリと口元を緩ませながら、男はそう言った。
そして俺は抵抗を許されることなく、商業ギルドの中へと引き込まれてしまった。
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