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第二話 罰

「久し振りだな王様。急用って聞いて来たが、今度はどんな用なんだ? ……ってか、城に結界張ってあるなんて聞いてねーぞ。無駄な魔力消費させやがって!」


 ビシィ! と人差し指を向けながら、俺は王様に悪態をついた。

 普段の俺ならば誤差の範囲でしかない魔力の消費ごときなど、それはそれは広い心で寛大な対応を取っていただろう。

 ……が、今の俺は例になく不機嫌なのだ。


「はっはっは、それは済まなかったな。万が一に備えて、魔法師団総出で結界を張ったのだよ。……だが、それでも結界内に易々と入り込めるとは、流石と言う他ないな」

「はあ? 魔法師団総出でって……」


 この王様は何をしているのだか。

 つい昨日まではこんな大規模な結界など無かったのに。というか、こんな結界を張って一体どこと戦争をしようというのか……。


「って、そんな事はどーでも良いんだよ! お前ん所の使者に急かされた所為で、見ろよこの格好!」


 王様を「お前」呼ばわりしたことに気にすることなく、俺は羽織っていたローブをバサリと脱いだ。


「寝間着だぞ寝間着!」


 そう。現在俺は寝間着にローブを羽織った状態にある。

 こんな恥ずかしい状況なのは、俺の泊まっている部屋のドアを蹴破りながら入ってきた忌々しき使者の所為。

 つまり誰に非があるかといえば、間違いなく使者を送り込んできた王様に非がある。


「昨日帝国から帰って来たばかりで疲れてるってのに……っ、俺の睡眠を返せ!」


 この時、俺は気付かなかった。

 あまりにも熱く語り過ぎていた所為で、普段は問題なく出来ている気配察知が疎かになっていたことを。


「それにこんな姿誰かに見られでもしたら──」


 ──瞬間、謁見の間の扉が勢いよく開かれた。


「お父様! 此処にオルフェウスが来ていると聞いたので……す……が……」


 目が合った。

 そこにいた人物は俺もよく知っている人で、くりっとした碧眼と透き通った空色の髪が特徴の美少女──フィリアだ。

 いつもは可愛らしいドレスを着ている印象があるのだが、今日はそれらと違ってどこかの学校の学生服のようなものを着ている。


 だが、今はそんな事なんてどうでも良い。


「…………」


 問題なのは俺の格好だ。

 素直に恥ずかしい。は、早く誤解を解かなければ……。

 パンクしそうな頭で必死に考えようと試みる──が、それより早くフィリアが静かに扉を……。


「ちょっ!?」


 引き留めようも手を伸ばしたが、遅かった。

 既に扉は閉じてしまっていて、此処にはもうフィリアの姿はない。

 気付けば俺は、膝から崩れ落ちていた。


「どうやら、遅かったようだな」


 くっ、他人事だと思って……!


「これで下らない用事だったらマジ怒るからな!」

「それは私にではなく、後ろの者達に聞いてほしい」

「は?」


 と、ここで漸く、背後に二つの気配があることに気付いた。

 振り向くとそこには白髪の老人と若い男が立っていて、すぐに俺は、二人の気配が人間のソレではないことに気が付いた。


「我々、完全に空気でしたね」

「気にするな少年。我々も先程、裸で人前に出てしまったばかりだからな。そう考えればそれほど恥ずかしいことでも無いだろう」

「いや気にするし超気にするし。そもそも年中全裸のドラゴンに人間である俺の気持ちが分かってたまるかよ」


 この際、人化したドラゴンがどうしてこんな所にいるのかなんで下らないことはいい。

 問題はそこではなく、普段から服を着ていないドラゴンに、普段から服を着ている人間の気持ちが分かるかどうかにある。

 まあ、ドラゴンと価値観の話をするつもりはないが。


「ほう、よく我々が人ではないと気付いたな」

「……? 当然だろ、人間がそんな馬鹿げた強さであってたまるか。服も魔力で作ってるようだし、そもそも気配からして違うしな」


 人間だと思わせたいならまず、圧倒的強者の気配を抑える必要がある。

 今でもかなり抑えている方なのだろうが、分かる人には分かってしまうだろうからな。


「面白いことを口にする人間だ。我等より力のある者からそんな言葉が出ようとはな」

「……!」


 つい驚きが顔に出てしまい、ローブの袖に通そうとしていた腕を止めてしまった。


(まさか、力を見抜かれている……?)


 俺の気配遮断も魔力隠蔽も完璧な筈だ。それに今は魔道具の力で更に力を弱めている。

 にも拘わらず、俺の方が強いと断言した。

 つまりこいつは、俺が気付けない程の魔力制御で俺にまやかしの実力を測らせ、本当の実力を偽っているというのか……?


「ほんの冗談のつもりだったのが、その様子からするとあながち間違いではないらしい。この城に展開された結界をいとも簡単に通り抜けてきたものだからな、流石に我々でも難しい」


 ……やられた。

 まんまと鎌をかけられたって訳か。


「……それで? 俺に用事ってのは何だ?」

「その前に自己紹介をするとしよう。我は竜王バハムート。後ろの者は我の側近である……」

「アハトです」


 竜王……? つまりこいつは、竜の王様ってことか。

 竜は滅多に人の前に姿を見せない。だからこそ俺がいた時代でもそれほど竜が脅威として数えられていなかった。

 まあ、被害が無かった訳ではないが。

 しかし竜の王が人前に出ることなんてそうそうある筈がない。間違いなく数百年に一度あるかないかといった所だろう。


「俺はオルフェウスだ」

「では、オルフェウス。単刀直入に訊こう、ファフニールを殺ったのはお前だな」

「!」


 その言葉に、迷いは無かった。

 既に俺がファフニールを倒したことを確信しているような口振り。

 もしかしたら先程のように鎌をかけられている可能性もあるが、それでも肯定するしかないだろう。


「……そうだ、俺が殺したよ」


 答えると、途端に二人は地に片膝をつき、頭を垂れてきた。

 あまりに突然のことで、一瞬思考が停止してしまう。


「…………えっ」


 な、何だこの状況っ!?

 てっきり「我等の同胞をよくもよくもォォォォォ!!」って感じで襲い掛かってくると思っていたんだが、どうして急に頭を下げてきたんだ?

 話の内容がまるで理解できない……。


「オルフェウス殿、暴走した我等が同胞を討って下さり、感謝する」

「え……っと、つまり?」


 何が何だかよく分かっていない俺に、若い男の姿に人化している竜が説明してくれた。


「我等竜は、三百年前よりこの王国と盟約を結んでいるのです。その内容を要約すると〝互いに争うことなく友好的な関係を築く〟」

「……ファフニールがそれを破ったから、謝りに来たと?」


 その問い掛けにアハトは無言で頷いて肯定の意を示す。

 まだそれほど理解できている訳ではないが、大体の内容は理解できた。

 兎に角、恨まれているのではなさそうだ。


「オルフェウス殿がいなければ、もしかしたら一国が滅んでいたかもしれん。いや、それだけに留まらず、いくつもの国が潰えていたかもしれない。本当に感謝している。……あいつも昔は良き友だったのだがな」


 最後に何か言ったようだが、小さすぎて聞き取ることが出来なかった。


「気にしなくていい。恩を売りたくてやった訳じゃないから」

「──それでも、だ。我々は感謝することしか出来ない。しかも、恩人の前で頭を下げるのに、これほどの時間が経ってしまった。本当ならばすぐにでも飛んで行かねばならぬというのに。本当に申し訳無い」


 相手が誠意を込めて謝罪しているからこそ、俺は自分が言った言葉がとても失礼なものだったと遅れて理解した。

 感謝されるのは慣れてない。

 だから俺は、その恩が自分にはどうでも良いかのように振る舞っていた。……が、それも考えを改めなければならないのかもしれない。


(確かに三ヶ月も経ってるけど、竜にとってはまばたきにも等しい時間のはず……けど)


 これ以上この人達に恥をかかせる訳にはいかない。

 そう判断して、俺は口を開いた。


「分かった、お前達の気持ちは理解したよ。……けど、謝るだけ、それだけじゃ足りないだろう」


 竜は高潔で、それに誇りを持っている。当然謝るだけでは帰れない。

 それを此方が門前払いしようものなら、相手の覚悟を踏みにじるものとなってしまう。


「竜が盟約を破り人の地を攻めて、一体どれだけの犠牲者が出たと思っている? 一体どれだけ、罪のない者達が死んで、大切な人が殺されて取り残された人達がいると思っている」


 酷く冷めた声で言い放つ。


「死んだ者達が戻ってくることはない。お前達がどれだけ罪滅ぼしをしようと、過去を変えることは出来ないんだよ」


 王様は何も言わず、静かに目を閉じている。

 どうやら全て俺に任せてくれるようだ。




「なら、お前達がやるべきことは一つしかないだろう?」

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