第二十話 聖剣と精霊
遺跡を出て、正面からの攻略に挑んだ冒険者達の元へと向かった。
話に聞いていた通りかなりの負傷者が出ているようで救護班が慌ただしく走り回っている光景が視界に飛び込んできた。
「私も回復魔法使えるからちょっと手伝ってくるね」
見ていられなくなったのか、アーラルさんがそう言った。
「あ、俺もついて行きます」
「分かった。僕達は報告に行ってくるよ」
アストさん達と別れ、俺はアーラルさんの後ろを追った。
外での負傷者の数も酷いものだったが、設置された巨大なテントの中は更に酷かった。
大量出血や骨折などはまだ良い方で、手足が無くなっているような悲惨な状態の冒険者もかなりの数が見られる。
(損傷は時空魔法じゃどうにも出来ないんだよな……)
この魔法も万能ではない。
時を巻き戻すことはつまり過去の状態へと物体を遡らせるという事であり、欠損した部位を戻すことは出来ないのだ。
もう既に無くなってしまったものから有を産み出す……いや、巻き戻すというのは不可能だからな。
となれば、最適なのは治癒力を高める回復魔法の使い手に限るだろう。
(確かアーラルさんは水系統の回復魔法だったよな)
心の中で呟いた俺は、アーラルさんへと魔法を行使する。
「『アクアエンチャント』」
「わっ! 何!?」
「付与魔法で回復魔法の威力を強化しました。俺は軽傷者の手当てをするんで、アーラルさんは重傷者の方をお願いします」
「よくわからないけど任せて!」
そうして、俺達は次々に負傷者を回復させていった。
俺の付与魔法によって強化されたアーラルさんの回復魔法は見事なもので、軽い欠損程度なら傷痕も残さず問題なく治していた。
既に伝説の霊薬エリクサーに迫る程の凄さだが、使っている本人はその異常さをあまり気にしてはいないらしいが。
「ぐっ、がはっ!」
時空魔法によって負傷した部位の時間を巻き戻していると、溜まった血液を吐き出しながらまた一人意識を取り戻した。
「こ、此処は……」
「遺跡の外です。傷は塞がったので暫く大人しくしていればすぐに良くなると思うんで、まだ横になっていてください」
「あ、ああ、済まない助かる……」
意識を取り戻した冒険者を再び寝かせながら、ある場所へと視線を向けた。
そこではアストさんを含めた数人の人が集まり、難しい表情で話している様子がある。
「何かあったのか……」
「恐らく、あいつの事だろうよ」
ふと、背後から声が降ってきた。
振り向くと見知らぬ冒険者が立っていた。
「あいつ?」
「ラディスだよラディス、Sランクの」
「ああ……」
そう言えばあいつの姿をまだ見てなかったな。
「そいつがまだ遺跡から戻ってきてないんだよ。単独での行動は許されてなかったってのに、一人でどんどん奥に行っちまってな」
「なるほど、そうだったんですね」
となれば、あの話し合いではラディスをどうするかについて協議しているって所だろうか。
連絡手段が無い以上、パーティーを編成して捜索に出向くか、帰還するのを待つかのどちらを選択するか。
そんな事を話し合っているであろうその集団が、一斉に此方に緯線を向けてきた。
「──頼むっ、ラディスを探しに向かってくれないか!」
開口一番にそう言われた。
どうしてこの話がAランクの俺に……と疑問に思うも、両手を合わせて此方を見詰めてくるアストさんを見て理解する。
「君がSランクにも劣らない実力者と聞いたので」
「ちょっと待ってください」
「な、何かな」
「それは、俺一人で行くんですか?」
「……っ」
ああ、やっぱり──俺は瞬時に理解した。
この人達はもう、恐怖に足を止めてしまったのだと。もうその足を前に踏み出し進むことを辞めてしまった者達なのだと。
今まで打ち勝ってきた恐怖に、遂に絶望してしまったのだ。そうなれば、人は簡単にはそこから這い出ることは出来ない。
つまり、冒険することを辞めてしまったのだ。
「もちろん僕たちも行くよ」
それに比べて、アストさん達はまだ前へと進んでいる。
まあ人の限界なんてそれぞれだし、壁にぶつかるのは一度や二度の事ではない。
此処にいるのは壁を何度も乗り越えてきた者達だ。だから、今歩みを辞めたとしても、またいずれ前へ進むことになるだろう。
「……分かりました、行きましょう。ですが、遺跡へは俺一人で行きます」
「いやっ、流石に一人では……っ!」
「すみません、一人の方が楽なんで」
慌てる冒険者に向かってそう一蹴すると、呆気なくその口を閉ざす。
「やっぱり……そうだよね、分かった。危ないと思ったらすぐ撤退してきて良いから、安全第一で行ってきてね」
「分かってます。心配してくれてありがとうございますアストさん」
うん、やっぱりアストさんは優しい人だ。
その後ろでアーラルさん達が「え、オルフェウスに心配する必要ってあるの?」とか話しているのは聞かなかったことにしよう。
そうしてアストさん達に見送られながら、俺は再び古代遺跡へとへと足を踏み入れた。
◆◆◆
「酷いな……」
遺跡へ入ってからものの数分でそんな声が漏れてしまった。
正面の通路だけあって通路ですらかなり広いそこには、魔物のものか人のものか区別のつかない無数の血飛沫が見られ、至るところに魔物の死体が転がっている。
その中に人の亡骸らしき肉片と化したものを見る度に、俺の心は加速度的に沈んでいく。
もし此処に俺がいたなら──何度も過る思考を払い除けて先へと急ぐ。
生き残りの魔物がしばしば襲い掛かってくるも、危なげ無く一刀のもとに討伐する。
急いでいるからか、手元が狂い生かしてしまう事もあったものの、奥へとひたすらに進む。
「──ッ!?」
その時、周囲の魔力が揺らぐのを感じた。
遺跡の深部へと進むにつれて増していた、魔力操作を阻害していた結界。
これを展開した者の身に何かあって、結界の維持が不安定になったのかもしれない。
遺跡に入ってすぐ感じた、ゾッとするような魔力と同じ魔力ではあるものの、今回はそれとは何か違っているような気がする。
その証拠に今まで妨害されていた魔力操作が上手く出来るようになり、遺跡全体を把握できるようになっているのだ。
それが可能になったからこそ、魔力の発生源を特定することが出来た。
加えて、そこにはもう一つ別の魔力が存在していて──。
「──ん? おお、お前か。遅かったじゃねーか」
巨大な空間に出ると、そこには少女の首を掴み上げている『拒絶者』が立っていた。
頭から一気に血の気が引いていくような感覚に襲われる。
同時に、例えようのない怒りが込み上げてきて、俺の左手は既に腰にさされた刀へと運ばれていた。
「何をしている」
「はぁ? 何って、依頼を遂行しようとしてるんじゃねーかよ。ほら」
『拒絶者』が顎で指した場所──遺跡の中心に位置するそこには、極力な結界によって取り囲まれた神々しい剣があった。
地面を離れて宙に静止しているその剣こそが、古代遺跡に眠る伝説の剣──【聖剣エクスカリバー】なのだろう。
「あの結界を作ったのがこいつらしくてな? けど頼んでも結界解くの嫌だっつーからさ、ちょっと痛め付けてるトコなんだよ」
もはや『拒絶者』の言葉など、耳に入らなかった。
「その子を放せ」
「ああ? 何でだよ、もう少しで聖剣が手に入るんだぜ。それとも、こいつが人の姿をしてるから同情してるのか? ──ッ!?」
俺はその場から姿を消し、次の瞬間には『拒絶者』の目の前へと移動していた。
少女の首を掴んでいる腕を掴み、次第にその力を増していく。
「放せと言っている」
「……ちっ」
漸く『拒絶者』が手を放すと、少女の身体は崩れ落ちる。
「で、お前はどーすんだ?」
「どうするもない、依頼は失敗だ」
「はあ? お目当てのモンはそこにあるじゃねぇか」
「確かにそうだ。……たが、端から依頼を達成するつもりないだろ、お前」
そう問い掛けると、『拒絶者』からフッと笑みが消えた。
「へぇ、よく分かったな。……勘、という訳でも無さそうだ」
「お前が懐に隠し持ってるものだ。属性魔力ではない、時空系統の魔力を感じる。それ、転移の魔道具だろ?」
恐らくこいつは、誰よりも先に聖剣が安置されている場所まで辿り着き、聖剣を手に入れたらその魔道具で聖国に帰ろうとしていたのだろう。
となるとこいつを差し向けてきたのは──聖国。
聖剣を掠め取っていったい何をするつもりなのかはしらないが、碌でもない事をしようとしているのは分かる。
「聖剣という情報を使ってこの遺跡に堂々と入る口実を作り、三大国で協力して入手しようと呼び掛け、最後はあっさり裏切るつもりだった──違うか?」
「ま、大体合ってるな。予想以上に雑魚冒険者が多かったのにはガッカリしたが、想定より遥かに楽に任務を遂行できたと考えれば嬉しい誤算だったけどな」
可笑しそうに笑う『拒絶者』。
あの酒場での一件から分かってはいたが、つくづく人を虚仮にするのが好きらしい。
「……とまあ無駄話はここまでにしておいて」
奴から漂う雰囲気がガラリと変わり、手に持っていた剣の剣尖を真っ直ぐ俺に向けてきた。
「最後にお前が来てくれて嬉しいぜ。丁度そいつ片付けて退屈してたトコだったし……それに、あの時の続きが出来るんだからな!」
「くっ!」
あっという間に距離を詰め振り下ろしてきた剣に応戦するべく、咄嗟に刀を抜いて横に構える。
──刹那、奴の口角がつり上がりハッとした。
しかし、気付いた時には遅かった。
剣と刀が触れ合う瞬間、刀を伝って腕に凄まじい重圧が掛かり、対応が遅れた俺の身体は既に後方へと傾いていた。
この場合、取るべき最善の手は一つ。
「!!」
俺の思考が終わるのと目の前に光の障壁が現れるのはほぼ同時だった。
突如として現れた障壁は『拒絶者』が生み出した衝撃波を受け止め、エネルギーを左右に二分されたそれは地面を抉りながら後方へと流れていった。
「一対一を邪魔すんじゃねぇよ……ったく、空気読んでくれ」
そう悪態を吐く『拒絶者』を余所に、俺は少女へと駆け寄る。
「逃げ……て、私が……何とか、するから……」
「此処まで来て逃げるわけないだろ」
そう言いつつ、俺は少女に向けて【疑似魔眼】を発動する。
(……魔力の消費が激しい)
魔力を可視化させることによって少女の魔力の状態を観察し、今のところ問題がないことに安堵しながら立ち上がる。
「無理するな。精霊であるお前にとって魔力を使い切ることは死を意味するんだぞ」
この少女は人ではない、精霊だ。それも実体を持つほど高位の。
精霊は全てが魔力によって構築されている為、魔法の行使などによる魔力消費は己の命を削っていると同義なのだ。
人と比べて、体外の魔力を操ることに長けている精霊は消費魔力が圧倒的に少ない。
とはいえ、限りがあるからには残り僅かになった魔力を消費するのはあまりにも危険すぎる。
「そのくらい、分かっ……てる。けど、私が……何とかしなくちゃ……」
「それは、自分の意思か? それとも、勇者の頼みか?」
精霊の展開した障壁に執拗に衝撃波を打ち込んでくる『拒絶者』の様子を窺いながら、そんな質問をした。
すると、勇者という言葉に僅かに反応するも、すぐに答えてくれた。
「どっちも……ある」
「ま、そうだろうな」
勇者がこの剣を此処に置くのを決めたのであれば、それを尊重するのは当然のことだ。
この時代に居なくとも、聖剣本来の持ち主は紛れもない勇者であって、他の誰でもない。
それは、いくら時が流れようと揺るがない事実。
「俺が何とかしよう」
呆けた顔で精霊が見上げてくる。
(依頼達成のチャンスではあるけど、まあ仕方無いな)
帝国に足を運んだことが無駄足になるのは残念ではあるが、今此処でどちらを守らなければならないのかなど、考えるまでもない。
それに、もう失敗が確定しているといっても過言ではない依頼なのだから、今更どうしようが問題ないだろう。
「ちっ、やっと割れたぜ。全く丈夫すぎだろこれ」
背中の方からガラスが割れるような音と同時に突風が吹いたかと思うと、今まで聞こえなかった奴の声が聞こえてきた。
その声には確かに怒りの感情が籠っているのが分かる。
「さあ、今度こそ一騎討ちといこうじゃないか」
「……そうだな」
静かに刀を構えて『拒絶者』を見据える。
「今度は俺が、相手をしよう」
そうして、俺とラディスとの一騎討ちが始まった。
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