閑話 ある冒険者が目にしたもの
競うようにして遺跡に入ってから数分すると、俺達は開けた場所に出た。
そこには三十近くのオルトロスの群れがいたのだが、一人が斬りかかっていくのに続くようにしてすぐ戦闘となった。
相手は危険度Aの魔物だけど、俺達の方が強いし数も多い。
「さっさと終わらせて先に進むぞ!」
「「「「「おうっ」」」」」
誰かが言って、俺達は勢い付いた。
全員がAランク以上で中にはSランクの冒険者も混じってるから、絶対に負けることはない。
──そう、思っていたのに。
「はあああああッ!」
ドクンッ。
「……っ?」
俺が剣を振り下ろそうとしたその時、何かが鼓動したように思えた。
そして、一瞬だけオルトロスが光に包まれた。
しかし戦闘の真っ最中とあってそんな事など気にする余裕もなく、そのまま剣をオルトロスの胴へと振り下ろす。
直後、俺の剣は中心部分からポッキリ折れた。
「な……っ!? ──ぐああああああああっ!?」
考える時間など与えられなかった。
驚きのあまり動けなかった俺の肩口にオルトロスが食い付き、容易に骨まで到達されて、嫌な音とともに呆気なく砕かれた。
痛い、痛すぎる。思わず手に持っていた剣を落としてしまった。
「ぐっ……こ、のっ! このっ!」
このままでは不味い。
俺はすぐさま無事な方の手で剣を拾い上げ、激痛に耐えながら何度も何度もオルトロスに叩き付けた。
けど、全く効いている様子がなかった。果てには肩に食い付いてない方の頭で剣まで奪われて、鋭い牙によって噛み砕かれてしまった。
「そいつから離れろおおおおッ!」
ふと、ある冒険者が俺を助けようと風の刃を放ってきた。
誰だか知らないが、その人のお陰でオルトロスは一旦距離を取った。
今だ。そう判断した俺はふらつきながらも何とか立ち上がり、仲間の元へと戻ろうと──。
「……ぁぁ」
再び目の前まで迫っていたオルトロスを見て反射的に、無理だ……そう諦めてしまった。
このオルトロスは強い、強すぎる。いくらこの場を凌いだとしても、勝てるだけの力がなければ意味がない。
それに俺は、もう諦めてしまったんだ。後は刻一刻と迫りくる死を待つだけ。
だから俺は、自分の目を疑った。
一迅の風が吹いたかと思うと、目の前にはどこから現れたのか少年が立っていて、オルトロスが殴り飛ばされている光景を。
折角立ち上がったのに、またしても地面に尻をついてしまった。
「大丈夫ですか!」
何だ、この少年は。
俺の剣が通らなかった魔物に拳で挑んでダメージを与えている? いったい何の冗談だよ……。
「……あまり、無事とは言えないな……。下手を打って肩を砕かれちまった」
絶えず伝わってくる痛みを我慢して、強がってそう言った。
けど、全然大丈夫じゃないことくらい、少年にも一目瞭然だろう。
(情けない、こんなガキに助けられてしまうなんて。俺はAランクになって三年も経つってのに、こんなちっこいガキよりも弱いのか)
そんな事を呆然と考えながら、口まで運ばれた回復ポーションを喉に流していく。
しかし傷は一向に塞がる様子はなくて、ほんの少しだけ痛みが和らぐ程度だった。
やはり、この傷をポーションで治すには無理がある。
この傷を治せるのは光、もしくは聖属性魔法に長けている高位の神官くらいのものだ。
そんな奴などこの場にいない。つまり一時的にこの場を凌げたかもしれないが、出血多量で死ぬのは避けることは出来ない。
時間の問題という訳だ。
「じっとしててください」
その時、少年が俺の肩に両手を添えた。
何をしようてしてるんだ? まさかとは思うが、この少年は回復魔法の使い手なのか?
「……っっ!」
瞬間、俺の傷を温かい光が包み込んだ。
すると驚くことに、あれほど酷かった傷がみるみると塞がっていくではないか。しかも粉砕された骨まで、まるで元の位置まで戻っていくかのように──。
(いったい、何者なんだ……?)
只者ではない、それはすぐに分かった。
あの強烈な拳の打ち込み、武闘家なのか? それとも回復魔法が使えるから魔法使い? けど、腰には刀がさしてあるし……、本当によく分からない少年だ。
「危ない!」
突然、後ろからそんな声が聞こえた。
何が──そう疑問を抱いた俺の脳は、いつの間にか少年の背後に迫ってきていた火球によってすぐに答えが導き出された。
このままじゃヤバい!
瞬時にそう判断して、俺は行動を起こそうとした。
……が、それよりも先に少年が口を開いた。
「頼む」
たった一言〝頼む〟と口にした、ただそれだけ。
しかし俺はまたしても自分の目を疑った。
「……はあ?」
少年のローブから飛び出したスライムにも十分驚かされたが、それよりもスライムが火球に飛び込んでいった事に驚愕した。
どうしてスライムを連れているのかはこの際どうでもいい。
それよりスライムなんかに何を頼むというんだ。
「──!?」
結論からいうと、火球が消滅した。
「なっ……何だ、今の……?」
「あのスライムがやったのか……!?」
「……まさか上位種か? それもかなりの」
その場にいた冒険者全員が、例外なく呆気にとられた。
このスライム、普通のスライムじゃないのか? 例えそうだとしても、どうして火球が消滅したかの答えにはならない。
やはり意味が分からない
「傷は塞がりましたけど、血がかなり失われているのであまり無理はしないでください」
気付くと、俺の傷は綺麗さっぱり元の状態に戻っていた。
「……あ、ああ、助かった」
い、いつの間に……!? それにこんな短時間で完治するような傷じゃなかった筈、この少年はいったい何をしたんだ!?
「もう立てますか? 危険なので仲間の所まで下がっていてください」
「き、君一人で太刀打ちできる数じゃない! それにあのオルトロス、光ったと思ったら急に動きが素早くなって、強くなったんだ……っ!」
駄目だ、あのオルトロスは普通じゃないんだ。
この少年が強くても、あれだけの数のオルトロスを相手に勝てる筈がない。
「情報、ありがとうございます。取り敢えずやってみます」
しかし少年には届かなかった。
「止めろ! 無茶だ!」
何度も叫ぶが少年が立ち止まることはなく、俺は無理やり仲間に引き摺られるようにして後ろに下がった。
「……やっぱり一人じゃ駄目だ。俺も加勢に行く!」
「止めろ! お前じゃ力不足だ! ……俺も、他の奴等も! 見ろ、あそこに飛び込んでいける奴なんていねーんだよ!」
俺は押し黙ってしまった、正しくその通りだから。
俺達の目の前では激しい戦闘が繰り広げられていて、そこに割って入る隙なんてどこにもなかった。
襲いくるオルトロスをひらりと躱し刀で迎撃する。放たれた火球もあっさりと躱して、物凄い速度でオルトロスの周囲を走り抜け警戒を煽る。
此方の被害を抑える為にオルトロスを引き付けているんだ。
そして此方に流れてきた火球はスライムが消滅させて、俺達の身を守っている。
……確かに、あの中に飛び込んでいっても、俺はあっさり死ぬだろう。
「──オルフェウス君なら大丈夫ですよ」
ふと、ある冒険者がそう言った。
「そんな訳ないだろう! それにまだガキなんだぞ!?」
「あはは、一応成人してるから大人だよ」
「そんな事を言ってるんじゃない! お前等あいつの仲間じゃないのかよ!?」
何なんだこいつ等は……、仲間が大事じゃないのか?
「もう少し様子を見てはどうだ? 今も危なげ無く対処してるではないか」
「そーそー、オルフェウス君は負けないよ」
魔法使いの男が言って、女の方も呑気にそんな事を口にしている。
どうしてこんなに落ち着いてられるんだ……! 仲間が危険な目に逢ってるんだぞ! 助けるのが当たり前じゃないのかッ!
「もういい! 俺が一人で……っ」
リーダーらしき男の手が俺の肩に置かれた。
「僕の仲間を信じてやってください。ほら」
男が指した方向に目を向けると、三体のオルトロスの首が跳ねられた瞬間だった。
「彼は強いですよ。少なくとも僕たちの中では──最強です」
それからすぐに、残りのオルトロスは全て少年に一掃された。
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