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第十七話 『拒絶者』ラディス

「それにしても、さっきは災難だったね」

「全くですよ……」


 アストさんに同意しながら、俺はグラスに注がれたオレンジジュースを飲み干した。

 此処は酒場。多くの冒険者達が賑やかに酒を飲み交わしているその一角で、俺達五人は肉中心の料理が並ぶテーブルを囲んでいた。


 ──あれから応接室へと案内された俺達は、事の経緯を詳しく訊かれた。

 特にタラスクの異常な討伐数についてや俺の亜空間の事についてなどだ。

 流石に公衆の面前で亜空間からタラスクの氷像を大量放出するのは不味かったようで、加えて許容量が桁外れなこともあって、専属の運び屋にならないかと勧誘されたりもした。

 こうでもしないと全てのタラスクを持ち運べなかったので仕方無い。当然だが勧誘は丁寧に断らせてもらった。


 しかし一番の論点になったのはやはり討伐方法だろう。


 何体かは首の骨を砕かれたり両断されたりしているものの、ほぼ全てが無傷のまま氷付けにされていたのだから、どのような手を使ったのか気になるのは当然だ。

 まあ冒険者として手の内を明かす訳にはいかないので、それとなく濁しておいた。

 と言っても話したところで真似できるような代物でも無いんだけどな。


 因みに、俺の肩を掴んだ無精髭の中年の男性が帝都のギルドマスターだった。


「そんな事より、俺にもお酒飲ませてくださいよ」

「だーめ。成人しててもオルフェウス君はまだ十六なんでしょ? 子供にはまだ早いよ」

「くっ」


 若く見られるのは良いが、こういう時に限ってはこの容姿を恨みたくなるな……。

 しかし、原因が分からないのでどうにも出来ない。見た目だけならまだしも、中身まで子供扱いされているのは困り者だが。

 俺、一応この中で一番の年長者なんだよ?


「でも、グランさんがお酒飲めないのは驚きでした」


 言いながら俺はグラスに注がれた水を飲むグランさんへと視線を向ける。


「……悪いかよ」

「あはは。正確には飲めるんだけど、酔った時の酒癖がすんごい悪いんだよね~」

「そうなんですか?」

「それもその日によって酔い方が変わってね~」

「アーラル、いい加減にしろ」

「怒られちゃった」


 ギロリとグランさんに睨まれて、悪びれもせず笑いながら口を閉ざすアーラルさん。

 しかし、いったいどんな酔い方をするのだろうか。そんな好奇心でちらりとグランさんへ目を向けるも、視線に気付いたグランさんによってすぐに視線を逸らしてしまう。


「ところでアストさん。依頼の報酬はどうなったんですか?」

「達成報酬が金貨八枚に素材の買い取りで金貨三十二枚、それで特別報酬が金貨二十枚だから……しめて金貨六十枚だね」

「つまり、一人あたり金貨十二枚!?」


 ……何という臨時収入だ

 それにやっぱり特別報酬が出たのか。しかも達成報酬の倍以上。

 恐らく依頼の情報に誤りがあったのとスタンピード寸前の状況を解決した……という二つの功績でかなり色を付けてくれたのだろう。

 ファフニールを討伐した時に、王様からこれがはした金に見えてしまう程の報酬を何だかんだで押し付けられているが、やはり大金というものは慣れないな……。


「これは、王都に戻ったら打ち上げをやるしかないな」

「良いね、タラスクの肉もかなり持ち合わせがあることだし」

「だね! それにまだ本命の仕事が残ってるから、そしたら一気にお金持ちだよ!」


 早くも達成した後の話をし出すアストさんとアーラルさんとニグルさん。


「それと、一日で随分と有名になったものだね」


 ふとアストさんがそう言った。


「……まあ当然と言えば当然ではあるな」

「結構人集まってたしね~」

「あんなのほっとけばいんだよ」

「でも、何か落ち着かないじゃん」

「それなら場所を変える……のも意味がなさそうだ」

「うん、何処に行っても変わらないだろうね」


 そんな会話を聞きながら、俺は控えめに酒場を見渡す。

 周囲の客は酒を飲み交わし仲間達で盛り上がっているように思える。しかし半数以上はあまり酒には手を付けず、ある一つのテーブルへと視線を向けていた。

 それが此処、俺達のテーブルだということはすぐに分かる。

 間違いなくタラスクの氷像を目にした者か、その者から話を聞いた者達だろう。


(……絡まれなきゃ良いけどな)


 多くの通行人が行き来する広場でやらかした事なのでかなり目撃者も多い。俺達の顔を覚えられているのも必然的だ。


 しかも、まだ広場には解体の終えていないタラスクの氷像がいくつもあることだろう。

 何せ一体一体の大きさが余裕で人のそれを超えるし、危険度Aの魔物とあって鱗も頑丈で使える部位も多いからな。たった一体を解体するだけでも一苦労だろう。

 兎にも角にも、俺達はいきなり有名人となった訳だ。


 ──そんな事をぼんやりと考えていた時、前触れもなく酒場の扉が吹き飛んだ。


「「「「「…………」」」」」


 しん……と静まり返る酒場の店内。

 時が止まったかのように誰もが動きを静止し、誰もがこの状況を理解できないでいる中、破壊された扉から足音が近付いてきた。

 そして、扉の残骸を踏みつけながら一人の若い男が姿を現した。


「たーっ、臭ぇな此処は。まるで雑魚共の溜まり場のようだぜ」


 にぃっと口角を上げながら言う男に、漸く我に返った者達が怒りの形相で睨み付ける。

 しかしそんな事などお構い無しにまっすぐカウンターへと進む男。


「……なんか感じ悪いね」

「絡まれると面倒臭そうだ、ああいうものは無視すれば良い」

「だね」


 ニグルさんの言葉に俺も頷いて同意を示す。

 しかし周囲の者達はそうもいかないようで、殆どの視線が男の姿を追っている。


「酒だ、この店で一番良いのを持ってこい」

「──おいテメェ、さっきなんつった?」


 不意に、冒険者風の男が立ち上がった。

 その瞳は真っ直ぐ若い男へと向けられており、それをきっかけに何人かの男達も立ち上がる。


「ああ? そんなに〝雑魚〟呼ばわりされたのが気に食わなかったのか? 気の短ぇ奴等だなぁ、別に間違ってねえんだから良いじゃねーかよ」


 まるで悪びれる様子もなくむしろ相手を逆撫でするように言うその態度に、更に酒場にいた冒険者達が立ち上がった。

 店内が一気に殺気立ち、ピリピリとした空気が流れる。


「おっ? なんだよ俺とやる気か? なら纏めてかかってこいよ。ほら、雑魚らしく群れてなぁ!」


 その瞬間、真っ先に声を上げた者が男に殴り掛かった。

 だが次の瞬間には、男へと殴り掛かった筈の冒険者が宙を舞っていた。


「ははははは! ほらな、分をわきまえない事しやがって。雑魚は雑魚らしく群れてかかってこいって言ったのになぁ!」

「ぐぁっ!? 貴様ぁ……っ!」


 地面に仰向けに倒れた冒険者の男の腹を踏みつけながら、とても愉快そうに笑う。

 そして、まるでコミでも扱うかのように冒険者を壁へと蹴り飛ばす光景を見て、その場にいた者達は遂に我慢が効かなくなった。

 これには流石のアストさん達も頭にきたようで、顔から完全に笑顔が消えていた。


「お、お客様っ、店内での暴力行為は止めてください……っ!」


 最早、怒りに支配された冒険者達の耳に店員の声など届く筈もなかった。

 それぞれが何かを叫びながら仲間の仇を取らんとばかりに男へ殴り掛かる。


「やっと群れる気になったか。……だけど、雑魚がいくら群れようと圧倒的強者である俺に、指の一本でも触れることなんざ出来ねえよ!」


 一層口角を吊り上げながら立ち上がった男がそう言うと腰にさした剣へと手を触れて──。

 瞬間、男に殴り掛かろうとしていた冒険者達が宙を舞っていた。

 冒険者達は壁に衝突したり、テーブルを薙ぎ倒しながら地面に転がる。


「赤い髪に赤い瞳、その力……まさか、『拒絶者』……っ!?」


 ふと、冒険者の誰かが呟いた。


「お? 帝国の連中がよく知ってるな。そうだよ、俺が『拒絶者』ラディスだ」


 それを聞いた冒険者達が明らかに怯んだのが分かった。

 先程までの怒りの感情が見て分かるように薄れていき、中には恐怖で小さく悲鳴を上げる者もいた。


「……これまた大物だったね」

「知ってるんですか?」


 反応からしてアストさん達もラディスという男を知っているらしい。


「ああ、彼は『拒絶者』の二つ名を持つ聖国所属のSランク冒険者だよ。直接攻撃も魔法もさっきの様に全て弾いてしまうことから、全てを拒絶する者──『拒絶者』と呼ばれているんだ」


 Sランク冒険者……道理で強い訳だ。

 全てを拒絶する者、か。そんな大層な二つ名を持ってるのだから、あれでもまだかなり手加減している方なのだろう。

 最近、聖国の印象が落ちてばっかりな気がする。


「バカにされて頭にくるけど、流石にSランクが相手だと分が悪いね」

「……悔しいが、その通りだな」


 声を潜めながらアーラルさんとニグルさんが会話をしていると、それを嘲笑うかのように『拒絶者』が此方に振り向いた。

 時既に遅し。既に『拒絶者』は俺達の存在を完全に捕捉していた。


「長剣使いの剣士に武闘家、魔法使いが二人、そしてガキが一人……間違いねえ。お前等、とんでもねえ数のタラスク屠ってきた奴等だろ?」


 なんと、此方の素性をそれなりに知っているようだった。

 ……いやちょっと待ってくれ、どうして俺がガキで認識されている? 俺もう成人してるんだけど、お酒とか普通に飲めちゃう年齢なんだけど?

 そんな俺の心の訴えなど知るよしもなく、会話が進んでいく。


「……だったら、何だって言うんだい?」

「俺も見てきたぜ、やべぇ程の魔力で氷付けにしてあってビックリしたぞ。なあ、あれどうやったんだ? 上級魔法なんて生温い……だが、見た感じお前等に出来るようには思えねえ」


 まるで此方を見透かすように訊いてくる『拒絶者』。

 相手の魔力量を推し量ることが得意なようだが、どうやら完全に隠蔽した俺の魔力までは推し量れないらしい。


「冒険者に隠し事があるのは当然だろう? そういうの、君にもあるんじゃないのかな?」

「はははは! その通りだ、当然こっちも教えられねえけどな!」


 楽しそうに笑う彼を見て、俺はアストさんの見事な話術に感服した。

 短い会話だったが、その間にも相手の機嫌をとり、尚且つ戦闘を避けるように誘導する。

 流石はリーダーだ。


「……こ……の、野郎おおおおおっ!」


 ──突然だった。


 まだ『拒絶者』を相手に攻撃を仕掛ける者がいようとは、その場の誰もが想像できなかっただろう。

 恐らくこの事態に反応できたのはたった二人。


「もうお前等に興味はねえんだけどなぁ」


 不敵に口許を緩ませながら、素早い動きで腰にさした剣を抜き放つと、その者の首を斬ろうと背後へ振り向いた『拒絶者』と──。


「やめろ」


 二人の間へ割って入り奇襲を仕掛けた冒険者の拳を右手で掴み、更に左手に持った刀で『拒絶者』の剣を受け止めた俺の二人。


 俺と『拒絶者』の視線が衝突し、同時に金属同士がぶつかり合う嫌な音が響き渡る。

 並大抵の力の衝突ではなかった剣と刀からは火花が飛び散る。


「……へえ、唯のガキじゃなかったのか。俺の剣を止めるなんて大した奴だ」

「今の、止めてなかったら確実に死んでたぞ」

「そりゃあ殺すつもりでやったから当然だ。……けど、ビビって腰抜かした雑魚より、お前と遊んだ方が何倍も楽しそうだ!」


 鍔迫り合いから後方へ跳んだ『拒絶者』が間髪入れずに斬り掛かってきた。

 疾い。だがあまりにも大振りな横凪ぎだったので、俺はそれを()()()()()()()()()


「──ッ!?」


 瞬間、想像していた十倍以上もの衝撃が左手に伝わった。


「隙ありだぜ!」


 刀は手放さなかったもののあまりの衝撃に腕が弾かれ、『拒絶者』は無防備になった隙を突いてきた。

 しかし、繰り出される剣尖の数々を身体能力によって避け、危なげ無く回避していく。

 体勢はすぐに持ち直せたが、先程の衝撃を考えると刀で受け止めることは出来ない。


「はははは! 随分な身体能力のようだが、いつまで躱せるかなぁ!?」

「くっ!」


 建物の中ということもあって本来の半分も力を出しきれない。

 それでも、相手の隙を見付けて腹に強烈な蹴りを食らわせる。


「うおっ!? ……っと、やるじゃねえか!」


 壁際まで後退させたて距離を取るが、相手はすぐに此方へ駆け出そうとする。

 闘いが好きな奴の扱いは本当に面倒臭い。……だけど、今回はどうにか出来そうだ。


「ここら辺で引いたらどうだ」

「ああ?」


 言ったことが理解できていなそうだったので、分かり易いように酒場の扉の方を指差してやる。


「どうやらお迎えが来たようだけど?」


 扉の前には真っ白な鎧に身を包んだ二人の聖騎士が立っていて、俺の視線に誘導されてその者達の姿を捉えた『拒絶者』からは舌打ちが漏れた。


「ったく、これからって時に……分かった、今回は大人しく帰ってやるよ」


 諦めたようにそう言った『拒絶者』は剣を鞘に収め、俺に背中を向けて歩き出す。

 それに伴い冒険者達が左右に別れて道を作り、あいつは何も言わずに通り過ぎていく。


「じゃあ今度は、仲間として会おうな」

「は?」


 あまりにも突然のことで理解できなかった。


「何を言って──」

「すぐ分かる。じゃあな」


 俺の話を聞こうとせず、「拒絶者」はその場から立ち去っていった。

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