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第十六話 その頃、セト達は。

 此処はリーアスト王国、その王都オルストの東にあるセディル大森林の深奥。

 森林の中央へと進めば進むほどより強力な魔物が生息している、大陸最大の規模を誇るセディル大森林。

 弱い雨が絶えず降り注いでいる中、そこに三人のCランク冒険者──セト、ナディア、アリシアがやって来ていた。


「『ファイアーランス』っ!」


 アリシアが魔法名を口にすると同時に三つの炎の槍が生み出され、それが勢いよく樹木の上に潜んでいた魔物へと放たれた。

 一つは樹木に生い茂る葉と天から降り注ぐ雨によって威力が相殺されるも、そのお陰で残り二つの炎の槍が通る道を生み出す。

 完璧に計算された攻撃、当然のように樹木の上に潜む魔物へと寸分狂わず迫っていき──。


 ──早々に気取られ、剛腕によって呆気なく凪ぎ払われてしまった。


 しかしこれも、三人にとっては計算通りだったりする。


「──ッッッ!」


 棲みかを奇襲され怒り狂った魔物が、咆哮しながら地面に飛び降りてきた。

 三メートルはありそうな体躯を持つゴリラのような魔物で、鈍い銀色の毛並みは並大抵の攻撃では衝撃を吸収されてしまいそうだ。


「大丈夫だと思うけど、アリシア念のために周囲の索敵をして」

「うん」


 短い会話が終了した瞬間、巨体を揺らしながら魔物が突進を仕掛けてきた。

 魔力によって身体強化を行ったとしても、あの質量で衝突すれば唯では済まされない。骨の一本や二本は覚悟しなければならないだろう。

 だというのに、三人は全く動じる様子がない。その理由は──。


「残念だけど、あんたはもう()()()()のよ?」


 不意にナディアが不敵に微笑むと、地面に降り注いだ雨水が何の前触れもなく隆起して、そのまま魔物の巨体をあっという間に呑み込んだ。

 まるでその水に意思があるかのように……。


「……ッ!? ────ッッ!」


 巨大な水球の中心にいる魔物は空気を求めて苦しそうにもがき叫ぶが、形のない水を相手にいったい何が出来るというのだろうか。


「やっと形になった『天候操作』の味はどう? 自分で雲を作って、私が自由自在に操作できる雨を降らせる。……魔力を感知できる相手にはまだまだ努力が必要だけどね」


 数ある水魔法の上級、その中でもトップクラスの会得難易度を誇る『天候操作』。

 『天候操作』とはその名の通り遥か上空の天候を操作し、自身の支配下にある水を雨として降らせる超広範囲魔法。

 圧倒的な魔力消費量に超広範囲に渡る魔力操作の技術、それを維持できるだけの強靭な精神力。これらの一つでも欠ければ成立しえない魔法、これらが揃ってこそ発動する超魔法。

 それが『天候操作』。


(オルフェウス(あいつ)にはまだ敵わないけど、私たちだって確実に強くなってる……!)


 オルフェウスといればそれらは嘘のように霞んで見えてしまうが、三人の実力は紛れもなく本物だ。

 三人は目を見張る成長を遂げている。強い意思を持って、遥か遠くの存在に少しでも近づこうと──。


「はああああああッ!」


 セトが振り抜いた聖剣は、水球ごと魔物を真っ二つに斬り裂いた。

 魔物を討伐し休憩をとった三人は王都へと足を向けた。


「……あれから三週間、そろそろ帝国に着いた頃かな」

「今頃師匠はどうしてるかな……? せめて村を出る時くらいは見送りしたかったなぁ」

「仕方無いよ、オルフェウスさんはAランク冒険者で、私たちよりずっと忙しいんだから」

「それでもよ!」


 ナディアが声を荒らげる。

 しかしそれも仕方のない事なのかもしれない。僅かな間でも仲間として行動していたのだから、せめて村を発つ時くらいは──と考えるのは当然の事だ。

 だが、此方に気を遣って取った行動だと頭では分かっている。


「……それに、またこれのこと訊けなかったし」


 そう言うナディアの手には、オルフェウスから貰った魔法杖が握られている。

 これを受け取ってからずっと疑問に思っていた事があった。


 どうしてオルフェウスが古代文字の刻まれた魔法杖を持っていたのか、何故これをあっさりと自分達に渡したのか。


 もしこれが本当に五百年前に使われていたものだとすれば、歴史的な大発見となることは間違いない。

 しかも、名のある鍛冶師や鑑定士に聞いても何の素材が使われているか知れなかった。ということは鑑定士の『鑑定』スキルを弾くだけの隠蔽が施されているということになる。

 解除もできないほど強力な隠蔽が。


「そう言えばそうだね。……でももしこれに歴史的な価値があったらどうしよう? こ、壊したりしたら大変なことに──っ!?」

「アリシア落ち着いて。……まあでも、これ以上に優れてる杖なんてこの国……ううん、大陸中を探しても見つからないだろうし、今のところはありがたく使わせてもらう」

「そっ、そうだね。……でも念のために傷付けないようにしないと」

「心配性ね」


 アリシアがあたふたしだすのを見てナディアとセトは声を揃えて笑い出す。


「笑い事じゃないよ!」

「あははっ、ごめんごめんって。……それにしても、僕たちも今日でBランクだね」


 ポツリと呟いたセトの言葉に、アリシアとナディアは大人しくなる。


 そう、今回の危険度Bに指定されている魔物──シルバーコングの討伐依頼は、セト達のBランク昇格試験だったりする。

 つまり三人は先程、シルバーコングを討伐して無事に昇格試験を突破したことになる。


「そうね……でも、まだ追い付けそうにない」

「うん、そうだね」


 いくら全力で走っても追い付くどころか、背中すら見えてこない、まるで雲の上のような存在。

 その姿を捉えることすら烏滸がましいのかもしれない──そう思えてしまえる程に。


「それでも、僕たちはもっと強くなる。師匠に──英雄に認めてもらえるくらいに!」


◆◆◆


「はっくしょん!」

「おい、このタイミングで体調を崩してんじゃねーぞ」

「グラン、もう君は少し言葉を選んだ方が良いよ。例え仲間だからってその口調はいけないと思う」

「いえ、全然良いですよそんなの! 気遣ってくれてありがとうございます」

「ほらな?」

「そこどや顔するとこじゃないよ。それよりオルフェウス君、本当に身体の方は大丈夫かい?」

「はい、風邪はひいてないと思うんですけど……」

「じゃあ誰かがオルフェウス君の事を噂しているのかもね」

「そうですかね……? ……あ、これで最後です」


 そんな会話をアストさんとグランさんの二人と行いながら、俺は亜空間から最後のタラスクの氷像を取り出し地面に置いた。

 ゆっくり下ろしたつもりだったが、衝撃を殺しきれずに地響きが鳴る。

 こうしてギルド前の広間に敷き詰められたタラスクの氷像──計百六十八体──の圧倒的な光景は、異様を通り越して芸術的な印象すら感じられる。


「……うん。あまり傷も無いし、保存状態も抜群だ。これなら高値で売れそうだね」


 圧巻の光景を眺めながら満足そうに言って此方にグッと親指を立ててくるアストさんに、アーラルさんとニグルさんが揃って親指を立てる。

 三人ともとても良い笑顔だ。

 これだけの数の魔物を狩ったのは久し振りだし、俺も達成感に胸がいっぱいだ。


 ……しかし、そろそろ楽しい楽しい現実逃避も終了だ。


「さあ、もう満足しただろう? そろそろ話を聞かせてもらおうか」


 背後から知らない男に肩をガシッと掴まれて、同時にあの礼儀正しい受付嬢に俺の両手が手首のところで縛られていた。

 はて、これはいったいどういう事だろう? どうして俺だけ拘束させられているのだろうか。


「もとよりそのつもりですよ。ですが何故俺は拘束されているのでしょうか? アストさん達と比べてこの対応の差はあまりにも不公平な気がします」


 丁寧な口調で言いながら、俺は視線を動かしアストさん達の方へと目を向ける。

 そこには別の受付嬢に丁寧にギルドへと案内されているアストさん達がいて、そのまま中へと姿を消してしまった。


「申し訳ありません、身体が勝手に」

「ははは、それは興味深い」


 無意識の内に拘束してしまったということか、それなら仕方無いな、うん。


「はぁ……、手荒な真似はしないから安心してほしい。……が、お前がやったことでこうなってる事くらいは自覚してくれ。この異様な光景と人だかりを見れば分かるだろう?」

「はい。見事なタラスクの氷付けですね。しばらくこの広間の名物になりそうだ」

「分かってもらえて嬉しいよ。さあ、ギルドの応接室へと向かおうか」


 それはまるで犯罪を犯した罪人を牢屋へ案内するかのように、俺は強制的にギルドの中へと引き摺り込まれた。

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