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第十二話 依頼と、聖国の影

「グランからは何も?」

「はい」

「そっか。じゃあ一から話さないとね」


 言いながら、今しがた淹れた紅茶を差し出してくるアストさんにお礼をしつつ、俺は静かに耳を傾けた。


「君がギルドに顔を出さなくなってからすぐに、一つの依頼が出されたんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそれを知ってるんですか?」


 そのまま話を続けようとするアストさんに待ったをかける。

 俺が最後にギルドに顔を出したのは一週間と少し前。確かに最近は行っていなかったので、アストさんの話に語弊はない。

 ……が、どうしてそれをアストさんが知っているのだろうか?


「君が思っているより、高ランク冒険者の情報というのは出回り易いんだよ。例えそれが些細な情報だとしても、ね」

「……何か、監視されてる気分です」


 つまり、俺が起こした行動の一つ一つが誰かの耳にでも入れば、それが伝線して広まっていくという事になる。

 そう考えると、少し怖いな。


「それだけ大事なものということだよ。指名依頼をする人にとって、誰がそのギルドにいるかはとても重要な情報だからね」

「へえ……」


 成る程な、と思いつつ、俺はカップに口をつける。


「それで、話を戻すけど、その依頼内容というのがちょっと厄介でね」


 困ったように苦笑いを浮かべながら、アストさんは事情を説明してくれた。


 まず、俺が引きこもり……もとい休暇を取っている間に、ある一つの依頼が発布された。

 その内容は、大規模な古代移籍の探索及び攻略で、かなりの大遠征を計画しているらしい。

 それにあたって、各地から人数問わず多くの高ランク冒険者を募り、報酬は一人あたり金貨二十枚も出すらしい。それに出来高によってはその限りではないという、かなり破格の報酬だ。それに引き換え、遺跡で手に入れたアイテムや魔物の素材などの半分は依頼主のものになるらしいが。

 その依頼主というのはなんと、帝国の王族からで、場所ももちろん帝国だ。


「どうかな、僕たちとパーティーを組んで、一緒にこの依頼を受けてはくれないかな?」


 話を聞く限りでは、入手したアイテム等を半分持っていかれるだけで、それを差し引いても十分に受ける価値のある依頼だと思う。

 しかし、だからこそ分からない点もあるのだが。


「質問いいですか?」

「ああ、どうぞ」

「話を聞く限りでは、俺を連れていく必要はどこにも見当たらないんですが」


 そう。ただ遺跡を攻略するだけなら、他にも大勢の冒険者が依頼を受ける筈なので、こうしてアストさん達が俺に頼んでくる理由が見えてこない。

 逆に、パーティーで手に入れたアイテムを等分するとなると、一人あたりの持ち分が減ることになるというデメリットがある。

 だというのに頼んでくるということは、何かしらの理由がある筈だ。


「理由はいくつかあるよ。一つは君の持っている時空魔法だ」

「……亜空間ですか」


 アストさんがその通りとばかりに大きく首を縦に振った。


「勿論、君の実力もあるけどね。でも正直に言うと、付与魔法が一番大きいかな」

「本当に正直ですね」

「嘘を言っても仕方無いからね」


 あっけらかんと答えるアストさんの態度に、俺は好感を持てた。此方を騙そうと嘘をつかれる方がよっぽど気分が悪いからな。


 だが、手に入れたアイテムだけに限らず、荷物を全て仕舞いこめる亜空間に、飛刃や属性付与などといった多彩な効果を付与させることができる付与魔法。

 この二つが揃うとなれば、かなり攻略が捗るのは間違いない。

 それも大量の食料が必要となる長期の探索となれば尚更だ。


「君がいるいないでは天と地との差がある。どうか、前向きに検討してくれないだろうか?」


 いつもに増して真面目な顔でそう頼んできたアストさんに、俺は考え込んでしまった。


 アストさん達のパーティー『希望の種子』のメンバーは、とても実力のあるパーティーだ。

 それぞれが足りないものを補い会うように編成されていて、パーティーメンバーの仲も結束力も申し分無い。

 それらは何度か依頼を共にしたので分かっている。

 俺もすぐに溶け込むことができたし、一緒に冒険をするのはとても楽しかった。


 正直、断る理由がどこにもない。


「いつから帝国に行くんですか。時間がないなら、急いで必要なものを買いに行かないと」


 紅茶を一気に飲み干した俺は、椅子から立ち上がりながらそう言った。

 それを見たアストさんは、思わずっいった様子で目を見開いた。


「それはつまり……」

「はい、俺で良ければ是非」

「ありがとうっ! 本当に助かるよ!」


 椅子が壊れそうな勢いで立ち上がったアストさんが、身を乗り出して俺の手を取ってくるわ

 その表情が本当に嬉しそうで、俺もつられて口許が緩んでしまった。


◆◆◆


 アストさんとの話も無事に終了し、俺はとある場所へと足を向けた。


 数分も経つと、目の前には王都の中心に聳え立つ王城が現れて、城門を守護している騎士にメダルを提示して門を潜る。

 そして、メイドに案内された応接室で待つこと暫く──。


「やあオルフェウス君。国王様は入り用のようなので、私が代わりに報告しに来たよ」

「わざわざすいません、ネオルさん」


 ノックをして入ってきたネオルさんを見て、俺は椅子から腰を持ち上げる。


「いやいや、君が気にする事ではないよ。……今回は特に、ね」


 ふと、一瞬だけだが、僅かにネオルさんから笑顔が消えた。

 そこには何の感情も籠っていないようにも思えた。……が、その深奥からは、静かに怒りが沸き上がっているのが分かる。


 いつも笑顔が絶えないネオルさんだからこそ、その笑顔が消えたことがいったい何を指すのか、ひしひしと伝わってくる。

 それを俺は見逃しはしなかった。


「聖騎士が身に付けていた鎧だけど、鑑定スキルを持った者に調べてもらったところ、確かに隷属効果があるものだと判明したよ」

「そうですか」


 つまりこれで、ディランさん達も被害者だったと、正式に証明された訳だ。


「聖国が何を企んでいるかは分からないけど、不当な行為は到底看過できなるものではない。まだ聖国との連絡が取れていないが、此方で何とかするから安心してくれ」


 その言葉を聞いて俺は安心した。


 恐らく、裏で暗躍している奴等を一掃するだけなら、俺一人でもさほど難しいことではない。そうすれば一瞬で問題は解決するだろうが、それだけで済まないのが国というものだ。

 糸を引いているのは間違いなく聖国の上層部の者、それもかなりの。つまりそいつを倒したとなれば、空いた穴によって国が混乱に陥る危険がでてくる。

 これでは、被害が拡大するだけだ。


「司教からは何か情報を得られましたか?」

「君に聞いた、聖国が天使を召喚する術をもっている他には……一つ、気になる情報があったよ。どうやら聖国は、獣人は人族の敵だと思っているらしい」

「敵……ですか」


 俺が【魔界】に行く前はそういう考えが広まっていた。

 しかしこの世界に帰ってきてからは、人族と獣人族が共存しているのが当たり前のように感じていた。……だけどそれも、国が変われば当たり前ではなくなってしまうらしい。


「この国ではそういった考えはほとんど無いけど、君が解決した建国祭での一件と、繋がるとは思わないかい?」

「……!」


 そこまで聞いて、俺はネオルさんの言いたいことを理解した。


 獣人の奴隷を使って建国祭を台無しにしようとしたあの貴族と、もし聖国にパイプが繋がっていたとしたら──。


 建国祭が台無しになったら、リーアスト王国は獣人をどう見る? ……恐らく、今までと同じように接することは不可能だろう。

 それこそ、獣人は敵だと思い込んでしまう可能性だってある。


「まあ、現段階では机上の空論の域を出ない。だけど、頭の片隅には置いておくといいよ」

「分かりました」


 そうして、俺は王城をあとにした。

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