第十話 従魔登録
「『ステータス』」
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名前:オルフェウス
種族:人族
職業:魔法剣士
レベル:9999
スキル:『武器創造 Lv30』『時空魔法Lv30』『付与魔法 Lv30』『剣術 Lv30』『料理 Lv21』
称号:超越者・覚醒者・Aランク冒険者・竜殺し
従魔:エルダースライム
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「冒険者ランクと従魔が追加されたくらいで、他は……やっぱ変わらないか」
久し振りに確認した自身のステータスを見ながら、俺は想像通りの結果に呟いた。
冒険者ランクはCからAに上がっていたり、召喚の魔道具で喚んだスライムが従魔になっている以外に、残念ながら変化したところは見当たらない。
【魔界】のような殺伐とした環境へ行けば、もしかしたら変化が得られるのかもしれない。……が、この穏やかな世界でこれ以上の力は必要ないだろう。
この辺りが俺の成長限界って訳だ。
「そういえば、お前って町の中に入れるのか? ……って、訊いても無駄か」
俺の頭の上でプルプルと風によって震えているスライムをチラリと見ながら、知ってる訳ないと肩を落とす。
「にしても、どうするかなぁ……。これから好きに暮らせっていうのも可哀想だし」
何も考えずに召喚してしまったが、従魔の扱いはどうすれば良いのだろうか。
町に入れるだけでも何かしらの申請が必要だろうし、何を食うのか知らないけど、食べるものも必要になってくるだろう。
「ま、職業にはテイマーっていうやつもあるらしいし、それに王国騎士団がドラゴン飼ってるくらいなんだから、突っぱねられることはないだろ」
それに召喚の魔道具を使えば、一般人でも魔物を使役することも可能だ。加えて、殆ど出回っていない方法だが、召喚魔法という魔法でも可能だ。
司教が使役していたガーディアンもそうして【天界】から召喚されたんだからな。
その辺りは王都に着いてから考えることにしよう。
「となれば、後は実力だが……お、丁度良さそうなのが来たな」
前方から此方に向かって飛んでくる一体の魔物を目にした俺は、飛行を止め空中で静止した。
「フレズベルグ……Aランクの魔物か」
体躯は優に三メートルを超えているであろう巨大な鷲のような魔物で、鋭い嘴とがっしりとした鉤爪が特徴だ。
ギルドではAランクに指定されているものの、陸棲と違って大空を駆ける魔物なので、純粋な討伐難易度では他のAランクの魔物よりも幾分か高い。
しかし、強さが同じというのなら──。
「確かエルダースライムもAランクだし、相手として不足はないだろ。……いけるか?」
頭の上のスライムに問い掛けると、任せろとばかりに身体を震わせた。
従魔契約を交わした魔物とは、意外とスムーズに意思の疎通が出来るようになるらしい。傍から見れば分からないだろうが、俺には何となくスライムの気持ちが伝わってくる。
恐らくスライムの方も、何となく俺の気持ちが伝わっているのだろう。
「────ッ!」
とフレズベルグが咆哮すると、七つほどの風の刃が生成されると、それが一斉に打ち出されて此方に襲い掛かってきた。
これは避けた方が良いか──そんな思考が脳裏を過った時、不意に頭が軽くなるのを感じた。
スライムが俺の頭の上からジャンプして、俺の前へと飛び出してきたのだ。
それを見た俺は避けるという考えを取り止め、このまま様子を見ることにする。
「……!」
飛び出してきたスライムの身体が大きくなったかと思うと、ある一点から水が吹き出すようにスライムは崩れていった。
驚くのはここからで、その吹き出したスライムの身体は、螺旋状に俺を取り囲んだのだ。
そこにフレズベルグの放った魔法が襲い掛かり──。
スライムの身体に触れるや否や、風の刃は分解されるように霧散していった。
「……へえ、『魔法無効』か」
『魔法無効』とはその名の通り、魔法を無効化するスキルだ。
つまりこのスライムには、魔法によるダメージを与えることは出来ないということになる。土魔法などの〝魔法による物理攻撃〟ならばまだ攻撃は通るだろうが、それでもぶっ壊れ性能といわざるを得ないだろう。
そして、反撃とばかりに打ち出された水の刃によって、フレズベルグの身体はバラバラに切り刻まれてしまった。
「お、おぉ、凄いなー」
唯の肉塊となって森林へと落下していくフレズベルグだったものを見下ろしながら、感情の入っていない声で俺は言った。
ここまで呆気なく終わるとは思っていなかったので、予想以上の強さに呆然としてしまった。
「ドラゴンも、Aランクだった気がするんだけどな……」
単純に考えると、俺がいま腕で抱えているスライムは、ドラゴンにさえも余裕で勝利できることになるんだが……。
あまり考えないようにしよう。
◆◆◆
此処は、王都オルストにある冒険者ギルド。
目の前には呆けた顔の受付嬢──リーシャさんがいる。
「スライム……ですか?」
「そうだけど、スライム以外に見えるか?」
「……スライムだね」
俺の腕の中でぐでーっと寛いでいるスライムを見下ろしながら、いつもの口調に戻ったリーシャさんがそう言った。
「従魔として認めてくれないか」
「スライムを?」
「ああ」
すると場に静けさが漂う。
しかしまあ、リーシャさんが混乱している理由も分からなくはない。
一般人でも倒せてしまえる〝最弱の魔物〟としてその名が知られているスライムを従魔にしようなど、普通では考えられない事だからだ。
しかも実力至上主義である冒険者となれば尚のこと。スライムごときを使役している雑魚だと確実に嘗められるのは、もはや確定事項といっていいレベルだ。
現に、俺は既にギルド内にいる冒険者達から注目を浴びている。
「住民証を持ってない奴は関所では従魔登録できないらしくてさ、頼めるか?」
「それは……まあ、出来るんだけどさ……」
歯切れの悪そうに言ったリーシャさんが、少し困ったように苦笑いを浮かべる。
その視線を辿るように踵を返して背後へと振り向くと、離れた場所からニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた、三人の若い冒険者が近付いてきていた。
……面倒の予感しかしないな。
何も見ていないことにして、俺はそっとリーシャさんの方へと向き直った。
「リーシャさん、相手にしなくて良いからな。それより従魔登録を頼めるか?」
「えっ!? ……あ、うん」
一瞬驚いたリーシャさんだったが、すぐに我に返る。
「じゃあギルドカードを」
「──おいおいおいぃ~、ちょっと待てよォ」
リーシャさんの言葉を遮るようにして、背後にやってきた冒険者の一人が声を上げた。
その両脇にいる冒険者の方は、此方に見下した視線を向けながら笑っている。
「お前、まさかスライムを従魔にしようとしてんのかよォ!? なぁなぁ? そうなんだろ?」
「っくっくく、そんな雑魚を従魔にするんなら、もっとましな魔物を従魔にしろよ~」
「まあまあそう言ってやるなって。雑魚スライムしか倒せないから、スライムなんだろ?」
〝スライム〟や〝雑魚〟といった部分を特に強調するように言う三人の冒険者。
ギルド内にいる冒険者の反応は様々で、それを面白そうに眺めている者もいれば、俺を可哀想なガキを見る目で見ている者もいる。
しかし殆どが後者だ。
「あぁ~、そりゃあ悪いことを言ったなァ? 分かってあげられなくてごめんな?」
「「「ギャハハハハハハハッ!!」」」
勝手に盛り上がっていく冒険者達。
しかし俺はそちらに振り返ることなく、相手にせずにローブのポケットからギルドカードを取り出して、それをリーシャさんへと差し出す。
「はいギルドカード」
「お、お預かりします……」
ギルドカードが、俺の手を離れてリーシャさんへと渡っていく。
「なぁ、何とか言ったらどうだァ?」
そんな時も、一人の冒険者が耳元で挑発するように囁いてくる。
しかし俺は振り返ることなく、表情一つ変えずに冒険者の挑発を受け流しており、リーシャさんも指示通りに無視を心掛けている。
すると遂に我慢の限界に達したのか、大きく舌打ちを打つと──。
「この糞ガキぃ、嘗めてんじゃねぇぞコラァ!」
背中を向けている俺に対して、容赦なく殴り掛かってきた。
(ここまでくれば、正当防衛だよな)
ギルド内での私闘は、地下に設けられている訓練場でなければ認められていない。……だが、相手がそれを無視して暴力行為を行ってきたのだから、俺には反撃をする権利がある筈だ。
そう判断し、俺は避けようとせず三人の冒険者へと振り向くが、どうやら俺が反撃する必要は無くなってしまったようだ。
「グハァ!?」
横から割って入ってきた者が男の顔を殴り飛ばし、男は鼻血を出しながら地面に転がった。
「お前、なんで無視してたんだよ」
「グランさん」
俺を助けてくれたのは『希望の種子』の武闘家、グランさんだった。
「おい、『希望の種子』のグランだぞ」
「Aランクの冒険者じゃねえか!」
「まさか、あのガキと知り合いなのか……?」
そんな会話が、ギルドのあちこちから聞こえてくる。
Aランク冒険者として顔も名前も知られているグランさんが介入してきたとあって、傍観していた冒険者達からの注目が一気に高まる。
「ギルド内での私闘は原則禁止ですからね」
「……戦えなんざ言ってねえ、そもそもあいつ等とお前じゃ相手になんねーだろ。バカにされて、頭にこねえのかよ」
「きましたよ。だから、ありがとうございます」
そう言うと、グランさんは舌打ちをしながら顔を逸らしてしまった。
「いつまでそこに寝てんだ、さっさと消えろ」
「ヒィッ!? すっ、すみませんでしたあああああ!」
地面に尻をついたまま震えていた冒険者をグランさんが一括すると、あっという間に残りの二人を連れてギルドを飛び出していった。
完全に八つ当たりな気がしないでもないが、照れてるグランさんはレアなので良しとしよう。
「リーシャさんも、迷惑かけて済まなかったな」
「はい、私は何も見ていません。これギルドカードです、ありがとうございましたー」
……流れ作業のようにギルドの外へと送り出されたあたり、問題にすると面倒だから、何も知らない見ていないという設定で関わりたくないのだろう。




