第九話 王都へ
夜も更けてきた頃、村の広場ではいくつもの篝火が辺りを照らしており、そこに多くの村人が集まっていた。メルが無事に帰って来たことを祝う宴とあって、村の殆どの者達が集まっているだろう。
まだ主役は目を覚ましていないが、既に始まった宴はかなりの盛り上がりをみせている。
「行かなくて宜しいのですか?」
そんな広場の様子を離れた場所で見ていた俺の元へ、ディランさんが歩み寄ってきた。
「ええまあ、部外者ですから」
「そんな事ないですよ。……それに、あなたが部外者であれば、我々はどうなるんです?」
柔らかい笑みでそう言ったディランさんに、俺はハッとなってすみませんと謝罪する。
「構いませんよ。……実際、我々は村の人々の安全を脅かしていたのですから、本来こうして歓迎される立場ではありませんし」
ディランさんにつれられて、俺は広場の中央へと視線を向ける。
そこには村人と聖騎士が同じテーブルを囲んでいる姿があった。
「でも、結果的にディランさん達も被害者だったんですから、あまり深く考えないだください」
「しかし、それでも我々は──」
「ディランさん」
言うと、ディランはその先の言葉を飲み込んだ。
「悪いのは、鎧に隷属状態にさせる魔法を付与させた奴ですよ」
この一連の出来事には、影で糸を引いている者がいる。
その証拠といえるものが、聖騎士が身に付けていた鎧にある。
あの鎧には、様々な耐性の付与が施されているのだが、その中に紛れてあり得ないものが付与されていた。それが、身に付けた者を隷属状態にさせるというものだ。
これによって洗脳状態にされた聖騎士達は、司教の命令に逆らうことができず、またそれを正しい事だと事実を偽られていた。
「あの司教が何か知っているかもしれませんが、そう簡単には吐かないでしょう。まあ、誰がそう仕向けたかは、大体想像がつきますけど」
「…………教皇様」
小さく呟いた言葉に、俺は静かに頷いた。
「我々は、これからどうすれば良いのでしょうか」
「聖国に帰れば良いんじゃないですか?」
「は?」
ディランさんは大きく目を見開きながら、間抜けな声を上げた。
疑問は最もだ。洗脳が解けたにも拘わらず聖国に帰ろうなど、よほど重大な用がない限り、視野にすら入らないだろう。
「鎧も司教もこの国の王様に突き出してきましたし、それを聖国に問いただせば、近い内に真っ当な政権に戻ると思いますよ」
聖騎士達から回収した鎧、それらは既に王都までテレポートして王様に引き渡し済みだったりする。ついでに司教の身柄も任せてきたので、今頃あいつは鎖に繋がれて審問にでもかけられていることだろう。
付け加えると、審問はなんとグラデュースが執り行うらしい。
先程ディランさんには情報を聞き出すのは難しいと話したが、あいつなら何かこう、物理的に情報を吐かせることが出来るかもしれない。
「いつの間にそのような事を……!? リーアスト王国の王都までなら、あなたの魔法で行けるのでしょうが……、国王様とも面識があるのですか……っ?」
「まあ、以前にいろいろと関わりがありまして」
俺は苦笑いを浮かべながらそう答えた。
鎧と司教を突き出した際に「君の秘匿だけでも大変だというのに、またとんでもないものを持ち込んできたな」……と、散々文句を言われてしまったが。
しかしそれでも引き受けてくれた王様には感謝しないといけない。
俺の所為で面倒事な処理をさせてしまっているようだしな。
「やはり、あなたは凄い御方ですね」
「一介の冒険者にしか過ぎませんよ」
……まあ、何故かフィリアの正式な専属騎士にさせられてしまってはいるが、冒険者を辞めた訳ではないから、間違いではないだろう。
とそんな時、ふと広場の方から歓声が聞こえてきた。
「……ようやく主役の登場か」
「そのようですね」
俺とディランさんの視線の先、村人達によって人だかりができている場所、そこにはセトとメルの姿があった。
二人とも疲れている様子ではあるが、村人達に囲まれて自然と口許を緩ませている。
村人の中には嬉しさのあまり涙を流している者の姿も見受けられた。
「これで一段落……か」
俺は、終わった──と、漸くそう思えた。
◆◆◆
次の日の早朝、俺は荷物を纏めて……といっても全て亜空間へと放り込んでいるだけなのだが、俺は村の外へ出た。
そんな時、俺の後をつけていた者達の一人が後ろから声を掛けてきた。
「もう村を出るのか」
「嗚呼、やることはしたし、此処にいる必要はなくなったからな。王都に帰ろうと思う」
振り返りざまに俺は言った。
目の前にいるのは、村長とホシェル、ディランさんの三人。
「そんでも、あいつらが起きてからでも良いんじゃないのか?」
「かもしれないが、今日ぐらいはゆっくり休ませてやってくれ」
昨日の無茶が響いてまだ疲れがかなり残っているだろうし、今日は丸一日ベッドで疲れを癒してやってほしい。
俺が村で出るなんてあいつら……特にセトの前で口走りでもしたら、あいつの事だから一緒に付いてくると言い兼ねない。
「……まあ、それもそうだな」
村長が俺の心情を察してか、苦笑いで言った。
「オルフェウス殿」
良いながら、ディランさんが一歩前に踏み出した。
「我々はサドン殿の御厚意で、しばらくこの村にとどめてもらえる事になりました。今後どうするかは、みなで話し合っていくつもりです。敵対していた我等に手を差し伸べてくれた御恩、決して忘れません。本当に、有り難う御座いました」
「止めてください。そう畏まって言われると、何か恥ずかしいですよ」
ディランさんは騎士だったからか、とてもへりくだった口調でそう言ってきた。
いつも当たり前のように使っていたのだろうが、言われる立場にある俺にとっては、そんなに改まれるととても気恥ずかしい。
「じゃ、もう行くから、セト達には上手く言っといてくれ」
「了解した」
「おう! 気ぃつけてな!」
「いつか、また会えることを願っています」
俺は三人に見送られながら、風魔法で空へと飛翔した。




