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第八話 自らの選択

今回で100部目になりました!

これも読んで下さる皆様のお陰です、ありがとうございます!

 此処はセトの家のとある一室。


 二つ並べられたベッドの上には、セトとその妹のメルが寝かせられている。ベッドの隣に置かれている二つの椅子にはナディアとアリシアが、少し心配そうに、寝息を立てているセトの顔を覗いている。


 あの後、オルフェウスに指示された通り、二人は適当な理由をつけて預かっていた睡眠薬と回復ポーションをセトに飲ませた。

 すると途端にセトがふらつき、危ないと二人が身体を支えた時には、既にセトは眠りに就いていた。


 最初はセト達の帰りに村の人達がたくさん家に押し掛けてきて、家の前は大変な騒ぎだったが。

 しかし、セトとメルが眠る様子を見た者達の誰もが、二人を起こしてはいけないと、押し掛けてきた村人達を連れて静かに家を離れていった。


 それからどれくらい経っただろうか。

 高く上っていた太陽がいつの間にか西の空に沈み始め、窓から差し込む陽光がほんのりと赤みを帯びてきた頃、ふいにナディアが口を開いた。


「あの時と変わらないね」

「あの時……?」


 反射的に隣に座るナディアへと振り向いたアリシアが、小首を傾げながら聞き返す。


「ほら、私たちとオルフェウスが初めて会った日の。覚えてる?」

「……うん、覚えてる」


 アリシアが前へと向き直って、頷いた。



 あの時、セディル大森林に依頼に来ていた三人は、不運にも遭遇したグリーンオーガによって絶望的な状況に立たされてしまった。

 冒険者になったばかりの三人では到底太刀打ちできる相手ではなく、早々に走って逃げたとしても逃げ切れる筈がない。それ以前に、生まれて初めて味わった純粋な恐怖と絶望によって、立つことさえ叶わなかった二人には、何一つの選択肢もありはしなかった。

 そんな時に恐怖から解放してくれたのが、オルフェウスだった。


「あの時、あの場所にオルフェウスがいなかったら、どうしようもなかったよね」

「……うん」

「それに今日も、索敵があったお陰で遅れを取らずに済んだし。何だかんだ言って、あいつがいないと私たちって何も出来なかったと思うんだ」

「……そう、だね。それに、オルフェウスさんから貰った杖のお陰で魔法の制度も威力も上がってるし、普通の魔法杖だったら、ガーディアンの攻撃を防げなかったと思う」


 二人の間に静寂が流れる。


 今回はオルフェウスの力をあまり借りていないように思えた。しかし思い返せば、オルフェウスなしに自分達だけであの状況を何とかできたかといえば、それは不可能だ。

 その上、セトが真っ先に助けを求めたのは、パーティーであるアリシアとナディアの二人ではなく、オルフェウスだった。


 だがそれはアリシアとナディアが心細いという訳ではない。セトがオルフェウスへ助けを求めに行ったのには、二人を危険な目に遭わせたくないという思いが強くあった。

 しかしその真意を知らない者達にとっては、自分達では頼りないと判断された、という受け取り方しかできない。


 己の無力さ。彼女達は今、それを痛いほどに感じていた。



「──別に気にしなくて良いだろ、()()()()


 と、その時、部屋の中に声が響いた。

 思わず二人は立ち上がり、即座に振り向いて部屋の扉へと視線を向かわせるも、その場所に人の姿は見付けられない。

 不思議に思い室内を見回すと、漸く二人の視界が一人の少年の姿を捉えた。


「…………オルフェウスさん」

「もしかして、……聞いてた……?」


 途端に表情が曇り、逃げるように俯くアリシアとナディア。

 その先には開け放たれた窓があって、外から身を乗り出して部屋を覗いているオルフェウスがいた。


「聞くつもりはなかった」


 窓枠の縁に両腕を置いて、その上に頭を乗せたオルフェウスが、反省する様子もなくあっけらかんと答えた。

 それに二人は何も言わず、ただ視線を逸らし続けるだけ。


「だが、聞いてしまったからには口出しさせてもらう。俺のお陰で何とかなったとか、自分達が何も出来なかったとか。そんなの、──どうでも良いだろ」

「「……っ!」」


 どうでも良い──、それを言われた二人は驚きを隠せなかった。

 俯いていた顔を上げて、自分達が重く考えていた事、それをまるで何でもないかのように言い放ったオルフェウスに対し、鋭い視線を向ける二人。


「どうでも良くなんてない……っ!」

「そうか? でも、もう終わった事なんだぞ? そんな事を今さら何を悔やんたとしても、もう遅いし時間の無駄だろ。悔やむんならせめて、その前に悔やむことのないよう努力しろ」

「それこそもう終わった事じゃない!」


 二人の行動を否定し笑い飛ばしたオルフェウスの挑発的な言葉に、ナディアが髪の毛を逆立てながら苦ってかかった。


「ま、確かにそうだな。──なら今は、先の事を考えろよ」

「……っ」


 明らかに様子が変わったオルフェウスに、ナディアは気圧され、息を詰まらせた。

 つい先程まで笑っていたというのに、今はその面影は何処へか消え失せている。決して威圧している訳ではないのだが、そこにはナディアを黙らせるだけの何かがあった。


「先の事……ですか?」

「そうだ。これから先、自分達だけで何とかしなくちゃいけない事だって当たり前のように転がってるんだからな」


 アリシアの問いにオルフェウスが答える。


「だからさ、終わったことなんて運が良かったって思えば良い。それが出来ないなら、次そうならないよう努力しろ」

「……どうやって」

「そりゃあ自分で考えろ。何が正解かなんて、最終的には自分で判断するしかないんだからな」


 何を当然なことを……とでもいうかのように、オルフェウスは言った。

 しかし言われてみれば、確かにその通りだと言わざるを得ない。


「ま、深く考えないで、頭の片隅にでも置いとく程度で良い」

「何よ、それ」


 ナディアの言葉に、オルフェウスは笑顔を向けるだけだった。


「済まなかったな、口出しして。……っとそうだ、二人が起きたら広場まで連れてきてくれ。もうすぐ宴の準備も終わるからな」

「あ、はい。……分かりました」


 本来の目的は、それを使えることだったらしい。

 オルフェウスはそれだけ言うと、窓から身を引いて歩いていってしまった。

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