第七話 王族からの指名依頼
ダンジョンから帰って来た次の日の朝。
俺はいつもと同じように宿で朝食をとった後、いつものように大通りを悠々と歩き、いつものように今日も薬草採集を受けようかないや別の依頼にしようかなと考えを巡らせながら、依頼が終わったら唐揚げを食べに行こうと心に決めていた。
──そんな、いつもと変わらない一日になる筈であったものが、目の前にいるギルドの受付嬢の一言によって呆気なく音を立てて崩れていった。
「⋯⋯⋯⋯今、何て?」
いやいやいや、落ち着け俺。慌てるなんて俺らしくない。
昨日のダンジョン攻略の疲れが溜まっている所為で聞き間違えただけという可能性もある。いや、それ以外に有り得ない!
ここは一度冷静になって、慌てず落ち着いてもう一度しっかりと受付嬢の話を⋯⋯。
「ですから、王家からあなたに指名依頼が来ています」
⋯⋯⋯⋯聞き間違いじゃ無かったあああああっ!
え、何で!? 何で俺なんかに、しかもさまかの王族から指名依頼なんかが来ちゃってんの!?
自分でいうのも何だが、俺は唯のごく普通のFランク冒険者で、それも二日前に漸く昇格することが出来た新人冒険者なんだぞ!
質の悪い冗談は本当に止めて欲しいものだ。
それに俺は王族と繋がりなんて──繋がり⋯⋯なんて⋯⋯⋯⋯あれっ?
そこまで考えた時、突然頭に電流が駆け抜けたような感覚に襲われた。
同時に二週間と少し前、俺が【魔界】からこの世界に帰ってこれたあの日の記憶がフラッシュバックした。
──繋がりあったあああああっっ!!
断片的だが、それでも鮮明に脳裏に映し出された確かな記憶の数々に、俺は思わず叫びたくなんてしまう衝動に駆られる。
それをグッと堪え声を出すのは何とか免れたものの、身体はそんな事などお構い無しに、気付けば俺は自分の頭を抱え込んでいた。
遅れてそれに気付いた俺は、即座に手を下ろして何でもない風を装いながらも、目線だけで辺りを見回した。
周りの様子を窺ってから視線を戻し、受付嬢を見る。
俺は少し間を置いた後、口を開いた。
「本当に申し訳無いのですが、その依頼」
「勿論、受けますよね? まさか王家からの指名依頼を断ろうとなんて馬鹿な事、考えてませんよね? それとも王家からの依頼を断るほど大事な用事があったりするんですか? もし大したことの無い用事なら」
その続きは言わなかった。
淡々とした口調で次々と俺の逃げ道を塞いでいった受付嬢に、言い返すこと叶わず絶句してしまった。
指名依頼とは、基本的には指名された冒険者にその依頼を受けるか否かを決める権利がある。
しかしそれは〝基本的には〟ということにおいての話であり、完全に冒険者に諾否を決める権利がある訳では無いのだ。
それが王族ともなれば、此方が拒否をするなど許される筈の無い、ある種の絶対命令のようなものになる。
受付嬢の言うとおりもし依頼を断りでもすれば、不敬罪にかけられるのはまず間違いないだろう。
しかし、俺はまだ諦めない。
「で、でも俺一人じゃ流石に」
「安心してください。オルフェウスさんの他にAランクパーティーが護衛につくことになっていますので」
「⋯⋯ご、護衛依頼って、確か規定があって、Cランク以上の依頼でしたよね? 俺、つい先日ランクアップしたばかりのFランク冒険者なんですが⋯⋯」
「そこは王家のコネに屈しました」
「白昼堂々何言っちゃってるの!?」
「此方にも色々と事情というものがありますので」
ダメだ、何を言っても通用しない。
というか権力を乱用するのはどうかと思うのだが⋯⋯。
あの王女様、しっかりしているようで、実は好き勝手に権力を振りかざすような人だったのか?
「まあ、本当に嫌だと言うのなら」
「嫌です!」
「我がギルドを通さず個人的に頼みたいと」
「⋯⋯⋯⋯」
何それ、何てチートスキル? 何処にも逃げ場が無いんですが。
冒険者ギルドを介さずに依頼を受けるのは危険。だが王家ともなれば下手な真似はする筈もない。
「⋯⋯⋯⋯はぁ、分かりました。受けます、慎んで受けさせて頂きますよ」
結局、俺にはそう答えるしか選択肢が残されていない。
「では、奥の部屋で依頼内容の説明をしますので着いてきて下さい」
「はい」
こうして渋々、俺は依頼を受けることになった。
◆◆◆
あれから小一時間程の時間が過ぎ、俺は大通り沿いに店を構えている、ちょっとお高い服屋へとやって来ていた。
服屋に来た理由は、服を買いに来たとしか説明のしようが無い。
強いていうのならば、いま着ている服の一着しか自分の手持ちの服が無いということに気付いたからだ。
しかし今じゃなくても良いだろ、という呑気な事をいつもの俺ならば考えているのだが、新しい服を急遽仕立てないといけない事態につい先ほど陥ってしまったのだ。
「お客様、これなんて如何でしょう?」
俺の代わりに俺に似合いそうな服を選んでくれていた女店員が、振り向きざまにそう声を掛けてきた。
俺は店員の手に持っている一着の服をまじまじと眺めた後、一呼吸置いてからニコニコと笑顔を此方に向けている店員をジト目で見る。
「それ、何?」
「これは私のイチオシで、お客様にとても似合うかと!!」
言いながら得意顔で手に持っているそれを俺に突き出してくる店員。
それを聞いて、再び店員が手に持っている、俺におすすめとやらの服に視線をやる。
黒をメインとしたそれは、冒険者の着るようなそれとは到底程遠く、ちょっと裕福な家が雇う執事がよく着そうな、そんな服──タキシードだった。
「これがおすすめ、ねぇ⋯⋯?」
「はいっ!」
この女店員、こんなものを俺に着せてどうしようというのだろうか。
今回服を仕立てに来た理由は、王族からの指名依頼を受けるにあたって、もう少しましな格好の方が良いとギルドの受付嬢に言われてしまったからだ。
相手は王族なのでそれ相応に身なりを整えていかないと失礼ですよ──と。
なのでこうして仕方無く服を仕立てに来た訳だが、どうやらこの店はハズレだったらしい。
「念の為に訊くけど、これ、タキシードだよな?」
「はい、どこからどう見てもタキシードですね。これなら貴族様の前でも恥じない御召し物かと! そしてこれは機能性に優れておりまして、お客様の御要望は満たしているかと!」
「うん、確かに、確かにそうかもしれないけどね?」
うん、ちゃんと自覚してタキシードを持ってきたようだ。
「帰る」
「ああっ! 待って、待って下さぁぁぁい! 謝ります、謝りますからああああっ!」
踵を返しこの店を出ようとすると、後ろから女店員が半泣きですがり付いてきた。
何故だろうか、俺が悪役のようになっている気がする。
「分かった! 分かったから離れろ! おいやめっ、鼻水っ、俺の服で拭こうとするな! 帰らないから離れてくれ!!」
「はい、離れます!」
こ、こいつ⋯⋯!
さっきまで半泣きだった癖に、急に笑顔になりやがった! あれ演技だったのかよ!
俺はまんまと嵌められたことを悟り、力なく溜め息を吐いた。
「なあ、もっと冒険者らしい服は無いのか? 」
「ええー、見たかっ──」
「んん?」
「何でもありません! 少々御待ちください!」
薄々と勘づいていたけど、こいつ、自分の趣味で俺が着る服を選んできたんじゃ無いだろうな?
次に選んできた服も今のように冒険者が着るに相応しいものじゃなかったら、真面目に別の服屋で仕立ててもらった方が良いかもしれない。
そう考えながら俺は近くの椅子に座り、女店員を観察する。
「絶対似合うと思ったのにな~⋯⋯」
ぶつぶつと悪態をつきながらも再び服を選びだす女店員。
時々チラチラと此方を見ているのは、俺を見ながら似合いそうな服を選んでくれているのか、それともまだ先程のことを根に持っているのか。
願わくば後者であってほしい。
「これならどうですか!」
暫くくすると、今度こそは! という熱い気持ちが滲み出てきているような、自信満々の様子で女店員は新たな服を持ってやって来た。
俺は重たい腰を持ち上げ椅子から立ち上がり、店員の持ってきた服を見て思わず「おお」と小さく声を上げてしまった。
正直にいうとあまり、というか全くといっていい程、女店員が持ってくる服に期待などしていなかった。
どうせまた自分の趣味丸出しのものを持ってくるに違いない──と、そう考えていた。
しかし、予想は見事に外れてしまったようだ。
持ってきたのは魔法使いがよく使っている、丈の長いローブだった。こちらも黒をメインとしたもので、銀のラインこそ入ってはいるものの、さほど目立つことはないだろうし、丈夫そうだし、それに動きやすそうだ。
やれば出来るじゃないかっ!
「これにする。いくらだ?」
「金貨2枚です」
⋯⋯意外と高いんだな。
いや、貴族の前で着ても恥じないものとなればそのくらいするものか。
「それと、先程のものは金貨1枚と大銀貨4枚です!」
「いやそっちは聞いてないから」
思わず突っ込みを入れてしまった俺は、ローブを買って店を後にした。
ワイバーンで稼いだ資金の半分近くをたった一つの服で消化してしまい、亜空間に入れているので重さは感じないが、すっかり財布が軽くなってしまった。
こんな大きな買い物をしたのは【魔界】に行く前に買ったロングソード以来だ。
店を出た足で宿屋へと向かい、その扉を押し開け中へと足を踏み入れる。
するといつものようにオリビアが俺を出迎えてくれた。
「オルフェウス君どうしたの。忘れ物でもした?」
「今日、面倒な依頼受けちゃってな、急で悪いんだが、明日ネルバを離れることになったんだ」
「えええっ、そうなの!? そっかぁ、常連さんが1人減るのは残念だけど、冒険者さんならしょうがない。じゃあ明日の朝までは居るんだよね?」
「ああ、それだけ言いに来たんだ。じゃあ俺は明日の準備で出掛けてくるから」
そんな会話をしてから今入ってきた扉へと向き直り、取っ手に手を掛ける。
背後からは「いってらっしゃーい」というオリビアの元気な声が聞こえ、それに手を振って応えながら扉を押して宿屋から出る。
「さて、どうするかな」
準備があるなどと言って出てきてしまったが、正直何を準備すればいいのか分からない。
なので取りあえず知っている範囲で必要なものを買い揃えに行こうと思う。
「あのー」
「なんだい兄ちゃん」
「武器屋って何処にありますか?」
「それなら、此処から2つ向こうの通りにいくつかあるよ」
俺の質問に、屋台で串焼きを焼いていたおじさんが快く武器屋の場所を教えてくれた。
それにお礼を言って、早速言われた通りに大通りを出て奥の通りへと歩きだす。
一応これでも冒険者なので、周りの人達がぱっと見て直ぐに俺を冒険者だと気付けるような、そんな格好をしておこうと思ったのだ。
唯でさえ実年齢よりもかなり若く見られてしまうので、装備くらいは他の冒険者に嘗められないようにしなくてはならない。
大通りを外れて二つ隣の通りへと到着すると、大通りには届かないもののかなりの賑わいを見せている通りが視界に映り込んできた。
道幅も大通りより狭いが、屋台は沢山あり人も多く訪れていた。
俺は再び近くの人に武器屋の場所を聞き、教えてくれた方へと向かう。
暫くすると視界の端に、武器屋らしき建物が見えてきた。
「此処か」
中に入ると、剣や槍、盾などといった沢山の武器が壁に立て掛けてあったり置かれていたので、此処は武器屋だと直ぐに分かった。
そしてこの店の店主であろう人が、カウンターの椅子で豪快ないびきをかきながら寝ている以外は、いたって普通の武器屋のようだ。
っていうか、この人大丈夫か? 堂々と眠りこけているけど、売り物とか盗られたりしないのだろうか。
「あ、あのー、すみませーん。お、起きてますかー?」
店主を起こさずに店の中を物色するのは何か悪い気がするので、取り敢えず声を掛けてはみたものの、全く反応することもなく眠り続けている。
その後も何回か声を掛けて起こそうと試みたものの、なかなか起きそうになかったので、早々に起こすのを諦めた。
武器を見ている間に起きるかもしれないし、もし起きなかったらその時また声を掛けてみればいい。
そう割りきって店の中を見回す。
「ん~、ま、取り敢えず剣だよな」
様々な種類の武器が所狭しと並べられているのを見て全部見て回るのは苦労しそうだと考えた俺は、剣だけに絞ることにした。
剣が置かれている場所へと移動し、そこに置かれている剣の数々を見て俺は少し驚いてしまった。
(何で一番良い剣がこんな所にあるんだ⋯⋯?)
そう、この店の剣の中でおそらく一番の業物であろう剣が、量産品の剣が入れてある縦長のかごの中に紛れ込んでいたのだ。
まだ手に取って鞘に隠れている刃を確認していないが、よく自分で剣を創っている俺にとっては、そんな確認など必要ない。
見ただけでそれを打った職人がどれだけ丹精込めてそれを打ったのかくらい手に取るように分かる。
「良い剣だな。⋯⋯なのに」
俺はそれを手に取って刃を少しだけ鞘から出してみる。
すると更にこれがどうして此処にあるのか、という疑問が一層深まる。
「銘が無い」
新たな疑問、この剣は銘が打たれていないのだ。
銘とは、自分の創った武器や防具の中でも満足のいくものが出来た時にそれに打つもので、大体は自身の名前を打つことが多い。
少し離れた場所で一番目立つようにして置いてある剣を見ると、それは剣の刀身が全て抜き放たれている状態で壁に掛けてある。
それには堂々と見せびらかすようにして銘が打たれているが、正直にいって手に持っている剣と比べれば天と地ほどの差がある。まあそこら辺の剣よりかは良さそうだが。
だからこそ不思議なのだ。これだけの業物を銘も無しに量産品の中に放り込んでいる理由が、俺にはどうしても分からない。
しかも態々、他の量産品に似せて創ってあるので素人の目では到底見破れるものでは無い。
何も知らずに素人がこれを買ってしまったら、いったいどうするつもりなのだろうか?
「何を考えてこんなとこに置いたんだか」
手に持っている剣を鞘に戻し、元の場所に同じように戻しておく。
まさか自分で打っておいて何も知らないという事は絶対に有り得ないし、あそこに置いているのも何か目的あっての事だろうしな。
気を取り直して剣を見て回る。
「お、これ良いな」
次に俺が見付けたのは一振りの短剣で、あの剣には届かないもののかなり完成度のある逸品だ。
刃渡りは俺の手から肘くらいの長さ、洞窟や森の中などの障害物が多い場所でも扱いやすくて小回りの効く汎用性の高いものだ。
長剣には攻撃の面で勝ち目はないだろうが、それでも刀身が短いだけあって折れにくいし、攻撃も往なし易い。
まだ他にも見ていない剣は多く残っているが、俺はこれを買うことに決めた。
そしてカウンターの方へと振り返ると、何時の間にか目を覚ましていた武器屋の店主と目が合った。
「「⋯⋯⋯⋯」」
何やら真剣な眼差しで此方を見ている。
「あの、これ欲しいんですけど、いくらですか?」
あまり向こうから話し掛けてきそうになかったので、此方から話を切り出す。
「⋯⋯あれじゃなくて良いのか」
「あれ? あぁ、はい」
あれとは、あれのことを指しているのだろう。
確かにこの店で一番の剣といえば、有無をいわさずあれと答えられる自信がある。
しかし、何処で戦闘になるのかも分からないのに長剣を買うなんて、愚かなことこの上ない。
確かにあれは良いが、その選択が命取りに繋がることだってあるのだ。
「そうか。なら金貨1枚だ」
言われた通りに金貨1枚を払い、店を出る。
「ん? お前は⋯⋯」
「あ、いつぞやのドワーフ」
店を出ると、いつかのドワーフの男とばったり出くわした。
まあ店の目の前に居たってことは、こいつも武器に関して用事があって来たのだろう。
「武器を買いに来たのか?」
「そうなんだ、良い武器を見付けたよ」
そう言って俺は早速腰にさしている短剣の柄に手を置いて見せる。
それを見てドワーフは「ほう」と声を漏らし、自分の髭に手を当てた。
様子から察するに、ドワーフから見てもこれは良い剣なのだろう。
「じゃ、俺は帰る。お前も用事があって来たんだろ?」
「おお、そうじゃった。ではな」
ドワーフは俺の横を通りすぎて、つい先程まで俺が居た武器屋の中へと姿を消した。
それを見届けて俺も再び残っている明日への準備に取り掛かるため、それに背を向けて歩き出した。
◆◆◆
「全く⋯⋯、朝から無駄に来客が多い」
「そう言うなムート。また頼む」
ムートと呼ばれた武器屋の店主は、面倒臭そうに頭を掻きながらカウンターに置かれた布包みを手に取る。
中から出てきたのは、一般のものよりも少し湾曲が大きい一本のナイフ。
そのナイフの刃を鞘から抜き放ち、鞘をカウンターの上に置いて露になったそのナイフ身をじっくりと眺める。
「はぁ、もう少し丁寧に使えなかったのか?」
「いつも悪いな。解体は速さが大事なもんで。そうでなくとも、今回は大物を解体したからな」
カウンターの隅に静かに置いてあった黒いブロックのような砥石を近くに寄せ、ムートはシュッシュッとナイフを研ぎ始めた。
「そういや、さっき此処にガキが来ただろ」
無言で剣を研いでいるムートに、ドワーフの男は話を切り出した。
「ああ、来たぞ。それがどうした」
「どうだった?」
「何だ、知り合いか」
ナイフを研ぎながら素っ気なく答えたムートに、ドワーフは興味津々といった感じてカウンターに両腕を置いて身を乗り出す。
ムートはというと、その質問に一瞬ナイフを研ぐ手を止めたものの、また何事もなかったかのようにリズムよくナイフを研ぎだす。
それでも先程とは違い、僅かに口角が上がっていた。
「ガキの癖に、俺の剣を一発で見抜きやがった」
「ほう! それは凄い」
「しかも刃も見ないで、だ」
それを聞いて目を丸くするドワーフ。彼にとってもそれは予想の斜め上をいっていたようで、驚きに声も出ないらしい。
そして同時に笑い始める。必死に堪えようとしているが、そんな努力も無意味なほどに面白いのか、その笑いは途切れることはなかった。




