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『反食人鬼ウイルス』

 余裕ができたので今日は二話投稿します。

 目を開けるとすぐそこに少年の顔があった。

 不安そうにあたしの名前を呼んでいる。「大丈夫だよ」とそう心の中で呼びかけながら、彼の顔にそっと手を伸ばし――そこでハッと我に返った。


「あ、淳!?」


 急にガバッと身を起こしたものだから、彼の体とあたしの顔面が勢いよく衝突する。

 淳の胸に突っ込む形になったあたしを彼は「ひょえ!」と情けない声を上げて迎え入れることになった。


「なんだよ急に。起きて早々」


「起きる……? あたし、寝てたんだっけ」


「寝てたも何も。さっきまでずっと探し回ってたんだぞ。あんたが瓦礫の下で埋まってた時、一瞬血の気が引いたくらいだ」


「ちょ、ちょっと待って。瓦礫? 何それ……」


 どうも話が噛み合わない。

 というより何より、これは一体どういう状況だろう? 目が覚めたら淳に見下ろされていて、それも膝枕されているなんて。


「って膝枕!?」


 寝ぼけていた頭がすっかり冴え、代わりに頬が急激に熱くなるのを感じる。

 まだ彼氏にすらなっていない淳に膝枕をされるとは何事か。あたふたする彼女はまだ、周囲の状況を認識する余裕はなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 端的に言おう。近辺には建造物の残骸しか残っていなかった。


 ようやく落ち着いたあたしはその事実を受け入れ――驚愕する。

 先ほどまで自分たちは大学の研究室の中、必死で動き回っていたはずだった。なのにどうして、こんなことになったのか。

 記憶を揺すり起こす。そうだ、あたしは確か『反食人鬼ウイルス』を完成させたはず。ではあれはどこへ――?


 困惑するあたしに、「はぁ」とため息を吐きながら淳が教えてくれた。


「あの後、フラスコから勢いよく薬が噴き出して大爆発が起きたんだ。爆弾でも仕掛けたかと思うような。それで俺もあんたも全員吹っ飛ばされたんだ。それであんたを瓦礫の下から見つけて引っ張り上げた」


「じゃ、じゃあ茉麻ちゃんは!? 先生は!」


「どっちも無事……無事とは言い難いが生きてるぞ。茉麻はあっちで先生の看病してる。見に行くか?」


 あたしは頷き、淳に手を引かれて彼女らの元へ向かった。



 そうして堆く積まれた瓦礫の山の向こう側。

 そこには茉麻が桜田の全身に包帯を巻き、せっせと動き回っていた。

 しかしあたしたちが近づくとこちらに気づき、顔を上げる。


「お姉さんも無事だったんですね!」


「うん、全然大丈夫。茉麻ちゃんも元気そうで良かった……!」


 あちらこちらにかすり傷が見えるが、茉麻はどうやら爆発の中で助かったらしい。

 淳の言う通りの大爆発だったのなら、この程度の怪我で済んだのは奇跡と言えるだろう。そんなことを思いながらあたしは肝心の人物に目を向ける。


 床に身を横たえられた女性――桜田は静かに眠っていた。

 眠っているように死んでいるのではないことは、胸が上下していることからわかる。ほぅと安堵の息が漏れた。


「先生の容体は?」


「傷は深いですし、ひどい状態ですけど……どうやら暴走は収まったようです」


 ボロボロの格好には見合わず、いつになくにこにこしている茉麻は「それに」と言葉を続け、


「私たち……成功したみたいなんです!」


 その言葉を聞いて一瞬ポカンとなる。

 それから何度か茉麻の言葉を噛み締め……あたしは思わず叫んだ。


「本当!? やったー!」


 みっともなく地面をぴょんぴょん跳ね回り、大歓喜。

 それもそのはず。だって、『反食人鬼ウイルス』が成功したということは、つまり、この終末世界の終わりを――食人鬼騒動の終結を意味しているのだから。


 あたしたちはついにやり遂げたのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 『反食人鬼ウイルス』により、周囲一帯の寄生虫が皆殺しにされた。

 それが起こった出来事の真実であり、つまり。


「淳も茉麻ちゃんも先生も、ちゃんとした人間になったんだね」


 それはあたしにとって、とてもとても喜ばしい話だった。


 すっかり凶暴化していた桜田も元に戻り、理性を保てていた淳と茉麻も変化はわかりづらいが同様のようだ。

 彼らは一様に、今まで常に悩まされていた飢餓感から解放されたらしい。


「もう、人間の死体を食べなくていいんですね……! やっと、やっと」


 茉麻なんて泣き出してしまう始末。正直言えばあたしもギャン泣きしたい気分だったが、これでも一応高校生。意地とプライドで涙をグッと堪える。


「まだ大円団ってわけじゃないぞ。俺たちはどうやら戻ったようだが、他の地域はまだのはずだ」


「そうだね。それに桜田先生もまだ傷が深いし。……でも、今だけは」


 手放しで喜びに震えたい気分だったから。

 あたしは突っ立つ淳に飛びつくと、ぎゅっと抱きしめる。そのまま彼の温もりを全身で感じながら、「おいちょっと」と声をかけられるのも気にせずに。


「大好きっ」


 ――彼の唇を奪ったのだった。

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