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日記帳に書き残されていたこと

 日記帳に綴られていたことは、世界が食人鬼の脅威に震え、インフラが途絶え、この大学が奴らに取り囲まれていく様子だった。

 書き記したのは食人鬼になっていたあの男で間違いないだろう。


 あたしは日記を読み進めていく。

 この研究室ではやはり『反食人鬼ウイルス』の研究が行われていたらしい。当初は五人ほどの研究員がいたが、一人、また一人と命を落としていき、研究が途中でうまくいかなくなったという。


 ページはところどころ涙で濡れていた。


 あたしも日記をつければ良かった、ふとそう思った。

 もしもこの世界に平和が訪れた時に大切な資料となるかも知れない。でも今はそんなことを考えている場合ではないと首を振り、再び日記に目を落とす。


 仲間が全滅してから数週間。

 それでも一人残された男は死力を尽くして研究を続けた。

 『反食人鬼』ウイルスとは、食人鬼の脳内に巣食う寄生虫を殺すウイルスである。しかし何度実験しても何かが足りない。無数の実験を行い、失敗するのを繰り返したと記録されている。

 そして、決定的な解決法がないまま最後のページに辿り着いた――。


「ひぃぃぃっ!」


 茉麻が悲鳴を上げた。

 あたしもギョッとして、一瞬動けなくなる。だってページいっぱいに赤い血の跡が広がっていたのだから。


 血というのは本当に何度見ても慣れないものだ、と頭の片隅で思う。

 これはおそらくあの男のものに違いない。そこには弱々しいのたくったような字で、こう記されていた。


『食人鬼に食われた。

 俺の残りの命も長くない。死ぬのは怖い。早くウイルスを完成させねば……』


 そこで日記は終わっていた。

 次のページは白紙であり、改めて先ほどの日記の日付を見てみればそれはつい三日前だった。

 つまりこの日以来日記はつけられていない。――男が食人鬼になってしまった証明だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「やばいぞ……。まだなのか!」


「わかってる! でもどこを探してもないの!」


 あの男はウイルスを完成させられないままに死んだ。

 これは間違いな事実だ。だからこそ、あたしは認めたくなかった。


 日記を読み返す。

 どこかに何かのヒントがあるのではないか。


 茉麻は涙目で淳の方へ駆け寄り、桜田に何やら話しかけ始める。

 彼女はまだ存命なのだろうか。助かる見込みは。そんな考えがグルグルめぐる中、あたしは必死で日記帳のページをめくってめくってめくって……。


 後半、白紙に挟まれるようになっていたページに書かれていた文字を発見したのだ。


『ひつよう。にんげんのちがひつよう』

『おれにはできない』

『だれか』

『まかせた たのむ つくえのした』

『わかいおんなのしんせんなちが』


 ……。

 …………。

 ………………これは?


 理解に至った瞬間、あたしは叫んでいた。


「茉麻ちゃん! 早く机の下!」


 そこにはきっと何かがあるはずなのだ。

 おかしいとは思っていた。部屋の隅に置かれた机の上、そこにはガラクタしか置かれていず、肝心な物が見当たらなかったのだから。

 そして未完成のそれを完成させる物の正体もここに記されていた。


 やるしかない。

 バタバタと部屋が騒がしくなる。桜田が目覚め、再び暴れ出したようだ。それを抑えつけようと必死になる淳、そして一方であたしの言葉に従い机の下を漁り始める茉麻。


 本当に成功するかはわからないが、やってみるしかなかった。


「あ、ありました!」


「今すぐこっちに! それと淳、ナイフちょうだい!」


「こっちは今それどころじゃないのぐらいわかるだろ……! 仕方ねえな、ったく」


 投げ渡されたナイフをキャッチした瞬間、掌から血が溢れ出す。

 かなりざっくりいってしまった。でも今は構わない。そのまま茉麻の差し出すフラスコに鮮血を流し込んだ。


「お、お姉さん、何してるんです……あ!」


 ちょうどその時、開いていた日記を見た茉麻も全てを悟ったようだった。


 男の研究は完成していた。

 いいや、彼が最期の最期に成功の方法を発見したのだ。しかしウイルスを作り出すには、一つだけ足りないものがあった。そしてそれを注ぎ終わった今、フラスコの中に変化が訪れる。


 ウイルスと言っていいのだろうか、目で見てもわかるような巨大な何かが蠢き出した。

 まるでそれは虫のようにフラスコいっぱいに広がっていき、そして。



 パン、と小気味いい音が鳴り、一気に部屋が弾け飛んだ。

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