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命懸けの賭け

 死んでしまったのだろうか。


 動かなくなった彼女を見て、あたしはそう思った。

 控えめに言っても整っていた顔はめちゃくちゃに歪み、全身の服がビリビリに破けている。その姿はあまりにも惨めで、可哀想になってしまうくらい。

 彼女の手から銃が滑り落ちた。何度も何度もあたしを殴りつけようとして失敗していた様子を思い出す。


 あたしは桜田が食人鬼化してから、ナイフ一本で戦い抜いた。

 返り血で汚れていた服はさらに血が滲み、あたしもきっとひどい容姿になっているだろうと思う。そんな姿になってまで桜田を阻止しようとして、しかし失敗した。

 結局は彼女の腹部にナイフを刺すことでしか勝てなかった。結局、殺してしまったのだ。


「ごめん……ごめん、ね。ごめんな、さいっ」


 掠れた声に混じり、涙が溢れ出て来る。

 どうして。なぜこんなことに。でもこの事態を引き起こしたのはあたしだ。あたしが迂闊な判断をしたから、結果、桜田が命を落とすことになった。


 研究室に膝をつき、桜田の死体に顔を埋めて泣く。

 平和だった時代は名前も知らなかった相手だ。だが、この終末世界の中で一緒に生きて一緒に戦った仲間だったのに。

 この手でその命を奪ってしまっただなんて、悲しすぎる。


「……っ、お姉さん」


 開きっぱなしの研究室のドアから誰かが入って来た。

 声からして茉莉だろうと思う。彼女は無事だったのかと安心する一方、でもそれを素直に喜ぶことはできなかった。


 すぐさま茉莉の悲鳴が上がる。

 桜田先生の死は誰から見ても明らかだったし、急速に体の温度が冷えていくのを感じていた。

 あたしはみんなで生き抜くとか大それたことを言いながら、結局守れなかったのである。


「後で行くって言ったのにぃ、言ったのにぃ! 先生、死んじゃダメです! 死んじゃ、ダメですっ。一緒にお盆にお母さんたちに会いに行くって、約束……」


 あたしは顔を伏せたまま上げられなくなってしまった。

 茉莉の泣き顔を見たくない。彼女にそんな顔をさせてしまったことを認めたくないのだ。


 しばらく嗚咽の声だけが響いていた。

 だが――。


「泣くな。まだ全部が終わったわけじゃないだろ」


 淳がそんなことを言い出したのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「なんでっ。なんでですか! 先生は、死んじゃったんですよ!?」


「まだ完全に死んではいない。どうやら食人鬼になっちまったらしいが……まだ救う手立てはないこともない」


 茉莉の悲鳴に、淳はあくまで静かに答えた。

 あたしはたまらず、パッと顔を上げる。


「何か方法があるの!? あるなら教えて!」


「まず応急処置だ。それは俺がやる。あんたたちはその代わり、やってもらわなきゃならない仕事があるんだ」


「――もしかして」


「そう。反食人鬼ウイルスがこの研究室のどこかにあるはずなんだ。見つけられなかったら確実に先生の命はない。つまり、命懸けの賭けってわけだ」


 ごくりと唾を呑んだ。

 一体何の根拠があって、この研究所に反食人鬼ウイルスが眠っていると断言できるのだろう?

 そう思って彼の顔を見てみたが、そこには不安の色が濃い。彼だって実際のところ、本当にここにあるかどうかはわかっていないのかも知れなかった。

 でも、探すしかない。この血溜まりの広がる研究室で、小さな希望の光を見つけなければあたしたちに勝ち目はないのだ。


 研究者の男が食人鬼になってしまっていたことは痛手だったが……やるしかないだろう。


「あっ……、お姉さんあそこに何か落ちてます!」


 涙を拭って例のものを探そうと言おうとした途端、茉莉が声を上げて何かを指差した。

 慌ててそちらに走っていけば、そこに手帳らしき物が落ちている。血に汚れていたが、軽く手に取ってパラパラと開いてみれば、びっしり書き詰められた文字を読むことができた。


 どうやらこれは、あの研究者の日記帳らしい。


「これさえあればなんとかなるかも!」


「そう、ですね……っ。頑張って手がかりを探しましょう」


 こうしてあたしと茉莉は日記を熱心に読み始め、淳が桜田の応急処置に当たる。

 どうか間に合いますように。焦る気持ちで日記帳のページをめくっていったのだった。

 完結までもう少しなのですが書き溜めが尽きたので毎日一回更新に切り替えます。

 すみません。

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