救いとは何なのか
予約投稿ミスって遅れました。すみません……。
西へ向けて旅立つためにはまず物資の調達が必要だ。
そこであたしたちは高校を出て、近隣のスーパーに向かっていた。
スーパーに多少何か残っているかも知れない。電気がストップしているから生物は腐っているに違いないが、缶詰やレトルトが残っていることを願って出発した。
高校の外へ行くのは、あたしと桜田先生の二人だけ。
茉麻には淳を看病してもらうように頼み、他の教員たちには学校の警備を任せてある。
この街に滞在するのも今日で五日目。そろそろ西へ向けて出発しようと話し合っていたところだ。そのためにも今は色々な物資の調達が必要である。
食人鬼の出没に警戒しながら歩いていると、突然桜田が話しかけてきた。
「――ねえあなた、食人鬼を救おうだなんて本気なの」
声を顰めたその言葉に、先に歩いていたあたしは彼女を振り返る。
薄桃色のスーツを着た女教諭の姿は、いかにも男子生徒の噂になりそうだなとあたしは思った。今はそんなお花畑なことを言う奴はいないだろうけれど。
それはともかくとして、桜田の質問の意図がわからなかった。
あれはこの前の会議で決まったことであり、校長だって認めてくれている。今更何か文句を言うつもりだろうか?
「それは、どういうこと?」
「だから……。食人鬼を許すのかってそう言っているのよ。彼らは人殺しなのよ」
『人殺し』という言葉に、あたしはぎくりとする。
食人鬼が人間を殺めるところをあたしだって何度も見てきたからだ。助けを求めて悲鳴を上げる人間の喉にかぶりつく様子を、あたしはアパートの自分の部屋からずっと見ていた。
「そうだけど。でも食人鬼みんなが悪い人じゃないでしょ。淳だって茉麻だって、人殺ししてないよ」
「彼らは特例でしょう。それに、いつ人を襲ったっておかしくないわ」
桜田の淡々とした語り口に対し、あたしは徐々に苛立ってきた。
一体彼女は何を言いたいのかがわからない。
「淳たちが……人間を食べるって、そう言うの?」
「いつ発狂したっておかしくない。彼らは悪魔なの。人類の敵よ。……それを救う? 私は到底、それを許せない。あんなにも人を殺しておいて、あんなにも苦しめておいて……!」
あたしには理解できない。
この状況で苦しんでいるのは人間だけではないのに。食人鬼だって、そう、理性のない食人鬼だって、元々は人間で心のどこかで苦しいかも知れないのに。
誰のせいでもないのに、彼らを責めるだなんて。
「何が、不満なの!?」
「あなたの考え方が、よ。食人鬼に罪はないだの救おうだの、ふざけてるとしか思えない。どうして平然と食人鬼と喋れるの? 彼らに大切な人を奪われた人間の気持ちはどうなるのよ?」
桜田は泣いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
現実はどこまでも非情だ。
桜田には、高校生の妹がいたのだという。ちょうどあたしと同い歳くらいで、姉の働くこの学校に通っていたのだとか。
しかし彼女は死んだ。ここへ避難してきたものの、押し寄せる食人鬼に無惨に殺されたのだ。桜田はその様子をありありと見てしまったのだという。
それは桜田に限った話ではない。
多くの人が命を奪われた。教員たちも家族や教え子、恋人など、それぞれ大事に思っていた人を失って、悲しんでいる。
そんな彼らにとってあたしの提案がどれだけ非道なものか。
食人鬼みんなを許し、『反食人鬼ウイルス』なるもので助けようだなんて。
「虫が良すぎる」この一言に尽きた。
「失われた人々はどうなるのよ。食われた人の命は、どうなるのよ……! 例え人間に戻ったとして、食人鬼たちは己に罪を感じるに違いないでしょうね。それでもあなたは『救った』と言い切れるの? ――どうせなら皆殺しにしてしまった方がまだ救いがあるわ」
そう言われ、あたしは思わず足を止めてしまう。
確かにもし、食人鬼になってしまった人が我を取り戻したら。自分の犯した罪を知ったらどう思うのだろうと考え、恐ろしくなった。
この若く聡明な女教諭の意見は何も間違っていないように思えた。だが、
「――。それでもあたしは、彼らを救いたい。死が救いだなんて……悲しすぎるよ」
それを受け入れ、妥協したくはなかった。
例え、桜田の言う通りだとしても、それではあまりに救いがなさすぎるから。
「桜田先生にだって、きっと感染しちゃった大事な人はいるでしょ? 妹さんは死んじゃったけど他にだって大切な人がいたはずでしょ?」
「そうね。……皆殺しは暴論すぎたわ。忘れて。少し気が立っていたわね」
それきりあたしたちは言葉を交わさず、たどり着いたスーパーへと入っていく。
そして中にいた食人鬼集団とバトルを繰り広げ始めるのだった。そうして、あたしは自ら彼らの命を奪うのだ。まるで言っていることとやっていることが矛盾していた。
――この世界にとって本当の救いとは、何なのだろうか。




