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第80話:義姉の教え

 かは、とカルベローナは息を吐ききった。

 もう一度深く、ぜえと肩で呼吸し、周囲の様子を伺う。

 見慣れた汚い壁、蜘蛛の巣が張った天井、曇った窓から見える外は、夕暮れ時で赤く染まっている。カルベローナが揃えたふかふかのベッドの上で、ミラベルが膝を抱えうずくまっていた。

 ベッドの下には、[八星の杖]が転がっている。

 戻ってきたのだ、とカルベローナは脱力し、思う。

 聞いてしまった……。友人の、未来を。たどるかも知れない末路を。

 そしてそれをしたのは――。


「……ミラ」


 声をかけ、そのまま彼女の肩に触れようとした手を思わず止める。

 なんて言えばいい。

 大丈夫? と声をかければ良いのか。

 だが――。


 ああ、そうか、とカルベローナは思う。

 また、やってしまったのだ。

 リディルに、してしまったのと同じように――。

 それは、カルベローナのトラウマでもある。


 ただ友人の凄さを、自慢したかった。

 嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 リディルという幼馴染の凄さを、大勢に知ってほしかった。

 その結果が、あれだ。

 同じことを、カルベローナは、ミラベルに――。

 いつもそうだ。

 しでかしてしまってから、事の重大さに気づく。

 十年前から、まるで成長していない……。

 なんて言えば、いい。

 気休めでも言えばいいのか――。

 答えは見つからず……。


 ふいに、ミラベルが立ち上がった。

 そのまま彼女は[八星の杖]を手に取り、深く息を吐くと、それを力のままに壁目掛けて投げつけ、怒鳴り声を上げた。


「なんでもかんでも、上からぁ! わかったような口調で言いやがって!」


 そして思い切りテーブルを両手の拳で叩くと、更にまくしたてる。


「うっとおしいんだよ、クソ野郎!!」


「ミ、ミラ……?」


「あいつ何!? 言ってることほとんど外れてんじゃん!? 馬っ鹿じゃねえの!?」


「そ、それは……わからないけれど」


「だから! どいつもこいつもさぁ! わたしのこと勝手に推し量って! お前はこうだとか、こうに違いないとか! 人の未来を決めつけてんじゃねえよ!」


「う、うん……」


 カルベローナは呆然としたまま頷くと、ミラベルはまた先程ぶん投げた[八星の杖]を手に取り、八つ当たりとばかりに今度は手に持ったまま壁を杖で思い切り打ち据える。

 何度も、何度も打ち据え、ミラベルは肩でぜえ、ぜえと息を吐く。

 すぐに彼女は振り返り、


「カル!」


 と名を呼んだ。


「う、うん?」


「わたしムカついた」


 彼女は振り返り、真っ直ぐな瞳でカルベローナを見据える。

 その特徴的な灰色の瞳に心を見透かされてしまうような錯覚を起こす。


 ――それが王家の血筋の為せる技だとは思いたくない。


 それは、ミラベルという人を見ていない考え方だから。

 全てのことを、血筋だから、王家だから、生まれが、才能が――そういったもので片付けたくは無いのだ。

 それこそが、リディルを通じて抱えてしまった想いなのだ。

 最初は義務感でしかなかった。あるいは、ほんの少しの同情があったかもしれない。

 だから、唐突に勢力争いのど真ん中に放り込まれたミラベルを助けようとした。

 ……ミラベルは、どこまでも普通の子だった。

 きっと、義姉の育てた方が良かったのだろう。

 本当に、当たり前のことで怒り、悲しみ、喜ぶ、そういう子だ。

 それでも、時折彼女の瞳に、リディルのような、全てを見通す畏怖を感じることがある。

 これは、メリアドールには無いものだ。


 アンジェリーナにも、エミリーにも無いのだ。

 何故だろう、と自問し、ふと思い浮かぶ。

 血統では無い。生まれでは無い。

 環境が、人を育てるのだ。

 ああ、そうか、とカルベローナは理解する。

 ミラベルがぎゅっと拳を握りしめ、カルベローナを真っ直ぐに見て言った。


「あれじゃまるで、わたしが不幸みたいじゃん!」


 ミラベルは、抗っているのだ――。


「ふざけやがって、あいつ! わたし、ああいうやつ嫌い! いっちばん嫌い! 大っ嫌い!」


 彼女の怒りは、生きようとする意志そのものに見え、カルベローナはそれが眩しくてたまらなかった。

 ミラベルの拳にぎゅっと力が込められる。

 そのまま彼女は乱暴にベッドの側までやってきて、カルベローナの両頬をぎゅっと両手で触れた。


「悔しくないの!? あんなこと言われて、あんなやつに、あんな……! わたしは死にたくない。生きていたい! だから、カルはわたしを助けてくれたんでしょうが! それを、あの言いぐさ! あれじゃまるで、生きてるのが悪いみたいじゃん! ふざけんじゃねえよ! わたしは! 生きたいから生きてんだ!」


 全てを言い終えたのか、少しばかり満足した様子のミラベルは鼻息を荒くしたままむすっとした顔で言う。


「お腹すいたんだけど!」


 カルベローナは返答に詰まっていると、そのままミラベルはずかずかと無理やり手を取り、言った。


「外出る。メスタんとこ行く」


「は? な、なんで」


「ジョット姉さんの教え。『ムカついた時は食いまくれ!』だから、外出て肉と甘いものいっぱい食べる」


「な、なんでメスタさん?」


「〝次元跳躍〟の契約してるから、メスタのとこにならまっすぐ飛べる。あと、ムカつくからちょっと好きにする。エミリーのとこにも行く。友達だし、つーかわたしは友達いっぱいいるから。あの糞ムカつく仮面野郎と違って、いっぱいいる! この杖いらない! 気持ち悪い!」

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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