第66話:剣聖の戦い
遥か上空で、重力の特異点が弾けた。
それはぞっとするほど冷たく、体の芯から凍てつかせる、黒い輝きだった。
黒竜は考える。
概念としては、確かに存在している。
現実に存在しているのだと、知っている。
だが、それを再現できてしまえる恐ろしさに、戦慄した。
無論、擬似的なものだろう。
今のが本物の――ブラックホールならば、たったこれだけでは済むまい。
それでも、辛うじて全ての[紅蓮ゴーレム]を打ち倒すことができた黒竜は、すぐさま街へと飛んだ。
港の上空に差し掛かり、思わず「酷いな――」と呻いた。
きらびやかだった街並みはどこからともなく現れた無数の魔獣たちによって荒らされ尽くしている。
騎士団が後手に回ったのだ。
それでもあらかた魔獣が掃討されていたのは、ブランダークのように備えていた者たちがわずかでもいたからなのだろう。
だが、まだ街の中枢ではそこかしこから戦いの炎が上がっている。
しかし、と黒竜は考える。
俺に、何ができる。
この体で、巨体で、指と呼べるものが無い翼で、辛うじて使えるものは鉤爪と呼ぶべき鋭利なもので――人を救えるのか?
炎の[言葉]では被害を広げるだけだ。氷の[言葉]の先に逃げ遅れた人がいたらどうする。
この巨体で、瓦礫の中から人を救うことはできない。
街中で人を守りながら戦うには、あまりにも狭すぎるのだ……。
[帝都]は人の街なのだと改めて痛感する。
「あの上空の、黒いオーロラのようなもの……!」
ブランダークが大声で黒竜に指示を飛ばす。
漆黒の輝きが、空を覆い、[帝都]に降り注いでるように見える。
ブランダークが驚愕する。
「あれは魔人ヴァレス?! ならば、この黒いオーロラのようなものは、〝黒死蝶〟の輝きか!」
彼は再び杖を天に掲げ、そのまま先端を彼方に見える輝きの中心、魔人ヴァレスに向けて圧縮された竜巻を砲弾のようにして撃ち放つ。
だが、輝きの中心の魔人がこちらに気づくと、そのまま〝黒死蝶〟と呼ばれた漆黒の光が翼のようにして広がり、竜巻を飲み込みかき消した。
「ダ、ダイン卿! あれはどういう性質の攻撃なんだ!?」
本で調べたとは言え、全てを暗記しているわけではない黒竜は心の内側で竜巻の概念を凝縮させながら問う。
「〝黒死蝶〟は魔界の技! 生きとし生けるもの全てを悪魔に変える毒を、魔力に乗せて降らせる――[竜戦争]以前の邪法です!」
「――以前……ミュールの時代というやつか」
「あれを続けさせるわけには――。[翼の王]は嵐の[言葉]を! 自分ももう一度、この[七星杖]で、〝極大嵐槍〟を放ちます!……[花の宮殿]の様子もおかしい、一体何が――」
「撃つ!」
それは黒竜の中で強い概念となり、圧縮された竜巻の核を空中にて爆発させる[言葉]、
「〝嵐・風・爆発・拡張〟!」
を発動させた。
同時のブランダークが放った竜巻の砲弾と混ざりあい、それは魔人の眼前で解き放たれ暴風の爆発となった。
しかし――。
微かに空に星の瞬きが戻った刹那、再び溢れ出した黒い輝きが空を覆い隠してしまう。
発生源を、叩かねばならない……!
だが、この位置からでは半端な魔法や[言葉]では輝きに飲み込まれてしまう。
そして、強力すぎる黒竜の言葉では、広範囲に被害をもたらしてしまうのだ。
特に、死の概念を植え付ける言葉はこの街の中心では恐ろしい。
あの言葉は、触れただけで死が伝染し広めてしまうおぞましい言葉なのだ。
「ダイン卿、接近戦をするしか無いか!?」
問うと、ブランダークは力強くうなずいた。
「やるしかありますまい……!」
黒竜は加速の[息]とともに速度を上げ、「やってみるか……!」と呻いてから
「〝ヴァレス・ロックオン〟!」
と[言葉]を放ってから貫通を込めた熱線を[息]として撃ち放った。
※
第六感、というものをリディルは信じていない。
概ね全ての事象には理由があり、奇跡というものは結局の所積み重なった事象の複合体でしかない。
突然救世主のようなものが現れて、困っている人を救ってくれることなどありえないのだ。
[暁の勇者]ですら、奇跡ではない。
命すらも捧げて行った〝次元融合〟で呼び寄せたのだ。
そして彼ら[勇者]が[古き翼の王]を打倒したのは、[盾]やその後に作られた[剣]、そしてドリオ・ミュール王ですら彼らのために命を散らし、決戦の地へと推し進めた結果である。
神のいたずらでは無い。
奇跡では無い。
血の滲むような努力と、決意と、悲惨な覚悟の賜物なのだ。
だから、リディルは目の前で今まさに〝雷槍〟を撃ち放とうとするザカールの行動は手に取るようにわかる。
これは、第六感では無い。
息遣い、脚さばき、視線、目の動き、剣を握る指先の力の入り具合、膝の向き、足の爪先から頭の先まで全てが、目的のための予備動作を必要とするのだ。
そうしたもの全てをリディルは自身の目と、肌と、耳で理解し、微妙な熱と風を感じ取り、相手の行動が自身に向いていれば、それを意志の糸として手繰り寄せ、そこに斬るべき敵がいる。
それがリディルの理解だった。
上空で魔力と魔力の巨大な衝突を知覚したリディルは、同時に眼前のザカールが微かに苛立っているのだと直感する。
それが、ザカールの動きを鈍らせる。
以前戦ったときよりも、ザカールは遥かに衰えているのも大きな利点だ。
恐らく、メスタの義父――[暁の勇者]その人であるトム・リドルによるものだと理解したリディルは、そのままザカールから手繰り寄せた隙きの糸をなぞるようにして彼から奪った[貪る剣]を横薙ぎに振る。
ザカールは咄嗟に剣でいなし、距離を取りながら〝雷槍〟を無尽蔵に、そして瞬きよりも早い速度で断続的に連射する。
しかし、とリディルは思う。
どこに撃とうと、罠として張り巡らそうと、ここにいる対象はリディルとアンジェリーナの父ドリオ・マランビジーの二人だけだ。
ならば今、リディルはこの戦いに全ての力を使うことができるのだ。
それに、ザカールが他に気を取られたその隙を突き、同時にドリオへの支援だってしてしまえるのがリディルなのだから、ザカールの繰り出す攻撃の数と質などもはや問題では無い。
そういう意味で、リディルはドリオ・マリーエイジの実力に信頼をおいていた。
少なくとも母程度には勝てる魔法剣士なのだから。
剣士として恐ろしいのは、攻撃ではなく別の魔法である。
例えば[支配の言葉]。
あるいは、〝次元融合〟による逃亡か。
だが、攻撃ならば避ければ良いだけのことなのだ。
リディルは〝雷槍〟の雨を縫うようにして距離を詰め、[貪る剣]をザカールの喉元に突き立てる。
ザカールから放たれた爆発的な衝撃波の[息]は、既に予見していた。
口元から体をそらせば、基本的な[言葉と息]はおそるるに足らないただの魔法だ。
弱点は、射角の狭さ。
それは千年前の[暁の勇者]たちが既に立証済みである。
故に、対ドラゴン、あるいは[言葉使い]を相手にする時は超至近距離による接近戦、そして概念を集中させる暇を与えない連続攻撃が基本なのだ。
もちろん、敵側も相応の対策は取っている。
彼らの仮面が良い例だ。
視界と口元を覆い隠すことで、[言葉と息]の発動を視認しづらくなっている。
だがリディルにそんなものは無意味だった。
いくら強力な魔法とはいえ、所詮口元から発しなければならない旧世紀の魔法。口を覆い隠そうが目元を隠そうが、息を吸わねば発動できないのだ。
そして、今回はリディルが圧倒的優位に経っている。
リディルはザカールとの距離を詰めながら、[貪る剣]で大地を削る。
すると、大地から奪い取った力がみるみるうちにリディルの体の隅々にまで行き渡り、体調を万全にしてくれる。
『私の剣を、こうも使いこなす……!』
ザカールが忌々しげに呻く。
答えてやる道理などなく、リディルは淡々とザカールを追い詰め、再び首目掛けて[貪る剣]を突き立てた。
が、剣がザカールの体を素通りする。
即座に〝次元融合〟による回避だと理解したリディルは、そのままの流れで[貪る剣]を背後に向け振ると、リディルの体を透過し背後に回っていたザカールの右肩を剣の切っ先がかすめた。
同時に、爆発的な力の本流がザカールからリディルに流れ込む。
それはリディルにとっては抑え切れないほどの魔力である。
瞬時に理解したリディルは、溢れ出んばかりの魔力をそのまま魔力の塊、無属性の砲弾としてザカールに撃ち放った。
魔力の砲弾がザカールに直撃するも、ザカールは全身に張り巡らした〝魔法障壁〟で辛うじて攻撃を乗り切る。
ザカールが、ぜえ、と肩で息をし、黒い輝きを放つ空を見上げる。
『ヴァレスめ、[古き翼の王]から逃げることしかできなかった臆病者が、勝手なことをする……! 召喚の邪魔さえなければ――こうはならなかった!』
更にザカールが[息]による加速であっという間に距離を取る。だが、呼吸を整え集中する様を見過ごしてやるリディルでは無い。
だが、胸部に装備されているこのリドル製[魔導アーマー・リドルの鎧]の主砲は使えない。破壊力と範囲が広すぎる。
もっと別の――人の叡智の結晶とも呼べる解決方法がこの[リドルの鎧]にはあるのだ。
解析の結果判明した、リドル卿の研究の賜物。それは――。
「〝加速・跳躍〟――!」
リディルが人の言葉で叫ぶと、[古き鎧]が発動し、力場となってリディルの体を包み込み、爆発的な速度を得てザカールの背後にまで瞬間的に跳躍する。
簡単な[言葉]ならば、この[古き鎧]はドラゴンの[言葉]として発動が可能なのだ。
とは言え、せいぜい二言が限度ではあるが。
ザカールが驚愕して叫ぶ。
『リドルの、鎧――!』
その声は歓喜に満ちていた。
『よくここまで……! しかし――』
リディルが剣を振るうのと同時にドリオが六つの属性を圧縮し混ぜ合わせた極大魔法〝六星〟を鋭い光弾に変え撃ち放った。
それは、メリアドールがかろうじて使える全属性には、及ばない、しかしながら彼の努力の賜物なのだということが、鋭く研磨された輝きを見ればよく分かる。
それに、ドリオの先天属性は四つだったはずだ。
彼はそこから、努力で無理やり二つを学びきったのだ。
――強いな、この人。
リディルはごく自然にそう感じ、流れのままにザカールの首筋目掛け[貪る剣]を振るった。
ザカールが左手の義手の先に分厚い〝魔法障壁〟を形成させ、ドリオの放った〝六星〟を受け切る。
ふいに、ザカールの魔力が跳ね上がった。
ぞわり、とリディルの背筋に悪寒が走り、そのまま一気に脚部推進装置を吹かせ距離を取る。
同時にザカールからリディル目掛け、〝八星〟が乱れ矢の如く撃ち放たれる。
『やはりミュールの魔力は良い! かつての時と同じように――!』
そのままザカールは振り向きざまに膨れ上がった右腕で、今まさにザカールに斬りかかろうとしていたドリオの大きな体をたやすく殴り飛ばした。
『全ていただくことができる!』
そして、ザカールはドリオに向けて再び〝八星〟を槍のようにして撃ち放った。
その時だった。
幾重にも重なった〝魔法障壁〟が、ドリオの盾となり〝八星〟を防ぎ切った。
屋根の上に降り立った一人の魔道士らしき女性が、大声で言う。
「信号弾と、テモベンテの通信で来ました! 冒険者オルトロスの――」
女性魔道士が言うが早いか、屋根を飛び越え降り立った巨人の戦士が跳躍し、ザカールに棍棒で殴りかかった。
間髪入れず現れた弓使いが、援護射撃を加えながら言う。
「ブロブ! あれはザカールだ! チームワークで!」
家々の影から姿を現した神殿騎士の一人が、腰から炸裂弾をザカールに投げ、同時に身を低くしたまま突撃した。
上空で戦う魔人と[古き翼の王]の戦いの余波か、魔人の放ったいくつもの火球が流れ弾として一帯に降り注ぐのと、炸裂弾が破裂するのは同時だった。
『〝オル・ディグラース〟!』
叫びは雷鳴となって世界を震わせ、ザカールの筋肉が膨れ上がった。
しかし、とリディルは思う。
先日の戦いより、力の振れ幅が小さい。
だが、ザカールは二度が限度と言われていた[言葉]を、実際は三回使ってみせたのだ。
敵もまた、この千年で策を練ってきている。
ザカールの恐ろしさは強さでは無いのだ。
その執念深さと、忍耐力――。
ザカールの体から力場が溢れ、衝撃波となって一帯を襲った。
冒険者たちが弾き飛ばされる中、ドリオはかろうじて衝撃を耐えきり、両手に持つ剣をザカールに振り下ろす。
ザカールが舌打ちをし、ドリオの剣を片手でいなしながら左手の義手をリディルに向ける。
瞬間的にザカールの義手が開くと、リディルはその正体に気づく。
「[バスターハンド]――!」
それは、レドラン・ミュールが考案し魔導科学研究所が開発を続けていた戦闘用の義手の、試作兵装だった。
リディルの耳にも入っている。
莫大な魔力を、そして反動に耐える強靭な身体を必要とするため、試作の段階で開発が停滞していたものだ。
冒険者の魔導師がとっさに魔法障壁を張り巡らす。
ザカールの左腕部[バスターハンド]に圧倒的な魔力と光が集中すると同時に、再び上空から無数の炎球の雨が降り注いだ。
その火球はザカールにも降り注ぎ、ドリオはとっさにザカールの足を両断しようと下段から横薙ぎに剣を振り抜く。
すると、[バスターハンド]の魔力は弾け、衝撃波が一帯を襲う。
ザカールは舌打ちをし即座に飛びのくと、魔人と激戦を繰り広げる黒いドラゴンの姿を見つけ、
『絞りカスの分際で!』
と毒づいた。
基地施設から上空の魔人目掛けて、無数の[対空魔導砲]がハリネズミのように撃ち放たれた。
いくつもの火線が夜空を覆い尽くすと、魔人の歓喜の声が一帯に響き渡る。
『ザカール! 楽しんでいるかァー! ハハハハー!』
再び上空からザカール諸共冒険者らを目掛けて火球と稲妻の嵐が降り注ぐ。
増援に現れた冒険者たちは降り注ぐ炎と稲妻の雨を、辛うじて防いではいるものの、あれではもたないだろう。
同時に、ザカールもそれに気づくと、再び[バスターハンド]を律動させそれを冒険者たちに向ける。
「させんと言った――!」
ドリオが夜空から降り注ぐ火球と稲妻にさらされながらザカールに斬りかかる。
瞬間、予備動作なくザカールから[火球の言葉]が撃ち放たれ、ドリオはとっさに剣を盾とし攻撃を防ぐ。
「う、くっ……」
想像以上にザカールの攻撃は激しい。
だが、リディルは勝機を見つけていた。
「〝加速・跳躍〟――」
すると、リディルは音すらも置き去りにしてドリオの横を過ぎ去り、ザカールに斬りかかった。
『――く、剣聖……!』
ザカールが[火球の言葉]を連射するも、リディルは加速を緩めずそのままほんの僅かに姿勢を低く、あるいは半身をそらしただけで全ての[言葉]を回避しザカールに剣を突き立てる。
ザカールが咄嗟に[バスターハンド]の魔力光をリディルに向け、撃ち放った。
リディルがわずかに跳躍すると、[バスターハンド]の射軸が街中から空へと其れた。そのままリディルの鎧の腹部に装備されている主砲を向けた。
鎧から撃ち放たれたどす黒い光の粒がザカールに襲いかかる。
[バスターハンド]の輝きと黒い輝きがぶつかり合い、弾け飛び、魔力の余波が暴走し火と風と雷の元素がバチバチと辺りに燃え広がる。
リディルが剣を振り下ろすと、ザカールは[バスターハンド]を鈍器のように使い、それを打ち払った。
リディルとザカールは互いにバランスを崩し、兜と仮面が激突した。
ザカールが声を荒げる。
『それほどの強さを持ちながら、利用されるだけの愚か者!』
「メリーちゃんを傷つけるやつ!」
『大義もなく、信念もないお前は!』
「お前みたいなやつがいるから!」
『破滅を迎えるだろう!』
「メリーちゃんが嫌な思いをするんだ!」
『リディル・ゲイルムンド! 私と来い! お前をベルヴィンの二の舞にしたくはない!』
「ベルヴィン――? なんだ、こいつ!?」
『私は覚えているぞ! ヤツの首を貫いた我が[貪る剣]の感触を! 最強のドラゴン殺しベルヴィンは! 私を倒すための捨て駒にされたのだ――! お前という才能は惜しい! ガラバは確かに強かった、だが――! ベルヴィンほどの戦士は、後にも先にも、お前だけだ!』
全てが、まやかし。
ザカールは扇動者なのだ。
リディルは思い浮かんだ疑念、疑問を一瞬で彼方に追いやると、鎧の力で叫んだ。
「〝加速・跳躍〟!」
鎧の脚部と両肩から光が溢れ、爆発的な推進力でザカールを押しつぶす。
『〝オル・ディグラース〟!』
更にザカールから力が溢れ、膨れ上がった右腕の拳がリディルに振るわれる。
リディルはくるりと体を回転させ攻撃をいなしきり、そのまま再びザカールに剣を振り下ろす。
ザカールが〝雷の壁〟の魔法でリディルの眼前に雷のカーテンを作るも、リディルはそれよりも早くザカールの後方に回り込む。
同時に、ドリオが動いた。
ドリオの鎧の背部と脚部、肩部に備え付けられた推進装置を全開にさせ、一気に距離を詰めザカールに向けて剣を振り下ろす。
冒険者の魔導師が同時にザカールに向けていくつもの〝雷槍〟を撃ちながら、仲間の治癒士と共に上空から降り注ぐ火球と稲妻の雨を少しでも減らそうと巨大な魔法障壁を張り巡らす。
冒険者の剣士と巨人族の戦士が協力してザカールの死角へと回り込む。
ザカールが大地に[息]を放つと、十体ほどのずんぐりとしたゴーレムが瞬間的に湧き上がり、その場にいた全員に見境なく襲いかかった。
ドリオが叫ぶ。
「[オーバーゴーレム]は最強の木偶人形!」
巨人の振り下ろした棍棒を片手で受け止めた最古にして最強のゴーレムは、そのまま単騎で巨人と剣士の二人をいっぺんに殴り飛ばす。
別のゴーレムが大地をえぐるようにして拳を振り上げると、砕けた石畳が弾丸のようにして魔導師と治癒士に襲いかかった。
辛うじて魔法障壁で受けたものの、上空から降り注いだ火球と稲妻の雨にさらされ衝撃で弾き飛ばされる。
増援に駆けつけた騎士たちが、一人、また一人とゴーレムの餌食になっていく。
その中でたった一人、リディルだけが即座に三体のゴーレムの[コア]を正確に剣で突き、完全に破壊した。
やや遅れて、ドリオが辛うじて一体のゴーレムを撃破する。
ザカールの両の手に魔力が集中し、即座に放たれた。
その魔力は何の属性もなく、ただただ魔力の暴発のようにして周囲を無差別に破壊していく。
リディルがたまらず距離をあけた隙に、ザカールが叫んだ。
『〝リィーンド〟! 〝バーシング〟! 〝ウィンター〟! やれ――!』
雷鳴とともにザカールの体が輝くと、瞬きの間すらもなく三匹の巨大なドラゴンが舞うようにして姿を現しリディルに襲いかかった。
だが、リディルはそれにも対応した。
高速で放たれた三匹の[息]の雨を縫うように回避しながら一瞬で三匹のドラゴンの巨体を[貪る剣]で切りつけ、魔力と体力を奪い取り、そのまま更に加速し本体のザカールに斬りかかった。
そして、ザカールはなめらかに言った。
『〝昔のことを、覚えているかい〟』
ぞわり、と[言葉]が走った。
それは刺すような波動とともに世界を振動させる。
ばくん、と心臓の鼓動が強く律動した。
すると、リディルによって傷を負わされた三匹のドラゴンはリディルに興味を失ったようにして上空の魔人と[古き翼の王]に標的を移し飛び立つ。
リディルは咄嗟に反転し、三匹のドラゴンを――
『〝家族の顔を、思い出してごらん〟』
また、ザカールの[言葉]が走る。
脳裏に優しかった頃の母の顔が浮かぶ。
母のようになりたかった。優しい人になりたかった。強い人になりたかった。
ぞわり、ぞわりと胸の内側から湧き上がる十年以上昔の記憶で、リディルは確信する。
これは、過去で心を破壊する[言葉]だ。
背後から振り下ろされたザカールの斬撃にリディルは慌てて気づくと、とっさに体をひねらせ辛うじて回避することができた。
そのままカウンターとして剣を振るうも自分の指が震えているのに気づく。
ザカールから放たれた〝雷槍〟がリディルに直撃し、その華奢な体を弾き飛ばした。




