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第58話:襲撃

 つつがなく貴族主催のパーティを終えることができた黒竜は、広いテラスで夜の街並みを眺め、ほう、と火照った息をついた。

 確かに、カルベローナの言う通りだ。

 この[帝都グランイット]は[城塞都市グランリヴァル]とは何もかもが違う。

[グランリヴァル]に対しての[帝都]は、地方の田舎と東京くらいの差があるようだ。

 高層ビルと呼ぶべき数十階建ての塔がいくつも立ち並び、道は舗装され、[魔導石]の街灯がネオンのように輝いている。

 獣車らしき乗り物は、上部に小型ゴーレムが備え付けられており、自動運転を可能としている。


 なるほど、と黒竜は感嘆する。

 馬車がガソリンエンジンではなくいきなりバッテリー的な進化を辿れば、車のような構造にならないのか。


 いや、これには他にも要因がありそうだ。

 小型ゴーレムによる自動運転、[魔導力]によるバッテリー的なもので動く獣車は黒竜の世界から見ても未来の技術だろう。

 だが、その反面最高速度は非常に遅く、時速五十キロか四十キロ辺りが限界のようだ。


 ――進化の軌跡が、違うのだろう。


 はるか昔に、列車という構想はあったそうだ。

 だが魔力に引き寄せられる魔獣問題が解決できず、列車と線路の計画は頓挫され、陸路では無く空路の方が先に発達した。

 テレビ、ブラウン管という概念は生まれなかったようだが、空中に魔力で投射する技術は確立されており、都市の各場所の空中に様々な広告や映像が浮かんでおり、異世界ではなく未来の世界にタイムワープしたのかと錯覚したほどだ。


 それだけでは無い。

 今、テラスから見える眼下の騎士たちは、皆白亜の全身鎧に身を包んでいる。

 そして、この全身鎧こそが、[魔導アーマー]なのだ。

 つまるところ、既にパワーアーマー、あるいは強化外骨格に近い技術が、此方側では完成されている。

 それは、概ね自身で操作できる[魔力]という概念のおかげだろう。

 [電力]では、詠唱しても名を叫んでも操作出来ないのだ。

 この違いは大きく、エネルギーそのものを自身の意思である程度操作できるという事実が、いわゆる戦闘機の小型、人形化を容易にしたのだ。


 ゴーレムにいたっても同じだ。

 それを動かすエネルギーそのものに、ある程度の命令を出せるのだから、AIやプログラムは概念そのものが無いのだ。


 ……世界が違えば、状況が違い、状況が違えば常識が違う。

 であれば、求められたものも違うのだ。

 その違いを、黒竜は面白いと感じていた。

 就職するなら理系だよなぁ、と思っていたのもある。

 こちらの世界で言うのならば、とりあえず[魔術師ギルド]の就職を目指す、と言った感じだろうか。

 だから、黒竜は違う技術体系を見るのは好きだった。


 ――本当に、不思議な光景だ。


 黒竜はテラスから見える夜景に見惚れた。

 どこか、元いた世界の大都市を思わせる雰囲気を感じるが、それでも根底にあるのは確かに魔法という黒竜の知らない力なのだ。

 ビアレス・ギネスたちは、黒竜のいた世界だけでなく複数の世界から連れてこられたのだ。

 どんな人達だったのだろうか――。

 帰ることのできなかった、同郷の――。

 リドル卿の話を聞いてみたかった。

 彼ならば、全ての真実を知っていたはずだ。

 だがそれももはや叶わない。

 メスタの育ての親は、ザカールに殺されたのだから……。


 テラスから遠くに見える海の彼方に、ハイエルフの国がある。

 最初に[暁の勇者]を召喚したのは、エルフの姫君だったと歴史書に記されていた。

 自らを生贄に捧げたのだと。

 そしてそれは、彼の地で見た記憶と合致している。

 エルフの王家が、そこで断絶したことも――。

 そうして国は分断され、今日に至るのだ。

 今、黒竜の首元に大きな鎖が巻きつけられている。

 それは国が黒竜に対してどれだけ危険意識をもっているかという証明である。


 皆、内心では黒竜を恐れているのだ。

 だが、同時に無知であることもわかってしまう。

 この鎖は魔力を封印する強力な呪物だとのことだが、そもそも黒竜には魔力が備わっていないのだ。


 これではただのファッションである。

 そして、全てを理解した上で、あえて黒竜にこれをつけさせたティルフィングという人の優しさと愚鈍さも、知ってしまった。


 ――彼女から、一度も娘のことを聞かれなかった。


 その事実をどう思えば良いのか、どう感じれば良いのかは黒竜にはわからない。

 ただただ、虚しさと寂しさを覚えたのだ。

 少しずつ、こちら側の世界に、体制に取り込まれつつある実感はある。

 それは恐怖である。

 間違いでやってきてしまっただけなのだ。

 何かの、不手際なのだ。

 そのはずだ。

 そう言い聞かせ、すぐに戻れるはずだと自分を励まし、しかしもう数ヶ月が経ってしまっている。

 皆それぞれが悩みを抱えていて、ひょっとしたらと黒竜に希望を縋る者もいるだろう。

 それに応えてやりたい気持ちはある。

 世話になっているし、良い人だと感じたからだ。


 しかし、だからと言って元の世界に戻るという自身の目的を、人間に戻るという目的を諦めるわけにはいかないのだ。


 昔よく遊んだ友人は元気にしているだろうか……。

 顔も名前も思い出せない。

 当時の担任の顔も、クラスメイトの顔も、昔少し好きだったあの子の顔も――。

 それがたまらなく、恐ろしい。


 ――俺という自我が、上書きされてしまうのではないか。


 ガラバが何だというのだ、ベルヴィンが何だと言うのだ……。

 既に会場には黒竜の中にガラバがいるのは事実のように語られており、薄ら寒さを覚える。


 ――ティルフィングがそれを指示したのだとは、思いたくない。


 彼女は、黒竜の意思を尊重するとも言ってくれたのだ。

 だというのに……。

 ふと、黒竜の鎖持ち役を命ぜられていた甘いマスクのケルヴィンが黒竜と同じく夜景を眺め、言った。


「あまり気にするな、[翼]の」


「……他人になれと言うのは、気分が良いことじゃない。特に、記憶が曖昧な今は」


 ――俺は、上書きされるつもりはない。


 それだけは、確固たる意思として存在している。

 誰がそう望もうとも。

 どんなに良い人が、そう願っても――。

 ケルヴィンが言った。


「十一番隊のアリス・マランビジーはさ」


 ふと、黒竜は顔を向けると、彼はどこか呆れた顔をしていた。


「――昔は[ザカールの再来]とか言われてたんだぜ。

 お前はザカールと殺りあったんだろ?……どう思った?

 あいつが[ザカールの再来]に見えるか?」


「……いいや、見えないな。それどころか真逆に見える。

 アリス君は、その……ああ、ええと良い子だよ」


 思い浮かんだ言葉が全部悪口になってしまいそうだったため黒竜はなんとか言葉をひねり出すと、それはお見通しだったらしいケルヴィンは笑った。


「まあ、ザカールとは似ても似つかないだろうさ。

 それとさ、ミラベル姫は[魔術師ギルド]にいたころ、なんて呼ばれてたか知ってるか?」


「――いや? 僻まれていたみたいな話は、少し聞いた。陰口とかさ」


「それもあるだろうが、なんと姫も[ザカールの再来]だったそうだ。

 ハハ、馬鹿みたいだろ。

 ……マランビジー隊長と姫は全く似てないし、むしろ自堕落と勤勉で真逆だ。

 それなのに二人共同じ人間の再来って言われてさ」


 そして、ケルヴィンは少しばかり考える素振りをし――どこか嫌なものを思い出すようにして、言った。


「だから、逆に考えれば良いと、俺は思った」


 ――逆?


「お前がガラバになるんじゃなくて、ガラバがお前になるのさ」


「……意味が良く――」


「――父の、言っていたことなんだけど。

 ……人は、事実になんて興味が無いんだとさ。

 自分にとって都合の良いものを、勝手に真実と勘違いしてくれるから、

 本物とかそういうのは全部どうでも良くて……。

 たとえそうじゃなくても、その人が望むものとして着飾らせてしまえば――

 それが本物じゃなくても、手にとった人がそう思い込めばそれで良いんだと。

 ……そうすればその人は勝手に、これこそが本物なんだと、

 それが真実なんだと思い込む。だから――」


 ケルヴィンが黒竜をまっすぐに見、言った。


「お前はそのままでいりゃ良い。

 そうすれば連中は勝手に、ガラバとはお前のような人間だったんだって思い込んでくれる。

 お前がガラバに上書きされるんじゃなくて、

 ガラバがお前に上書きされるんだ。……くだらないだろ?」


 最後に苦笑を交えて彼はそう言った。

 その様子がどこか自虐的に見え、なんだかもの悲しげに映った。

 ケルヴィンはふと、星空を眺め言う。


「あっちよりも空が暗いのがわかるか?」


 ふと、彼は[帝都]生まれだったことを思い出す。


「そう言えば――。……街が明るいから?」


 大気の汚染、とは思えなかったので日本でもあった現象のままを口にすると、ケルヴィンは、にっと口の端を上げて笑う。


「そうだ。[帝都]はどうだ?

 俺は、どうもな――。あっちの方が落ち着けるし、空気も澄んでいる」


 どちらが良いかは意見が分かれる所なのだろう。

 が、それは人としての価値観である。

 無論黒竜は人としての自負を持ってはいるが、今回ばかりはドラゴンとして答えざるを得ない。


「……この身体だと、狭くてね」


 [城塞都市]と違って、この[帝都]はヒューム、人間種の街なのだ。

 建物、道、全てにおいて黒竜の巨大な体は障害物となってしまっている。

 かと言って許可なく飛ぶことも禁じられているため、たった数時間であったが息が詰まる思いをした。

 街には道路があり、そこをゴーレム操縦の獣車が行き交い、黒竜に許されたのは歩道の端をこの巨体で身を狭めて誰にもぶつからないよう歩くことだけだ。

 周囲から奇異の目に晒され、報道陣らしいグループに追い回された。

 正直、二度と出歩きたくない。

 というか元の世界の前にまず[城塞都市]に帰りたい。

 ケルヴィンは、


「ああ、そりゃな――」


 と納得してから、ふとパーティ会場の中の様子を伺う。


「上手くできてたじゃないか。……カルベローナの教育とやらは、きつかったろ?

 俺の時もだいぶ酷かった。……鞭で打たれたほどじゃあなかったが」


「平民の出と、言ってたものな」


 ケルヴィン率いる十三番隊とは、同性という事もあって割と顔を合わせる機会がある、なんだかんだで一番親しい友人になっているかもしれない。

 その気安さは、彼が元々貴族では無いからなのだろう。

 本当の意味で、彼は別け隔てなく他人と接するのだ。

 彼が頷き、どこか懐かしむような口調で言った。


「父のこと、商人として尊敬していたんだ。……だと言うのに――。

 凄かったんだぜ? [帝都]じゃ知らない人間はいないってくらい、見事な鎧を作る人だった。

 だけど、段々と変わっていって、鎧は人任せになって、

 金で地位と名声を買ったことを知ってしまえば、こうもなる――」


 ケルヴィンはそのまま手すりに背を預け、天を仰ぎ見る。

 彼はそのまま黙ってしまう。

 ケルヴィンの父は今、[商人ギルド]を牛耳る程の力を持った大富豪となっている。


 その父の背中を見て育ってきた彼なのだから、思うところはあるのだろう、と黒竜は何も言わずにパーティ会場の中の様子を視線で伺う。

 綺羅びやかなドレスを着たミラはガチガチに緊張しているようだが、他の団員たちは皆慣れた様子で貴族たちとの会話に勤しんでいる。

 あれが彼女たちの本業なのだ。

 貴族の世界には貴族の世界のルールがあるものだ。

 流石のアリスも今日ばかりはちゃんとドレスを着こなし、一見すれば確かに本物のお嬢様である。

 ふと、ケルヴィンが言った。


「妙だと思わないか?」


 黒竜が顔を向けると、彼は少しばかり神妙な面持ちで続ける。


「こういう場で、リディル嬢が帯刀していたことは一度もなかったはずだ。衛兵が咎める様子も無いし――」


 彼はそのままぐるりと周囲の様子、眼下に見える広場の騎士たちの姿を見、言った。


「やけに重武装だ。……何かあったか?」


「……私が来たからとか? ほら、黒いドラゴンだし」


「それは――あるだろう。だが、見てみろ」

 ケルヴィンがテラスから少しばかり身を乗り出し、広場で警戒態勢を続ける十数名の騎士を顎で指す。

 巨大な細長い円筒状の何かを複数配備されており、それら全てが東の海へと向けられている。

 黒竜は言った。


「あの長いの、何?」


「長距離用の魔導砲さ。隣にある砲身が短いものは、主に対空兵装。

 弾幕も貼れる。……翼の王を警戒するのなら、短い方だけで良いはずだろ?

 もう内部にいるわけだし……あの威力と射程をお前に向ければ、女王陛下諸共撃つことになってしまう。

 それにあのタイプの長距離砲は面を制圧するタイプのものだ。

 お前に向けて使うのは過剰だ。……街にも被害が出る」


 ケルヴィンの視線の先には、水平線が見える暗闇の海が続いていた。

 黒竜も同じようにし、ぞわぞわと肌が沸き立った時。

 水平線の彼方に閃光が走った。

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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