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第57話:宮殿へ

「国境付近で動きがあった……?」


 あげられた資料に目を通しながら、ブランダークは報告に耳を傾けた。

 先日[蒼炎騎士団]の船が沈んだ位置に近い。

 そして、こちら側で独自に調べた結果、沈めた側の処理が大雑把すぎることに気づいていた。

 魔力の痕跡が消えていなかったのだ。

 おそらく、数日もすれば破壊の手段とその首謀者までもが明らかになる。

 これは意図したものか、あるいは――。


 ――わずかな時間を稼ぐことができればそれで良い、ということだろうか。


ふと、ブランダークは今しがた、隊の訓練を終え報告にやってきたトランに問うてみた。


「[ルミナス連合]には、何度か足を運んだことがありましたな」


 すると、トランはキョトンとした顔になり、目をぱちくりとさせる。


「え、ああ――。遺跡の探索に二回と、人探しで一回……でしたね」


 どれも、メスタが加入する前の話だ。

 本当に良いチームだった。今にしてもそう思う。

 ブランダークはミルクをたっぷりと入れた紅茶を口に運び、懐かしむ。


「ミラ殿が――いや、ミラベル姫がいなければどうなっていたことやら。

 ――トラン殿には[ルミナス連合]の人々、どう見えましたかな?」


 ブランダークは冒険者だった頃、トランの直感をよく当てにしていた。

 洞察力なのか、観察力なのか……。そこから見つけ出される彼の感覚は、かつての冒険を何度も成功に導いたのだ。

 もう少し年が離れていれば、間違いなく自身の後継者に指名していただろう。


「ハイエルフの国は排他的って冒険者仲間は言ってましたけど、

 自分は――妬まれているように感じました」


「ほう、我々がですかな?」


「はい。……何が、かはわかりませんが――。入国した時からどうも……」


[ハイエルフ]とは、一応は[エルフ種]の一種だ。

 獣から進化した[人間種]とは違い、草花が魔力を帯び、長い長い年月をかけて[樹人]と呼ばれる魔力で動く植物となり、奇しくも最終的に[人間種]と似た姿かたちになったのが[エルフ種]とされている。

 故に、本来ならばエルフの違いは、どこで生まれたか、どこに住んでいるかのみを示すだけであり、光の届かぬ深い深い森の奥深くで生活するエルフを[ダークエルフ]、現在[帝国]や他の国々で生まれ生活するエルフを、[シティエルフ]と呼ぶのだが――。


 [ハイエルフ]だけは、違うのだ。

 彼らは同じ[エルフ種]を見下し、我らこそが真のエルフであり、絶対者なのだとし、自ら[ハイエルフ]だと自称し今に至るのだ。


 だが、時の流れとは残酷なものである。

 三百年前の、[ハイエルフ]との大戦以来、彼らの国は自国民の出国を禁じてしまっている。

 もう彼らの国には、自らを[ハイエルフ]だと自称した者たちだけでなく、その地でただ生まれてしまっただけの[エルフ]もいるのだ。

 無論、才能に恵まれなかったものも大勢いよう。


 その出自故に、[ルミナス連合]は徹底した才能主義を貫いている。

 そして、国の運営は彼らの中でももっとも強大な力をもつ[五代士族]が取り仕切っている。

 才能主義の固まりのような者たちが、恵まれない者の言葉など聞くはずが無いのだ。

 少しずつ、少しずつ、後回しにしていたものが熱を帯び、ゆっくりと膨れ上がっていくのを感じ、ブランダークは背筋を震わせた。

 そしてそれは、内からも外からもやってくるのだ。



 ※



 パーティは、[花の宮殿]と呼ばれる女王の城で行われる。

 だがその造形は、花と呼ぶにはあまりにも重々しく、黒竜が見上げても天頂がわからないほど巨大な[魔法の塔]で四方を覆われた無骨な要塞そのものであった。

 とは言っても、それはあくまでも建物の話だ。

 周囲に壁も無く開かれた庭園は、まさしく[花の宮殿]そのものであり、庭師によって丹念に整えられた花々はどれも美しく咲き誇っている。

 青々と茂った芝生と、その中心に切れ目の無い不思議な白い道が、奥に見える本殿へと続いている。


 なんかアンバランスだな、という感想を持ちながら庭園の様子をきょろきょろと伺う。

 まだ人は集まっていない。

 早く来すぎたのかもしれない、と黒竜は反省し、今日の黒竜の友人兼監視役を押し付けられたケルヴィンに問うてみる。


「な、なんか思ってたのと違うねここ」


「ん、どうした?」


「いや、さ。[花の宮殿]っていうからもっとこう……綺羅びやかとかそういうのイメージしてた」


「ああ。そりゃ由来ってやつだよ[翼]の」


「由来」


 黒竜が言葉を反芻すると、ケルヴィンは得意げな様子で頷いた。


「そう。もともとここは名もない砦さ。

 [竜戦争]が終わって、ビアレス王と女王グランイットが中心になって土地を耕し、発展させた。……ん?

 でも[翼]の、お前は図書館で歴史の本を読まなかったのか?」


「ああ、いや読んだけども、由来までは書いてなかった。

 ……広く浅くって本だったのかも。[言葉]とかそっちの方ばかり調べてたし」


「なら、知っておけ。

 [花の宮殿]は[宮殿]のことではなく、

 我らにとって最も尊重すべき一輪の花、女王がおわす宮殿だから、

 いつしかそこが[花の宮殿]と呼ばれるようになった」


「良い名だ。ロマンチックな由来だね」


「そりゃな。後は、務めている者は大半が女性だから、男子禁制の花園であるとか、そういう意味もある、らしい」


 古くからある女子校みたいなものか? と黒竜は納得していると、ふいに見知らぬ男が黒竜を一瞥し、なめらかな口調で言った。


「ほう、噂に聞く[古き翼の王]殿か」


 その男の傍らに、アンジェリーナの姿を捉えた黒竜は、父親か、と納得しすぐに知人の父親相手モードに入る。


「あ、ど、どうも」


 ぺこりと頭を下げると、ケルヴィンは少しばかり緊張した様子で敬礼する。


「これは、アーリーエイジ卿。ご無沙汰しております」


 その呼び名は、古い言い方である。

 マリーエージでなく、ミュール・アーリーエイジ。

 この例に従うならば、ガジットはギネス・イットであるし、ゲイルムンドはギネス・イルムンドなのだが、あまり好かれる呼び方では無いと聞いている。

 ギネス家とミュール家の確執、のようなものだとか――。

 だがアンジェリーナの父は目を細め優しげに言った。


「商会は順調のようだな?」


「それは、もちろん。……皆優秀ですので」


 反面、ケルヴィンの表情は商会の名を出された途端影を帯びたように感じられた。

 家を飛び出した者の負い目なのだろうか。

 彼は良い友人だが、家のことに関してはあまり語りたがらないのだ。

 そう言えば、と思い立つ。

 ケルヴィンの母は、アンジェリーナの父――つまり今目の前にいる彼の妹だったはずだ。


 ならば面識くらいは――そりゃあるだろうな、と黒竜は納得した。

 言うなれば、お盆や正月で久々に会った親戚の叔父といった感覚なのだろう。

 それに、ケルヴィンはなんだかんだで階級や生まれにコンプレックスを持っている男だ。

 マリーエイジは古い家系だし、余計に緊張するのだろう。

 アンジェリーナの父は苦笑する。


「その皆の中にちゃんと自分も入れているのだろうな?」


 そして気恥ずかしそうに口元を緩めたケルヴィンを見て、黒竜は思った。


(めっちゃええ人やんけ……!)


 同時に、彼が最終的に[古き翼の王]の処刑に強く反対してくれたということを思い出した。

 あの時はなんだかんだで危なかったようで、僅差で処刑賛成側が上回っていたところで彼らが反対側に回り、事なきを得たのだそうな。

 つまるところ、間接的には命の恩人なのだ。


「あの、以前助けていただいたことに感謝しています」


 黒竜が咄嗟にそう述べると、彼は片眉をひょいと釣り上げた。


「ああ、あの時は貴公も大変だったそうだな?

 だが私は何も情けをかけたわけでは無い。貴公の力が、国のためにあることを願ってのことだ」


「それは、もちろん――」


 善意だけでは無い。というか善意だけで動いたと言われていたら黒竜としても少し違和感を覚えるだろう。

 きっと、これくらいで丁度いいのだ。

 マリーエイジが言う。


「[古き翼の王]は、[願いの器]という説もある。――どう思う?」


「……どう、とは」


「かつて何者かがそれを願ったから[古き翼の王]は願いを体現し、破滅の王となった。……ひょっとして貴公は、別の願いによって生まれた全く新しい[古き翼の王]だと、そう考えたことは無いか?」


 それは、数ある説の内の一つである。

 だがそのような説は数有りすぎて、一々考察している暇は無かった。

 黒竜は言葉を詰まらせ、答えを出せない。

 すると男はまた苦笑し、


「いや、すまない」


 と前置いてから続ける。


「議論をしにきたわけではなかった。その体では狭く感じる会場ではあろうが、[花の宮殿]を堪能してくれると嬉しい」


 そう言って彼は、ケルヴィンの肩に手をぽんと起き、


「負けるなよ、ケルヴィン君」


 と言って宮殿へと向かう。

 彼の側にいたアンジェリーナは、ついに一度も顔を上げず、目も合わさないまま父に付き従い彼の後を追った。

 二人の影が宮殿へと消えてから、ケルヴィンがおもむろに口を開く。


「俺の母が、アーリーエイジ卿の妹君だってことは話したよな」


「聞いたよ」


「周囲から反対されたけど……兄であるあの方だけが、助けてくれたって話はしてないよな」


「……ああ、初耳だ」


「俺は、あの方のような騎士になりたい」


 ケルヴィンは、本心からそう言っているように思えた。

 彼は続ける。


「アーリーエイジ卿は[戦士ギルド]を取り仕切っているというのもあるが、[暁の盾]よりも俺のような――商家の出の者とか、普通の人達に取っちゃ親しみやすいんだ」


 魔法が一般となっているこの世界で、[戦士ギルド]は形を変え、保険会社的な意味合いが強い。

 武具の貸し出しや、修繕諸々も一挙に請け負っているのだ。

 概ね全ての冒険者が各自必要なものや知識、知恵を持っているわけではなく、多くの場合は[戦士ギルド]を通して必要な物資の確認、調整を行い、[商人ギルド]を物資が届けられる、という仕組みになっている。

 はるか昔、[暁の勇者]たちがもたらした火薬と鉄の時代から再び魔法の時代へと戻る際に、[戦士ギルド]は今の体制へと移り変わったのだとか。

 商才があった人間が、当時の[戦士ギルド]にいたのだろう。

 そういう事情があってなのか、マリーエイジ家は商人たちとは繋がりが深く、互いに持ちつ持たれつということもあり関係も良好なのだとか。


 ちなみに、現在の[冒険者ギルド]は、元々はそうして巨大な組織となった[戦士ギルド]の部門の一つだったそうだ。

 グループ企業的なものなのだろうかと黒竜は考え、その長がマリーエイジ家なのだとわかれば、どれだけの大富豪なのかよく分かる。


 そう言えば、と黒竜は思い出す。

 確かケルヴィンの父親は、元々一介の鍛冶士に過ぎなかったと聞いた。

 そこから新しい商売を初め、[商人ギルド]の中でも頭角を現し現在に至るのだ。

 ケルヴィンが赤子の頃は、まだ小さな防具屋を営んでいたのだとか。

 となれば、マリーエイジ家の娘がただの防具屋の鍛冶職人との結婚をするというのは大事件だったのだろう。

 あるいは、商才はケルヴィンの父で無く嫁いだマリーエイジ家の女性にあったのか――。

 穿った見方をすれば、ある種の汚いタイプの政治なのかもしれないとも、黒竜は考えていた。

 ふと、ケルヴィンが思い出したかのように問う。


「[暁の盾]に護衛されていたんだってな」


「ン? ああ、ティルフィングさんか。良い人だったよ」


 その口調に心配げな色を感じた黒竜は、なるべく明るい声色を意識してそう言った。

 そしてもちろん、事実だ。

 あまり人付き合いが得意では無いのかもしれない、という印象は持ったが、それでもこちらから話しかければちゃんと答えてくれるし、慣れて来れば笑みだって浮かべる可愛らしい人だ。


「そうなのか――? 意外だな……」


「怖い人だと思ってたのかい?」


「あ、いや……。でも、わかるだろ?」


 だから、ケルヴィンの感じ方が一般的な印象なのだとわかれば、少しばかり悲しくなる。

 損をする性格、とはよく言ったものだが、それが身近にいてしまえば一言で片付けて良い問題では無いはずだ。

 それも、友人の母親なのだから。


「……ああ、わかる。だけど誤解されやすい人なんだと話して良くわかった」


「へえ……」


 ケルヴィンが意外そうな顔になると、黒竜は最後に言った。


「優しくて、良い人だよ」


 それは、黒竜の本心だった。

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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