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第41話:魔導師ザカール、襲撃

 魔法が世界に広く普及したこの時代、鋼の武具だけを使う戦士や剣士といった概念は消滅した。

 剣士とは、魔法を補助として使い剣で戦う者のことであり、逆に魔法が主体ならば魔法剣士と呼ばれるのだ。

 それは、どちらが優れているかという問題ではない。

 双方共に高い次元の練度を誇っていても、剣を主体とすれば剣士であり、剣だけでなく多くの武器を使いこなすことができるのであればそれは優秀な戦士とされる。


 そう言う意味では、[竜人の里]に住むものは、全てが非常に優秀な戦士であった。

 だが昨今はそれすらも時代遅れとされており、現在の白兵戦の主流は強化された杖から増幅して放たれる長距離魔法の爆撃であるのは、時代の流れというものなのだろう。

 近づく前に、殲滅されるのだ。

 それは現代の戦争に置いては圧倒的な力を誇り、[魔術師ギルド]の管轄する塔が国の豊かさの象徴であれば、魔導師の数こそが国の戦力の要である。


 そして今、優秀な戦士のいる[竜人の里]の頭上に、長距離からの爆撃魔法が雨のように降り注いだ。

 すぐさま里の隅々にまで施された魔法障壁の付呪が爆撃の雨を防ぎ切るが、その中の一発の火球が障壁の直前で四散し、まるで弾けたアメーバのようにベタベタと障壁にまとわりつくと、少しずつ侵食し、やがては全ての障壁を付呪ごと破壊した。


 遅れて敵襲を告げる鐘が鳴り響くと、その警報は音を増幅し伝え広げる[魔道具]を通じて里全体へと伝わっていく。

 予備の魔法障壁が二重に張り巡らされるのと、先程よりも広範囲の長距離爆撃が降り注ぐのはほぼ同時であった。


 先ほどと同じように一枚目の魔法障壁は破壊されるも、二枚目の魔法障壁が残りの全てを防ぎ切る。


 いくつかの塔から飛竜に跨った竜人の兵士たちが出撃していくと、山陰から四つの黒い影が姿を現した。

 その四つの黒い影は、一見してぼろぼろの黒い衣を身にまとった人の形をした何かでしかない。


 だが魔導を知る者ならば、それが[闇属性]の高等魔法、〝闇纏い〟と〝闇渡り〟をかけ合わせているのだと判別できる。

 自らの魔力を物理的な黒い闇の衣とし、夜に溶け込むようにしてジグザグに飛翔、跳躍するその妖しさは不気味そのものである。


 その正体を正確に見抜いた竜人の兵士たちは一斉に光の魔法を上空に撃ち放ち、闇を照らしあげた。

 輝きが山々の深い木々を明るく染め上げて行くが、竜人の兵士たちは異変に気づく。

 光の魔法の結果、四つの影の内三つは確かに輝きに怯み速度を遅くさせた。


 〝闇纏い〟は魔法で作り出した闇を纏う魔法。そして〝闇渡り〟は闇から闇を跳躍する魔法。その二つを高度なレベルで併用することで、自身の闇と点在する影の合間を縫うようにして変則的な動きを可能とさせる。

 だが、強い光で照らせば自身の影に引きずられやすくなり、その超人的な動きを困難にさせるものだ。


 しかし、たった一つの影は違った。

 その影は、太陽の如く輝く無数の光に怯みもせず、あざ笑うかのようにぐるりと上空を旋回してから、再びジグザグに飛翔し、木々の影を過ぎ去り、大地を滑るようにして移動し、跳躍し、加速していく。

 後方の三つの影は、追従することすらできない。


 一人の竜人が驚愕し、兜内部に備え付けられた小型の通話[魔道具]に向け叫んだ。


「先頭の魔導師! 早いぞ! 〝陽光〟の魔法はこれで全部なのか!?」


 出撃命令が降り、こうして今飛竜隊として出撃した飛竜隊の数は二十。地上の塔にいる第二波、第三波、魔導師部隊全てを合わせ百五十名にも及ぶ〝陽光〟魔法の一斉射撃。その輝きは閃光の如く一帯を昼よりも明るく照らしあげている。

 戦闘民族故に、そして代々のリドル卿の教えである、『来るべき日の為』に鍛錬を続けた故の迅速さであるし、待機中の兵士、誰一人として遅れることなくこうして万全の体制で出撃をしたのだ。

 にもかかわらずこれである。


 竜人兵の肌がぞわぞわと泡立ち、千年前のリドル卿、[暁の勇者]がついに倒すことのできなかった怪物が、現れたのだと彼らは確信した。


「あれは[ザカール]だ! 来るぞ!」



 ※



「応戦しないんですか!?」


 塔の頂上でミラが驚愕して叫ぶと、同じくそばにいた黒竜も、傍観を決め込んだアークメイジに対して非難の声を向ける。


「あれが、ザカールなら我々にもできることはあるのでは……」


 それは、黒竜の内にある恐怖よりも勇気が勝った言葉である。

 リジェット――レイジの最後の瞬間、目が合ってしまったのだ。

 記録の中とは言え、少年時代を知ってしまったのだ。

 その彼を、殺してしまったのだ。

 あの子の人生は、どうだったのだろう。

 何らかの方法を使って、千年もの間生き続けていたのだろうか。

 戦い続けてきたのだろうか。

 あの子に、幸せな時期は、あったのだろうか――。


 ……ソフロ・オーキッドは、幸せだったのだろうか。

 彼女の母は……最後の戦いで死んだ多くの者は……ミュール王は、[盾]の者たちは……何を思い、何を成し遂げたのだろうか。


 彼らにも、やりたいことがあったはずだ。

 まだ生きていたかったはずなのだ。


 ドラゴンに変えられた人を、殺してしまった。。

 助けられたかもしれない、人――。

 黒竜の内に宿る雑念が、後悔となり、哀愁となり、小さな勇気へと変わる。


 ああいう死に方は、嫌だ。


 最後の言葉で、懸命に敵が何者なのかを伝えてくれたレイジは本当に英雄だったのかもしれない。

 最後の力を振り絞り、ザカールの力を削いだソフロは高潔そのものだろう。


 それでも――俺は、嫌だ。


 もう誰かの死を見るのはたくさんだ。

 救える命なら、少しでも助けになるのなら力になりたい。

 それが今の黒竜の偽らざる気持ちである。

 しかし、アークメイジはチラと黒竜を冷ややかに見、その目をミラに向けると優しいものへと変えた。


「ヤツの使う[支配の言葉]がどれほどの物かを見極めなければならない。

 真の使い手であれば、数の投入は悪手であろう。そのまま敵の兵になるのだ」


 それは正論ではあるが、しかし、と黒竜はなおも言った。


「だがそれは完全では無いと――」


「推察だと言った。確証が無い限りは動けぬ。――見ろ」


 アークメイジが顎で周囲の塔を指し示す。

 そこには、黒竜たちと同じく出撃を待ち、状況を伺う百を超える竜人の兵たちが注意深く状況を観察している姿が見える。


 ――捨て石。


 そんな単語が脳裏に浮かび、黒竜は戦慄する。

 アークメイジが静かに言う。


「命を重んじるのなら、戦いぶりを目に焼き付け、敵の力量を正確に分析しろ。

 ……ザカールとはそういう相手だ」



 ※



 後続の影三つは木陰に隠れ、か細い〝氷槍〟を放つだけだ。さして驚異にもならない。

 であれば、やはり――。

 竜人兵の一人が舞うようにしてジグザグ飛行を続ける影、ザカールに狙いを定め飛竜を羽ばたかせる。

 同時に二人の騎兵が続き、更に上空を三人、大きく左右に展開した五人の騎兵でザカールを取り囲むように動く。

 後方に移った残りの四人からは、敵の三つの影に対して連続して〝火炎弾〟が撃ち放たれる。

 塔の魔導師たちからは重ねるように強化魔法がかけられ、更に〝陽光〟の数が増やされていく。


 ザカールは、一向に速度を緩めない。

 それどころか、影から影へ移る度にその速度を一層早めていく。

 これほどの光でも照らせないほどの強力な闇。それは即ち、ザカールの魔力の強大さを示している。

 飛び交う闇の中で、ザカールが嘲笑ったようにもう一度ぐるりと弧を描くと、同時に八つもの稲妻が撃ち放たれた。


 兵士たちは即座にそれが、全ての属性の中で最も速く、そして貫通力が高い[雷属性]の、〝雷槍〟であることを理解し、一斉に自身の前面に魔法障壁を三重に張る。


 概ね、全ての属性には特色がある。[火属性]は弾速こそ遅いが、燃え広がるという特性上広範囲を制圧しやすく、着弾しても箇所によっては燃え続ける為使いやすい。[氷属性]は、着弾地点から更に魔力で冷気を操る必要があるため高度な技術を要求される魔法が多いが、空気中の水分すらも武器としてできる分汎用性は抜群だ。

 だが、[雷属性]の魔法は瞬間の魔法である。

 一瞬の稲妻が敵を焼き、貫く為殺傷能力が高く、しかしながら魔法の発動、維持が困難であるため使いこなせる者は決して多くは無い。

 用途も主として殺傷である為、好んで学ぼうとする者も少ないのが現状だ。


 そしてそれを同時に撃ち放つ敵の強大さに、竜人たちは背中に嫌な汗が浮かぶのを感じ、全ての兵士が同時に咆哮した。


「〝炎・貫通・爆発(ブラスト)〟!」


 二十名の兵士から放たれた[言葉]が業火となって四方からザカールに襲いかかる。ザカールはジグザグの機動で回避運動を取るが、無数の業火が折り重なり、膨れ上がり、巨大な爆発を引き起こした。


 同時に[風魔法]による竜巻を重ねがけすると、それはやがて燃え盛る炎の竜巻となってザカールの纏った闇を焼き剥がしていく。


 炎の竜巻が、唐突に爆ぜた。


 直ぐにそれが、今まさに焼き切り刻まれていたはずのザカールの仕業だと理解した竜人の兵士たちは、その間に張り巡らしていた封印の魔法陣を発動させ、叫ぶ。


「残りの敵は――!」


 兵士の声は兜に装備された通話用の[魔法石]を介して、後方の部隊に送り届けられる。

 作戦の通りならば、別働隊が向かっているはず……。


〈生け捕りに成功した〉


 と帰ってきた返事に微かに安堵したのもつかの間、通話先の兵士が緊迫した声色で告げる。


〈三人共知っている顔だ。リドル卿と一緒に、最近見つかった[ドゥエルグ遺跡・・・・・・・]に向かった――〉


 ボンという爆発と共に、通話先の声はぷつりと途切れる。

 燃え上がった爆炎が一瞬山々を照らすのと、封印の魔法陣が打ち消されるのはほぼ同時だった。


 そして、それは現れた。


 薄汚れた黒いローブに身を包み、顎下から後頭部までを覆う漆黒の仮面。その仮面には、伝承の、そして童話に伝っている通りに蜘蛛のごとく八つの赤黒い瞳が怪しく輝いている。

 竜人から見ればやや小さいはずのその体躯は、溢れんばかりの魔力が空間を歪め、巨大になって見える。

 あれが、ザカール。


 ぞわりと悪寒が走ると、仮面の奥でザカールは笑ったような気がした。

 ふと、ザカールがひとりごちる。


『二十か』


 その声は喉ではなく大気そのものを振動させるような響きを持ち、これが本物の[司祭]の[言葉]かという恐怖と、今ここで止めねばならないという勇気が折り混ざり、兵士を奮い立たせる。


 瞬間、一切の動作無くザカールから二十の稲妻が同時に放たれ、その全てが正確無比に兵士たちへと襲い掛かった。


 が、兵士たちは皆即座に反応し、あるものは魔法障壁を見事に操り屈折させ、あるものは攻撃よりも先に動き、あるものは同じく稲妻で相殺することで、二十名の兵士全てがそれを防ぎ切る。

 また、ザカールが笑った。


『リドルの兵。そうでなくては困る――』


 その言葉が竜人兵の耳に聞こえたときには既にザカールの姿はそこになく、兜に備え付けられた通話[魔道具]から怯えたような友軍の声が聞こえた。


 慌てて見やると、左方向から挟み撃ちすべく包囲を固めようとしていた飛竜編隊の一人が、闇から突如姿を現したザカールの得体の知れない魔法によって搭乗している飛竜ごと砂へと変えられていた。


 即座に残りの四人の竜人兵が雷の魔法で応戦するも、ザカールは閃光よりも闇を瞬かせ、稲妻のような機動で一人の竜人兵の首に指先を触れさせる。


 すると悲鳴すらも無くその竜人兵は先程の兵と同じく砂へと変わり、一人、また一人とあっという間に左舷を固めていた五人の兵士を砂へと変えた。


〈陣形を組み直す! 各員は――〉


 彼方左舷方向にいたザカールが突如として右舷方向に現れ、指示を飛ばしていた隊長を砂へと変えた。


「ど、どういう魔法だ――!?」


 得体のしれぬ魔法に竜人兵はぞっとして声を荒げると、再びザカールの声が大気を揺るがした。


『対ドラゴンに特化しすぎているようだ。人殺しに慣れていない』


 右舷方向に五人があっという間に砂へと変えられ、突如、何の前触れも無く竜人兵の眼前にザカールが姿を現した。

 そして知る。

 微かな魔法の跡を。

 ザカールの手が兵士の首に伸びる瞬間、彼は理解し、叫んだ。


「〝次元融合〟による移動!」


 その声は兜の通話[魔道具]を介して全ての兵士に伝わり、彼は砂へと変えられた。

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翻訳の魔導書を完成させた魔導師見習い。役立たずと言われ魔法学校と魔術師ギルドから追放されるもルーン文字を翻訳できることが判明し最強の付呪師となる
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