第141話:帝都襲撃
満天の星空の下、それは現れた。
[帝都グランイット]、[花の宮殿]の遥か彼方の上空に、一隻の[飛空艇]が〝次元魔法〟の残り香を撒き散らしながら姿を現す。
[飛空艇]から一瞬、圧倒的な何かが溢れると、人々は呻き苦しみ、やがて今自分たちが何に[支配]されていたのかを思い出す。
しかし――。
[花の宮殿]から禍々しい波動が放たれると、再び全ての人々の心は[支配]されてしまう。
ああそうか、とザカールは内心で笑った。
速攻を仕掛けてくるというわけだ。
案の定、即座に[飛空艇]から[支配の言葉]が放たれる。
……こうすることで、[古き翼の王]にひたすら[支配の言葉]を強要させることができる。
良い封じ方だ。
そして人間も同じことだ。
彼らは双方の[支配の言葉]に晒され、混乱し、身動きが取れなくなる。
ヴァレスの声が漏れ聞こえてくる。
『上空から影が二つ! ハハハハ! 俺の獲物だ!』
ここまでは、想定通りだ。
ディアグリムを容易く屠ったアレは、間違いなくベルヴィンだった。
何故、どうやってという疑問は付きないが、それは今置いておくべき感情だ。
思考しながらでは、アレには勝てない。
それほどの、相手。
ビアレスが送り込んだのだろう。
だから、ザカールはギリギリの賭けに出た。
すぐにでもこの体から、最も良い次の体に乗り換えなければならない。
……ベルヴィンのことは、ヴァレスらに伝えていない。
[古き翼の王]にも、黙ってある。
ザカールは、もうこの時代を捨てに入ったのだ。
新たな肉体を得て、次まで潜伏をする準備のために、なんとしてもミラベル・グランドリオの肉体を奪う。
おそらく、上空から降りてくるのはベルヴィンと剣聖リディルの二人。
だが彼らはブラフ。
本命は――。
バチン、と魔力が爆ぜると、[花の宮殿]、女王の間へと続く大階段の真下。
既にかつてのユベル・ボーンが[聖杖騎士団]を使い暴いてあった隠し転移門から、数人の影が現れる。
その中にミラベルの姿を見つけたザカールは、相手が身構える間もなく〝八星〟を雨のようにばら撒いた。
だが、ここにはいないと思っていたはずの剣聖リディル・ゲイルムンドが現れ、その全てを縫うような動きで掻い潜り、ザカールの胴体に[貪る剣]を突き立てる。
ザカールは咄嗟に回避しようとしたものの、わずかに遅れた。
かすっただけでも、莫大な魔力が奪い取られ、ザカールは舌打ちをする。
まさか、空から来る二つは捨て石にしたのか?
いくらベルヴィンと言えども、百は下らない魔人とドラゴンの混合部隊を突破できるとは――。
その時だった。
上空からいくつもの流星が[花の宮殿]に降り注ぐ。
リディルが叫んだ。
「行け! ザカールはここで殺す!」
天井が砕け、降り注ぐ瓦礫の合間を縫うようにミラベルはザカールに目もくれず[女王の間]を目指す。
ザカールは咄嗟に〝雷槍〟を撃ち放つも、一人の大柄な騎士がそれを阻んだ。
その騎士は手に持つ戦鎚に漆黒の魔力を乗せ、ザカール目掛けて振り下ろすと、〝雷槍〟の魔力は破裂し、周囲を鋭い破壊の衝撃波が襲った。
間違いなく魔人族の魔力だというのに、妙な薄さもある。
人と、魔人の境目のような、ザカールの知らないタイプ。
なんだ、この男は。
なんだ――。
知的好奇心と困惑が僅かにザカールの判断を鈍らせると、影から現れたリディルの[貪る剣]がザカールの右腕を切り飛ばした。
※
ヴァレスは、自身が置かれている状況を未だに理解できないでいた。
知っている[飛空艇]から、知らない影が二つ。
おそらく片方は剣聖だと考えていた。
だが、違う。
体躯が、男のものだ。
旧式の、かつて[暁の盾]が着用していたものとそっくりの白い鎧を着ている。
一瞬、その姿がかつて何度も自分を殺した騎士たちの姿と重なった。
ビアレス、ガラバ、ベルヴィン。
結局一度も勝てなかった怨敵。
だが別にそれは良い。
何よりも問題なのは、その男の後方。
つい今、〝破滅の言葉〟を使ってみせた、赤い髪の、女。
こちらを見てニッと嘲るように笑ったその姿に、ビアレスの面影が重なった。
魔人とドラゴンたちからハリネズミのように放たれる魔法と[言葉]の嵐を、白い鎧の男が直進をしながら全て回避し、ヴァレスに狙いを定めた。
『べ、ベルヴィ――』
怯えにも似た声を漏らした時には既に、ヴァレスの首は両断されていた。
※
ミラとメスタは[女王の間]の間の扉を蹴破った。
作戦は、一瞬。
敵側が身構えるよりも早く、上空の旗艦[グラン・ドリオ]から放たれる女王の[支配の言葉]が続く間だけの、短期決戦。
戦える者は、わずか六人。
異世界の魂を持つベルヴィンと、メスタ。
[古き翼の王]の[司祭]となっているミラベル。
魔人ローラックの力を開放したブランダーク。
そして、リドルが作った[支配の言葉]すら遮断する[魔導アーマー]を着込むリディル。
最後に、女王から同じく[支配の言葉]を遮断するたった一つの秘宝、[古き衣]を託されたジョット。
――ベルヴィンから、[古き翼の王]がどういう存在なのかは聞いている。
千年前から変わらない。
ヤツは土壇場で――。
メリアドールの姿をした別人がミラとメスタの姿を確認すると、それは忌々しげに表情を歪め、あっという間に黒竜へと姿を変えた。
ミラが〝雷槍〟を放つのと同時にメスタは長大な槍を大きな翼目掛け投げつけるも、[古き翼の王]は〝魔法障壁〟をまとって飛翔した。
土壇場で、ヤツは逃げる。
千年前、ベルヴィンたちが気づいたのは最終局面を迎えてからだった。
それは、死にたくないという『願い』が注がれた結果なのだろう。
結局の所、[古き翼の王]とは、注がれた『願い』で動く人形なのだ。
そして、[古き翼の王]が天井を突き破り逃げようとしたちょうどその瞬間、天井を破壊して現れたベルヴィンの剣が[古き翼の王]の喉元を貫いた。
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