第138話:崩壊
ディアグリムが放った[崩壊の言葉]が大気を揺るがし、破壊の力を持った波動となって全方位に解き放たれた。
それはリディルどころか、アンジェリーナや先ほどから蝿のようにうるさいヴァレスにも直撃し、遺跡の壁面へと叩きつけられた。
ヴァレスが笑う。
「ハハハハ! ディアグリムは本調子になってきたようだなぁ! 人も魔人もドラゴンも憎む、どっちつかずの出来損ないよ!」
ディアグリムが身長よりも巨大な大剣を横薙ぎに振るう。
再び破壊の波動が解き放たれ、ヴァレスは咄嗟に自身を闇の粒に変え、回避する。
元の姿に戻りながら、ヴァレスは更に嘲る。
「かわいそうになぁ! [イドル]に支配された元人間のお前は! もう何者にもなれない!」
アンジェリーナが、ごほと血を吐いた。
彼女の従騎士は、もう動いていない。
リディル以外の者は皆、いまので[鎧]が持つ〝魔法障壁〟を使い切ってしまったのだ。
次は、本当に直撃する。
〝障壁〟が無い今、そうなってしまえば彼女たちは――。
ディアグリムがつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「もう二度と、現れないのだろう。ベルヴィンほどの、我が宿敵は」
そうして大剣に圧倒的な魔力が収束していく。
アンジェリーナが、
「う、う……」
と呻き、体を引きずる。
リディルは再び鎧に向け、[言葉]を放つ。
「〝加速・跳躍〟」
同時に脚部スラスターから爆発的な加速を得、音すらも置き去りにした[貪る剣]による突きを繰り出した。
ディアグリムは笑い、
「その意気やよし!」
と雄叫びを上げ大剣をリディル目掛け振り下ろす。
[貪る剣]と大剣の強大な破壊の力がぶつかり合い、ばちんと魔力が爆ぜた。
幾つものどす黒い魔力の放出が起こるも、ディアグリムは力づくでリディルの鎧の出力を押し戻し、大剣で押しつぶそうとする。
咄嗟にリディルは[貪る剣]を捨て、手首の切り札を作動させた。
滑り出された二対の[光の剣]を作動させ、ディアグリムの手元目掛け斬りかかる。
だが、ディアグリムは雄叫びからの音の衝撃波だけでリディルの小さな体を弾き飛ばす。
手元からするりと[光の剣]が滑り落ちた。
ディアグリムがそのまま大剣に絶大な魔力を集中させ、目に見える全ての者目掛け解き放った。
その瞬間だった。
螺旋階段から不思議な暖かさを持つ闇が溢れ、その中心から一人の見知らぬ騎士が飛び出した。
ディアグリムは即座に、先程リディルに向けた叫びと同じものを放つも、騎士から放り投げられた小型の[魔導爆弾]が破裂し、完全に威力を相殺しきる。
「――こいつ、は!」
ディアグリムが大剣を騎士目掛け横薙ぎに振るうも、騎士はわずかに身をよじっただけで回避する。
そのまま転がっていた[光の剣]を回収し、ディアグリムの腕目掛け奮った。
ディアグリムは反応が遅れ、丸太よりも太い右腕が両断される。
だが、ディアグリムは即座に大剣を左手に持ち帰る、騎士目掛け奮った。
騎士は既に、ディアグリムの両足を両断していた。
「く、ぐ、うおお!」
ディアグリムの声に、恐怖の色が宿る。
ディアグリムは咄嗟に[崩壊の言葉]を全方位にばらまいた。
遅れて、螺旋階段の中央からミラベルを始めとする面々が飛び出すと、中心にいたブランダークが叫んだ。
「援護! 〝障壁〟の魔法!」
ミラベルと女王は同時に複数の〝魔法障壁〟を、アンジェリーナたちに向け展開し、[崩壊の言葉]による破壊をかろうじて防ぎ切る。
ディアグリムの[崩壊の言葉]の圧倒的な衝撃波を利用し、騎士がリディルのすぐ隣に着地する。
そのまま騎士はリディルの背後に備え付けられた[可変速魔導砲]を無理やり起動させた。
リディルは咄嗟に言う。
「き、効かなかった!」
そして、騎士が言う。
「――効いてるよリディル君! ヤツの防御には限界がある!」
バチン、と魔力が爆ぜ、[魔導砲]が撃ち放たれた。
「撃ち続けるんだ!」
そのまま再び騎士は飛び去りながらリディルに激を飛ばす。
ディアグリムが、絶叫した。
「ベルヴィン、かぁー!!」
ぶくりと切り飛ばされたはずの右腕が膨れ上がり、そこから十本を超える長大な生え揃う。
足はも生え変わり、それどころか腰の後ろから馬のようにもう二つの後ろ足が映え揃っていた。
「やはり――やはり、お前しかいない! 俺の渇望を満たす、ただ一人の男! 俺の宿敵、俺の――生きがい! お前を殺すためだけに俺はこの千年、耐え忍んできた!」
更に左腕が膨れると、十本の腕へと枝分かれする。
その腕は関節がどこにあるのかもわからないほどぐにゃりとねじれ曲がり、伸縮し、全てを鋭利なナイフのように変え一斉にベルヴィン目掛け襲いかかった。
ベルヴィンはただまっすぐに[光の剣]を構え、加速する。
リディルが援護に回る間すらも無く、ベルヴィンの全方位からディアグリムの無数の腕が襲いかかる。
だがベルヴィンは軽く身を捩るだけで全てを回避しきると、そのままの流れで全ての腕を[光の剣]のただ一太刀で切り捨てた。
ディアグリムが[崩壊の言葉]をめちゃくちゃに連発し始める。ベルヴィンはすぐさま瓦礫の雨を縫うようにしてジグザグに交代をし、叫んだ。
「リディル君やれ!」
はっとして見やれば、既にディアグリムの両目は[光の剣]で両断されていた。
リディルは再生するよりも早く、ディアグリムの顔面目掛け[魔導砲]の引き金を引いた。
バチン、と魔力が爆ぜ、圧倒的な粒子の塊がディアグリムの頭部を完全に消失させる。
ディアグリムの巨大な体がゆっくりと倒れ込む。
しかし――。
ディアグリムの頭部がぶくりと膨れ上がると、幾つもの顔と目を生み出しながら絶叫した。
「こ、ん、な、ものではァ!!」
[崩壊の言葉]への対処で魔力を使いすぎたミラベルが、膝を付き、ぜえと息を吐く。
リディルは思わず、
「まだ、来る――」
とつぶやいた。
しかし――。
「いや、終わりだよ」
ベルヴィンが言うと、いつの間にかディアグリムの脇腹に刳り貫かれていた[貪る剣]が瞬いた。
途端に、ディアグリムの再生が止まり、代わりに[貪る剣]から闇の力が一気に溢れ、広がり、散っていく。
ディアグリムは[貪る剣]を掴もうにも、圧倒的な力に翻弄され、もはや動くことすら制限されてしまう。
「ぐ、ベ、ベルヴィン――オレは、何度、でも……!」
怨嗟の言葉を述べるディアグリムを気にもとめず、ベルヴィンは女王に言った。
「――頼みます」
女王は頷き、前へ出る。
彼女の左手の刻印は、赤く灼熱していた。
ブランダークが警戒しながら、小声で言う。
「ヴァレスが襲ってくるのなら、今ですかな……?」
「いや、気配が消えた。昔から一番先に逃げるヤツだった」
と、ベルヴィンが周囲の様子を軽く覗いながら言う。
女王の刻印に、ディアグリムの[貪る剣]から溢れる闇の魔力が吸収されていく。
ディアグリムの体が、ボロボロと崩れ、その一片までもが[貪る剣]へと吸収され、放出され、女王の刻印へと集う。
「こ、の――オレ、が……」
少しずつ、内側から削り取られるようにディアグリムの体が欠け、小さくなっていく。
やがて、ディアグリムは倒れ込み、呆然とした様子で言った。
「――オレは、誰だ? 何を、何が……」
一瞬、女王の表情が曇る。
だがベルヴィンは、短く
「続けてください」
と言いながらゆっくりとディアグリムの元に歩み寄った。
更に体を失いながらも、ディアグリムはベルヴィンに言う。
「ここは、どこだ……? 何が、あった。――闇が、溢れ、私を飲み込んだ。……民は、どうなったのだ? 息子たちは――マティウスは、ロードは無事なのか……?」
もはや、[貪る剣]からはディアグリムから奪った魔力が溢れ続ける。
ベルヴィンは膝を付き、穏やかな声で言った。
「[闇の神イドル]はご子息のお二人が滅ぼしました。マーティン王、お休みください」
すると、ディアグリムの目が一度だけ瞬き、穏やかな笑みを浮かべ、言った。
「……そうか。迷惑を、かけた――」
[貪る剣]が強く輝きを放つと、ディアグリムの闇は全て奪いつくされ、マーティン王と呼ばれた男も完全に消失した。
女王の[刻印]の魔力がバチン、と爆ぜる。
「ミラベルさん、手を」
「えっ!? や、やるんですか?」
「これは千年前の、純粋な闇の魔力。使い切ってしまわなければ危険なものです」
「や、やるんですか!?」
「[言葉]を使います」
「無茶ですよ! ジョット姉さんがいないんです!」
ミラベルがそう言いながらも、慌てて女王の手を握った。
すると、負傷したアリスに肩を借りたアンジェリーナが苦しげに立ち上がり、怨嗟の声を漏らす。
「魔人グランイット……! お前、さえ……!」
だが、かたわらのアリスは何かを察しているようで、ただ真剣な顔で女王を見据え、言った。
「――じゃあ、貴女がそうなんですね……」
女王は一度だけ微笑む。
「本当に賢い子。……アンジェリーナさん、怒ったりはしません。どうか気に留めないように」
そして呼吸し、集中し、女王は囁くように述べた。
「〝ウィル・ディネイト〟」
と。
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